ホテルジェラシー 2011
2011年9月頃の作品。
企画競作参加用。お題は「ホテルリバーサイド」。
ちなみに文字数は2943(にくしみ)。*改行など含む
僕の住む町には、川があります。一級河川の、大きな川です。
なので、小学校の写生大会とかなんかは必ずこの川でありました。みんな土手に腰掛けて、川とか木とか、どこかのカップルが漕いでいるレンタルボートの絵を描きます。
そんな時に目に入るのが、向こう岸の土手の向こうに建っている、ホテルリバーサイドです。
僕たちはみんな、ホテルリバーサイドに憧れていました。ホテルなんていう都会的で、リッチなものに泊まったことがないからです。ホテルに泊まったことがあるのはお父さんが社長をやっている伊集院君くらいで、僕たちは泊まるといえば田舎のお祖父ちゃんやお祖母ちゃんの家、もしくは民宿が関の山でした。プールがついていて泳いだり、お部屋に食事を持ってきてもらうというルームサービスなんてものを夢見て、僕たちはみんなで誓いました。いつか、大人になったらホテルリバーサイドに泊まろう。仕事をしてお金を稼げるようになったら、記念にホテルに泊まろうと、そう心に決めたのです。
ホテルリバーサイドがそういう、想像していたリッチな都会のオアシスではなかったと気がついたのは中学生の時でした。川にかかっている橋を渡って、その向こうにある大きな本屋さんに行こうとしてわかったのです。ホテルリバーサイドの前を通りかかったら、わかったのです。プールもないし、多分ルームサービスもこのホテルにはありません。ビジネスマンが出張で使うような、簡単な宿泊施設でもありません。ホテルリバーサイドは、大人たちの為の愛の仮宿だったのです。休憩は二時間で四○○○円~です。
子供の頃の夢が破れたのは残念なことでしたが、それ以上に僕は興奮していました。これが本物のラブホテルなのかと。噂に聞くラブホテルなのかと。中学生の男子にとって、目の前にあるちゃっちい城の中で起きているたくさんのビッグバンはちょっと想像しただけでも相当刺激的でした。僕は本屋に寄るのも忘れ、急いで自転車を漕いで友人の家へ走り、ホテルリバーサイドが幼い頃に憧れていた都会的な、いわゆる大人の隠れ家ではなかったことを報告しました。みんなには、お前、今頃気がついたのかよと笑われましたが、その後、いつか絶対あそこに行こうぜと再び誓い合うことになりました。ポテチを食べながら、何歳になったら入れるのか真剣に語り合い、その途中で突然川島君が、俺、もうカノジョいるんだぜとカミングアウトしてきたので全員でボコボコにしたりしました。その二年後、川島君は懲りずに、俺、ホテルリバーサイドでキメてきたぜ、と報告をしてきたので、即、友人を総動員してボコボコにし、ご祝儀とかえさせていただきました。
そんな衝撃を僕は中学生の時に受けた訳ですが、大人になってまた新たに衝撃を受けることになりました。なんと、僕は今、件のホテルリバーサイドの中にいるのです。憧れに憧れた愛の城、ホテルリバーサイド。ホテルリバーサイドなう。今している事、いる場所には、なう、とつけるのが流行っているそうです。なので、なう、とつけてみました。
とにかく、今、リバーサイドホテルにいるのです。もちろん、女性と一緒です。狭い部屋に二人きりで、鏡が壁中に張られ、クルクルしちゃうと噂の回転ベッドの前にいます。中学生の頃から憧れてきたシチュエーションでした。テレビ画面の中でしか見たことのなかった淫靡な雰囲気溢れる部屋に、異性と二人きりなう。
これから僕たちがするのは、もちろん清掃です。制限時間は十五分です。ご休憩はたっぷり二時間できますが、お掃除には十五分以上かけることは許されません。どこかの無邪気な恋人達がした、愛の悪戯の後始末をする僕の自給は一一○○円です。パートナーの有田さんは現在、六十一歳です。最近熟年離婚をしたとかで、非常に晴れやかな顔できびきびと仕事をこなします。いきいき還暦です。落ちているティッシュの固まりや使用済みの大人の玩具にも一切動じませんし、お風呂の清掃の速さと来たら、光速は無理にしても、音速は超えているのではないかと思うほどです。妖しげなピンク色のライトに照らされながら働く姿を、僕は清掃の女神と呼んでいます。
乱れて湿ったシーツを交換し、タオルを替え、浴室の湿気をふき取り、今回は十二分で清掃を終えました。また次の客が出て行ったら、有田さんと出動です。有田さんはとても親切です。最近、三人目の孫が生まれたとかで張り切って仕事をされています。それに、僕のことをとても可愛がってくれて、良かったら自分の次女を紹介しようかと言ってくれました。三十二歳のバツイチ子持ちは、正直言ってお断りです。写真を見せてもらいましたが、ブサイクでした。もちろん、大人なので口には出しませんでした。
しかし、お断りした自分に、ホテルリバーサイドを客として使う日がやってくるのでしょうか。二十年以上生きてきて、いまだに彼女はおろか、恋人も、ハニーも、ラマンも、スイートもダーリンも、愛人も二号も妾もセフレもいない僕に、利用する日は来るのでしょうか。わかりません。
憧れの場所で働く。こういうととてもかっこよく聞こえます。僕は、幼い頃から憧れていた場所で今、働いています。こう話すと、親戚のおばさんは笑顔で、カッコイイと褒めてくれます。お父さんもお母さんも苦い顔をしていますが、真実は沈黙の中にそっと、仕舞われます。大人の対応というやつです。この仕事は自給もいいし、暇な時はめちゃめちゃに暇ですし、有田さんともう一人のパートの田中さん以外と顔を合わせることもないので気が楽です。おばちゃんたちは僕を可愛がってくれます。
なのに同世代の女性から避けられるのは何故なんでしょうか。僕はいつか、この怪現象についての研究をしたいと最近考えています。相手の見つかる男と見つからない男には、なにか決定的な違いがあって、出ているはずの成分出ていないとか、そういうカラクリがあるのだと僕は思います。できれば錠剤一発でそんな差別が解消されるような薬も開発できたらともっといいです。もしかしたら世界のどこかで誰かが作っているかもしれないので、それが発表されたら海外から個人輸入してでも使いたいと思います。
それはおいといて、とにかく、この仕事はそれ程悪いものではありません。もちろん、いつだって暇というわけではなく、連続して部屋の清掃をしなくてはならない忙しい時間もあります。お母さんよりも年上の有田さんや田中さんと一緒に、カップルの愛の後始末をしながら僕は考えます。
リ ア 充 爆 発 し ろ
これは恋人達に嫉妬する時に使う言葉だそうです。流行っていると聞いたので、使ってみました。
リ ア 充 爆 発 し ろ
大事なことは二回言うという決まりがあるそうなので、同じ言葉ですがもう一回書いてみました。
僕は今日もリバーサイドホテルにいます。リバーサイドホテルなう。リバーサイドホテルの狭い従業員休憩室なう。また、カップルがやってきました。高校生です。もげろ。