68日目 魔法演算学:積構の演算法則
68日目
思ったとおり、カミシノの板材がギルの枕もとにあった。ヨダレがしみこんでいたけど、優しい俺は見なかったことにした。
朝食にギルを誘うも、悲しみに暮れるヤツは水だけ飲んでさっさと教室に行ってしまった。冗談抜きにジャガイモ断ちをするらしい。そのあまりに異様な光景にティキータ・ティキータのゼクト、バルトラムイスのシャンテちゃんがなにかあったのかと杖を構えてやってきた。
しかも、あのアエルノチュッチュのラフォイドルでさえ、『学園の敵なら俺の敵だ。俺はお前らが大嫌いだが、俺の敵はもっと嫌いだ。だからちょっとはマシなやつと手を組むだけだ』とか言って共同戦線を申し出てきた。あのギルがジャガイモ断ちするレベルの脅威が迫ってきていると思ったらしい。
悲しそうに目を伏せながら『……大したことじゃないんだ』って言ったら余計に心配された。正直に話したのに、なんであいつらは皇帝ワイバーンのつがいを撃退するかのような厳戒態勢を敷き始めたんだろう。理解に苦しむ。
ミーシャちゃんはやっぱり元気がない。怒る気力もないのだろう。ロザリィちゃんとアルテアちゃんが横で話しかけてたけど、もそもそとパンをかじっているだけだった。
パレッタちゃんが口移しでパッションチェリーを食べさせても気づかなかった。色んな意味で重傷だと思う。
授業はカルブの魔法演算学。これからの計画を練っていたせいでカウントを忘れた。
内容は積構の演算法則について。同じ術式内、違う術式内であっても魔術として成立しているのであれば演算法則が成り立ち、それを確認しましょうってかんじで進められた。
基本的には今までの法則と大差ない。ぶっちゃけ日記に書いても面白くないことだから省く。魔法演算学のノートの真ん中あたりを参照すること。教科書はやめとけ。間違いだらけのクソだから参照したら単位を落とす。あれまともに使ってるやついないんじゃね?
俺の知る限り最高のスルー力を持つカルブ先生でもさすがに気まずかったのか、授業は早めに終わる。おかげで午後のフリータイムを多めに確保できた。
今回の作戦に参加してくれたのはいつものメンバー(ミーシャちゃんを除く)を基本としたクラスのメンツ。友達思いがこんなにも多くいたことに不覚にも泣けてくる。ギルは号泣してた。
まず、パレッタちゃんに糸の確保を頼む。俺の友人の中ではパレッタちゃんは一番虫と呪いに精通しているスペシャリストなのだ。上質な魔法糸を紡ぐ虫を知っているだろうし、入手するのも問題ないはず。
ポポルには縫い針の素材として親和性の高いスタル魔鉱石の採掘を頼む。ここらへんではあまり見かけないらしいけど、小柄ですばしっこいポポルなら他の人が取れずに放置されたものを入手できるかもしれない。
アルテアちゃんには針の心材としてプリズム・ビーの尾針を取ってきてもらうことに。弓も射撃魔法も得意なアルテアちゃんなら近接キラーとして名高いプリズム・ビーが相手でも十分に戦えるはずだ。
フィルラドにはレザン・エトワクルールの確保を。染料として扱うのはちょっともったいないけど、背に腹は代えられない。それにあれの発色マジきれいだし。召喚魔法で数の暴力を使えばなんとかなる……はず。
ジオルドにはカミシノ板材を渡した。俺のガタつく机じゃロクな作業ができない。手先が器用らしいしなんとかなるだろ。ちょっと不満そうな顔をしていたのは気のせいだろうか。やっぱりヨダレ臭かったのかもしれない。
クーラスは調子が悪そうだからおるすばん。下手に動いて倒れられても困る。
ロザリィちゃんにはミーシャちゃんの傍にいてって伝えておいた。やっぱり友達が一人も傍にいないのは不安だろう。俺だって似たような状況にあった時、いつもはちゃらんぽらんなテッドや不愛想だったはずのヴァルヴァレッドのおっさんが一緒にいてくれてうれしかった。
その他のメンツには簡単に入手できる染料の素材やプレゼント用のリボンとラッピングの準備を頼む。クラス資金も解放していいと許可を出した。足りなければ自腹を切るから金に糸目をつけるなとも宣言する。親友銀行を使えば俺の懐は一切痛まないからね。
そこまでやるかと驚かれたが、マデラさんのところではこれが普通だ。例え事故であろうとも、そこに妥協がわずかでも入り込んだのなら誠意は相手に伝わらない。俺が何度泣きながら冒険者どものローブや帽子を繕ったのかみんなにはわかるまい。
ギル? あの野郎、おどおどしながら『俺はどうすればいい?』って聞いてきたから『おまえがやるべきことをしろ』って言っておいた。一応はギルの問題なのだ。何もかも頼られても困る。
おっと、これはあくまでギルの為を思ってやってるんだからな! ホントならちゃんと指示したいんだからな!
マジな話、あいつ全部ジャガイモ基準で考えるからこういうのは信用できないんだよね。
そんなわけで、俺は一人でこの日記を書いている。夕飯の時にもギルは姿を現さなかった。ミーシャちゃんの食欲もない。
まだ帰ってきていない連中(ギル含む)がいる中で一人で寝るのはいささか心苦しいが、俺だって資料集めやデザイン構想でだいぶ疲れた。でも、最近こんなドタバタを楽しいと感じている自分がいる。ちょっとびっくり。
材料集めの一環を兼ね、俺の耳付近に火魔法要素を含んだ立体結界魔法陣を展開した。ほんのりと暖かい。無事に朝を迎えることを強く願う。




