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Get Bald!

2011年10月頃の作品。

企画競作参加用。お題は「変な苗字」と「プロポーズ」でした。


 

 愛おしい恋人の存在。――それは、至福だ。

 孝明たかあきもまたその幸せを日々、かみ締めていた。

 隣で微笑んでいるのは神代じんだい照世てるよ

 大きな瞳が魅力的な、遺跡大好き女子。天使のような純粋な、小柄な彼女。

 大学に入り、親友に連れられて無理やり入らされた「遺跡発掘同好会」で出会った。

 口を開けば古墳がどうの、石斧がどうの、そんな事ばかり話してくる。そんなものにはまるで興味が沸かないものの、好きな物を情熱的に語る照世がどうにも可愛くて、告白をし、じゃあお友達から、なんて健全な返事を貰って健全な付き合いを続けている。

「ねえ、ウガイ君、今日は図書館に寄りたいんだけどいいかなあ?」

 ウガイ君。そう、ウガイ君と呼ばれている。

「うん、いいよ」

 耳にするたびに、胸が痛む。


 大切な彼女に、嘘をついているのだ。孝明は。ホント、人として最低なことに。


 わざとついた嘘ではなくて、他の人間が孝明を「ウガイ」と呼ぶので、照世は今自分の隣にいる男を「ウガイタカアキ」だと思ってしまっている。訂正がされていないだけで、決して騙したわけではない。

 しかし、いつまでもこの状態が続くわけがなかった。だって、名前だ。人間が一人一人、個別に持っている名称。互いを認識するために必要な、重要な情報。そこに、偽りがある。

 言わなくてはならない。

 孝明の心にずっとひっかかり続けているその棘を、取ったら何が起きるだろう。案外傷は小さくて、ちょっと痛いだけで済むだろうか。それとも、思わぬ大量出血に再起不能に陥る羽目になる?

 言わなくてはならない。いつか、必ず。

 だとしたらそれは、早い方がいいのではないだろうかと、彼は考える。これ以上彼女を好きになって、離れられない程好きになってしまってから、その真実が白日の下に晒されたら。

 ――ずっと騙していたなんて、ひどい!

 怒るだろうか。

 ――どうしてそんな大切なことを教えてくれなかったの?

 泣くだろうか。

 照世が大きな瞳から涙をポロポロ流している姿も、それはそれでいいかもしれない。

 孝明は顔をブンブンと振った。妄想をしている場合ではないのだから。


 とにかく、いつか真実を告げなくてはならない。誰かからそれを知らされるよりも、自分から告げた方がどう考えたっていいはずだし、……もし、二人の仲がそれで終わるんだとしたら、早い方がきっとマシだ。


「どうしたの、ウガイ君。なんだか怖い顔してるけど」

 くりんくりんの目が、うつむく孝明を下から覗き込んできて、彼は大きく慌てた。

「あの、テルちゃん、オレ……」

「なあに?」

 大学の中庭に、二人以外に人影はなかった。これはきっと、今、言うが良いという神の啓示なのだろう。

 孝明はすうっと息を吸い込むと、目を閉じ、決意を固め、ぐっと拳に力を入れて愛しの彼女の方を向いた。

「どうしたの、なにかあったの?」

 孝明の異様な様子に戸惑い、照世は不安そうな表情をしている。ああ、心の準備が足りないだろうか。自分は言う決意を固めたが、彼女には不意打ちだ。心の準備をしてもらおうか。そうだ、延期しようそうしよう。

 バカ! 今までもそれで延び延びにしてきたんだろーが! と孝明の善の心が叫ぶ。悪魔の誘惑を本日はスパーンと退け、さあ、告白するのだとラッパを吹き鳴らしてきた。


 言おう。


「ウガイ君?」

「テルちゃん、俺はね。俺は……」

 はああああーっと息を吐き出す。すうっと、吸い込む。

 言うぞ。言うぞ言うぞ言うぞ言うぞ! 今日こそは、言う! 勇気を出して、言え!


「俺は、ハゲなんだっ!」

 

 言った。言ったった! 言ったったった!!

 対して目の前の照世は、キョットーンとしている。


「……そうだったの?」

「そうなんだ! 俺はハゲだったんだ!」

「全然、知らなかった」

「そう。誰かに聞いたりとかは、しなかったんだね」


 良かった。自分の口から告げられたんだ。孝明はどこか清々しい気持ちに包まれながら、胸に手を当て、大きく息を吐き出した。

「じゃあそれは、その、どういうタイプのアレなの? ウガイ君……」

「はい?」

「だからあの、カツラなのかな、それ?」

 今度は孝明がキョトンとしてしまう。

「カツラじゃないよ、ハゲだよ」

「え? うん、それはわかったんだけど、髪の毛、すごく自然だよね。最近の技術ってすごいなって」

「髪の毛……じゃないよ! 違うの! ハゲってそっち? いや、そっちか普通は!」

「え? え? どういうこと? なにがハゲなの?」


 苗字がハゲだった。

 羽外孝明。

 ウガイタカアキ ではなくて、ハゲタカアキ。


「そうだったんだ」

「そうだったんだ程度? 笑わないの、照ちゃんは」

「なんで笑うの? 珍しい苗字だね、私、初めて見たよ」

 にっこり微笑む照世は、やっぱりこの世に下りた天使のように美しく優しかった。今まで出会ったあらゆる子供も大人もみんな、ゲラゲラと笑ったというのに。

 その笑顔にホッコリ惚れ直しながら、孝明は呟いた。

「イヤじゃない?」

「イヤじゃないよ」

「……結婚したら 羽外はげ照世てるよ になっちゃうんだよ?」


 これが孝明の最近の、人生で今までこんなに苦しんだとあったっけと思える程の深刻な悩みだった。

 もし二人が、順調にその愛を育んで、結ばれることになったら――。

 最愛の人に、最悪の名を与えることになってしまうじゃないかと。


 顔を上げて隣の照世に目をやると、いつもは白い肌が耳まで真っ赤に染まっている。

 慌てる孝明に、小さな声が聞こえてきた。

「それって、もしかして、プロポーズ?」

 小さいのにやけに破壊力のある言葉に、若人は信じられないレベルでうろたえてしまう。

「え? いや!? そんなまさかまさか、いやいや、飛躍しすぎっていうかそれはもうこういう珍名さんにはもう、付き物の悩みってだけでさ! いや、そんな、ごめんねなんかもー勘違いされちゃって? ホント!」

 ははは、と乾いた笑いが出終わった後に、照れくさい沈黙が訪れた。二人で目を合わせられないまま、じっと動かない。動けない。

「いや、だってさ……いやでしょ、ハゲテルヨなんて。小学生男児向けのギャグマンガみたいだしさ……」

 孝明の脳裏に、ふと両親の顔が浮かんだ。もっさい冴えない中年の男女の二人は、どのようにしてこの試練を乗り越えたのだろう。一度聞いておくべきだったかもしれない。こんな告白をする前に。


 肩を落とした孝明に、照世は微笑む。


「でも、それでもいいって思えるくらい好きなんだっていう証明にはなるよね」


 銃声が聞こえた。心が打ちぬかれる音だ。最近のキューピッドはどうやら、弓矢ではなくて銃弾を使うようになったらしい。

「照ちゃん……」

 でれでれと溶ける孝明に、天使はとびっきりの笑顔を浮かべてみせる。

「そのくらい、好きになれたらいいな」


 えー、先程お伝えしたニュースに訂正があります。最近のキューピッドが使っているのは、銃弾ではなく、マシンガンでした。

 そんなことを考えながら、孝明は照世の手をぎゅうっと強く握ると、キスしようとして華麗に避けられた。


 それはまだ、早かったらしい。

 羽外 照世の誕生はいつになるのか?

 それが、なるべく近い将来でありますように。孝明の来年の初詣のお願いは、この日、決定した。



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