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ふわふわ Runaway girl  作者: 及川
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ヤドリギ様

「何言って…。」

面食らった様子だった彼が、やっとのことで口を開いた。

「お願いです、行くところがないんです!数日したら出ていきます、少しの間だけ…。」

「少しって、どれくらい?出ていくってどこに?」

彼は急に険しい表情になって矢継ぎ早に聞いた。

「え…と、ちょっと即答はできないんですけど…。」

「というか、高校生くらいだよね?平日だけど、学校は?」

端正な顔立ちで冷静に問い詰められる迫力はすさまじい…。

嘘もつけずに白状することにした。

「高校一年生ですけど、1週間くらい学校…行ってないです。」

「なんで?」

「…ちょっと理由は言いたくないって言うか…。家に帰ってないから無理って言うか…。」

途端、彼はぐいっと私の腕をつかんで立たせた。

「警察に行こう。家出少女をかくまうことは出来ないよ。それが嫌ならすぐに帰ろう。」

「そ…それはできません!帰れません!」

「じゃぁ、理由を話して。」

「それもちょっと…。」

「そんな虫のいい話ないでしょ。家に帰ってない高校生をかくまえば俺だって犯罪に加担することになるし。理由は警察で聞いてもらおう。」

彼に抵抗しながら叫んだ。

「お願いです!体を売ったりしたくないんです!!」

私の言葉に彼の腕から力が抜けた。

「どうゆうこと?」

「私…家出をして、この部屋の隣の『卓也』って男の人のところに泊まってました。変な事しないっていうから…けど、どんどん態度が変わってきて、このままいたら好きでもない人に抱かれないといけないかもしれない…。」

涙が出て来てうずくまった。

「知り合いだったのか?」

私は首を振り小さく、SNSで…と言った。

彼から大きなため息が漏れた。

「自業自得だね。こうゆう思慮の浅い高校生を食い物にした男たちがわんさかいることも想像できない。簡単に家を出る。どうすればいいかわからなくなる…。バカバカしすぎて呆れるよ。俺を巻き込まないでほしいんだけど。」

突き放した言い方に愕然とした。

こいつ…顔はいいけど…最悪!!

痛いところを突かれていたから余計に腹が立った。

「わ…私がのたれ死んだらあなたのせいですよ…。絶対警察にはいかない!こうやって怪我もさせられて、鼻血は出るし頭も痛いし、どこにも行けない!それなのに追い出す気!?」

私も簡単には引き下がれない。

その剣幕に一瞬彼がひるんだ瞬間すぐさま頭を下げた。

「家にも帰れない、警察にも行けない…どうか一日だけでもいいからここにおいてください…!」

彼は盛大にため息をつくと黙り込んだ。

どうするべきか考えを巡らせているらしかった。

静まり返った部屋で、私は膝の上で手を握り締めて彼の声を待った。

「一日だけ…。そしたら警察に行くか、家に戻ること…。」

「ありがとうございます…!」

かなり不機嫌な表情の彼に精一杯お礼を言った。

彼とはそれからほとんど目も合わせない口もきかない状態で時を過ごした 。

彼は友達と約束があり晩御飯を食べに出たが、私は外に出ることが怖かったのでお昼に食べさせてもらったパンの残りを食べて済ませた。

ひもじい…お腹すいた…。

真っ暗な部屋で待っていると彼が9時頃に帰ってきた。

私を確認すると不愛想な表情で布団を出した。

「予備の布団なんてないから夏物だけど、ないよりましだろう。」

冷たい表情で言ったが、清潔そうに乾燥したいい匂いの布団はありがたかった。

居間のベッドに 彼が寝て 私がキッチンに座布団を敷いて夏物の布団や毛布を掛けて寝るという悲しいスタイルだったが、文句は言えなかった。

お風呂にも入りたいと言えず布団にくるまると、彼はさっさと風呂に入ってしまった。

ふん…いいもん、お風呂くらい入らなくたって死なないし…。

ふて寝を決め込んでいると、突然隣の部屋のドアが開く音がした。

卓也の部屋だ!帰ってきたんだ…!!

ギクリとして飛び起きた。

動きを止めて耳を澄ませると、歩き回る音が消えて、突然大きな音が響いた。

どうやら机を思い切り叩いたらしい。

あまりの音に体が強張りビクリと動いた。

怖い…どうしよう…!

両手で自分を抱きしめ、ここにいることなど分かるわけはない、と冷静に言い聞かせたが自然と体は震えていた。

「電気、消すよ。」

振り返るといつの間にか彼がお風呂から出て、濡れた髪を拭きながら立っていた。

「は…はい…。」

声が震える。

彼はしばらく無言でこちらをを見ていたが、電気を消して言った。

「寒いならこっちで…居間で寝てもいいけど、俺は眠りが浅いから絶対に静かにしてよね。」

布団に入ると彼はいまいましいものから目を背けるかのように背中を向けて眠った。

寒くもあったが、それ以上に恐怖感があり、私はキッチンにあった布団を引きずって居間の隅に敷いた。

一番彼から離れた所で小さくなって眠った。

居間は暖かかったが、やはりこの日もしばらく眠れなかった。


翌日、目が覚めると彼はいなかった。

どうやら大学に行ったらしかった。

『おにぎり食べて。鍵はちゃんとかけてポストに入れといて。』

綺麗な字で、けれど不愛想な置手紙が枕元に置かれ、その隣にコンビニのおにぎりが2個置いてあった。

おにぎり食べて出て行けってことよね…。

空腹を覚えて、むさぼるようにおにぎりをほおばった。

お腹が満たされると、私は居間の部屋でポツンと窓の方を眺めた。

清潔な布団で眠れること、ごはんを食べられること、お風呂に入ったり、勉強したり…本当は当たり前の事じゃないんだよね…。

あの時は逃げたい一心で何も考えずに卓也の言葉に乗っかる形で出てきたけど、外に出てしまえば対価がなければ何もかなわない。

ホテルに泊まるのであればお金であったり、男の人の所に転がり込むなら体であったり…。自分の甘さはよく判ったし、このままではダメなことも痛感していた。

周りから逃げて、私はどうしたかった?卓也の所にずっといられると思っていた?

どこかでそんな事が通用しないことくらいわかっていたはずだ。

それを考えるのが嫌で、がむしゃらに逃げただけなのだ。

よし…!

私は布団を片付けると、その日、洗濯をし掃除をしカレーを作って彼を待った。

彼が帰宅し、電気がついた部屋の鍵を開け、私を確認すると言った。

「なんでまだいるの…。約束も守れないんじゃあ、なおさら警察を呼ぶしかないのかな。」務めて冷静に話し上着をハンガーにかけながら彼が私を威圧する。

「それにこんな勝手なこともして…。」

彼はカレー鍋の蓋を開けて中を覗き込むと、呆れたように蓋を閉めた。

思わず私は畳に正座をした。

「冷静に考えました。私はやっぱり今は帰れません。けど、自分がここにいてはいけないことも分かりました。このままだと、未来もないし、学校にも行かないダメな人間になってしまう…。けど、今はもう少しいさせてください。親にも事情を話して向かいあう時間がほしい…。友達にも立ち向かう勇気を持ちたい。逃げないから。ちゃんと家に帰れた暁にはお世話になったお金も返します。お願いです!私の面倒を見てください!」

言ってから、しまった、と思った。

「面倒」ってワードは重過ぎる…。

冷や汗をかきながら頭を下げていると、彼は正面に腰を下ろしてゆっくり聞いた。

「なんでそんなに家に帰りたくないの?帰りたくない理由を話さなければ家に置くことは絶対に出来ないよ。」

私はためらったのち、少しずつ話し始めた。

成績重視の両親に囲まれて毎日が息苦しいこと、 学校では友達とうまく行かず陰口を叩かれて居場所がないこと、 最近、心の拠り所にしていた猫が死んでしまったこと…。

話していると自分がなんだか惨めで泣けてきた 。

泣いている私を 冷静な目で彼が見つめる。

本当の話かどうか吟味しているようでもあった彼が 一言。

「はぁ…、しょーもな。」

と言ったのだ。

私は言葉もなく手を握り締めて唇を噛んだ。

「話が端折りすぎで良くわからないけど、要は親御さんが君を心配してるのが嫌で出てきたわけでしょ。陰口を叩いた友達に言い返すこともなく出てきたわけだし。猫?んなの、いつか死ぬよ。当たり前じゃん。打たれ弱すぎ。」

ぐぐぐぐ…酷い、酷すぎる…。

「私には深刻な悩みだったの!そんな時相談に乗ってくれたのが卓也で、親身になっていつまでも話を聞いてくれて…。」

「あのねぇ、話を聞いてっつったってSNSでだろ?飯食いながらテレビ見ながら相槌打ってただけかもしれないよ?高校生相手のメールに指動かすだけで、相談とか、楽に釣れるもんだよね。なんでそれで家を出るほど信用しちゃう?おかしくない?」

「…。」

「甘すぎるんだよ、全てにおいて。自分に楽をさせてくれる人間についていったってロクなことはないよ?本当に大切なのは自分を鍛えてくれる人間だ。耳に痛いことを言ってくれる人間。じゃないと君は社会には出られない。彼は君の未来まで考えて話をしていたか?」

彼の言葉には説得力があり、返す言葉もなかった。

「確かに…そう思う…。バカだった、って。それに私もこのまま何も出来ない大人になりたくない…学校にも、行きたい…。」

私はカバンから自分の、色気のない黒色のガラケーを取り出した。

「へぇ、今時ガラケーを高校生が持つんだ。今スマホより高価だよね。」

彼は珍しそうにそれを手に取った。

「両親に持たされて…スマホは危ないからって。けど、ちゃんとSNSに繋げられるし、知らない人とも…その人と連絡も取れる、そこまで知らなかったみたい。私の生活はきっちり管理されてるの。起きてから学校にいって、登校連絡、下校連絡が学校から家に届く…帰宅したら塾に送り迎えされて、帰宅は11時。勿論どこかに遊びに行くことも出来ないし、家でテレビを見るのも制限がかかる。土日も根掘り葉掘り追及されてあそこはダメ、ここもダメ…自宅に本や英語のCDは腐るほどあるけど、私が面白いと思って夢中になれるものは一つもない。自分が将来何をしたくて、何のために生きてるかわからない…。」

彼は腕組みをしてあぐらをかくと、ガラケーをしばらく眺めていたが、カバンに目を落としながら無表情に言った。

「荷物だして、全部。」

「え…。」

正直ためらった。

カバンの中には携帯の充電器や財布、一応の為の学生証、キーホルダーのついた小物入れ、歯ブラシやハンドタオルくらいしかなかったが、替えの服や下着も入っていた。

「いや、あの下着とか…。」

「見たくないっ。」

ぴしゃりと言われた。

はい…すみません…。

下着だけ後ろを向いてポケットに入れると、それ以外を畳に広げた。

思い切ってイマイチな仕上がりの写真が張り付けられた学生証や財布の中身もすべて出した。

「一人っ子?」

うなづいて彼の言葉を待った。

「ふーん。キーホルダーに至るまで、ブランドものばっかりだね。金持ちなんだ。甘やかされて育ったって感じ。悪いけど、我儘娘の逃避行に見えなくもないな…。」

ハンドタオルを手に取ってタグを見ると、呆れたように畳に投げた。

沈黙が痛い…。

「……条件がある。」

私は驚いて顔を上げた。

「まずはきちんと起きて規則正しい生活を送り、家事をこなすこと 。そして1日1回、天気のいい時間に最低30分、散歩に行くこと。そして必ず現実と向き合って、元の場所に戻ること…分かった?」

そ…それって…!

「は…はい!!ありがとうございます!!」

私はみるみる笑顔になり、大きな声で返事をした。

すると彼が手で私を制して小さく鋭い声で言った。

「静かに。足音がする。」

慌てて口を押えると、確かに階段を上がってくる音が聞こえていた。

足音が近づき、私たちの部屋の前を通り過ぎると、突き当りの部屋の前で止まった。

鍵を取り出す音が聞こえて中に入っていった。

卓也が帰ってきたんだ…!

自然と体が震え出すのを自分の両腕で抱きしめた。

息を殺して聞き耳を立てたが、それっきりなんの音もしなくなった。

ほっと息を吐き彼を何気なく見ると、じっと私を凝視していたらしく目が合った。

急にどぎまぎしてしまって慌てて目をそらした。

う…また、自業自得とか思ってるのかな…。

私がうなだれると頭の上から低い彼の声が響いた。

「ばれるわけないだろう。少し安心したら。」

怒らないんだ…?私は思わず顔を上げた。

彼の切れ長の瞳が自分を見つめていて、心臓が跳ね上がる。

「彼に何かされた?」

「…たいしたことじゃないと思うけど、体を触られて、く…首に…。」

唇が…思い出すと気持ち悪くなってきて口ごもった。

「嫌な事聞いてごめん、答えなくていい。」

言って彼は目をそらし、しばし沈黙が広がった。

と、突如室内に「くぅ…」と空腹を告げるおなかの音が響いたのだ。

え…私…じゃないんだけど?

おそるおそる顔を上げると、バツ悪そうな顔をした彼が唇を噛んで顔を赤くしていた。

「ぷっ…。ふふふふふふ。」

私は声を殺して笑った。

「仕方ないだろう、カレーの匂いが殺人的にそそる。」

声を殺して笑っていると、ふてくされた顔の彼が言った。

「ねぇ、名前は?」

唐突に彼が聞く。

「え?私の?…奥田沙里…。」

「俺は沢見諒。とりあえず今は協力する。だから沙里も一刻も早く出ていけるようにせいぜい努力してよ。」

人を小馬鹿にしたように笑顔を浮かべたその表情に心臓がきゅっと締め付けられた。

笑っ…た…?

『沙里』と呼び捨てにされるのがくすぐったくて、恥ずかしくて、何だかうれしかった。

きっと何もかもうまく行く日が来ると信じよう…!

私は彼の笑顔に励まされるように、明るい未来を期待した。

まさかこの先、あんな事が待ち受けているとは想像もせず…。


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