97日目 基礎魔法学:対人戦闘訓練【VS.アルテアちゃん】
97日目
ギルが悪魔の如くガラガラ声。さすがにこれは予想外。
ガラガラ声のギルを引き連れ食堂へ。入った途端みんながビビってこっちを向くのがちょっと面白い。ミーシャちゃんはギルの喉仏を触ってケラケラ笑っていた。
クーラスがブレンドした喉に効くらしいハーブティーをギルと一緒に飲む。俺の美声がより綺麗になったけど、ギルの声は相変わらず。いつも通り、『う゛め゛ぇう゛め゛ぇ!』ってジャガイモを貪っていた。
そうそう、エッグ婦人がまたも卵を産んだらしい。フィルラドが保冷庫に入れといたって報告してくれた。材料費が浮いて助かる。こんど特製のおやつでもエッグ婦人に与えるべきだろうか。
ハーブティーの香りをかいでほわっと顔を緩めるロザリィちゃんがマジプリティ。『おいしい?』って聞いたら、『なんか癒されるぅ……っ!』って笑って答えてくれた。俺はキミの笑顔に癒されます。
授業はステラ先生の基礎魔法学。前回に引き続き対人戦……なんだけど、開始前に『今日は羽目外しちゃダメだからねっ!』っておでこを杖でこつんってやられた。そんな仕草が超かわいい。できれば先生のおでこでこつんってやってほしかった。
対戦相手はアルテアちゃん。さすがに俺を警戒しているのか、杖の構え方とか魔力の練り方がいちいちガチでビビる。女の子がしちゃいけな目で睨んできた。超怖い。
『模擬戦とはいえ、そんな怖い顔をするアルテアちゃんと闘いたくない』と言ったら、『模擬戦とはいえ、お前と闘うことになった私の気持ちがわかるのか?』と返された。声が微妙に震えている。しかも、周りの女子が哀れみの瞳でアルテアちゃんを見ていた。
『どんな辱めを受けようと、私は絶対に屈しない!』とか言ってたけど、女子の中で俺はどんなキャラになっているんだろうか。こちとら女の子に向ける杖なんて持ってないってのに。
で、バトル開始。はじまった瞬間、アルテアちゃんがものすごい勢いで距離を取り、射撃魔法で弾幕を張る。後退しながら多角射撃をこなすというなかなかの技術。射撃速度もポポルと張り合えるかもしれないって思うレベル。
流石に近づけないので、極点的な結界を張りつつ様子を見ることに……したかったんだけど、その暇すらない。跳弾も反射弾も誘導弾も分裂弾も、ありとあらゆる射撃魔法を精密に計算された軌道に乗せて撃ってくる。俺が魔法使いでなかったらあっという間にハチの巣になっていただろう。
そのあまりの弾幕に周りの生徒が試合を中断したほど。アルテアちゃん、ものすごい形相で撃ちまくっていて、周りへの被害とか一切考えてなかったんだよね。ミーシャちゃんとポポルはステラ先生の傍の次に安全であるギルの背中に引っ付いてやり過ごしていたくらいだし。
アルテアちゃんの弾幕は止まらない。俺がちょっと近づくたびに『ひっ!』とか『いやっ!』とか言ってどんどん弾幕が激しくなる。顔も追い詰められて泣きそうな感じ。可哀想な事をしている気分にさえなった。
もうね、マジで目の前が魔法弾で埋まっててどうしようもないの。無数に魔法陣を展開して自動多重射撃魔術ルーチンも組んでたし。女子の本気って怖い。
守るのも飽きたところで反撃開始。風魔法を足にかけ、空中移動可能、かつ機動力アップを図る。ついでに水魔法で分身を作り、的を増やして俺自身に対する射撃頻度を強制的に下げた。
二十人くらいの俺が空を飛び回っててなかなかクール。スタイリッシュ飛行も披露したから、ロザリィちゃんも惚れ直してくれたに違いない。
もちろん、この程度じゃ全部撃ち抜かれて終わる。ガチなアルテアちゃんを舐めちゃいけない。
『そ……そいつを待っていた!』と、魔法陣を立体交差させ、アルテアちゃんは杖を構える。アルテアちゃん自身を核とした、魔法陣そのもので構築された概念的な巨大魔銃が現れた。魔力が螺旋状に渦巻いていて、目をつぶっていてもヤバいと感じる代物。ルマルマ寮くらいなら軽くふっとばせそう。
どうやら俺が無駄に魔力を消費し、策を練って安心しきったところをまとめて吹っ飛ばす算段だったらしい。いつものアルテアちゃんからは考えられない豪快な作戦。もしかしてマジックハッピーの気があるのだろうか。
ぶっぱなされるとステラ先生が悲しみそうだったので、その前にアルテアちゃんの足首を掴み、同時に風魔法でローブを思いっきりぺろんってやった。
『きゃあっ!?』って意外と可愛い悲鳴と共にアルテアちゃんが尻もちをついたので、優しく杖を向けてサレンダーを促した。女子からの冷たい視線が突き刺さったんだけど、勝負だから仕方ない。
『いつの間に近づいた……!?』と真っ赤な顔でローブを押さえたアルテアちゃんが聞いてきたので、『アルテアちゃんが偽物に夢中になっている間に地面を掘った』と正直に伝えた。
弾幕を張りすぎたのと、空中機動力ばっかりに目を奪われていたせいで、アルテアちゃんは俺が地面に潜るの見逃したのだ。
分身がたくさんいたから俺の行動のカモフラージュも出来たし、アルテアちゃんの弾幕でできた穴を利用したから作業時間も短くすんだ。策士すぎる自分が怖い。
なんかあっけないけど、全く気付かずに敵の接近を許したアルテアちゃんの負け。地面から不意打ちで足首掴まれた段階でほぼ決まったようなもんだった。どのみち、あれほど接近してたら射撃魔法も満足に使えなかっただろうし。
授業後、ステラ先生に『戦法としては褒められるし、魔法使いとしてのセンスも凄いと思うけど、あんまり女の子に意地悪しないようにね?』と言われてしまった。視界を奪うためにローブをべろんってやったんだけど、みんなセクハラだと思っているとのこと。
『謂れのない誹謗で心が傷ついたのでぎゅってしてください』って言ったら、『ちょっとだけだからねっ!』って言ってぎゅってしてくれた。やわらかいものを感じる。ちょううれしい。恥かしさに赤く染まった頬と何とも言えない羞恥の表情がグレート。ステラ先生マジ女神。一生ついていきます。
夕飯食って風呂入って雑談しているとき、アルテアちゃんが『今日のアレは戦法として有用だった。だからセクハラじゃない』とみんなに説明してくれていた。さすがは気高きアルテアちゃんだ。俺の行動の真意にも気づいていたのだろう。
実際、あれってやられるとかなりビビる。何度漏らしたか正直数えきれない。純真な俺を弄んだテッドとナターシャを、俺は絶対に許さない。
なお、『セクハラ認定はしないからハゲプリンとアルテアスペシャル美容液と大きなショートケーキをよこせ』と言われた。やっぱりちょっとは根に持っていたのかもしれない。あと、にこにこガチ笑顔(目は笑っていない)なロザリィちゃんに惚れ直した。
対人戦があると日記が長くなっていけない。大きなイビキをかくギルはパレッタちゃんと闘ったらしい。パレッタちゃんの呪いは全部筋肉に弾かれたため、パレッタちゃんは早々に降参し、試合後にギルに噛みつきまくったそうだ。
言ってるそばから無駄な事を書いてしまった。手ごろなものがなかったので、床に落ちてたよくわからんゴミを鼻に詰める。案外これでイビキがまともになるかもしれない。




