いつかの本当の気持ち
はぁ…やばいなぁ…。
俺は電車の中で思わずため息をついた。
我が家に居ついてしまった高校生の女の子、沙里…。
初めはやっかいにしか思わなかったのに、気づけば惹かれ、気持ちを抑えるのが難しくなってきてる。
先日は思わず布団の中で抱きしめてしまった。
これ以上同じ時間を過ごしたら、自分を抑えることは難しそうだ。
毎晩何かと用事を作っては外出し、一緒の時間を減らしてみたが、逆にイライラし始めてる自分にも気が付いてる。
いっそのこと襲っちゃう?
いや、相手は家出少女だよ…これじゃあ卓也って変態野郎と同じだ。
思考が行ったり来たり、こうゆう葛藤はもう答えなんて出てる。
自分でもわかってはいるけど、今はどうしようもない…。
今夜も友達との呑み会に参加するとは言ったものの、バイトが長引いて途中参加となった。
ついた居酒屋のドアをくぐると、すでに出来上がった仲間たちが十数人、赤い顔をして俺を手招きした。
「おっそい!沢見、おまえ、おっそい!!」
米村が乱暴に俺を引っ張り隣に座らせる。
「沢見くーん!待ってたよ~。バイト?」
米村のそばにいた女性が、こちらも酔った様子で俺の肩にしなだれかかってきた。
誰だっけ…。
「あ、うん、学費払わなきゃだしね。あ、俺ウーロン茶。」
「え?!飲まないの?ダメよ!私のビール分けてあげるから!!」
女性が俺の口元に自分の飲みかけのビールを向けてくる。
とてもじゃないが、それをもらう気にはならなかった。
「明日早いからさ。やめとく。ごめんな。」
目の前のつまみを口に放り込み、空腹を満たす。
「ねぇねぇ、沢見君って彼女いるの?女の子みたいに可愛いのに、何かエロいのよねぇ。」
「おまっ、酔いすぎだろ。けど、どうなんだ?沢見、何人いるんだよ。」
米村と女性はべろんべろんのまま俺に絡んでくる。
「いるわけないじゃん。忙しいのに。米村知ってるだろ。」
「そうなんだ、好きな子もいないの?」
女性が俺の顔をグイっと自分に向けて聞く。
一瞬、目が泳いでしまったかもしれない。
「あ、いるんだ。どんな子?」
「…いないよ、そんなんじゃないしね。」
きっと兄みたいな気持ちになって手放したくないだけかもしれない、そうだきっと。
「…ふーん…。じゃぁ、私にもチャンスあるよね。」
「佐山じゃ無理だって~、沢見は意外と固いぜ~。」
米村が笑い飛ばして言う。
そうか、この女性は佐山と言うのか。
いや、待てよ。
兄ってのは語弊があるな、そうだとしたら普通に家に帰ればいいじゃないか、俺。
「佐山さんはさ、高1の頃に大学生の男ってどんな感じで見てた?」
「高校1年生~?中学生に毛が生えたようなもんよね…私は基本同い年好きだったから余計かもしれないけど、ちょっと無理…かな。」
「ちょっ…沢見、まさか高校生と悪いことしてんの?」
米村が興味津々で突っ込んでくる。
「ばか、違うよ。従妹がさ…高校生なんだけど、布団に平気で入ってくるんだよ。俺の事男と思ってないのかな…どうゆう感覚なのかな…と思って。」
ごまかしながら聞いてみる。
米村と佐山さんは顔を見合わせてにたりと笑った。
「その子、絶対沢見君に気があるね!いくら1年でも高校生だよ?従妹って言ったって、布団には入らないでしょ。従妹の高校生か…危ないね~。」
この手の話は二人の大好物だったらしい。
「イケるって、ソレ。おれなら射程距離内!可愛い?可愛?」
俺より興奮した様子で米村が食いつく。
「まぁ…そこそこ。」
「胸は?胸はある?」
酔った米村がかなり脱線してきた。
じろりと米村を目線でけん制しつつも無意識に考える。
胸もまぁまぁあったような…。
背中に抱きついてきた沙里の感触を改めて思い出すと体が熱くなるような気がする。
「もお~、米村君、ほんとセクハラおやじ!」
きゃはは、と笑いながら佐山が米村の背中を叩いた。
いや、もう考えるのやめよう…。
一人どっと疲れて思考を止めた。
「二次会行く人~!」
誰かが音頭を取り、バラバラと別れてゆく。
俺がタクシー乗り場に立っていると、いつの間にか後ろに佐山さんがいた。
「あれ、佐山さん二次会は?」
「私はもう帰るの。沢見君、相乗りしよ。」
「方向…。」
「大丈夫。」
かぶせ気味に言ってくる。
ま、いっか。
「沢見君って…何か秘密めいてて興味がわいちゃう。」
車内で佐山さんが言った。
「ははは、俺そんなに変?」
「ね、今夜、泊めてくれない?呑みなおそうよ。」
佐山さんが勝負の目になった。
「ダメだって、明日早いし。米村も一人暮らしだから、あいつに頼んだら良かったのに。」
俺がしらばっくれて言うと、佐山さんがささやくような声で言った。
「…そうじゃないでしょ。沢見君…私、うまいよ?」
俺が一瞬黙り込むと、手に指を絡ませてきた。
「佐山さん…さっきの話、嘘だよ。」
「え?」
「従妹の話。…従妹なんていないもん。俺ね、高校生の女の子と一緒に暮らしてんだ。意外と爛れてるだろ?」
少し笑って佐山さんの目を見る。
「俺、その子にぞっこんなんだ。帰るね。」
佐山さんは息をのんで手を放し、真偽を図りかねて黙り込んだ。
タクシーがアパートの前で停車して、俺は車を降りた。
「ちょっと待ってよ、ね、冗談よね?」
笑いながらも食い下がろうとした彼女を手で制した。
「冗談だよ、佐山さん。お休み。」
佐山さんに手を振ってタクシーが発車する。
チラリとアパートに目をやると俺の部屋についていた電気がすぐに消えた。
沙里…。
世間知らずで、我儘で、甘えん坊で、ずっと守ってあげたくなる妹みたいな女の子。
けど、今は一緒にいることすら無理だってことも判ってる。
もし二人が結ばれる運命なら、ここで離ればなれになっても、きっとまたいつか出会えるはずだ。
それを信じて、俺は前に進もう。
俺はゆっくりと歩き始めた。




