90日目 基礎魔法学:対人戦闘訓練【VS.ギル】
90日目
早朝、ギルが『う、産まれる……!』と苦しそうな顔。そんなバカな話があるかと念のため湯を沸かして身構えたら、ヤツの鼻から大ぶりのジャガイモが飛び出てきた。そのまま煮て食べてもらった。
すっきりした表情のギルを連れて食堂へ。フィルラドに朝の出来事を伝えたら、『さすがエッグ婦人!』とか言ってよろこんでた。こいつもとうとうヤバい方向に向かっているらしい。ティキータ・ティキータのゼクトにも伝えたら、『さすがに寝ぼけてたんだろ?』って言われた。そうであることを信じたいが、あのジャガイモのまろやかで奥深い上品な味は夢だとは到底思えない。
ギル? いつも通りに『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってたよ。ギルらしくて安心した。
授業は我が女神ステラ先生による基礎魔法学。今日から対人戦。
『最初は危ないから、先生立会いの下誰かにお手本をやってもらうねーっ!』ってステラ先生は言った。次の瞬間に目が合う。ウィンクしておいた。苦笑いしながらも俺を指名してくれるステラ先生マジ可愛い。
で、肝心の相手なんだけど、『ギルくんにお願いしたいの!』ってステラ先生がのたまった。なんか、ギルが出ることは確定だったらしい。非常に悔しい気分。ヤツは俺に向かって筋肉のポージングを見せびらかしてきやがった。
さて、対戦相手も決まったところで実際の戦闘。ステラ先生特製コロシアムの中で向き合い、互いに杖を構える。ヤツの杖、俺がこの前実戦訓練用に作ってやったエストラム魔鉱石とカミシノ木材を組み合わせた巨大な棍棒みたいなやつなんだけど。
こだわったのが仇になった。ぺちゃんこにされちゃう。
『それでは、はじめ!』ってステラ先生の可愛いくちびるが動いた瞬間に『おせえおせえ!』って言いながらギルはまっすぐ襲ってきた。ガチで怖い。あれはヤバい。筋肉の照り返しが今でも目に焼き付いている。
なんとか棍棒の一撃を回避するも、流れるような後ろ回し蹴りが跳んでくる。仕込んでおいた土魔法立体結界魔法陣を展開するも、一瞬でぶっ壊された。勢い余って地面にぶつかった足は大きなクレーターと地割れを作った。ロザリィちゃんがあんぐりと口を開けていたのがマジ可愛い。
唖然として(見とれて)いる間に腹に激痛。モロに拳を貰った。マデラさんレベル。マジでギルの正体がわからない。
さすがに手加減してもらっていたのか、吹っ飛んだあとは追撃は来なかった。でも、『だ……大丈夫か親友ッ!』とか情をかけてくるギルにイラついたので本気を出すことに。
心配して近づいてきたところを不意打ちで風魔法狙撃。筋肉に弾かれる。そのまま連続で足元を爆破。スネ毛の耐火性能が限界突破。光魔法の光弾を顔面にぶつける。なんかまつ毛が輝きだした。闇魔法の渦で攻める。『シックでダークな俺の筋肉!』とかいってポージングを始める。
マジで何なのあいつ?
冗談抜きにブチ切れたので、本気の中の本気を出すことに。どうせギルだ、大したけがは負わないだろう。それに、俺とギルは親友なのだ。何やっても友情が解決してくれる。
てなわけで、以前ナターシャがヴァルヴァレッドのおっさんが浮気した時に使った魔法をチョイス。ギルの攻撃を何とか避けつつ、六属性の魔法要素を構築。術式展開、呪文詠唱、魔法陣構築を同時にこなし、魔素を纏いながらひたすら逃げる。
ちょっとずつ付加魔法をかけていたおかげでギルの速さにも慣れる。とはいえ、一瞬でも気を抜いたらこっちはミンチ。マジでギルが強すぎる。魔法も効かないし速いし一撃喰らったらほぼオシマイ。あいつ、学校来る必要なくね?
で、ようやく魔法の完成。ギルが『おおお……?』なんでアホ面晒したときにはもう遅い。逃げながら俺自身の体を魔法刃とし、地面に魔法陣を刻んだ。ついでに空中にも呪文と術式、ついでに呪歌も交えて高次元高要素立体結合魔法体を展開させた。
地面と空中、そして魔法陣、術式、呪文、呪歌と、あらゆる魔法要素をふんだんに使ったゴージャスな逸品。俺自身も魔素に溢れるスペシャルな仕上がり。
効果は事実上の無敵。この結界内なら俺最強。魔法ぶっぱし放題だし、身体能力もステキなことに。フィニッシュとして、相手に陣拘束を施したうえで、全部の魔法要素を一点的(今ならわかるけどたぶん極点的な裂界方向)に集中させた嵐として叩きこむという、なかなかワンダフルなことも出来る。
これを喰らったヴァルヴァレッドのおっさんは意識不明、全身大怪我の重体となって三日三晩寝込んだ。ぶっぱなしたナターシャをマデラさんがガチ拳骨したくらいだからたぶんオリジナルの禁術クラス。瘴気も聖気もミックスしてるから間違いない。
恐るべきその名は『浮気デストロイ』。正式名称はしらん。あくまでナターシャの見様見真似だから、さしずめ『レプリカ:浮気デストロイ』ってところだろう。
念のため超強化した風魔法狙撃で奴の杖(もはや杖として使われていなかったけど)をぶっ飛ばしてから魔法をぶっぱなす。
ステラ先生がみんなを大連結型裂造円型結界魔法陣で守ったのは見えたけど、ギルには間に合わなかった。というか、ギル自身が迫りくる魔力の嵐にファイティングポーズとって『カモン!』ってやってた。
結果、地面がめっちゃえぐれてあたりが凄まじいことになってた。校舎の窓や扉も何枚か吹っ飛んでいた。机だけじゃなく、校舎自体もボロイとかどうなってんだろうか。
魔力残滓が掻き消えた後、ステラ先生がみんなの無事を確認して涙してた。ちょっと大人気なかったかもしれない。
ギル? ローブはボロボロだったけど、俺たちが二階から飛び降りた程度の怪我しかなかったよ。一応直撃したはずなのに。やっぱレプリカじゃイマイチだ。
……筋肉を信じていたとはいえ、魔法も使わずにその程度に抑えられたことが地味にショック。でも、ギルは『生まれて初めてこの体に傷をつけてくれたのが親友でうれしいぜ!』とか言ってた。いろんな意味でアブナイ。
そのあといろいろあったけど、面倒だから端折る。ギルの非常識さとステラ先生の実力の高さを強く実感できた一日だった。ステラ先生、一瞬でみんなを守ったばかりか、俺たちが荒らした地面もきれいさっぱり直してくれたんだよね。あとでお礼しておこうっと。
久しぶりに全力で遊んでもらえたからか、ギルはスヤスヤと大きなうるさいイビキをかいている。友情の証に、ヤツの杖の破片を鼻の穴に刺しておいた。いさなみすやお。




