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俺とお前の四畳半

2012年10月の作品。

お題は「勘違い」。久保田杯参加作品でした。ぴったり3000字。

 

 

 

 

 

「ああー、就職したくねえなあー!」


 冬樹(ふゆき)の部屋にはいつも通り(しゅん)がやってきていて、二人でコタツに足を突っ込んでゴロゴロ、ぐだぐだしている。冬樹の部屋のコタツは一年を通して出しっぱなしであり、コタツ布団は湿っている上に埃っぽい。だが、部屋の主はそんな事を気にしない。それよりもずっと深刻な、二人の前に大きく立ち塞がる大問題があるからだ。


 大学生の冬樹の部屋には、真新しいスーツがかけられていた。


 まだ卒業までは結構あるというのに、会社説明会だの、それに参加するためのエントリーだのガイダンスだのといったものは既に始まっていた。

 そんな現実について、冬樹と隼、本人たちよりも母親の方が焦っていて、スーツを用意しなくっちゃ、買いに行くから一緒にいらっしゃいと大騒ぎ。面倒臭さ爆発のそんな用事を避けて避けて避けまくっていたらとうとう雷が落ち、紳士服の専門店まで拉致され、Yシャツやらネクタイやらも一緒に数セット用立てられて今、フレッシュマン用のスーツが部屋の隅で「ほらほら就活はもうはじまってるよ!」と毎日笑顔を振りまいているのである。


「ホントだよねー。僕はもう、今のまんまでいいけどな。サラリーマンとか全然、夢がないし」

 ぼやく隼のバイト先は激安が売りのディスカウントショップだ。最近、近くに超大型チェーンの店が進出してきたおかげでレジの仕事は暇であり、ラクチン極まりない。

「馬鹿、お前あの店で一生働くのか? っていうかもうすぐ潰れちゃうだろ。ライバルがあんな近くに進出してきちゃったんだからさ」

「やっぱそうかな。店長最近元気ないもん。おでこのテカリがなくなってきたっていうか」

「お前そういう事本人に言うなよ?」

「言う訳ないよ! ちゃんとデリカシーがあるんだからね、僕にだって!」

 プンスカと怒る隼の顔を指差して笑い、それをぴたりと止めると冬樹は盛大なため息をついた。

「俺も普通のサラリーマンとか、嫌だなー」

 

 お勉強して、いい成績とって、いい学校入って、いい企業に就職して。

 大人たちのそんな希望自体がくそくらえだし、大体、二人は一生懸命お勉強してこなかった。勉学以外の何か、例えばスポーツなどに打ち込んできた覚えもないし、女子にモテた覚えもない。

 だからそんな前提は二人には既に適用外なのだ。二人は世間の常識外にいる存在であり、自由。

 そう、自由なのだ。


「あー、NASAとか入りてえ!」

 のけぞりながら叫ぶ冬樹の言葉に、隼は目をキラッキラ輝かせている。

「うわ、フーちゃん。それすっごい。すっごい夢があるよ!」

「だろお? NASAってどうやったら入れんのかな? アメリカ人にならないと無理?」

「NASAってアメリカにあるんだっけ」

 どこか人の好い隼の疑問顔に、冬樹はフフンと笑う。

「なんだよ隼、そのくらいも知らねえの? NASAって言ったらアメリカだろ? エンデバーだし、デスカバーだし、アポロンだろ」

「アポロンだったっけ。アポロじゃない?」

「それはチョコレートの名前だろーがよ。アポロンはあれだ、神様の名前だぜ? 宇宙の。宇宙船につけるのにこれ以上なんかないだろ」

「それは確かに、ピッタリだね」

 

 二人の知性のレベルはこんな程度であり、母親たちが焦るのは当然の事だった。放っておけばダラダラとフリーター街道まっしぐら。こんな未来予想図に母親たちは危機感を抱き、連携して事に当たっていた。知り合いにそこはかとなく、うちの息子ももうすぐ卒業なんだけど、いい職場があったらなんて話を振りまくり、よさげな企業の話を夕食時に語り、お父さんもちょっとは言ってやってよねと嫌がる夫の背中を叩いているのである。


 そんなママンたちの動きはあからさま過ぎて当然、息子たちに筒抜けになっている。


「母ちゃんたち必死過ぎだよな」

 やれやれと冬樹が首を振り、隼もそれに力強く同意した。

「価値観が古いんだよ。終身雇用とかもうそんな時代じゃないのにさ。いい会社に入ったら定年まで安泰なんて、未だに思ってるんだからタチが悪いよね」

「ホントだぜ」

 シュウシンコヨウがどんな意味の単語か悩みつつ、冬樹は続ける。

「けどまあ、あれだよ。俺らがニートとかになっちゃったら困るもんな」

「そうだねー。ニートはいけないよ。働かざる者食うべからずっていうし」

「だな。せめて、レイブルにならねえといけないよな」

「フーちゃん、不動産関係目指してるの?」

「あ? ちげえよ、不動産屋(エイブル)じゃねえし。レイブルだよ、知らねえのか隼」

「初めて聞いた。何、レイブルって」

 はあ、と大げさに肩をすくめて冬樹は笑う。


「就労意欲があるニートの事だよ。ちゃんと働こうって意志があるヤツは、レイブルって言うんだ」


 だいぶ前にたまたま覚えた単語の意味を、これ以上ないドヤ顔で冬樹は話した。

 そんな友人に、隼は大きく頷いてひたすらに感心している。


「フーちゃんって物知りだよね」

「お前もたまにはニュースサイトとか見ろよ。世界は常に動いてるんだからな」

「そうだね。僕いっつもエンタメ系しか見てないから……。たまには経済とかのページも見るようにするよ」

「それがいいぜ」


 偉そうに笑う冬樹に、隼からこんな質問が飛んだ。


「レイブルって何かの略なの?」

「よく気が付いたな」

「だってニートも、なんかの略だもん」

「お前はたまに賢いよな!」


 冬樹と隼は幼稚園の頃からの付き合いで、もう十六年もつるんでいる。お互いの事は大体知り尽くしていて、深い深い友情で結ばれた、遠慮のない間柄である。


 隼の頭をくしゃくしゃと撫でると、冬樹は自信満々でこう言い切った。


「レイジング・ブルの略だ」


 聞き覚えのない単語に、隼の目がまあるく開かれる。


「レイジング・ブル?」

「デ・ニーロだよ。知ってるだろ、デ・ニーロ」

「あ、うん。デニーロは知ってる。ハリウッドの俳優の人だよね」

「そう、そのデ・ニーロ。そのデ・ニーロがボクシングでアカデミー賞取った映画のタイトルが、レイジング・ブルだよ」

 へえ、と漏らし、隼は腕組みをして首を傾げた。

「それがなんで、就労意欲のあるニート、って意味になるの?」


 何にも知らない可愛い隼に、冬樹は以前とあるまとめサイトで入手した知識を伝授してやる事にした。


「ボクサーって大変なんだぜ。すげえストイックだろ?」

「ストイックだね」

 オウム返しをする隼に、これは意味を知らないなと、冬樹はニヤリと笑う。

「デビューまでの道のりは険しいんだよ。体重絞る為に飯だって自由に食えないし。生活厳しいから、大抵のボクサーはバイトしながらトレーニングしてるんだ」

「あっ……、なるほど。そういう、ボクサーみたいにちゃんと頑張る人がレイブルなんだね」

「その通り!」

 隼はすっきりと納得がいき、冬樹は友人が完全な理解を示した事に歓びを爆発させる。

「そっかそっかー。レイジング・ブルね。なるほどー、それはすごいや。僕も、ニートになるくらいならレイブルになるよ!」

「その意気だぜ、隼!」

 

 将来に対する気合が入り、二人は大きくハイタッチを交わす。


「あー、真面目に語りあったら腹減ったなあ」

「何か食べに行こうか」

「そだな」


 近くのファミレスへ行って夕食を済ませると、二人は帰りがけにレンタルビデオ店へ寄った。

 件の「レイジング・ブル」を観ようという予定は何処へやら、借りて帰ったのは「モテキ(映画版)」で、二人は見ながらどの女の子が一番タイプか、深夜まで議論を白熱させたという。

 

 

 

 

 

 

 

  レイブルとは


 レイト・ブルーミングの略。遅咲きを意味する。

 2011年ごろニートに置き換える言葉として登場したものの、

 びっくりするくらい定着しなかった。


 レイジング・ブルは

 マーティン・スコセッシ監督作品、ロバート・デ・ニーロ主演の映画。

 1980年公開。実在のプロボクサーのジェイク・ラモッタの自伝をもとにつくられている。

 

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