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「申し訳ありません! すべては私の責任なんです!」

 人が土下座している姿を生で見るのは、はじめてだった。

 高校の理事長室にある応接スペースのソファに、始業式くらいでしか見たことがない理事長と校長先生が座っている。その横に渋い顔をした担任が立っていた。

校長先生から「お座りください」と促され、入室したわたしたち家族は、ぞろぞろとソファのほうへ歩みを進める。

だが、わたしの前にいたお父さんは、ソファに見向きもせず通り過ぎ、テーブルの脇に直立した。そして、校長先生たちと正対する角度で、いきなり膝をつき、床に頭をこすり付けた。

 冒頭の発言に続けて、お父さんはさらに言葉を重ねる。

「お恥ずかしい話、もとはと言えば、私が職を失ったのが発端でして……結果として、四

浦高校様の看板に泥を塗るようなやり方なってしまったのは、たいへん恐縮なのですが、

娘娘なりに、我が家の経済事情を心配しておこなったったものでありまして……ここは、

どうか……!!」

 スーツを着たお父さんの背中が、いつもよりもっと小さく見えた。

 後ろから鼻を啜る音が聞こえる。お母さんが涙をこらえているのだろう。

 お父さんの土下座を眼下に、呆気に取られていた様子の理事長が、校長先生のほうを見る。何かを目で合図しているようだった。

 校長先生が咳払いをして口を開く。

「尾崎さんのほうは、午前中に、自主退学をされる旨、申し受けました」

 舞子が? わたしは反射的に声を上げそうになったのを懸命に抑える。

「そこをなんとか! どうか!」

 顔が床面に埋まるんじゃないか、というくらいの勢いでお父さんが懇願する。

「……顔を上げてください、お父さん。これでは、まともに話せません」

 それまで黙っていた理事長が、ゆっくりとした口調で言った。

 それでもお父さんは頑なに頭を上げない。

「こちらとしては、退学を迫るほど事を荒立てるつもりはないんですよ。ご家庭の事情もよくわかりましたし……」

 理事長が根負けしたように苦笑する。

 その言葉を聞いて、「それでは……」とお父さんは顔を上げた。

 理事長が再び校長先生のほうを見る。

「まあ、それ相応の処分を受けてはもらいますが……」

 言いづらいことは校長先生の役割らしい。

 お父さんは再び地面に頭をこすりつけ、「ありがとうございます!」と何度も口にした。

 後ろからお母さんに頭を押さえつけられ、わたしも礼をさせられた格好になる。

 お母さんも涙声になって「ありがとうございます」と繰り返した。


 学校から家に戻って来るまで、わたしたち三人に、会話らしい会話はなかった。

お父さんとお母さんが前を歩き、わたしがそれについていくような隊列で、家の門扉まで来る。

お父さんのスーツが家を出る前と比べてヨレヨレになっているように見えたのは、わたしの気のせいかもしれない。

 門扉の前に立ったお父さんは、不意にわたしのほうを振り返り、苦笑とも微笑とも取れない表情を浮かべる。

「……良かったなあ、停学で済んで」

 なんと答えればいいのかわからなかった。

 停学処分なんて、普通の親なら怒るとこだと思うんだけど。

 まともに顔を見ることはしなかったけれど、お父さんが自嘲気味に笑ったように思う。

「ちょっと父さん、文房具屋に行って、履歴書を買って来るよ。最近バイトにかまけて就

職活動サボり気味だったから」

 そう言って、お父さんは来た道を戻るように歩き去った。

 お母さんに付き従うように門を抜け、ドアの開いた玄関へと入る。

 閉まるドアが音を立てて家を震わせた、次の瞬間だった。

わたしの顔面に衝撃が走った。

 わたしはその勢いに突き飛ばされ、玄関の横壁に叩きつけられた。何が起こったのか、瞬時には認識できない。

 でも、わたしの傍らで涙を流しながら、怒りの形相をしているお母さんを見て、ああ、殴られたのだ、と理解した。しかもグーで。

 家に入るまでずっと抑えつけていた怒りが、ついにお母さんのキャパシティを越えてしまったのだろう。お母さんに殴られたことなんて生まれてはじめてだった。人からグーで殴られたことも生まれてはじめてだ。

「今日のお父さんの姿、『情けない』なんて思ってたら、私はアンタのこと、一生許さない

からね!」

 お母さんは怒りに震える声で言い捨てると、履いていた靴を乱暴に脱ぎ散らかし、家の中へと入っていった。

 わたしは殴られた頬に触れる。

 不思議と痛みは感じなかった。いや、たぶん痛いんだろうけど、今のわたしの神経回路はちょっとバカになっていて、痛みを認識できないのかもしれない。

 そのまま家に上がる気にもなれなかったわたしは、バラバラに転がったお母さんの靴を揃えると、ドアを開けて、ゆっくり外へ踏み出した。



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