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ジャポニカ洋品店

2014年3月頃に書いていたものを、最近完成させた作品。

お題は「たい」で、peixe杯に参加しようと思っていたのにインフルエンザで倒れてそのままになっていたという。

 

 

 

 

 

 ミリアがその店を見つけたのは、偶然の出来事だった。




 小さい頃からお転婆で、女の子らしい遊びに目もくれずに男の子とばかり遊びまわっていたミリアが、冒険者になろうと決意したのは十二歳の頃。

 森や洞窟、山の奥に潜む魔獣を倒し、人々の暮らしを守る。国に仕える兵士とは違い、世界中のあちこちを旅してまわる。そして、強い魔獣を倒して名を挙げる。それが、冒険者だ。


 名高い剣士や魔法使いの冒険譚を聞いて心をときめかせ、ミリアは決めた。世界を廻り、困っている人々を助けてまわりたい。

 幼馴染のリュートらと共に木の棒を振り回して「剣の稽古」をして、林の中で手作りの罠を作ってお互いに仕掛け合う「修行の時」を終えて、とうとう村を出たのが十三歳の終わりの、春のこと。


 野犬や小鬼を倒しては報酬へ得て、向かうは東。やってきたのはこれまでに見た事のない大都市「シャーレダン」だ。

 行き交う人と馬車、市場にところ狭しと並べられた食べ物、雑貨、武器、防具、なににつかうかわからないあれ、これ、それ。そんなものに気を取られていたせいなのか、今夜身を置く宿屋に向かって、街の人々に教えられた道通りに歩いてきたはずなのに。


 入り込んだ路地は狭くなる一方で、宿屋がありそうな気配はない。


 寄り沿うようにして建つ小さな建物から感じられるのは生活感ばかりで、楽天的な性格のミリアですら疑問を感じ、首を傾げている。

「こっちじゃないのかな?」

 ミリアの仲間は二人いて、一人は兄のラルコ。何度もやめるよう言って聞かせたのに、夢をあきらめなかった妹の身を案じて共に旅に出ていた。もう一人は、幼馴染の少年リュート。こちらは十四歳で、ミリアと同い年。路地裏に吹く風は思いのほか強く、リュートの長くなってきた赤い髪をバタバタと揺らしている。

「戻ってみるか?」

 ラルコの提案に、ミリアは頷く。しかし、風を避けるために一人違う方角を向いていたリュートはぱっと顔を輝かせた。

「そこにいる人に聞いてみようぜ」


 返事を待たずに少年は駆け出していってしまう。

 勢いはいいが考えの足りないリュートだけでは心配で、ラルコはその後を追う。


 ミリアも続こうとして振り返ったが、その合間に目に入ったものがあった。小さな路地の奥に、細い道が続いている。先には小さな赤い看板が掛けられており、それはキラリと輝いてミリアを呼んだ。


 ラルコたちの後姿と、真っ赤な看板と。散々交互に目をやった挙句、ミリアは道の奥へと入り込んでいった。すぐに戻れば合流できるから。そんな言い訳を心の中で唱えつつ、足早に。


 掲げられた赤い看板には、白い文字で店の名前が記されていた。


「ジャポニカ、ヨウヒンテン?」


 聞き慣れない響きに、異国情緒を感じてミリアは窓の中をのぞき込む。

 薄暗い路地裏だが、店内は明るいようでよく見える。たいして広くなさそうな店の中には、ところどころに洋服が置かれているらしい。


「いらっしゃい!」

 

 窓の下からぬうっと現れた顔に、ミリアはひっくり返って尻餅をついていた。

 すぐに扉が開いて、現れたのは十歳くらいの少年だ。


「ごめんよ、驚かせるつもりはなかったんだ。さあ中へどうぞ。冒険者なら、是非見ていって」


 少年に手を引かれ、ミリアは店の中へ足を踏み入れ、息をのむ。

 

 店の中には等身大の人形(マネキン)がいくつも並べられて、それぞれがカラフルな衣装を身に着けている。形はとてもシンプルで、貴族のお嬢様が着るようなドレスではない。


「わあ」


 けれど、どれもとても豪華だった。

 胸に飾られた花は、布でできている。しかも、光る糸で縫われているらしく、花のふちはキラキラと金色に輝いているではないか。


 初めて見る美しい衣装の数々から、ミリアは目を離せなくなっていた。

 あるのはマネキンだけではなく、店の中央に置かれたテーブルの上にベルトやカバンなども並べられている。


 それはとても不思議な光景だった。

 服も、道具も、すべて「旅人が持つような」形をしているのに。

 けれど素材や色、あしらわれた飾りはどう見ても、町人だの村人だのには似合わない華美なものばかりだ。


「いらっしゃい」


 少年とは違う声が背後から聞こえてきて、ミリアは振り返っていた。


 見るからに大人しそうな、小柄な女性が立っている。

 長い黒い髪に、暗い茶色の瞳。肌の色はミリアよりも少しばかり濃く、顔立ちも見慣れない。

「冒険者の、服と、道具、置いてます」

 黒髪の女性は少し恥ずかしそうにミリアに向けて微笑み、少年に向けて頷いた。


 喋り方も発音もぎこちなく、女性が異国から来たことは間違いなさそうだった。

 なるほど、これは異国のセンスなのだなとミリアは深く感心し、店内に置かれた品々を見て回る。


「うちの店に置いてあるものは全部、このリカコ姉ちゃんが作ってるんだ。珍しい色だろう? 面白い形だろう? 見た目が変わってるだけじゃないぜ。すごく軽くて丈夫で、カバンなんかはすごく便利な造りなんだよ」


 黒髪の女性はリカコという名で、商品を作る担当らしい。少年の言葉通り、リカコは既に店の奥へ引っ込んで、何かを縫っているようだった。


「あ、俺の名前はギューね。リカコ姉ちゃんはあんまりしゃべるのが得意じゃないから、商品の説明とかは俺がやってるんだ」


 ギューと名乗った少年は、次々と商品の紹介をした。ポーチの使い勝手の良さを語りながらミリアの腰につけてみせたり、ベルトの便利ポイントについて説明したり。


「ミリアー、どこだー」


 その時、外から聞こえてきた声にミリアははっとして、慌てて外へ飛び出していた。

「お兄ちゃん、リュート、ここだよ!」

 路地の向こうにいる二人に手を振って、ミリアは驚いた顔のギューへ頭を下げた。

「ごめん、道に迷ってたまたまここに来ただけなんだ」

「なんだよ、冷やかしだったのか?」

 ミリアよりうんと幼いだろうに、ギューの厭味ったらしい顔はやり手の商売人のような決まりっぷりだ。

「今日初めてこの街に来たの。宿を探してたらこんなところに来ちゃって」

 接客係の少年は頬を膨らませて、ぷいっと明後日のほうへ向いてしまう。


 ミリアは慌てて、こう話した。

「また来るから。必ず、落ち着いたらまた来るよ」

「本当かなあ?」

 こんな憎まれ口を叩くギューだったが、すぐにニカッと笑顔を浮かべるとミリアの腰を叩いた。

「姉ちゃんまだ初心者っぽいもんな! しかたない、もっと腕が上がったらまた来いよ。うちの商品は一流の冒険者用で、ちょっとばかりお高いからな」



 

 ミリアが次にジャポニカ洋品店を訪れたのは、一年が過ぎてからのことだった。


 新しい大きな街で宿をとるのにまず苦労をし、仕事探しに走り回り、安くてお腹いっぱい食べられる店を開拓し、新しく信頼できそうな仲間を得て。

 シャーレダンを拠点にした生活がなんとか軌道に乗り、一年間酷使した腰のポーチに穴が開いて、ミリアはようやく思い出した。

 あの路地裏の小さな小さな店のこと。

 店番の少年に勝手につけられたあのポーチの色、形、そして中につけられたポケットの数々。

 あちこちの雑貨屋をまわったけれど、あの小さな店で見せられたポーチに敵うものはなく、宿屋で寛ぐ仲間たちに出掛けてくると告げて、ミリアはしばらく、あの小さな店を探して彷徨った。



「いらっしゃい! ん? 姉ちゃん、もしかして随分前に一度来た?」

 探し始めて三日目でようやく見つけたジャポニカ洋品店。入るなり、店番の少年ギューは嬉しそうにお客を指差して微笑んでいる。

「そう、よく覚えてるね」

 一年前に訪れた時よりも、ギューの背は随分伸びていた。

「一度来た客は、必ず覚えておくんだ。たとえ、何も買わなかったとしてもね」

 店番が偉そうに語っている間に、奥から店主が姿を現していた。

「いらっしゃい。ゆっくり、みて、ためして」


 リカコの言葉はまだぎこちない。だが、微笑んだ顔は穏やかで、とても優しい。

 マネキンに着せられている衣装は見覚えのないものばかりだったが、真ん中のテーブルの上にまだ、ポーチが置かれていた。

「これこれ、これが欲しくて来たの」

「姉ちゃんなかなか見る目があるね。これはうちの定番中の定番、一度使ったら他のものじゃ満足できなくなる、ダイヒットショウヒンなんだぜ」

「ダイヒットショウヒンって?」

「リカコ姉ちゃんの国の言葉で、一番売れてるもの、って意味なんだ」


 ギュー少年が胸を張り、隣でリカコが微笑んでいる。

 他の店では見られない、ほんわかとした不思議な光景に、ミリアもつい笑ってしまう。


「あなた、腰、つけてみて」

 リカコに勧められて、ミリアは悩む。ポーチの色は青、緑、黄色の三色あって、どれがいいのか迷ってしまう。

「あなた、やさしい瞳、緑が似合う」


 雪解けのあとに顔を出したような柔らかな若草色を差し出されて、ミリアは照れた。優しいだなんて生まれて十五年の間に言われた経験がなかった。

「うん、いいと思うぜ。この緑のは新しい色だから、まだ持ってる人がいないんだ。姉ちゃんのだってすぐにわかるし、それに名前を入れるサービスもやってるよ」


 ギューのセールストークが続いている間、ミリアはあることに気が付いて内心で呻いていた。

 高い店だよ、と言われていたし、商品の様子からして高いのは仕方ないとは思う。

 それでも、その辺の適当な店の四倍近い価格は、まだまだ駆け出しのミリアには高すぎた。


 払えなくはない。

 が、払えば生活できなくなってしまう。最悪、兄から借りるという手もあるものの、それは最終手段にしておきたい裏ワザだった。借りたら最後、あれやこれやとくどくど説教されるに決まっている。


「ははあ、なるほど。金が足らないんだな。わかるよ、確かにうちの商品は高い」

 

 急に黙り込んだ理由はあっさりと看破されて、店番の少年はしかたないなと肩をすくめている。

「姉ちゃんはまだ、手練れって感じがしないもんな」

「悪かったわね」

 

 悩んで、悩んで、首を右へ左へ傾けて。ミリアは散々考えて、自分の心をじっと見据えた。

 やっぱりこれがいい。

 でも、今は買えない。


「あの、もうちょっとお金が貯まったら買いに来るから、これを取っておいてもらってもいい?」

「んー、これはうちの定番商品だから。いつ来ても大抵は置いてるよ」

「この色がいいの」


 一年前来た時には、この色がなかった。

 確かに、この色でなくても構わない。使い勝手は同じで、機能性が気に入っているのだから。

 そう思うものの、やはりこの、若草色がいいという思いがミリアの中にあった。

 似合うなんて言われたのは、初めてだったから。


「いいかなあ、リカコ姉ちゃん」

 

 ギューは困り顔で振り返ったが、リカコは変わらない柔らかな微笑みを浮かべたまま、小さく頷いてくれた。


「ありがとう。必ず買いに来るね」


 その時、店の奥に置かれたマネキンが目に入った。

 リカコが作業をしている台の奥にひっそりと、白いシャツを着せられたマネキンが佇んでいる。

「あれは?」

 

 白いシャツに、下は極端に短いスカート。防御力がかけらも見られない衣服だが、ミリアはひどく心を惹かれていた。

「あれは、売り物、ちがう」


 白いシャツの首元には斜めの縞模様のリボンがつけられていた。赤と、緑と、金。太さの違うしましまはふんわりとふくらみ、けれど衣装全体をかっちりとした印象に仕立て上げている。あの小さなワンポイントはなんなのか、ミリアは店主に許可をもらうと作業台の奥まで進んでリボンを間近で見つめた。


「姉ちゃん、これボツにしたやつだろ?」

「こんなに可愛いのに?」


 リボンから視線を外さないままミリアは言ったが、理由はわかっていた。どう見ても冒険者には向いていないからだ。あまりにも無防備過ぎて、役には立ちそうにない。そして普段着にしては露出が過ぎる。


「これ、わたし、ここに来た時、着てた服」


 リカコの声は小さい。

「ああ、そういえばへんてこな服を着てたって、グリデリア様が言ってたっけ」

「グリデリア様って?」

「この街の名士、キュリテラ卿の奥様だよ。名前くらいは知ってるだろう?」


 ギューに問われ、知らないとは言えずに、ミリアは曖昧な笑みを浮かべて頷いた。

「リカコ姉ちゃんは遠いところから来たんだよな。言葉も通じないし、いきなりキュリテラ卿の屋敷の庭にいたんだって。それで牢屋に入れられそうになったんだけど、グリデリア様が助けてくれたんだ。グリデリア様は優しい方だからさ」

「いきなり庭にいたの?」

「そう。わたし、わからない。どうしてここ、来たのか」


 リカコの心情を慮ったのか、ギューは手短に事情を話してくれた。

 育ちの良さそうな様子を見抜いたグリデリアが支援をして、リカコは言語を学び、裁縫が得意だとわかったのでここに店を出すことになったのだと。


「俺の母ちゃんはグリデリア様にお仕えしてるんだぜ」

「それで、リカコの手伝いをしているのね」

「そうさ。俺はリカコ姉ちゃんに言葉を教えてあげたんだ」


 リカコは一体どこから来たのか、結局わからないままだという。

 彼女は多くを語らないらしい。もしかしたら、語れないのかもしれないが。


「この服、本当にかわいいね」


 こんなに丈の短いスカートを履いていたら、酔っ払いに襲われてしまいそうだとは思う。

 けれど、ミリアの中に隠れていた乙女心を、これでもかといわんばかりに刺激してくる。


「戦い、あぶない」

「そうだよね、あぶないけど、でも、すごくかわいい」


 真っ白いシャツに、青い格子柄を斜めに配置したスカート。

 そしてなにより、首元につけられたリボンの輝きが素晴らしい。


「これを着ていたの?」

「これじゃない。思い出して、作った」


 リカコは瞳の中に寂しげな青色を浮かべているが、口元は穏やかに微笑んでいる。


「ミリア、これ、かわいい、思う?」

「うん。こんなにかわいいと思ったもの、生まれて初めてかもしれない」


 ミリアが答えると、リカコは満足げにうふふと笑った。

「さすが、ニホンのカワイイ」

「え?」


 ジャポニカ洋品店の店主はマネキンからリボンタイを外すと、ミリアの首元にそっと巻き付け、冒険者を鏡の前へと導いた。


「似合わないね……」


 シンプルで飾り気のない冒険ファッションに、リボンは明らかに浮いている。

 やはりあれは、白いシャツとあのスカートにこそ合うのだろう。


 がっくりとうなだれるミリアの肩を、リカコは優しく叩いた。


「ミリア、お金、稼いで、また来て」


 リカコは笑った。

 あのリボンは、形をなおしてポーチにつけておくから、と。


「いいの?」

「ニホンのカワイイ、イセカイでもキョウツウ」


 意味のわからない単語を口走って、リカコは言葉をこう結んだ。


「わたし、とてもうれしい。ミリアがかわいい、言って、一番、うれしい」


 リボンはサービスでつけてくれると言う。

 ギューは文句を言ったが、リカコはそれをあっさりはねつけて、ミリアの手を握った。


「ありがとう、ミリア」

「こっちこそありがとうだよ、リカコ。なるべく早く受け取りに来るからね! あと、あの服が完成したら、一度だけ着させてほしいな」


 似合わないかもしれないけれど、でも、試してみたい。

 ミリアがカッカしながらした申し出に、リカコは嬉しそうに笑って、了承してくれた。




 それから三ヶ月が過ぎて、ミリアは「お取り置き」のポーチを受け取り、長い間愛用し続けた。

 彼女の腰につけられたリボンの愛らしさは女性冒険者たちの間で随分噂になって、大勢が同じ商品を買い求めた。


そして今、日本から遠く離れた異世界で女子高校生の制服ファッションが大流行になり、大槻(おおつき)里伽子(りかこ)の孤独は少し、癒されたのだという。

 

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