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ふわふわ Runaway girl  作者: 及川
9/10

芽吹き

それから私は高校3年生の受験生になった。

私が沢見さんの家を飛び出して彼が助けてくれたあの夜、細かく彼が教えてくれた特徴から、立地環境と専攻に合う国立大学は一つしかない事がわかった。

私はそこを受験した。

もちろん、もうそこに沢見さんはいない けれど 一縷の望みをかけて私はそこを目指し、死に物狂いで勉強した。

彼の専攻した学科は思いのほか偏差値が高かった。

そこを目指すからには本気で学校に出席しなければならず、私は一日も欠かさず学校に足を向けることとなった。

突然学校に来るようになった私に恐る恐る女子たちが話しかけてきた。

「長く休んでたけど、病気だったの?」

私は笑いながら話した。

「充電してたんだよ、学校行きたくなかったから。」

そう言ったら皆に意外そうに言われた。

「優等生でもそんなことしちゃうんだ、すごい奥田さんって意外とやるね。」

そのほめ方は意味が分からなかったけれど、一緒になって笑い飛ばしてやった。

勿論私の事を陰でコソコソ言う人が消えたかと言うとそんなことはない。

長期で休んだ事を尾ひれをつけて面白おかしく噂している人間もいたようだ。

けど、もうそんなことはどうでもよかった。

気が付けば学校の友達とは話すようになっていたし、効率がいいから、と勉強を一緒にするようになっていた。

何より、しょうもない噂に貴重な時間を費やしている間に、私は一歩でも彼に近づくように努力した。

結果は、必ず、やった人間にしかついてこない…。


そして大学の入試説明会の時の事だ。

見学に回った校内はとても綺麗で 、きっとこの学校に彼がいたに違いない、と根拠のない自信が生まれるほど、私は浮かれていた。

そして私は思いがけないところで彼を発見することになる。

講堂で行われた説明会で配られた学校パンフレットの中に彼は…いた。

数名の卒業生徒代表の一人として取り上げられたトピックには、人間学を勉強していること、親を失ったり傷ついたりして心理的に苦しむ子たちの話を少しでも聞き、楽にしたいと書かれていた。

そのために自分は一生懸命頑張って真っ直ぐ進むのだと。

とても彼らしい…、写真の中の彼の笑顔に涙が止まらなかった。

パンフレットを宝物のように抱え私は校内を回った。


努力を惜しまず邁進した結果、見事大学に入学することとなった。

私にとっては数年越しのリベンジであり、生まれて初めて自分の意志で戦った受験だった。

学校にも慣れ、しばらくしたころ、それは突然やってきた。


穏やかに晴れて気持ちのいいある日。

明るめのスカートを履いた私は鼻歌交じりで提出書類をもって職員室のドアを開けた。

担任の隣の席で話していた私服の男性の、少し茶色の髪、切れ長で二重の瞳…。

私の手から、書類が滑り落ちる。

まさか…まさか…!!

「さ…沢見さん…!」

振り返った彼は紛れもなく、沢見さんだった。

「…沙里!受験したんだ。すごい、よく頑張ったな。」

まるでお見通しとでも言いたげな余裕の笑顔に、私の目は潤んだ。

彼はまるで労うように、私の頭をポンポンと撫でる。

「沢見君の後輩?」

沢見さんが話していたぽっちゃり系の美人先生が驚いたように振り向く。

「まぁ、そんなところです。」

そういいながら沢見さんが私の手を引いた。

「行こう。あ、さっきの先生、沙里の為に電話かけてくれた人だよ。またお礼言っときな。」

あ!もしかして両親に電話した人って…。

「どうして電話番号がわかったの?」

「初めに学生証見せてくれたじゃん。覚えたんだよ。」

え?あの一瞬で…?すごい記憶力…。

「ここじゃなんだし、カフェでも入ろう。わざわざ俺を探してきてくれたんだもんな。」

彼に手を引かれて校舎の階段を降りながら、私は笑った。

「なにそれ、すごい自信だね。書類提出に来ただけなのに。」

「違ったんだ、残念。」

彼がやんちゃそうな笑みを浮かべる。

「…ずるい…。もっと驚いてよ…。沢見さんに会うために凄く頑張って、真面目に勉強もした、親と沢山話あって喧嘩しながらも自分の考えでここまで来た、絶縁だと思っていたクラスメイトとも笑いあえるようになった…。自分がもう出来ない、無理だと思っていたことを沢山やって、必死で階段を上ってここまで来たんだよ。」

私が踊り場で立ち止まり彼を見上げると彼の表情から笑みが消えた。

「判ってる…。だから、俺は…。」

真剣な表情で私の目を見つめた。

「…沙里、本当に見違えた。…大人みたいだ。」

とっくに大人なんですが!

「また、そうやって私のこと、馬鹿にする…。」

悔しくて涙が止まらなくなった。

「沢見さんに追いつきたくて、会いたくて、ずっと沢見さんだけ…!」

泣き顔を見られたくなくて、下を向き沢見さんの胸を拳で叩いた。

その手は難なく受け止められ、抱きしめられた。

驚く私の耳元で、静かに彼が言った。

「…諒って呼んで。」

「なっ、何で?」

涙が止まるほどドキリとした。

沢見諒、彼の下の名前だ。

彼は私を抱きしめたまま、ふいと顔を上げて言った。

「苗字だと俺だけいつまでも年寄り呼ばわりされてるみたいじゃん。」

そんなこと、気にするんだ。

私は笑って、少し照れながらそれに応じた。

「じゃぁ、り…諒、これでいい?」

「…沙里がここまで来る事が簡単じゃなかったことくらい判ってる…。けど、沙里ならあのまま落ちて行くわけはないと思った。いつかどこかで会えると…待ってたんだよ、待ちくたびれた。」

「そういえば…どうして何も言わずに引っ越しちゃったの?私、あれからアパートにも行ったんだよ。」

「うん…ごめんね…。俺、今は職場の病院に近いところでマンションに一人暮らししてるんだ。すごく眺めがいいマンションで、夜景がきれい。そうゆうところ住んでみたかったんだ。昔から。」

「いいね…。諒も夢をかなえたのかな。」

言うと、薄く笑いを浮かべて首を振った。

「まだまだ、今からだよ。…ねぇ、沙里、俺と付き合ってよ。」


…え?


あまりにもさらりと言われて聞き逃すかと思った。

一瞬無音になった気がした。

腕の中で彼を見上げ、目を見つめる。

彼の切れ長の目は迷うことなく私の目をまっすぐ捉えた。

あの日の夜の、強い目を思い出す。

「沙里と出会ったとき『面倒な事に巻き込まれた』と思った。…自分の生活でいっぱいだったからね。けど、真剣な沙里を放っておけなかった。そして一生懸命あがく沙里を見て、感受性が強くて何て可哀そうなんだと思った。けどそれは違う、柔らかい感性に戸惑いながらも懸命に生きる沙里は美しかった。相手は高校生なのに惹かれてた…。これが、今まで言いたくてずっと言えなかった言葉。…やっと言えた。この数年間、沙里の事忘れたことなかった。会いたかった。好きだよ沙里…。」

私の瞳からは自然と涙がこぼれていた。

「うん、私も…うれしい。」

沢見さん…諒は、私を優しく抱きしめて懐かしいキスをした。

「や…、人が来るよ。」

私が恥ずかしさに彼の胸に顔をうずめると、諒は私の頭をポンポンと撫でると「誰もいないよ、大丈夫。」と笑った。

「けど、どうして私がここを受験すると思ったの?」

「別に…人間関係に悩む沙里なら解決の糸口に専攻するかな、と思って。夢は決まってなさそうだったし、ヒントは色々出してたし…。」

「え?それだけで?」

何て適当なの…。

「うん。けど、絶対また会えると信じてた…なんて言ったらロマンチストすぎるか。」

諒は、ははは、と笑った。

そして、少し照れた表情を見せた後に小さな声で言った。

「俺が沙里を思うみたいに、同じ気持ちで頑張ってるんだ、って信じたかった。」

胸が温かくなった。

私が感動で言葉を失っていると諒が声のトーンを変えて言った。

「そうだ!俺、久しぶりに沙里の手料理が食べたいな。好きなんだ、沙里の味。」

諒がいたずらっ子みたいな目で私を見る。

あぁ、この目だ…私が大好きな彼の目。

この目にかかると、私は絶対言う事を聞かないわけにはいかなくなる。

「しょうがないな、作ってあげる。何がいい?」

「沙里の得意料理なら何でも。」

自然に諒が私の手を取る。


私は彼とスーパーに向かい、二人でメニューを決めながら野菜やお肉、食後のフルーツを入れてゆく。

「あと2年したら、一緒に呑みたいね。」

言って諒が、綺麗な瓶のワインを手に取って言った。

私は微笑んで頷いた。

エレベーターを上がった先には諒の住むマンションの一室がある。

諒…、ずっと夢見ていたよ、こうして胸を張って一緒にドアを開ける日を。

諒の後について部屋に入ると、私はゆっくりとその扉を閉じた。

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