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僕の上司は悪の秘密組織の幹部でドSな百合の花

2011年10月末の作品。

お題は「電池切れ」。だったと思う。タイムボカンの悪役的なイメージで。

 

 

 

 

 廊下を早足で近づいてくる音がする。

 カツーン、カツーンと響くその音は、麗しの上司、パープル・リリー様のもので間違いない。

 

 そう考えて、悪の秘密組織「シャドウ・ノート」の開発部部長、柴井しばい 拓己たくみは頬の筋肉をふわーっと緩ませた。


「シバッ!」

 扉が開くと同時にした鋭い声。やたらと露出が多い、挑発的なファッションに身を包んだパープル・リリーが部屋に入ってくる。

 豊かなお胸をぎゅっと強調しているビスチェに、おへそは丸出し、ホットパンツに腿まで覆ったロングブーツ。すべてピッチピチの皮素材で出来ており、その名の通り色は濃い紫で統一されている。

「シバ、例のアレ出来たの?」

 キリっとした鋭い目つきに、ちょっと低めの声。ついでに口調もちょいキツ目。長身で抜群のプロポーションには、ボンデージファッションがよく似合う。

「ええ、できてます」

「やるじゃないの。もっとかかると思ってたのに!」

 嬉しそうに、リリーがビシバシと拓己の肩を叩く。


 「シャドウ・ノート」は現代日本で最も新しい悪の秘密組織だ。

 対抗している魔法少女は「らのべ☆ガールズ」。電子書籍の妖精、キーンとドールから力を与えられた少女たちは、活字魔法で世界を悪から救いだそうと日夜奮闘している。


 柴井 拓己は「シャドウ・ノート」の秘密兵器開発部で働いていた。大学でロボット工学を研究していた彼の元に、やたらとセクシーな二人の女性が訪れたのは半年程前のこと。

 四十歳くらいの雰囲気のある熟女に、二十代半ばくらいに見えるちょっと筋肉バカの香りが漂う美女。二人は現在悪の秘密組織を作っていること、そのサポートとなる秘密兵器的な物を作ってくれる研究者を探していることを拓己に告げ、仲間にならないかと誘ってきた。

 それまでの三十二年間の人生でまともに女子と話したことのなかった拓己は、これに二つ返事でOKと答えた。開発部のトップとして迎えるという条件も嬉しかったし、何よりもやってきた美女が彼の好みと完全に合致していたからだ。


 その最高に好みだった美女こそが、今、彼の目の前に胸の谷間をババーンと披露してくれている「パープル・リリー」だ。テンションの高い時には無防備に身を乗り出して話しかけてくるので、こんな眼福に預かる事もしばしばあったし、こうるさい教授ももういない。上司はただ一人、麗しのリリー様。部下も拓己ただ一人の夢のマン・ツー・マン。悪の秘密組織で働いていますと他人に話すことはできないが、拓己にとってはここは、まるで天国のような職場だった。


「で、どこにあるの? 早く見せてよ」

「はい、こっちです」

 出来立てホヤホヤの、パワードスーツの前に上司を案内する。

 ロボット工学を学んできた拓己の最高傑作、リリー・スタイル2号。

 力で押すスタイルの戦いをするパープル・リリー専用の戦闘用強化スーツである。

「あら、前よりもいいじゃない!」

 リリーの判断基準はまず、見た目だ。1号を開発した時は勝手がわからず、ダサいだのもっさいだのまずそのデザインにケチがついてしまった。ので、今回はかなり見た目にはこだわって改良を重ねた。

「ありがとうございます。じゃあまずはテストを」

「ダメよ、今、ファングがピンチなの。すぐに出るわよ!」

「え?」

 

 悪の秘密組織「シャドウ・ノート」のトップは、「あのお方」である。拓己はその名前を知らない。ただ、幹部連中が「あのお方」としか言わないし、知らなくても特に不自由はないのでわからないまま勤めている。

 その下に、幹部をまとめる存在として、拓己をスカウトしにきた熟女である「ブラック・クイーン」がいる。更にその下にパワーファイターである「パープル・リリー」、剣の使い手である「シルバー・ファング」、怪しげな幻術を使うらしい「レッド・マジシャン」の3人がいた。この「シルバー・ファング」は憎たらしいほどのイケメンで、どうやらリリー様はこいつにお熱らしい、というのが今の拓己にとっての唯一にして最高に腹立たしい事だった。

 スラっとしていて、銀色の長髪がサーラサラで、瞳はカラコンでも入れているのか碧い。爆発しろ、もげろ、と毎日呪っているが効果はないらしく、今日も健康そのもので彼は元気にらのべ☆ガールズたちと戦っている。


「これ、乗り込んだらいいの? はやく起動して」

「はい……」

 どうやら、あれを試す時が来たようだ。拓己は決意を固め、リリー・スタイル2号の電源を入れた。

 パープル・リリーが張り切っている時は、いつだってシルバー・ファング絡みなのだ。こんな事もあろうかと、準備をしていた。

 パワードスーツが細かい駆動音を立て、その形を変える。乗り込んだパープル・リリーの腕に、足に、胸に、形をフィットさせていく。

「このスーツはリリー様のパワーを増幅させて、攻撃力・機動力・ジャンプ力その他もろもろの身体能力を強化させます」

「わーお、なんかいい感じじゃない? カッコイイわよ!」

「ありがとうございます」

 ご機嫌そうなリリーの笑顔は美しく輝いている。が、次の瞬間突然表情が曇った。

「なんかねえ、またあいつら増えたんだって。らのべ☆のコたち。最初は2人だったのに、2ヶ月でもう6人になってんのよ? 信じられる? ホント平成生まれってマジで生意気だわ。数いりゃいいってもんじゃないのにさ」

 リリーは腹立たしげにブツブツと呟いている。そんなに怒るとしわが増えますよなんて思うが、泣いてしまうかもしれないので、言わない。

「この調子じゃ最後には48人くらいになるんじゃないかしら。うちの人材、あと何人必要だと思う? 困るよね、そうそう悪の幹部になれるような人材なんていないのにさ。あっちはポコポコ増やして何のつもりなんだか」

「大丈夫ですよ。年頃の女の子なんだから、多くなれば仲間割れが起きるんじゃないですか?」

「やだ、シバったら、楽しい事言っちゃって! 確かにそうかも。ついでにこっちに引き抜いちゃえばいいのか。それ、いいかも」

 パープル・リリーがニヤリと笑う。その意地悪そうな美しい笑顔に、拓己も笑う。するとリリーは笑いを引っ込め、冷たい視線を彼に向けた。

「シバの笑顔キモい」

「すいません」

 リリー様、もっと罵ってください! と心の中で叫んでおく。

「これで装着完了です。動いてみてください」

 ラベンダーカラーのリリー・スタイル2号が、その腕をブイーンと動かす。

「いい感じじゃない。何かぶっ壊していいもの、ある?」

「はい、奥にドラム缶を用意してますので」

「気が利くじゃない、シバ!」


 前回はうっかりテスト中に開発用のパソコンをぶっ壊されてしまったのだ。バックアップを取っていなかったらどうなっていたか。そんな失敗を繰り返すわけにはいかないので、あらかじめテスト用のドラム缶を用意をしていた。


「よーし!」

 パワードスーツの右腕が一瞬でドラム缶をペシャンコにする。

「もういっちょー!」

 2つ目のドラム缶にヤクザキックが入り、ベッコンべッコンにへこむ。

「あらよっと!」

 すぐに調子に乗るのがリリーの悪いところだ。可愛いところでもあるのだが、と拓己は微笑む。

「絶好調っ!」

 4つ目のドラム缶の寸前で、右腕が止まる。

「あれ?」

 パンチを繰り出した姿勢で固まったまま、リリーが厳しい視線を部下に向けた。

「何これ、動かないんだけど?」

「……あー、大変だ! 電池切れですね!」

「はあ?」

 うんともすんとも言わなくなったパワードスーツに体を拘束され、パープル・リリーはおかんむりの様子だ。

「すいません、何せ、試作段階だったんで!」

「早く何とかしなさいよ!」

「今すぐに!」

 慌てて大きな箱を抱えて、リリーの元へ走る。ドライバーで素早く背中の蓋を開け、バラバラと中の電池を取り出していく。

「ん? 何の音なの?」

 パンチを繰り出した姿勢で止まっているパワード・スーツに阻まれ、リリーは背後の様子を見ることができない。カランカランと音を立てているものの正体がなんなのかわからず、顔をしかめている。

「電池の交換です」

「電池?」

「単3電池80本なんで、ちょっとお時間頂きますよ」

「単3? このスーツ、単3電池で動いてたわけ!? 普通、でっかいバッテリーみたいのを使うんじゃないの!?」

「試作品なんで」

 もちろん、本来はバッテリーパックで動くものだ。単に残量の少ない物をセットしていたから動かなくなっただけで、当然単3電池など使っているわけがない。ちょっとした、部下のお茶目なイタズラだ。

「信じらんない! ちょっと、フザけないでよね、シバ! ファングのピンチなのよ! 今すぐいかなきゃいけないんだからね!」

「すいません。急ぎますね」

 信じらんない、と本人が言っているとおり、嘘なのだが。単純なリリー様は気がつかない。


 シルバー・ファングのピンチに行かせたくない。負けろ。ついでにもげろ。

  ↓

 リリー様としばらく2人きり。

  ↓

 困ったり怒ったりしてるリリー様可愛い。

  ↓

 ついでに、怒ったリリー様にこてんぱんにされて罵られる。


 なんという俺得! と拓己は自分の計画が大成功した事にニヤニヤしながら、電池を換えるフリを続けた。たまに、おっと、とか言いながら電池を落としてみせたりもする。

「ちょっとシバ! この役立たず! 早く交換しなさいよこのウスノロッ!」

「すいません」

 リリーの腕から、ビービーと音がする。

『ちょっと、パープル・リリー何やってんの!?』

 ブラック・クイーンの声だ。

『あいつらまた1人増えたわよ! 今どこにいるの?』

「開発室! シバのヤツが失敗して動けないのっ」

 腕についた通信機から、しょうがないわねえ! という声が響き、部屋に設置されているモニタの電源がブイーンと音を立てた。大きな画面に、シルバー・ファングが戦っている中継映像が映し出される。

 片膝をつくシルバー・ファングの前に、新しい戦士の姿が。


『新たなる物語の息吹! らのべ☆ウイング!』


「ホントに増えてる! やだもう、マジで48人になるつもり!?」

『リリー、急いで! さすがに7対1じゃ勝ち目はないわ』

 冷静な上司の声に、パープル・リリーが焦る。

「シバ、急いでよっ!」

「はいはい」

 モニターの中にはずらりと並ぶ7人の魔法少女。仲間が増えた時のお約束どおり、それぞれ改めて名乗りをあげている。

『鮮烈なストーリーでハートを射抜く! らのべ☆サンダー!』

『豊かな文字の海をいざゆかん! らのべ☆スパート!』

「シバ、早く早く!」

「大丈夫ですよ、あと4人もいますし」


 もちろん、全員の名乗りが終わってもまだ、作業は終わらなかった。

 当然シルバー・ファングは逃げ帰ってくることになり、パープル・リリーは「あのお方」とブラック・クイーンからキツイお叱りを受けることになった。


「シバーっ、このっ、役立たずー!」

 ゴツンとこぶしが脳天を直撃する。

「もーしわけありませんっ!」

「もーしわけ、で済んだら警察はいらないわよ!」

 言う事がいちいち昭和だなあ、なんて思うが泣かせてしまうかもしれないので、言わない。

「電池ってなんなのよ。大容量のバッテリーで動くようになさい!」

 今度はピンヒールで足をグリグリ踏まれる。拓己には待ちに待っていたお楽しみの時間だ。

 しかしそれを悟られるともうやってもらえなくなるので、痛いフリをする。

「いたたた! リリー様、勘弁してください」

「ダーメッ! あんたみたいな役立たずにはおしおきが必要なのよ!」

 ダメな部下をいたぶるのが楽しいのか、リリーは邪悪な笑顔を浮かべている。


 ギブアンドテイク。需要と供給。誰もが気持ちよく働ける良い職場。上司を立てる、俺って良い部下!


 拓己はぎゃあーっと叫んだ。喜びを隠して。次はどんな凡ミスを仕込んでやろうか、歓喜の中で考えを巡らせていく。



 こうして悪の秘密組織の一日は、今日も楽しく過ぎていくのであった。

 

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