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セカンドライフ

2011年9月の作品。

お題は「大人になった魔女っ子」。コメディです。

 

 

 

 

 

 音無(おとなし) きりりは昔、魔女っ子だった。


 異世界からやってきたキュルルという妖精に選ばれ、友人である花園(はなぞの) 萌々花(ももか)二階堂(にかいどう) (あおい)と三人で「メリキュル3」に変身して悪の組織「ブラック逝け逝け団」と戦っていたのだ。


 誰も知らない壮絶な戦いが終わってから、早いものでもう十余年が経っている。

 来週二十八歳の誕生日を迎えるきりりは、慣れないハイヒールをカツカツと鳴らしながら歩いていた。

 十六時から、とある商社で面接を受けるためだ。


 高校を卒業してから世話になってきた工務店を、今月の末で退職する。

 長い間ズルズルと付き合っていた彼の浮気が発覚したからだ。同じ現場で汗を流してきた男の浮気相手は、最悪のパターンとしかいいようがない、社長の娘、しかもきりりよりも十も若いピチピチの女子高校生。まんまとデキ婚を決めた元カレと毎日顔を合わせるなんて死んでもゴメン、ときりりは退職願を社長の机に叩き付けた。

 しかし、無職になれば生活は立ち行かない。


 というわけで現在、転職活動の真っ最中。


 工事現場で肉体労働なんてもう二度としたくない。

 もっと知的で紳士な男性と知り合える職場に、そう、オフィスでのお仕事に就こう!


 きりりはそう心に決め、慣れないスーツとハイヒール姿で町を歩いていた。

 面接の時間十分前に目指す会社のあるビルにたどり着き、ふうと息を吐く。


 エレベーターの横にある案内板に目をやると、今日面接をしにきた会社が七階に入っていることがわかった。

 オフィスビルの七階――。

 毎日、ロッカールームで女ばかりできゃあきゃあと今日の下着は気合が入ってると騒いだり、素敵な営業の男性がやってきてぶつかって書類落としたのを拾ったり拾われたりして知り合って……、とそんな妄想が頭をよぎる。

 右手をグーにして気合を入れると、きりりはエレベーターの上のボタンを押し、面接へと向った。



「えー、音無 きりりさん」

 管理職らしき中年と、三十歳くらいであろう、仕事のできそうな男性が前に並んで座っている。

「はい!」

「当社に応募した理由はなんですか?」

 事前に想定していた質問に、卒のない答えを返していく。

「以前はどんなお仕事をされていたんでしょう?」

「はい、建設現場で働いていました」

「建設現場で……」

 過去の職歴は履歴書に書いて事前に提出してある。知っているはずのその内容を、面接官たちは少々意地の悪い表情で追求してきた。

「建設現場で働いていた音無さんが、どうしてわが社の事務職に応募されたんですか?」

「はい、あの、えー、人生をちょっと変えたくてですね」

「人生をねえ」

 中年の方がチラっと履歴書に目を落とし、口の端を右だけあげて少し笑う。

「パソコンは使えますか? ExcelとかWordとか」

「パソコンなら使えます!」

 インターネットで検索もできるし、SNSにも参加している。しかしきりりにはエクセルとワードという単語についての心当たりがない。

「……わかりました。では、結果は後日お伝えしますので」

「もう終わりですか?」

「ええ。お疲れ様でした」

 もうちょっと自己アピールをできるものだと思っていたきりりは慌てたが、面接の延長は叶わなかった。

 

 これはダメだな、と肩を落として会社から出る。



 音無 きりりは昔、「メリキュル・イエロー」だった。


 可愛くて仲間のピンチには最強の魔法を使えるピンク。

 戦闘は苦手なものの頭が良くていい作戦を思いつくブルー。

 そして驚くほどの怪力で、仲間のピンチを体を張って守るイエロー。

 それがメリキュル3の中での役割分担だった。


 イエローは勉強が苦手。

 イエローはフラれキャラ。

 イエローは単純で明るい、ムードメーカー。


 あの頃はそれでよかった。

「数式なんかわかんないよー!」

 と言えばそれで済んでいた。

 魔女っ子として戦った日々はいい思い出だ。


 だけど、今。

 高校卒業後に潜り込んだ工務店で肉体労働に励む日々。

 おっさんたちに囲まれて可愛がってはもらえても、理想の恋人には出会えない。

 なんとなく付き合う男もいたけれど、結局みんな自分より若くて可愛い子に取られてしまった。


 あの頃とちっとも変わっていない。

 モテモテのピンク、純情一途な男の子に思いを寄せられるブルーと違って、恋のエピソードといえば片思いか勘違い、もしくは振られてワーンと泣いたら次の日にはニカッと笑ってだいじょーぶ! なんて言う単純なキャラだった。


 そんなことを思いながら、夕暮れの町をトボトボと歩く。

 慣れないヒールに足が痛んで、交差点できりりはぴたりと立ち止まった。

 そこに、メールの着信音が響く。


 カバンの中から明るいグリーンの携帯電話を取り出すと、萌々花からのメールだとディスプレイに表示されている。

 旧姓・花園。現在では可愛らしい二人の子供と幸せに暮らしている大崎 萌々花からの久しぶりの連絡にはこう書かれていた。


「きりりちゃん、久しぶり~☆ 元気にしてる? こっちは毎日子供達のお世話でもう大変っ! 来週は久しぶりに旦那様に子供を預かってもらうから、葵ちゃんと三人でメリキュル同窓会しよっ」


 ハートや星の絵文字が飛び交うメールを、きりりは無表情でじっと見つめた。


 メリキュル・ピンクこと花園 萌々花は悪の組織が壊滅した後アイドルデビューし、仕事で知り合った若くてリッチなIT企業の社長と結婚して、今では憧れのママタレントNo.1として雑誌やCMに引っ張りだこだった。

 メリキュル・ブルーこと二階堂 葵は、進学校に進んで一流大学に入り、その頭脳を活かして研究者になっている。ちょっと鈍いが知的な眼鏡美人として周囲の男性はメロメロだし、ずっとブルーを思い続けていた同級生と来年めでたく結婚する予定だ。


 萌々花からきたメールはおそらく、自分の誕生日を祝おうというサプライズ企画なんだろう。

 毎年同じような文面でこの時期に誘いが来て、なんだかんだ三人で集まっている。


 そうやって毎年、少しずつ傷ついてきた。

 けれど、一緒に熱い戦いをした仲間だ。

 「人のいいイエロー」は、この無邪気な誘いを断わることができない。


 携帯電話の小さなディスプレイとにらみ合う。

 大きなため息をつき、返信をしようとした瞬間後ろからかなり強く肩を叩かれ、きりりはバランスを崩して倒れた。

「うわっ」

 右足から靴が外れ、道路に転がる。

「何すんのよっ!」

 振り返り、襲撃者の顔を下から睨みつけるとそこには、先程面接を受けた会社の制服に身を包んだ女性が一人立っていた。


 年齢は四十歳くらいだろうか。お局ムードが全身から出ている気の強そうな顔は、どこかで見たことがあるような気がする。

 もしかしたら先ほど社内で目に入ったのかもしれない。そしてどうやら自分を追いかけてきた女性がいることにちょっとした希望を感じて、きりりは慌てて立ち上がった。


「アキマル商事の人ですか? えーと、あの……」

「あんた、メリキュル・イエローよね?」


 意外な台詞に、きりりの体は固まる。

 魔女っ子だった過去を誰かに話したことなどない。三人と、妖精キュルルだけの秘密だ。


「何? ……あなた誰なの?」

「いいから、ちょっと話があるから待ってて、ここで! 着替えてくるからさ!」

 十数年ぶりにファイティングポーズをとって構えたきりりに、女性はアハハと大きく笑った。

「大丈夫よ、絶対あんたにとっていい話だから!」


 ズイっと顔を近づけられて思い出した、この女性の正体。

 ブラック逝け逝け団の女幹部、メリキュル3を最も苦しめた最大の敵、「黒薔薇のミオーネ」だ。



 おでんの屋台に二人で並んで座り、顔を見合わせる。

「奇跡的な再会に、乾杯!」

 黒薔薇のミオーネこと、浅井(あさい) 佳子(よしこ)の笑顔をきりりはまじまじと見つめた。

「何警戒してるのよ。逝け逝け団はとっくの昔にもうなくなってる。今はしがないお局OLよ」

「……それもそうだね」

 日本酒の入った小さなグラスをカツンとぶつける。

「今日は本当にビックリしたわ。まさかメリキュル・イエローが面接しにくるなんてね」

「こっちだってビックリしたよ。仲間以外にその名前で呼ばれるなんて」


 おでんの湯気がふわりとのぼって夜の空気に溶けていく。


「……今日は残念だったわね」

 佳子がそう小さく呟いてふっと微笑む。

 予想していた事だったが、きりりはその言葉にガックリと肩を落とした。

「やっぱり?」

「あ、ごめんなさい。通知はまだなのよね」

「いいよ。わかってたもん。昨日まで重機で穴掘ってたのに、いきなり商社のOLになれるわけなんかないよね」

 がんもどきをつつきながら自嘲の笑みを浮かべるきりりの肩を、佳子がポンポンと叩く。

「でも良かったわよ、来てくれて。こうして再会できたんだから」

「あはは。ホント、まさかの再会だよね。しかもこんな風に並んでおでん食べるなんてさ」


 ピンクやブルーがこの話を聞いたらなんと言うだろう。

 面白いみやげ話ができたと考え、きりりは微笑む。


「お仲間とはまだ仲良くやってるの?」

「うん、まあ……。二人は幸せにやってるよ。ピンクなんか二児の母だし、ブルーは婚約して来年めでたくゴールイン」

「で、あんたは彼氏なしの無職ってわけか」

 ふふんと小さく笑いを漏らし、佳子は更に言葉を続ける。

「メリキュル時代もそうだったでしょ? あんたって三人の中じゃ損する役割ばっかり引き受けてたものね。モテないコメディパート担当でさ」

「うるさいよ、オバサン」

 きりりがドンと胸を押すと、佳子は大きな声でケラケラと笑った。

「相変わらずで安心したわ。ねえ、あんたにいい話があるの。再就職先、探してるんでしょ?」

 思いがけない言葉にきりりは右の眉だけをきゅっとあげ、かつての敵に視線を向けた。

「どこかいい職場があるの?」

「あるわよ」

 佳子の顔がぐっと近づく。そしてきりりの耳のそばに紅い唇を寄せて、こう囁いた。


「新しい悪の組織の幹部にならない?」


 きりりは慌てて黒薔薇のミオーネから離れる。

「はあ?」

「今ね、作ってるのよ。新しい悪の組織。名前は今考え中で決まってないんだけど、幹部が足りないのよね」

「お局OLやってるんじゃないの?」

「あれは世を忍ぶ仮の姿! あんなチマチマした仕事なんかやってらんないわよ。全然刺激が足りないし」

 きりりは思わず佳子の瞳をじっと見つめた。


 ――マジだ、この人。


 妖しく輝く瞳はお局OL「浅井 佳子」ではなく、闇夜に咲いた悪の華、「黒薔薇のミオーネ」のものだ。


「かつての正義の魔女っ子が今度は悪の組織の幹部よ。どう? センセーショナルだと思わない?」

「そんなこと、できるわけないよ……」

「どうして? こんなに楽しい仕事はないわよ。幹部待遇だし、給料も今までの倍出すし、部下に好みのイケメンをいっぱい揃えてあげる」

「えっ?」


 きりりの胸に鋭い痛みのようなものが走る。


「本当にちょうどいいところで出会ったわ。あんたなら、経験者で優遇できるもの」

「経験者って……悪の組織なんか入ったことないよ?」

「何言ってんの。こっちのやり方、ちゃんと覚えてるでしょ?」

 

 もちろん、覚えている。

 毎日のように戦っていたあの日々。

 人生で一番大変だったけど、充実していた。

 襲ってきたたくさんのピンチを三人で切り抜けたのだ。忘れるわけがない。


「それに、魔女っ子側のやり方も熟知してる。そんな貴重な人材、いる?」


 ……いない。

 そんじょそこらにそんな経験のある人材は、確かにいない。


「あのね、これ、あんたじゃないとダメなのよ? 同じメリキュル3でも、ピンクやブルーじゃダメ。お笑い担当、非・モテ女子役のイエローだからこそこうやって声をかけるの。その日焼けした肌、肉体労働で鍛えた体も役に立つし、イマイチ女子力の足らない役どころを背負わされてきた良い子のイエローの裏切り! これが可愛いだけのピンクや純情で鈍感なブルーだとあざと過ぎる! 日陰の役割に耐えてきた正義感の塊のイエローがまさかの裏切りよ!? こんなに心が躍る設定、あるかしら? ないわよね!」


 そこに、ミオーネの顔がズイっと近づいてきた。

 妖しく輝く瞳の上に、ラメ入りのアイシャドウがキラキラと光っている。



 きりりの脳裏に、仲間の笑顔が浮かんだ。

 メリキュル・ピンクと、メリキュル・ブルー。

 それは確かに仲間の顔だが、しかし、「大崎 萌々花」と「二階堂 葵」のものではない。


 あれからもう十五年。

 仲良く魔女っ子をやっていた頃とは違う。

 みんな、大人になった。


 もちろん、きりりも。


 

 そこに、メールの着信音が響く。


 カバンの中に入れてあるそれを見るべきかどうか迷っている手を、ミオーネは両手でぎゅっと掴んで艶やかに笑った。


「もうイエローは卒業よ。子供っぽい色、明るい太陽の日差しのような眩しい色、三人一緒にいた時にはあまり目立たなかった少し地味な大人っぽいその美貌も、不器用に生きてきた今までの人生も、すべてをひっくり返して活かせる最高の職場へ招待するって約束するわ!」


 少し、体が熱かった。

 酔っているのかもしれない。

 そう自分の状態を認識しつつも、きりりはミオーネにこう答えた。 


「……福利厚生とかどうなってるの?」

 携帯電話を無視してこう切り出した元・魔女っ子に、黒薔薇は妖艶な微笑で応えた。

「満足してもらえると思うわ。でも、ここじゃなんだから、続きは私の家で話しましょ」

 おでん屋の親父に五千円札がぽいと投げられる。

「お釣りはいいわ」


 そして、最後のダメ押し。


「最近の魔女っ子ってとっっっても生意気なのよ? 二人で思いっきり絞ってやりましょ」


 とうとう本性が丸出しになった意地の悪い顔に、きりりも笑う。


「……それはちょっと、楽しそうかも」

「バカね、楽しいに決まってるじゃない。それにこれは先輩の義務よ。後輩に世間の厳しさ、ちゃんと教えてやらなきゃね」

「あはははっ」


 大きく笑うきりりの肩に、ミオーネの腕がまわってくる。


「今度のあなたの色は紫よ。黄色の補色、真逆の色。名前は改めて考えるとして、今度はちょっと露出の多いセクシーな衣装を着たらいいわ。絶対似合うから」

「まかせといて。そのかわり、イケメンの幹部も揃えてよね」

「頼まれなくたってそうする予定よ」


 その返事に満足そうに笑うときりりは立ち上がり、着ていた面接用の窮屈なジャケットを脱いで放り投げると、かつての敵と並んで夜の闇の中へ去って行った。

  

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