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ふわふわ Runaway girl  作者: 及川
6/10

一緒に眠ろう

無理やりに口を覆われ、一つ奥の部屋の中に一気に引きずり込まれた。

そこは、あの卓也の部屋だった。

暗いじめじめした部屋に押し込まれ、 キッチンの床に押し倒される。

「いや!!やめて!!」

必死に抵抗しながら叫ぶと、平手で顔を殴られた 。

「きゃっ!」

思わず悲鳴が上がる。

「この女、馬鹿にしやがって!!ふざけんじゃねぇ!!」

卓也が低い声で言う。

やっぱり卓也は気づいていたんだ、私がスーパーに行く時からつけていたのかもしれない…いつから後ろにいたんだろう自分のうかつさに悔しくて涙が出る。

着ていたシャツの胸元を引きちぎられた。

「ざまあみろ、俺を馬鹿にした罰を与えてやる!」

荒い息を繰り返す卓也が憎々し気に言うが、私は口を押えられて叫び声も出ない。

必死に抵抗して、散らかった卓也の部屋で精一杯空いた方の手を伸ばすと固いものが手に当たった。

思いっきりそれで卓也を殴りつける。

けれど、ドラマのようにはうまくいかず卓也の肩に当たって逆に怒りを買っただけだった。

全く力がかなわない…どうしよう…怖い!!

恐ろしくなって体もうまく動かないようだった。

抵抗する気力をほとんど奪われたところに、もう一発平手で殴られた。

「いてえな!糞女!」

平手とは言え、男性の手で殴られるのはかなり痛い。

殴られるたびに頭が揺れ、意識が遠のきそうになった。

が、その痛みよりも恐怖の方が強く、すくみ上った体はほとんど動かなくなっていた。

あぁ、自業自得の私にはこんな結果が待っていたんだ…!

「お前みたいな馬鹿な女、誰も探してねぇよ。もうここから出られなくしてやるからな!覚悟しろ。そうだ…逆らえないように写真撮っていつでもネットに流せるようにしてやろうか。」

卓也が唾をちらしながら言い、ニヤリと卑猥な笑いを浮かべた。

「うぅ…。」

情けないことに、うめき声しか出てこない代わりに涙が流れた。

諦めに似た気持ちが湧き上がった、その瞬間男の体が急にふわりと宙に浮いたような気がした。

「ぐぅっ!!」

おかしな声をあげた卓也が私から離れ、床にごろりと転がった。

「沙里!大丈夫か!」

そこに立っていたのは紛れもなく沢見さんだった。

卓也は沢見さんに脇腹を蹴られたらしく、床に転がって胃の中の物を吐いた。

卓也から離れ、必死の事で沢見さんに駆け寄ると、彼は私の肩を抱いて卓也を睨みつけながら言った。

「あんたが変な薬やってることとか、こうやって未成年連れ込んでることとか、警察に通報してやろうか?」

卓也は何も言えずに、涙目で私たちを見上げている。

私は驚いて沢見さんを見た。

「次に沙里の前に姿を見せたら…殺すから。」

すごんで言うと沢見さんは私を部屋から出し、自分も卓也の部屋を出て乱暴にドアを閉めた。

卓也は他にもやましい事例があるのか、私と彼が部屋を出て行くのを怯えたように、そして悔しそうに最後まで眺めていた。

警察に通報する、と沢見さんが言うかと思ったが、そうなれば私も自分の事を明かさねばならない。

警察に通報すれば私だけでなく、 彼自身も犯罪に加担したという罪を かぶらなくてはいけないかもしれない。

「ごめんなさい…私、また沢見さんに迷惑を…!」

沢見さんが買ってくれたシャツのボタンははじけ飛んでいた。

涙ぐむと、沢見さんはため息をついた。

「俺…引っ越そうかな。隣があんな変態だなんて、気持ちが悪い…。」

心底気持ち悪いという表情が面白くて思わずふふ、っと笑ったが、唇が震えていることに自分でも気が付いた。

部屋に鍵をかけ、暖房を入れてから、私を居間に座らせた。

「沙里、どこが痛い?」

初めて出会ったあの日のように、沢見さんはそっと私の頬に手を当てて自分に向かせると、苦し気に眉根を寄せて私をじっと見た。

先ほどよりも雨足は強くなっており、卓也の部屋から聞こえる嫌な生活音も一切聞こえないのがありがたかった。

「ごめんなさい、せっかく買ってくれた服が…。」

「そんなのいいから。…あぁ、口から血が出てる。口の中を見るから開けて…。」

沢見さんの指が唇に触れた。

言われて素直に口を開けると顔を近づけて沢見さんが覗き込んだ。

近っ!近いよ!

息を止めてドキドキしながら目をつぶった。

「結構切れてる…しばらく刺激物はダメだね。しっかり歯磨きしたら早く治るよ。可哀そうに…。」

あ…また。

まるで子供に言い聞かせるように言って頭をポンポンと撫でる。

私ってやっぱり、すごく子ども扱いされてる…しょうがないけど、心地いい…。

食欲は全くなかった。

調味料は玄関入口の前にコンビニの袋に入った状態で落ちていたらしい。

嫌な予感がして、卓也の部屋の前で聞き耳を立てていたら、雨音の間に私の悲鳴が一瞬聞こえたんだとか。

沢見さんは手に持ったホットドリンクを私に渡しながら言った。

「これ飲んだらシャワー浴びておいで。早く休んだ方がいいよ。」

促されてお風呂に入り、一人になると、すぐに不安が襲った。

…吐き気がする。

嫌でも先ほどあったショッキングな出来事を反芻しそうになるのを必死でこらえているのに、一人は怖すぎる。

鏡に向かい、頬っぺたを叩くと、無理やり笑顔を作ってみた。

大丈夫、沢見さんがいるから…素直になればいいんだ。

居間に戻って布団を敷き、しばらくそこに座っていたが、シャワーを浴びて出てきた沢見さんに思い切って聞いてみた。

「沢見さん。」

「ん?」

「今日、一緒に寝てもいい?」

勿論、返事はダメに決まっていて…。

「…いいよ。」

「え?」

予想外の答えが返ってきて私は聞き直した。

「同じ布団で寝てもいいの?」

「いいよ。怖いんだったら、おいで。」

えぇー!?

これって、最高に幸せなことであり、最悪に不幸だよね…。

何故なら私の事を「子供」だと思っているからあっさり返事ができるわけで…。

私が言葉を失って、酸欠の金魚みたいに口をパクパクしていると『ほら』とばかりに掛布団を持ち上げて見せた。

じゃ…じゃあ、失礼しまーす…。

電気を消すと、まるでセクハラおやじみたいにコソコソ寄って行って、布団に滑り込んだ。

ウソみたい、大好きな沢見さんと一緒に眠るなんて…。

背中を向けた沢見さんのそばにピタリと寄り添い、シャツ越しに届く温かさを感じた。

「沙里さぁ、今週土日に家に帰れそうかな。」

血の気が引く思いがした。

「沙里、今日の事で顔腫れてるじゃん。親御さん、心配するよね。や、けど隣の男がいる方がよっぽどやばいか…。」

「や…だめ。そんなにすぐに腫れ引かないもん。家に帰るのは、もう1週間後でもいい?」

私が祈るような思いで返事を待っていると、

「そっか…そうだよね。」

と沢見さんが無感情な声で言った。

ほっと胸をなでおろしていると、沢見さんが小さな声で言った。

「俺さぁ…感覚おかしくなりそう。沙里がここにいることが、当たり前みたいな…。それって、絶対変。沙里は高校生で、隣に変な男も住んでて、これ以上ダメな環境あるわけないのに、沙里の事、帰したくなくなってる…。」

沢見さんの背中を伝わって、彼の素直な感情に初めて触れた気がした。

嬉しかった。

「沢見さん…。」

沢見さんはゆっくりと寝返りを打ち、私に向き直った。

柔らかそうな茶色の髪の毛がはらりと揺れ、頬に落ちた。

沢見さんはゆっくりと私の髪の毛を撫で、その手を殴られて腫れている私の頬に当てた。

「沙里…。」

言って沢見さんは、強く私を抱きしめたのだ。

「ごめん…沙里。色々ありすぎておかしくなってるんだ、俺。沙里が家を飛び出した夜、不安でどうにかなりそうだった。すごく動揺した…。もっと、自分を大切にして…。」

沢見さんの声が、あまりにも切なく、苦しそうで、胸が痛かった。

「沙里は早く家に帰らなきゃ…。俺よりも沙里を心配してくれる人が待ってるし。ここは沙里がいていいところじゃないよ…!」

絞り出すような苦し気な沢見さんの声に、彼の覚悟を感じた。

あぁ、お別れしなさいって、言われてるんだね…。

目を閉じると、一筋涙が頬を伝った。


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