363日目 出発
363日目
ギルの髪の毛に枝毛がいっぱい。全部抜いたらハゲになる。
ギルを起こして厨房へ。思った通り、『今日学校に送るから仕事はなしだ。部屋で支度をしておきな』とマデラさんに言われた。
そんなわけで、ルマルマ全員にその旨を告げる。出発は昼飯の後。少々急な気がしなくもないけど、どうせみんな荷物なんて大して持ってきていない。ちょっとした小物と衣服が精々ってところだろう。
俺もギルも自前のトランクにいろいろと詰め込みまくる。ちょうどいいタイミングでマデラさんがやってきて、『あんたら、少しは頭を使いなさいな……』っててきぱき衣服類を入れてくれた。ローブの皺もきちんと伸びているし、まさに完璧な仕上がり。
俺だってそれなりに片付けがうまいという自負があるけど、マデラさんには敵わない。きっちり物が詰まったトランクは惚れ惚れするくらいに美しかったね。
ポポルやフィルラドなんかもマデラさんにトランクの支度をしてもらったらしい。『ばーちゃんのテクニックがすごかった』、『ローブがなんかいつのまにピカピカになっていた』って言ってた。
あいつら、パンツや靴下といったものまでやってもらったみたいだけど、なんというかこう、羞恥心みたいなものはないのだろうか? 人の家のかーちゃんに下着をたたまれるってなんか……ねぇ?
たぶん、女子たちもマデラさんにトランクの支度をしてもらったと思う。一人で全部やったのはおそらくステラ先生だけだ。さすがはステラ先生である。
あと、マデラさんがみんなに『今までよく働いてくれたね。少ないかもしれないが、お駄賃を渡そう』ってお金がジャラジャラ入った小袋を渡していた。『えっマジこんなに!?』ってみんなが驚愕の表情。
そりゃあ、うちは高級宿屋なのだ。給料だっていいに決まっている。
俺の? 【マデラさん銀行】の天引きのせいでほとんどなかったけど? いつかロザリィちゃんとステラ先生の結婚資金として引き出してやるから別にいいけど。
昼食は夕飯並みに豪華。エビフライとかプリンとか、俺の好きなものがいっぱい。おさかなやジャガイモ、ジャムクッキーにハートフルピーチやホビットレモンと言った、他の人が好きなものも全力ガチな感じでそろえてある。もちろんみんな『うめえうめえ!』って食べた。エッグ婦人もヒナたちも、ヴィヴィディナでさえも喜んでいた。
たぶん、最後だからってわざわざ腕を振るってくれたんだろう。普段は割とスパルタだけど、こういう時にすごく優しいからマデラさんは大好きだ。
昼食後、ちょいとゆったりしてからとうとう出立の時間に。冒険者連中やリアが外まで見送りに来てくれた。
『それじゃ、ちょいと離れてな』とマデラさん。杖を一振りすると、どこからか鐘の音が鳴り響き、虚空から光が浮かび上がってガラスの様なアーチが出来上がる。マジで芸術品みたいな感じで、さらにはアーチから光の水(?)みたいのがザーって流れて一つの壁みたいな感じになった。
『これをくぐれば学校まで行けるよ。覚悟ができたやつから行くといい』とのこと。あまりにも既存の魔法体系から外れている魔法だったからか、ステラ先生がぽかーんって顔をしていた。そんなお顔もマジプリティ。
『ま……また遊びに来てね!』ってリアがクーラスに抱き付いた。なんかあいつ、半ベソかいている。さすがに空気を読んだのか、アレクシスはおとなしい。クーラス、ちょっと困ったように笑いながら『一年後、また会おう』ってリアの頭をポンポンしていた。
で、『お世話になりました!』、『また会いましょう!』ってクーラスとジオルドが門をくぐる。水の壁に突っ込んだのに、やっぱり本来なら突き抜けるはずの二人の体はどこにもない。なんかちょっと不思議な気分。
『師匠! 今度は師匠が学校に来てくださいよ!』、『マデラさんが作るごはん、とってもおいしかったです!』ってフィルラドとアルテアちゃんが門をくぐる。いつのまにやらルフ老がフィルラドの師匠になってたけど、果たしてそれはどっちの意味でだろうか?
『おばーちゃん!』、『ふかふかグランマ!』ってミーシャちゃんとパレッタちゃんが最後に思いっきりマデラさんに抱き付く。『ふっかふか!』、『ふっかふか! グランマふっかふか!』って二人ともすごくうれしそう。マデラさん、いつもとは全然違う慈愛の微笑みを浮かべて二人の頭を撫で、軽くケツを叩いて門の奥へと送り出した。
ポポル? そのときにパレッタちゃんに首根っこつかまれて一緒に引き込まれていたよ。『ふぎゃあああ!?』って悲鳴を上げていた。
で、次がギル……と、ロザリィちゃん。『親友、先にいってるぜ!』、『マデラさんたちとお話ししたいこと、いっぱいあるんでしょ?』って笑顔を受けべて門に向かう、『お世話になりました! 親友のことは任せてください!』、『──くんは私が守ります! 来年も……これからもずっとよろしくお願いしますね!』って門の向こうへと消えていく。
さて、クラスメイトはみんな向こうへ行った。後は俺だけ。
まったく、泣き虫が多くて困る。リアは『おにいちゃあああん! いっちゃやだぁぁぁぁ!』って鼻水垂らしてびーびー泣くし、ミニリカも『全然おでかけとかできなかったぁ……!』ってめそめそして抱き付いてきやがった。
ガキやババアロリに抱き付かれて喜ぶ趣味はないけど、優しい俺はそっと抱きしめ返してやった。
ルフ老は『女の子と共同生活を送れるとか、なんと妬ましい……ッ!』って歯をぎりぎりしていたし、アレットとアレクシスからは『ちったぁ根性鍛えて来いよ。あと、クラスメイトとは仲良くしろよな』、『クーラスくんに恋人が出来なかったらリアを薦めておいてね!』って言われた。チットゥはチャンスとばかりに『面白いものあったらお土産によろしく』とか言ってきやがった。マジであいつが何考えているかわからん。
ヴァルヴァレッドのおっさんは『ま、がんばれよ』って頭をぐしゃぐしゃにしてきたし、全然そんなことないのにテッドも『泣きそうなツラしてんじゃねーよ』ってからかってきた。マジ何なの?
極めつけはナターシャだ。『おねえちゃんがいないからって、寂しくて泣くんじゃないぞぉ?』ってぎゅってしてきやがった。いったい何年前の話をしているのか。あと胸がすごく邪魔だ。
しかも、『ん? ん? 行ってらっしゃいのキスはしなくていいの? 昔はあんなに泣いてねだったのに?』ってからかってくる始末。
まったく、したいのなら遠まわしじゃなくて素直にそういえばいいのに。でも、優しい俺は奴の意を汲んでいってらっしゃいのキスをさせてやった。
あと、あいつの香水はけっこうキツイ。おかげで無駄に眼が刺激されて真っ赤になった。なんであんな香水をつけるのか。香水で脚が臭いのが治るわけでもないのに。
しかも、『私もしてやる! だから、泣くでない!』ってミニリカにも行ってらっしゃいのキスをされた。まったく、泣いているのはそっちだというのに。いったいどの口がそんなふざけたことを抜かすのか。
最後にマデラさんと向き合う。特に言葉は交わさない、ただ、マデラさんは俺を思いっきりぎゅっ! って抱きしめ、『行ってらっしゃい、──』って笑った。なんかよくわからんけどすっごくうれしくて、あと突発性の花粉症のせいですんごく涙が出た。
いいか、花粉症だ。春だから花粉症なのは当たり前だ。いいな。
で、『これ、向こうでお友達と食べな』って渡されたクッキーを手に持ち、いざ俺も門をくぐろうとしたところで気づく。
『あ、あうあう……!』って真っ赤になっているステラ先生がいた。そういやステラ先生まだ門をくぐっていなかった。
しかも、なぜか門から九つの顔がこっちを見ている。みんなニヤニヤしている。白々しくも、『いや、遅いからちょっと心配になって』、『エッグ婦人もちゃっぴぃもヒナたちもヴィヴィディナも残ってるし?』等と言ってきやがった。
見られた。よりにもよってババアロリやアバズレにキスしたところ、されたところ、そしてマデラさんにぎゅってしてもらっているところをみんなに見られた。
絶望しきっていたところ、『こんな息子ですが、どうかよろしくお願いしますね、先生!』ってマデラさんが笑う。で、『とっとと行きな、バカ息子!』ってにっこり笑いながら俺に軽くケツビンタして門の向こうへと送り出した。
気付けば目の前に学校。『…おかえり』、『みんな無事みたいだね!』ってグレイベル先生とピアナ先生が帰ってきた人たちのチェックを行っていた。
夕飯食って風呂入って今に至る。恥ずかしい場面を見られたうえ、さらにはフィルラドやポポルがそれをルマルマのみんな(みんなもう帰ってきていた。全員無事。俺たちが最後だった)に言いふらすものだから、すんげえ暖かな瞳で見られて酷く屈辱。さっさと部屋に引きこもって今に至る。
いいか、決して拗ねているわけじゃない。俺はガキじゃないんだ。
本当は帰ってからのこととかもっといっぱいかけるけど、疲れているから筆をおく。何度でも書くけど拗ねているわけじゃない。俺は大人だし。
ギルは今日も大きなイビキをかいて寝ている。この部屋で寝るのもずいぶん久しぶり。明々後日からオリエンテーションが始まるから、明日明後日で諸々の準備等を済ませてしまおうと思う。
とりあえず、奴の鼻には秘蔵の唐辛子パウダーを塗したジャガイモを突っ込んでおいた。これは決して復讐ではなく正当なる裁きである。おやすみなさい。
20160331 誤字修正




