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お付き合いの始まりと決闘的なもの。

三話連続投稿です

 後片付けを終了した俺は何処にいたかといえば、屋上に居た。

 何となく、いこうかなって気分になっただけで、特に意味はない。

 折角の体育祭が会長のせいで中途半端だったという怒りもある。

 俺は行事が好きだから、正直がっかりした。

 ちなみに和志先輩は愛ちゃんと会長のフラグがどうのこうのいって、二人っきりに持ちこんだらしい。

 無駄に和志先輩って能力高い気がする。そしてそれを使うのがBLのためってのが和志先輩らしい。

 空はすっかり夕暮れだ。

 もうすぐ翔兄の当主就任パーティーだ。

 十文座家が現れるなら、絶対に会ってみたい。あの一族の事は色々噂されているし、凄く興味がある。

 それが終わったら合同行事もある。あの飛鳥の所との。

 一学期は毛玉君騒動で大分楽しかったけど(その分苛々もあったが)、二学期は割と平穏だ。

 何だろう、あれだ。俺刺激が欲しい。

 「……相手がいれば誰かと付き合ってみても楽しいかもねぇ」

 思わず俺はそんな言葉を呟いた。

 一人だったはずなのだが、それには返答が返ってきた。

 「ふーん、理人って恋人作りたいのか」

 声のした方を驚いて振り向けば、そこには隗が居た。

 隗は面白そうに笑って、俺を見ている。

 「隗、聞いてたの? 全然俺気付かなかったんだけど」

 「ん、さっき来た。それより恋人作りたいなら千尋とでもより戻せば?」

 「んー、だって千尋とは一度付き合った事あるからさ、もう一度付き合うのも刺激がたらないし。

 それに千尋は凄い恋人に執着するからね。一生傍に居れる恋人作った方がいいと思うんだよね」

 俺は千尋が外見が好みで面白くて、性格も気にいっていて昔恋人として付き合っていた。

 一度付き合った千尋ともう一度付き合うのは新鮮味がないのももちろん理由だけどさ。

 千尋みたいに恋人に執着する人間の恋人は一生千尋を思ってくれるような一途な子の方がいいと思うんだよね。

 そもそも高校生が一生傍に居る恋人とか中々出来ないだろうけど、俺みたいに好みと面白さでつきあっていつ別れるかわからない奴よりそっちの方がいいと思うんだよね。

 「じゃあ、寺口とかは?」

 「葉月はねぇ…。友人としてはいいけど、好みじゃないんだよ。俺は恋人は可愛い子がいい」

 「ふぅん」

 「あ、さっき小長井先輩にも俺告白されたよ」

 「その様子じゃ断ったんだろ」

 「そ。だって好みじゃないんだもん」

 近づいてきた隗と隣り合ってそうやって会話を交わす。

 「じゃ、どうすんの?」

 「んー、可愛い系で面白い子探して付き合う?」

 でも俺相思相愛がいいからな。俺が気にいって、向こうも俺が好きって子。

 一方通行とかは嫌いだしね。だから強姦とか大嫌いで止めてるわけだけど。

 可愛い顔で面白い子がいいんだよね。だっていくら外見可愛くても面白くなければつまらないし。

 屋上で、俺と隗の声だけが響く。

 「じゃ、理人のお眼鏡にかなう子居ないのか」

 「まぁね」

 「じゃ、俺は?」

 隗が本当に自然に、躊躇いもせずそんな言葉を発するから俺は思わずびっくりした。

 驚いて隣に居る隗の方を見れば、隗は悪戯に成功した子供のように笑っていた。

 そして、冷静に隗にいわれた事を考えて俺は言った。

 「その発想はなかった…」

 「だろうな」

 「つかそれ告白?」

 「一応」

 俺と隗は二人して、笑っていつも通りに会話を交わす。

 一応、なんていってるけどそんなムードは一切ない。

 これが愛ちゃんの会長への告白とかならきっと甘い雰囲気になりそうだけど。

 つかこんな会話しながら隗って本気でいってんのかなと疑問。

 「隗って俺の事好きなの?」

 「好きってか、付き合ったら面白そうって思うから。

 だって理人と一緒に遊ぶって絶対楽しいだろ?

 それに個人的に理人と誰かが付き合いだしたら千尋ってどうすんだろうって気になるし」

 「それは同感。うん。隗らしい理由。

 あー、千尋はそりゃ暴走するだろうけど…。うん、隗と千尋の一騎打ちとか楽しそうだな」

 何とも隗らしい理由に俺は笑った。

 いや、寧ろ此処で好きだの愛してるだの言われたら絶対嘘だと思うけど。

 だって隗ってそういう事言わなさそうじゃん?

 隗って俺と似た者同士だし。

 千尋は本当暴走しそうだな。でも千尋と隗のタイマン。なんか凄い楽しそう。

 そこまで考えて、俺はそのまま隗に手を伸ばす。

 「じゃ、付き合おうか、隗」

 「この手何」

 「ん? 恋人としてよろしくって証?」

 何て笑って、何となく握手してみた。

 特に意味はないけど。

 「でもま、隗、千尋の事頑張ってね?」

 手を離して、千尋の事を思ってそう言い放つ。

 千尋が暴走しても隗なら別に問題ないしね。

 隗って千尋の事脅えたりせずに、面白がってるから。

 そんな事を思いながらの言葉に隗は、想像通りの答えをくれた。

 「あいつ『狂猫』なんだろ? 喧嘩出来るとか楽しそうじゃねぇか。全然問題ない」

 「はは、隗男前! 葉月が言うには会長とか千尋に色々言われてびびってたらしーのに」

 「そりゃ、会長がヘタレなだけだろ。本当さっさと俺『ブレイク』抜けよう。あんなのの下嫌だしなぁ」

 「あ、なら俺と付き合ったって暴露してから一緒にいいなよ」

 「それ、いい! 絶対間抜け顔そらしてくれるはずだしな」

 「そうそう。ついでに落ち込んだ会長は親衛隊の子に差し出しちゃえば一石二鳥だしね」

 そういえば、隗ってタチだよね。

 ネコになるのは嫌だし、そうだ、うん。ヤられる前にヤっちゃえばいいんだよね。

 それなら、問題ないよね。

 俺隗なら見た目好みだから、うん、抱けるだろうし。

 その後はまぁ、とりあえず俺の部屋に向かった。

 いや、俺は押し倒す気満々だったんだけど。

 気を抜いたら押し倒されそうじゃん?

 で、やっぱり俺と隗は似たもの同士だったから、殴り合いになっちゃった☆

 そう、とりあえず最初に主導権を握ろうと取っ組み合いだ。

 うん、だって俺らタチだしね、両方。

 取っ組み合いをベッドでした結果、

 「…あー。隗、ちょっと落ち着こうか」

 現在隗に押し倒されてます。

 よく考えればさ、俺って喧嘩出来ても不良なわけじゃないから隗に抑え込まれたという。

 それでまぁ、上にのっかかってギラギラした目の隗にちょっと焦ってる。

 だって俺ネコ経験した事ないし、ぶっちゃけつっこまれるとか怖いんだが…。

 でもま、そんな葛藤隗は知らないわけでもうそのまま食われた。

 途中で気を失ったらさー、目が覚めたら隗はそのまま寝てるし、なんか腰いたいし。

 うん、やられっぱなしって俺の性分じゃないよね?

 ってことで裸の隗をいただきますって感じで食い返してやりました。

 うん。やられっぱなしで俺が大人しくしてると思ってる隗が駄目なんだよね。

 寝ぼけたままの隗をそのまま押し倒してやった。

 …てか、これって真希とか和志先輩喜びそうな展開だよねぇ。

 あ、ちなみに食った後にメールで友人一同には報告したよ。

 親衛隊にもね。

 千尋にもしたから後で千尋暴走するんじゃない?







 *柏木千春side



 グシャッ。

 思わずその何かを壊すような音に俺は驚いた。

 「りーが居ない」とへこんでいる千尋と葉月さんとかその辺の人達と体育祭の打ち上げをしていた。

 そしたら一斉になったスマホの音楽。

 俺はまだ見てないんだけど、すぐに見た千尋がスマホをその…、わっちゃったんだよね…。

 はじめてそんなの見たし、びっくりした。

 というか、千尋がそれだけ衝撃を受けるものだったの?

 俺もスマホを開いて、メールを見る。

 「え?」

 それを見て、思わず驚いた。

 『送信者:理人。 

 本文:隗と付き合う事になったから』

 それだけ書かれた文面。

 思わず固まったのは仕方がないと思いたい。

 慌てて周りを見れば、それぞれ反応を示している。

 千尋はまぁ、なんか明らかになんかキレてる感じなのに笑顔……、だ、大丈夫なのか?

 葉月さんは、仕方ないなといった表情を浮かべている。なんか大人だと思う。

 響は、驚いて固まった顔してる。俺も気持ちわかる。

 安住君は、目を見開いているけど特に気にしてない様子。というか興味ない?

 渕上弟の方は、ええってその顔を驚愕に染めている。

 真希は…「キタッ。攻め×攻めとか何その素晴らしいの!!」なんか、そんな事いって興奮してる。

 真希の恋人の鏑木先輩は、真希のスマホを見て驚いた表情をして、その後興奮した真希をなだめている。

 あ、会長はいないよ。

 真希が「会長は一人寂しく居る所を攻めに慰められるとか受けっ子の優しさに触れるとかが美味しいと思う」とかよくわからない事いって光永先輩の所に渡してきてたから。

 千尋を見れば、恐ろしいほど冷気を纏わせている。

 ほそめられた目は何処か狂気を帯びていて、普段の無邪気な様子からは考えられないほどだ。

 というか、われたスマホがまだバキバキいっている。

 この中で一番冷静じゃないのは、千尋だ。

 まぁ、真希も違う意味で冷静じゃないけど。

 「千尋」

 今にも何かにやつあたりでもしてしまいそうな千尋に声をかけた人がいた。

 その人は葉月さんだ。

 千尋のいつも以上に暴走しそうな様子に躊躇いもしないのは流石だと思う。

 理人に聞いた話によると葉月さんが総長の暴走族に千尋は所属していると聞くし、なれているのかもしれない。

 「何、葉月さん」

 どこまでもギラついた目。

 いつも愛らしく笑う姿からは信じられないほどの『男らしさ』を感じされる獰猛な目だった。

 千尋は二面性を持っているのだと実感する。

 少し危なさを持っていて、二面性を理解していたつもりだったけどそんな事なかったんだろうと思う。

 千尋が本気で切れたら殴る程度では終わらないのだ。きっと。

 可愛らしく笑ういつもの千尋と、

 今の恐ろしいほどに獰猛な千尋。

 どちらも千尋のはずなのに、あまりにも雰囲気が違う。

 「気持ちはわかるけど、おさえろよ。ま、最も理人は千尋がこうなる事しっててメールしてきたんだろうけど」

 やれやれとでもいうように葉月さんは肩をすくめた。

 「わかったるよ。もー、りーがこういう状況楽しまないわけないってわかってるよ」

 むーっと頬を膨らませて、だけどギラついた瞳のまま千尋は笑う。

 可愛い千尋とキレてる千尋が両立しているような状況だ。

 「俺、ちょっと隗と喧嘩してくるー」

 「え、ち、千尋?」

 千尋の言葉に思わず俺は千尋を引きとめてしまった。

 千尋は引きとめた俺の方へと視線を向ける。

 いつもと違う雰囲気の千尋に思わず震えてしまいそうになる。

 それほど千尋の目は冷たかった。

 だけど、と思う。

 俺は千尋と友達をやっていたいのだ。

 仲良くしていたいと思ってる。

 それならこんな千尋を怖がってちゃいけないと思う。

 こんな風に何処か狂気を纏った千尋も、千尋なんだから。

 前に転入生がやってきた時、俺は守られてばかりで何もできなかった。

 理人に助けられた。味方が居なかった時に友達になってくれた。

 そしてそこから真希や千尋達とも仲良くなれた。

 俺にとって大事な絆なんだ。

 「なーに、はーちゃん」

 そういってこちらを見つめる目は冷たく光っていた。

 いつもの明るい笑みはなく、何処までも冷たくて、俺の知っている千尋じゃない気がして少し怖かった。

 「俺を止めるの、はーちゃん」

 「ううん…。あの、俺も、俺も千尋と一緒に行く…」

 こんな風に暴走気味な千尋は不安定にも見えるから。

 情緒不安定で、今にも爆発してしまいそうな危うさがあるような―――…、そんな千尋を放ってはおけないんだ。

 確かに怖いけど、大切だから。

 「一緒に来るのー?」

 そういった千尋は何処か俺に驚いたような目を向けていた。

 「う、うん。行く」

 千尋は今にも暴れ出しそうな冷たさを放ってる。

 前に親衛隊に手を出した件もあって千尋は学園でも要注意人物だ。

 実際俺も関わりがなければ千尋に近づく事さえなかったと思う。

 それでも俺は知ってる。

 冷たくても、暴走しがちでも千尋は仲良い人達には優しい事を。

 確かに手は速いけれど自分を受け入れてくれる人を大切にしている事を。

 それから千尋と一緒に理人達が居るという理人の部屋に向かった。

 千尋が恐ろしいほどに冷たい雰囲気を纏っているからか、すれ違う生徒達がびくっと体を震わせて俺達を避けるのがわかる。

 前を歩く千尋に俺は必死についていく。

 千尋は何も喋らない。

 そして俺もそんな千尋に何も声をかけられない。

 ただ無言のまま歩いて、理人の部屋にたどり着いた。

 千尋は理人の部屋の前で立ち止まるとピンポーンと鳴らした。

 千尋と二人で扉が開かれるのを待つ。 

 しばらくすればガチャリと開かれた。

 「千尋、やっぱ来たんだ」

 そういって面白そうに笑った理人の首元にはその…キスマークがありました。

 それを見て思わず赤くなってしまった俺は仕方ないと思う。

 だ、だってキスマークなんて実際見る機会ないんだ。

 理人と渕上兄がその…変な事してたかと思うと、その…なんとも言えない気持ちになる。

 理人は千尋を見た後、こちらを見た。

 「千尋は予想してたけど春ちゃんまで来るとは思わなかったなぁ」

 「その、俺心配で…」

 ちらりっと千尋の方を見れば理人は一瞬驚いたような顔をする。

 そしてそのあと、嬉しそうに笑うのだ。

 「春ちゃんはいい子だね」

 ってそんな風に。

 そして俺の頭を撫で回す。

 「ねー。りー」

 そんな穏やかな雰囲気の俺達に対し、千尋は何処までも冷たい雰囲気を纏っていた。

 こちらを射抜くように細められた目が、見ている。

 その目があまりにも冷たくて、びくつきそうになる。

 「ん、何?」

 だけど理人は全然、脅えた様子はなくて、本当流石だと思う。

 「それ、隗がつけたの? ねー、俺のりーは隗のものになっちゃったの?」

 言ってる言葉だけなら可愛らしいものだ。

 でも、見ていてどうしようもないほど今の千尋は冷たい。

 笑っているけど、笑っていない。

 笑いながらこんな目を出来る人を俺ははじめて見た。

 「うん。そーだよ? 隗は面白いからね。付き合ってて楽しそうでしょ」

 理人はその目を気にしないとでもいうようにそう笑う。

 「…ねぇ、隗は何処にいるの?」

 理人の言葉を聞いたかと思えば地を這うような声が聞こえた。

 …千尋ってそんな声出せるんだとびっくりしたのは内緒だ。

 「俺なら此処に居るぜ?」

 その言葉と共に、理人の後ろから渕上兄が姿を現す。

 渕上兄を見た瞬間、千尋がまた一段と冷たくなったのがわかった。

 鋭く細められた目が渕上兄を見据えてる。

 それでも渕上兄も理人もいつも通り笑ってる。

 「おー、俺すげぇ睨まれてるな」

 「楽しそうだね、隗」

 「そりゃ、楽しいよ。あの『狂猫』が本気で怒ってるんだぜ?」

 目の前で仲良さそうに、面白そうに笑う二人は俺の目から見ても似たもの同士という言葉がぴったりくる。

 「……ねぇ、隗」

 そんな二人とは対象的に千尋は冷たい声をあげた。

 「俺はね、りーが大好きなんだ。だからりーが決めた事ならなるべく何もいいたくない」

 千尋は渕上兄の方を真っすぐに見据えてる。

 「そう思ってるのも本心なんだけどさー。

 俺、大好きなりーが誰かのものになったって聞いてさ―」

 そういって、一瞬千尋が笑う。

 だけどその表情と行動は正反対だ。

 千尋の右足は打撃音と共に、寮の廊下に立ててあった植物を倒す。

 ガシャンッという音と共に倒れたそれは破壊される。

 その大きな音に思わず体がびくっと震えた。

 だけどそんな様子を見せているのは俺だけである。

 「どうしようもなく苛々してるんだよ。だから、俺と喧嘩しよーよ、隗」

 そういってにっこりと笑う千尋を理人と渕上兄は面白そうに見ていた。








 渕上隗side


 「俺、手加減出来ないから注意してねー」

 千尋がそんな風に言って笑ってる。

 笑顔でありながらも恐ろしいまでに冷たい声を発してる。

 『クラッシュ』の、『狂猫』と呼ばれた存在。

 理人の元彼で俺にとって面白いと言える、色んな意味で頭がイってる男。

 「はっ、別に構わないぞ。あの『狂猫』と本気で喧嘩出来るなんて楽しいだろ?」

 場所は学園内の、人気のない裏庭。

 この場に居るのは俺と理人と、千尋とそして柏木だけ。

 はじまりの合図もなしに、喧嘩は始まった。

 ま、スポーツでも何でもないんだからいつ始まるかなんて喧嘩に決まってないのは当たり前だけど。

 千尋が一気にこちらに飛びかかってきた。

 流石、『クラッシュ』の幹部を張っていただけあって素早い。

 千尋が決して強いとは思えない小柄な体型で幹部を張れるのにはスピードも理由の一つだろう。

 飛びかかって、繰り出された足を紙一重で避ける。

 結構避けるのもギリギリだ。

 それを見て千尋の表情に幽かな喜びが見えたのを俺は見た。

 千尋は怒っているけれども、喧嘩を楽しんでいるのかもしれない。

 俺だって今、あの『狂猫』とやりあえる事を楽しんでいる。

 暴走族には、螢が入りたいっていったから入ったけどさ。

 俺は結構喧嘩は好きだ。

 雑魚相手にやるのは詰まんないけれど、こういう強い奴相手に戦うのは楽しい。

 蹴りをいれて、

 拳をいれて、

 そんな攻防が続く。 

 互角といっていい攻防が続いた。

 だけど、それも長くは続かない。

 千尋の拳が俺の腹へと直撃した。

 普段の、冷静な千尋相手にならもっとやれただろう。

 でも今、目の前に居る千尋は、噂に聞く『狂猫』、そのものだ。

 制御の利かない狂った存在。

 可愛らしい顔をしているのに気まぐれで狂気を帯びた猫。

 幾ら喧嘩しなれていても、一切の躊躇いのない狂ったような攻撃は対処しにくい。

 痛みにむせながらも俺は、こちらに向かってくる千尋を視界にいれる。

 飛びかかってくる千尋から、どうにか避ける。

 「あはっ、隗は強いね」

 楽しそうな千尋の声が響く。

 人を殴って、蹴って、そうやる事を心底楽しんでいるような狂気に満ちた笑み。

 本当…、理人の周りは面白い奴ばっかだ。

 だからこそ、俺は理人に付き合いを持ちかけた。

 一緒に居たら飽きないし、一緒に遊べば楽しそうだからだ。

 それに付き合った事で、こんな面白い、千尋との喧嘩が出来るなんて本当付き合ってよかったと思う。

 ……最も食った後に食われたのだけは予想外だったけれども。 

 そりゃ、そうだよな。

 あの理人が、食われたまま大人しくネコをやるわけねーもんな。

 「ねー、隗。俺はさー、りーの事大すきなんだよ」

 千尋が笑って、そういいながら俺に向かってくる。

 「だから隗に苛々してるんだー」

 無邪気に笑いながら、先ほどよりも重い拳を俺に向けてくる。

 それを俺はよけきれなくて、体がふらついた。

 「でも隗が面白い奴だっては知ってるし、良い性格してるっては知ってる」

 よろけた俺に千尋はまだ、攻撃を繰り出してくる。

 「だからさー、ボコボコにさせてくれたらチャラにしてあげる」

 蹴りが、拳が、頭突きが―――、よろけた俺に向かっても千尋は容赦がない。

 「でもさー、もしりーのこと大切にしなかったら今度は殺すから」

 俺だって族の幹部をやっていて、そこそこ戦える。

 それでも俺よりも千尋の方が強い。

 まだこんな風に『狂猫』と呼ばれる所以の状態――要するに何処かぶっ飛んでイカれてる状態じゃなければいけたかもしれないが…。

 こんな理人のことでイカれている千尋には勝てない。

 実際、俺は情けないまでに一旦体勢を崩されてから、ボコボコにされた。

 文字通り、容赦なく、ボロボロにされたのだ。

 …――そして俺は、最後に千尋に思いっきり顎に飛び蹴りをくらわされて意識を失うのだった。










 *柏木千春side



 目の前で渕上兄が、倒れた。

 千尋がそれだけの事をやったのだ。

 「りー、隗に何か酷い事されたらいってね。俺今度は殺すから」

 「報復なら自分でやるからいいよ」

 倒れ伏せた渕上兄を気にも止めないで、理人の方を向いて千尋は笑った。

 それに理人は苦笑を浮かべながらも、楽しげに答えた。

 そして、次に千尋が俺の方を見る。

 「…はーちゃん、いこ」

 「あ、うん」

 千尋に突然話しかけられて、俺はそんな返事をしてしまった。

 千尋がすたすたとその場から去っていこうと足を進める。

 俺はそれに慌ててついていこうと足を動かす。

 後ろから「春ちゃん、千尋と一緒にいてやって」なんていう理人の声が聞こえた。

 俺は振り向いて、うんと頷く。

 そして速足で動く千尋を走って追いかけるのだった。

 「…ち、ひろっ」

 どんどん進んでいく千尋にそんな声が漏れた。

 俺は体力がある方ではない。

 勉強は特待生で得意だけれども、運動は苦手だ。

 そんな俺が喧嘩もバリバリするような運動神経抜群の千尋についていけるはずもなかった。

 千尋は俺の言葉に振り向く。

 最初は隗に向けていたような冷たい目だったけれど、俺が息切れしてきつそうなのを見てその顔が慌てたような表情に変わった。

 「はーちゃん、ごめんねー。俺はやく歩きすぎた?」

 俺の方に近づいてきて、心配そうに見上げる姿にいつもの千尋だとほっとした。

 「ううん…、それより千尋は大丈夫?」

 理人の事が本当に大好きでたまらない千尋。

 そんな千尋が、理人と渕上兄が付き合いだしたって事実に何も思っていないはずもない。

 理人から渕上兄と付き合う事になったってメールを見てから千尋は普段とは違うような、何処か不安定な印象を俺に与えていたから。

 そんな千尋が俺は心配だった。

 「…心配してくれてありがとう。はーちゃん。

 でも、俺はりーが望んでやった事を邪魔する気はないから」

 俺の歩みに合わせてゆっくりと千尋は歩いてくれる。

 「そっか…」

 「うん…。俺の大好きなりーは自分のやる事邪魔されるの嫌いだから」

 「うん。理人はそんな感じだよね」

 「…それに俺はりーが好き勝手やって、りーらしく生きてるのが好きなんだー」

 千尋はそういって、また続ける。

 「だから、俺はりーがあんなに隗と一緒に遊ぶの楽しそうにしてるのに邪魔は出来ないよ…」

 そういった千尋の声が、何処か泣きだしそうなように聞こえた。

 理人のこと大すきなんだって、千尋は言葉で表していた。

 それだけ千尋は理人のことが好きで、きっと誰にも渡したくなかったんだと思う。

 恋愛なんて俺は知らない。

 ……悲しい事に操の一件で男なのに処女というものを失ってしまっているのもある。

 理人や千尋、そして彼らが信頼している人達は大丈夫だけど、知らない人と二人っきりとかだと俺は無理だ。

 一学期――、あの時操達が起こした恋愛騒動は正直俺に恋愛何てものをさせる気を失わせていった。

 だって親友だったはずのあいつは醜い嫉妬で俺を親衛隊に売ったんだ。

 恋愛でそんな風に友情さえも切り捨てられる――それを身を持ってしったからこそ、『恋』なんてものに恐怖もわずかに感じる。

 それでも、千尋の思いは綺麗だと思った。

 千尋自身は、そりゃあ理人に害をなす相手を酷い目に合わせたりして手加減をしなかったりする。

 実際俺はさっき、渕上兄と千尋がやりあったのを見て怖かった。

 渕上兄がやられる事がじゃない。千尋が、いつもの千尋じゃなくなった気がから。

 このまま、淵上兄を殺してしまうんじゃないかって不安になったから。

 理人の望みを優先するのではなく、自分の感情を優先する―――操の周りに居た奴らのように千尋がなってしまうんじゃないかって思ったから。

 だけど千尋はボコボコにはしていたけど、ちゃんと引き戻ってきた。

 理人のことを思って、理人のことが好きだから――、冷静になった。

 千尋の理人への気持ちは歪んでいるようだけど、『恋』によってた操に告白してた連中よりも、親衛隊として近づく生徒に制裁する連中よりも、純粋な好意なのだ。

 「あーあ、俺絶対帰ってきたらりーとずっと一緒に居るんだって思ってたのに……」

 下を向いた千尋は泣いているようにも見えた。

 弱音なんて吐かなさそうな、涙なんて絶対見せなさそうな、千尋のそんな姿。

 実際千尋は泣かないように必死なように見えた。

 そんな姿を見たら勝手に体が動いていた。

 俺よりも背の低い千尋の事、気付けば俺は抱きしめていた。

 「千尋、泣いていいんだよ?」

 痛ましかったのだ。

 泣きたいのに泣かない姿が。どうしようもない気持ちが一杯になって放っておけなかった。

 千尋のために何かしたかった。

 「はーちゃん…」

 千尋は驚いたような声をあげた。

 「…千尋、泣きたいなら泣いていいんだよ?」

 泣くのを必死に我慢して、強がるようにそこにある千尋に俺はただ続ける。

 見ていて痛々しかったんだ。何だか、何かしてあげたかったんだ。

 それは、俺が千尋のこと大切に思っているからだ。

 「嫌な事をさ、吐きださずにいると後から大変だよ?

 泣きたいときは思いっきり泣いた方がいいよ。我慢するの、体に悪いよ」

 我慢は悪いことではないかもしれない。

 でも気持ちを吐きださずにずっと心にとどめておくことは体に悪い。

 いつか、我慢して我慢して壊れてしまうかもしれない。

 俺も総矢に裏切られた時、どうしようもないほど絶望してた。

 だけど自分で抗う術なんてなかった。

 心が壊れそうで、実際男達に襲われた時なんて死にたくなってた。

 ――理人が助けてくれなきゃ、どうなってたかわからない。

 辛い時に誰かが傍にいてくれる。

 悲しい時に誰かが手を差し伸べてくれる。

 ただ、それだけでも人って救われるんじゃないかなって俺は思ってる。

 「……はーちゃん」

 悲しそうな、千尋の声が聞こえる。

 いつもの強い様子とは違って、千尋は理人が渕上兄と付き合いだした事に落ち込んでる。

 「辛い時は思いっきりなくべきなんだよ。それで思いっきり悲しいって気持ちを吐きだしてから、頑張ればいいんだよ」

 辛い時にその気持ちをずっと胸にしまいこんでたら、その思いで一杯になって色々と限界が来てしまう気がするのだ。

 先ほども言った言葉をもう一度口にして、千尋がどうか悲しい気持ちを吐きだす事を願った。

 「…俺は、本当にりーが大好きなんだよ」

 抱きしめていた千尋から、そんな声が漏れた。

 「だから、なんか、悲しいなぁ…」

 それはきっと千尋の本音だった。

 渕上兄に理人をとられた怒りもあっただろうけど、悲しみだって一杯その身に感じていたんだと思う。

 その後、千尋は泣いた。

 声を押し殺して泣いた千尋を俺は抱きしめる事しか出来なかった。






 *渕上隗side




 目が覚めたら、俺はベンチに寝かされていた。

 「あ、隗、目冷めたー?」

 明るい、楽しげな声が響いてそちらを向けば理人が笑って俺を見ていた。

 あー、此処は裏庭のベンチか。

 そうだ、俺は―――、

 「……千尋強いな、あいつ」

 千尋にぶちのめされて気絶した事を思い出して、思わずそう呟く。

 自分が情けないなぁと若干思うも、千尋ってあんなナリであれだけ強いとか面白いという思いの方が勝った。

 あれだけ面白い奴だったからこそ、理人は千尋と付き合っていたのだろう。

 「まぁね、暴走した千尋に勝てる奴なんてそうはいないから」

 理人は何処までも楽しげに笑っていた。

 実際、俺と千尋がやりあった。

 その事実だけでも理人は楽しめるのだろう。

 まぁ、俺も理人の立場なら思いっきり楽しむしな。

 「体大丈夫?」

 「…大丈夫と言いたい所だけど、あいつマジ容赦ないな。殴られた所が痛い」

 『狂猫』と言われるほどの存在なのだから、容赦がないのは当たり前かもしれない。

 だけど、本気で痛い。あいつ欠片も容赦せずに俺と喧嘩したんだろう。

 手加減されたらされたでむかつくけど、動かすだけで痛むほどに痛めつけられたとかなんか嫌だ。

 「負けるとかなさけねーし」

 思わずそんな声を発してしまう。

 そりゃあ、勝てるとは思ってなかったけどボコボコで負けるとはなぁ…。

 「全然情けなくないよ。情けない男だったら千尋に立ち向かおうともしないだろうから」

 「あー。言えてる」

 「隗が千尋と向きあわないような奴ならそもそも付き合おうと思わないしね」

 理人はそれはもう、楽しそうに笑った。

 まぁ、それはそうだろう。

 千尋とやり合おうって覚悟もなければ、理人とは付き合っていけないし、千尋には確実に半殺し――いやガチで殺されそうだ。

 「まぁ、とりあえず俺が肩貸すから保健室行こうよ」

 「あー、そうだな」

 「ほら、捕まって」

 理人の言葉に俺は頷いて、肩を貸してもらう。

 支えられなければ歩けないとか、本当アイツ容赦ない。

 その後はボロボロの俺を見て、親衛隊の奴らが騒いだりしたけれど、問題なく保健室にたどり着いた。

 ――…数日間、千尋にやられた傷が痛んでいたのは言うまでもない事だった。


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