かたおもい
2011年9月頃書いたもの。
企画競作用、お題は「ニューハーフ」。
久しぶりに戻った地元の、一番大きなホテルの大広間。
みんなガヤガヤと、仲の良かった友人を見つけては話しかけている。
そういう私も、彼の姿を探していた。
高校時代にずっと恋していた、彼。
来た時に覗き込んだ入り口に置かれていた出欠確認の名簿には、まだチェックが入っていなかった。
まだ来ていないのか、それとも、来ないのか。
一目でいいから会いたい。
見るだけでいい。
元から叶わない恋なのだから。
元気でいるか、あの眩しい笑顔がそのままかどうか、……今、幸せなのかどうか。
それがわかればいい。それだけでいい。
今日の同窓会は立食形式のパーティで、席の決まっていない会場はざわざわとしている。
やがて、ぶうんという音が響いた。どうやら司会がマイクを持ち、電源を入れたようだ。
「えー、皆様、久しぶりの再会を楽しまれていると思いますが……」
司会者はどうやら外部の人間らしい。見たことがない、私達とは世代も違う女性が前に立ち、乾杯のためにグラスを持って下さいと全員に呼びかけ、皆がそのようにした。
来ないのかな。
児島君は。
クラスではなく、学年全体で集まっているため、人数は多い。
がやがやと入り乱れる男女の中に、かつて友人だった人の姿がちらほらとある。
彼や彼女らと話したい気持ちもなくはないが、私が求めているのはやはり、誰よりも彼、児島君だった。
無口で目立たなかった私に、なぜか彼はよく話しかけてくれた。
こんな私に多くの友人ができたのは、明るくて人気者だった彼が優しくしてくれたおかげだろうと思う。
いつだって誰かに囲まれていた彼が、私は大好きだった。
しかし、この思いを伝えることはできなかった。
好きだと伝えることよりも、告白することによって彼に避けられたら、という恐怖の方が強かったから。
もちろん、言ったところで避けられたとは限らない。
それでも、いい友達でいようといってもらえる可能性は高かっただろう。
もし、素直な気持ちを伝えていたら?
今と何か違っただろうか。
卒業してから随分経つのに、いまだにこの考えが頭を離れない。
時折、眠れない夜を過ごしていた。
それほどに、私は彼の事が好きだった。
どうしようもなく気になって、私は入り口へと戻った。
受付に置かれた確認の名簿をめくり、自分のクラスのページを見つめ、確認する。
あった。
児島 勇。
名前の隣の欄に、丸がしてある。
来てるんだ。
慌てて会場に戻り、人の間をすり抜けた。
どこにいるんだろう?
背の高さはどのくらいだった?
何色の服が好きだった?
しっかり、覚えている。
いつでも明るい笑みを湛えていて、
いつだって髪は短く刈りそろえていて、
話しかけるときには、「よう!」から始まる。
あの声がしていれば絶対に気がつく。
児島君。
どこ?
彼がいればきっとたくさんの友人に囲まれているはずだ。
ところどころにできている人の塊に目を向ける。
そして、発見した。
ひときわ大きな、集まり。
あそこ?
……もし、もう結婚したんだよって言われたらどうしよう。
子供がいるんだとか、写真を見せられたら笑えるだろうか?
この片思いにいい加減決着をつけようとか、
彼がどうしているか知りたいとか、
たくさんの気持ちが混じり合って不安なのに、私の足は速まる。
不思議だ。
怖いのに、会いたくて仕方ない。
彼の事がこんなに好きだなんて。
知っていたけど、更に思い知らされる。
ざわめきが遠のき、胸の鼓動ばかりが世界に響いていく。
いつもよりずっと早いドラムの中に、求めていた声。
「ヒカル!」
目指していた塊ではなく、背後から。
心臓を鷲掴みにされたような感覚。
足を止めて、振り返る。
そこに、いた。
大柄な女性。
「ヒカル! 久しぶり!」
恥ずかしそうな笑顔。
ちょっとやりすぎなくらいの化粧。
豹柄の派手なワンピース。
セクシーな網タイツに、ゴールドのハイヒールで余裕の180センチ超え。
久しぶりにあった児島君は、私の手を取ると駆け出した。
会場の隅、田舎の薄暗い夜景の見える窓の横で、向かい合う。
「わかる? 児島 勇。今は、ユウカ……、結ぶに、フラワーの花って名前になってるんだけど」
「……わかるよ。うん、わかる……」
さて、私は一体どんな顔をしてるだろう。
児島君はちょっと情けない表情で笑った。
「ごめん。いきなりこんな姿じゃ、戸惑っちゃうよね」
肩幅が広くて、とにかくデカい。
多分この人、純粋な女子じゃないよねー、なんて思われそうな、だけど、一番肝心のパーツはちゃんと女性らしくなっている児島君は、大きな手を胸に当てて、ちょっと下を向いて、こう告白した。
「今年の春、やっと……本当の自分になれたんだ」
長い年月をかけて、体も、戸籍も、女性になれた。
児島君、いや、ユウカさんはそう話した。
「そうなんだ」
私はそれを言うだけで精一杯。
「ごめんね、ビックリさせたよね。だけど、どうしてもヒカルには会いたかったし、言わなきゃいけないことがあって」
ユウカのゴツゴツとした手が私の手を取る。
ずっと憧れていた手。
それは彼の手だけど、もう彼の手ではない。
「ヒカルのこと、ずっと好きだった。今でも、好きなの」
これを伝えるために、長い間治療に耐えたんだって。
今までと少しだけ違う声と口調で、私に告げた。
心が震えて、涙が浮かんだ。
繋いだ手にそれがポタポタと落ちて、私は私の恋が終わったことを知った。
おかしくて少しだけ笑って、私も秘めていた気持ちを白状することにした。
「児島君、僕も君のことが好きだったよ」
私が好きなのは、児島君だ。今はもういない、素敵な、明るい笑顔の男の子。
へんてこな両思いは見事なすれ違い。
お互いの間抜けな愛の告白に、二人で泣きながら笑った。
こうして恋は永遠に失われたけれど、この日から私たちは改めて友達になった。
私も自分の本当の姿になるために、結花から色々と教わろうと思う。
女同士の友情は初めてだけど、うまくいくかな?
いや、きっと、うまくいくだろう。
だってお互い、どうしようもなく好きな相手だったんだから。
きっと無敵の二人になれる。
ね、結花。
――さよなら、児島君。