56日目 魔法生物学:セイレンエイルの生態について
56日目
なんかずっと変な歌声が聞こえるんだけど。とうとう俺も限界かもしれない。
朝食のとき、フィルラド、ポポルに『なんか切ない女の歌声が聞こえないか』と聞いてみたものの、奴らには全く聞こえていないらしかった。そんなはずはなかろうと詰め寄ったら、『あれじゃないか』って上機嫌で鼻歌を歌いながらプリンを作るおばちゃんを指さされた。すごく切なくなった。
ギルのヤツは『うめえうめえ!』って言いながらいつものジャガイモの大皿をぺろりと平らげていた。咀嚼音が例の歌声のメロディーと同じだったけど、こいつの体は本当にどうなっているんだろうか。
話を聞いていたのか、がんばって口笛を吹こうとすーすーってやっているロザリィちゃんがめっちゃかわいかったです。
あと、アルテアちゃんは口笛がめっちゃうまかった。俺がなんとなく鼻歌で例のメロディーを奏でただけで完璧に再現してた。おどろおどろしくて超不気味。吹いたアルテアちゃん自身がそのあまりの不気味さに『……呪いの曲とかじゃないよな?』って言ってた。もう二度と吹きたくないとのこと。
授業はピアナ先生、グレイベル先生の魔法生物学。今日から動物編……なんだけど、グレイベル先生、なんか校舎のトイレがまた不具合を起こしたみたいで修理に駆り出されちゃったんだって。
ホントあそこの水回りは酷過ぎると思う。俺はこんなにポンコツなトイレを聞いたことがない。責任者は何をやっているのだろうか。
うれしいことに、ピアナ先生は俺がこの前つくったスプリングフラワーの花飾りをつけていてくれた。『ありがとねっ!』って笑ってくれるのが超ステキ。ステラ先生と纏めて一緒にぎゅってしたい。
しかもあれ、そんなにもつものでもないのにしっかり色味が残っていた。さすがプロだ。
今日のテーマはセイレンエイル。魔法生物の一種の虫で、透き通ったような青く鮮やかな羽根と綺麗な鳴き声が特徴のチョウチョもどきだ。
すりつぶして然るべき処理をすると喉の薬になるほか、呪文詠唱の効果が上がるらしい。沈黙の呪いを打破することも出来るのだという。ピアナ先生曰く、口に関係することならこれを使っておけばだいたいどうにかなるそうだ。あ、ペットにも人気があるんだって。
以下にメモをまとめておく。
・セイレンエイルの幼虫は土の中でひっそりと暮らす。恥かしがりやさんなので無理に引きずり出さない。しつこいとヒステリーを起こす。
・寒いと生育が阻害されるので、冬場は暖かくしてやるのが望ましい。成虫の場合はあまり気にしなくてよいが、構ってやらないとヒステリーを起こす。
・幼虫は土の中の養分を吸収する。室内で飼う場合は適当に葉っぱや虫などを入れておけばよい。成虫は魚が好物であるので餌場(ひたひたになるくらい水を入れた水皿)に死んだ魚を浮かべておくこと。古いものだとヒステリーを起こす。
・翅と鳴き声の美しさは健康状態の証でもある。異変があったらすぐに対処すること。そういう場合、だいたいヒステリーを起こしている。
・ストレスを与えるとダミ声になったり金切り声を出す。もちろんヒステリーを起こす。
・蛹の時に音楽を聞かせるとよく育つ。翅や鳴き声もそれに比例する。ただし、ヘタクソな音を聞かせた場合、狂暴な成虫になる。ヘタならヘタなほど狂暴性は増す。まず間違いなくヒステリーを起こしている。
・ヒステリーを起こしている、または機嫌が悪い場合、こっぴどく噛みついてくる。そもそもの体が小さいので傷も大したことはないが、割と痛くて嫌がらせのように疼く。噛みつけないとイライラしてヒステリーを加速させる。
・まごころを込めて育てる。込めないとヒステリーを起こす。
・色んな意味で、最後はちゃんと愛情を捧げる。
・魔物は敵。慈悲はない。
なんかデリケートな魔法生物らしい。その分、ちゃんと育てたときの達成感は一入だそうだ。薬にしたときの効果も抜群だとのこと。自然の中だと天然の音楽しか存在しないから、人為的に音楽を聞かせてやることで天然モノよりも質のいいセイレンエイルを期待できるんだって。
作業はセイレンエイルの蛹の移動と成虫の観察。この蛹、どこかで見たことがあるんだけどイマイチ思い出せない。
ともかく、状態の良いもの悪いものを実際に判別して分けたりした。極端なものはみっともないガラになっているしヒステリーを起こしているからすぐわかるけど、状態悪くなりかけのやつはヒステリーなのか機嫌が悪いだけなのか見分けづらい。
なんかしらないけど、ギルのヤツに成虫がぶわって群がってすごいことになってた。もうね、マジでね、ギルの肌面積全部が青い羽根になってたの。
おまけに綺麗なんだけど不気味な歌声のオーケストラをするものだからめっちゃ怖かった。あれ聞いたら多分呪われると思う。
『すげえすげえ!』ってギルは大喜びだったけど、ほとんどの人間はドン引きしてた。ピアナ先生も表情が固まってた。
でもポカンとしているロザリィちゃんがマジキュートだった。鼻にめっちゃ綺麗なセイレンエイルが止まったのもポイント高い。絵画みたいだった。
俺、生まれ変わったらセイレンエイルになってロザリィちゃんの鼻に止まるんだ……!
あと、蝶人間と化したギルを見てパレッタちゃんが一言。『……目覚める!』だってさ。何が目覚めるのか聞きたくもない。いずれろくなものじゃないだろう。ヤバいほうの恍惚の表情を浮かべていたし、なんかリアルタイムで耳にこびりついているメロディを紡いでいた。聞かなかったことにしたい。
でもやっぱりちょっと注意したほうがいいかもしれない。……蛹がギルの呼吸に合わせてカタカタしていたのを報告しなかったのはまずかっただろうか?
ギルのイビキは相変わらずうるさいけど、なんか妙に外が静かだ。風の音も虫の音も聞こえない。不気味ってのはこういうことを言うんだろう。
ちょっとだけ心当たりがあるので、杖を枕もとにしっかりと準備し、いつでも動けるようにする。んで、いつぞや使ったオーガのひげ……がなかったのでオーガの鼻毛をギルの鼻の穴に詰めた。
たぶん効果はほぼ一緒だろう。俺の予想通りだとしたら(ギルが絡む時点で裂界面方向にずれると思うけど)、明日は結構面倒なことになるはずだ。
明日、無事に日記を書けることを強く願う。最後かもしれないけど、おやすみなさい。




