美咲とのぶ君
2011年2月頃に書いた作品。
「あのね、最初はちょっと慣れなくて変な感じなの。違和感があって」
「ふんふん」
「でも、全部入れたら段々慣れてきて……っていうか、馴染んでくるんだよね。そしたらもうあったかくって気持ちいいの。快感って言ってもいいくらい」
「へえー。そんなにいいわけ?」
「いいよー。たまんないんだ。これなしではもう生きられないかも…」
以上が、ある冬の日に席へ戻ってきた俺が聞いた、美咲と優の会話だ。
思いを寄せている相手に対して抱く感情としては申し訳ないが、「なんて卑猥な会話をしているんだ?」
好きな女の子の口から「快感」なんて単語は聞きたくない。
でもそれ以上に、彼氏ができてしまったのかどうか知りたい気持ちが勝って、質問をした。
「なんの話してるの?」
「あ、のぶくんも興味あるの?」
そういうと、愛しの美咲はいきなり上履きを脱いで、足を見せてきた。
「なにそれ?」
「五本指ソックスだよー。ほらほら、すごいでしょ!」
美咲は嬉しそうに、足の指を開いたり閉じたりして見せてくれる。
なんだか恐ろしく違和感がある光景だった。
「おっさんみたいじゃねえ?」
「えー!? そんなことないよ、だってこれレディースだし。可愛いし!」
確かに靴下は可愛らしい真っ赤なハート柄だ。
それがメンズアイテムではないことくらいはわかる。
「のぶくんも履いてみたらわかるって。これで冷えとはお別れなんだよ! 冷えは女の大敵なんだからね」
ほっぺをふくらませた美咲の姿は可愛いが、やはり指がハッキリわかれた靴下の足先には違和感がある。大体女じゃないし、冷え性でもない。
なんとなく、恋心もちょっとだけ冷めた気がした。
「はい、のぶくん、これ!」
美咲が笑顔で可愛らしい包みを渡してくる。
「これなに?」
「やだなー、バレンタインだよ。私の気持ち」
「え、マジで?本命?」
「どうかな~。開けてのお楽しみだよ!」
あの五本指のうねうねのせいで若干冷めたとはいえ、美咲のことは勿論大好きだ。
だからバレンタインにこんな真っ赤なハート柄の袋を手渡されたら、そりゃあもう嬉しいに決まっている。
あけてみると、中から大手メーカーの有名なチョコ菓子が一箱と、靴下が一足入っていた。
「これって」
「ふふん。五本指ソックスよ! さあ履いて。のぶくんにもこの快感を味わって欲しいんだから!」
「え? 履くの?」
「そう。さ、履いて」
そう言うと美咲はしゃがみこんで、俺の上履きを脱がせてしまった。
そして、靴下に手をかけてくる。
「ちょっと待って」
「だめ! そんなこといって履かない気でしょ?」
容赦なく靴下ははぎとられてしまう。
これは恥ずかしい!
足のにおいとか大丈夫か、俺!
黒い無地の靴下がポイと置かれて、美咲は笑顔で袋から靴下を取り出している。
足先に貼られたシールを取って、笑顔で俺の足にそれを履かせはじめた。
椅子に座った状態から見る、下にしゃがむ大好きな女の子。
それだけでなんだかやたらと興奮するシチュエーションだ。
贈られた五本指の靴下は、黒だがこっそりハートがいくつも並んでいるこっぱずかしい柄だ。
「私とお揃い!」
美咲は笑顔。上目使いの効果なのか、いつもより三割り増しくらい可愛く見える。
「指、力抜いて」
バレンタイン効果があるから、さらに二割増しで、五十パーセントアップ。
「え?ああ、うん」
「よいしょ」
靴下は指のところでひっかかって、美咲の頬はぷうっと膨らんだ。
「ここが難しいよね」
そういって美咲は、一生懸命、一本一本の指を穴に入れようとしている。
なんだろうこれ。
なんか、いい。
「よし、これでオッケー! 左も履かせてあげるね」
美咲が下から笑顔でこっちを見ている。
やばい、可愛さいつもより七十五パーセント増だ。
これは新しい商売として上手くいくんじゃないのか?
ビッグビジネスの予感がする。
左足も履かせてもらい、違和感のある足は無事に完成した。
「どお? 気持ちいいでしょ。ちゃんと全部入ってる?」
「え? ああ……、入ってる」
絶妙な台詞に、頬がだるんだるんと緩んでしまう。
「ついでに上履きも履かせてもらっていい?」
「えー? しょうがないなあ。甘えちゃって」
美咲はまたしゃがんで、上履きを履かせてくれた。
うーむ。
これはいい。これはいいぞー!
放課後、下駄箱で靴を履き替える。はっきり指が別れた足元が目に入った。
指を動かして黒いハートをウネウネと動かす。
変な感じだ。だけど確かに暖かくて気持ちいい。あと、締りがいい。
オッサンのアイテムなんて言って悪かったかもしれない。
袋に一緒に入っていたチョコをかじって、ニヤニヤと一日を過ごした。
一ヵ月後、ホワイトデー。
俺は有名な菓子店の二千円もするマシュマロと、可愛らしい猫の刺繍入りの五本指の靴下を用意して登校した。
愛しのカノジョの姿を見つけて、渡す。
「これ、バレンタインのお返し」
「えー? いいのにそんなの」
そう言いながら、ありがとー、と袋を開けて中を確かめている。
ピンクと白のマシュマロを見て、笑顔を浮かべている。
可愛いって喜ぶ美咲が一番可愛い。
これは決まったぜ、と思ったのも束の間。
やって来たのは、隣のクラスの鬼崎。サッカー部の副部長で、成績は中くらいという微妙なキャラだ。
鬼崎はなれなれしい様子で美咲の肩に腕をからませて、指先で髪を撫でている。
「美咲、それなに?」
「のぶくんがね、バレンタインのお返しにくれたの」
「へえ、そいつが? こっちは?」
「あ、靴下!」
ようやく二人の愛の証に気がついて、美咲はまた笑顔を浮かべた。
そうだよ、どっか行けよ鬼崎。これから俺は美咲の足にそれを履かせてあげるんだから!
「ありがとー、のぶくん! これで春先の冷えも解消だね!」
「なんだよそれ、靴下? 大工が履くやつ?」
「違うよー、これ、すごくいいんだからね!」
美咲はまたほっぺをぷうと膨らませて、可愛いアクションで鬼崎をぽかぽかと叩いている。
あれ。
「俺の前でそんなの履いてたことあった?」
「えー、もう、やだあ、鬼崎ってばあ」
「今日は履いてるの? 見せてよ、俺にもそれ」
「今日は履いてないよー。恥ずかしいじゃん五本指なんて、見せられないし!」
うわあ。あれ、うわあ? え? うわあ??
二人は見つめ合って、美咲は恥ずかしそうにてへっと笑っている。
それの頬を、優しく拳で小突く鬼崎。
「じゃあのぶくん、また明日ね~、バイバイ!」
美咲は鬼崎の腕に自分の腕を絡ませて、恋人同士丸出しのスタイルで去っていった。
どうやら靴下は、本命用のアイテムではなかったらしい。
悔しくて、履いていた黒いハートの靴下をその場で脱ぎ捨てて、ゴミ箱に思いっきり投げ入れた。
畜生!
オニサキミサキって変な名前!
っていうか、紛らわしいプレイしやがって! 期待させんじゃねえよーーー!!!
夕陽に向かって、心の中で叫んだ。
オッサンになったって、こんなおかしな靴下は絶対はかねえ!
これが、俺が初めて立てた一生の誓いだったんだけど。
二十年後に、加齢が原因で破られるとは知る由もない。




