361日目 あの日みた川のヌシ
361日目
宿屋が秘密基地になっていた。わーお。
ギルを起こしてしばしその秘密基地の素晴らしさを楽しむ。いつもの扉は隠し扉になっていて、なんかよくわからん小窓や無駄にパタパタ開く扉ちっくなものがいっぱい。何でもないところにも引き出しがあるうえ、なぜか階段が滑り台になっていた。
もうね、マジで楽しかったね。いつのまにやらロフトも出来ていたし、マジで理想の秘密基地だったよ。ギルも『すげえすげえ!』ってアスレチックで懸垂していた。
が、マデラさんのいる厨房にたどり着いたところ、『もう十分遊んだだろ?』って杖の一振りで元の宿屋に戻されてしまった。『あっちのほうが接客効果は見込めます! 今どき売りの一つもない宿屋じゃ競争に負けるだけです!』って必死に弁明するも、『そう思うんならきりきり働いて潰れないようにしな』って一蹴される。
これだから頭に茶渋のこびりついた老人はダメだ。跡取りである俺があんなに言っても聞かないだなんて。秘密基地な宿屋なんて聞いたことないし、確実に目玉になって繁盛するというのに。
そんなわけで、俺とギルとマデラさん以外、朝宿屋が秘密基地であったことを知る人間はいない。すんげえしょんぼりと朝飯を食っていたら、ロザリィちゃんがやさしくぎゅっ! って抱きしめてくれた。
で、『怖い夢でも見たの? こういうときくらい、甘えてもいいんだよ?』って耳元で囁いてくれた。もう、最高だったね。
なお、ギルは普通に『うめえうめえ!』ってジャガイモを喰っていた。あいつも最初はしょんぼりしていたけど、ジャガイモを喰える喜びがそれに勝ったらしい。本当に単純だと思う。
朝食後は普通に仕事……したかったんだけど、ミーシャちゃんが『今日はみんなで釣り行くの! あの日見た川のヌシをこの手で釣って見せるの!』って言いだした。
どうやら、おっさんかテッドか、ともかくそのどっちかから川のヌシの話を聞いたらしい。言われてみれば、おっさんとはいつかヌシを釣り上げてやるって約束をした気がする。
そして、釣り好きであるはずのミーシャちゃんなのにここしばらく釣りをする姿を見ていない。きっともう我慢の限界だったんだろう。
テッドもおっさんもみんなやる気。『たまにはいいかな』なんて、クーラスやジオルドも釣りの準備を始めだす……っていうか、ルマルマは俺以外みんな釣りの支度をしていた。
もちろん、俺だって行きたい。マデラさんに『いっちゃダメ……かな?』ってガラにもなく甘えてみる。奇跡的にも、『しょうがないねぇ……』ってお許しがもらえた。マデラさんはたまにすごく優しいから大好きだ。
しかし、ここでちゃっぴぃが『ふーッ!』ってぐずりだす。どうやらこいつ、今までさんざんな目にしかあっていないからか、釣りが好きじゃないらしい。俺の脚にひしっとしがみつき、いやいやと頭を振って指をぺろぺろしてきた。
なんでこいつ、指ぺろぺろで俺が残ってくれると思ったのだろうか? マジで意味がわからん。
で、ぐずるちゃっぴぃを担いでみんなと共に川へ。もう冬も終わったのか、そこそこの陽気と芽吹く緑がいいかんじ。お日様が良く当たるところはすっごく暖かくて気持ちいい。むしろちょっと汗ばむかもってかんじ。
釣果の方もいいかんじ。こないだとは打って変わってそこそこ釣れる。ミーシャちゃんは『やっぱ釣りは最高なの!』って何匹か釣っていたし、ポポルも『うっひょぉ!』って釣りまくっていた。やっぱこの二人は釣りがうまい。
……もしかして、体が小さいと釣りがうまくなるのだろうか? いや、ちゃっぴぃはへたくそだからそれはないか。
ほかの連中もぼちぼち。俺とロザリィちゃん(と、ちゃっぴぃ)は一つの釣竿をイチャイチャしながら使う。『みんなでおでかけ出来て楽しいねっ!』って体を寄せるロザリィちゃんがホント愛おしい。良い匂いする。
とりあえず、ちゃっぴぃを膝の間に座らせてアタリを待つ。『ふーッ!』って猛るちゃっぴぃの魔力を吸収魔法で抑え込み、ついでに隠蔽魔法要素を展開して気配を極力抑えておいた。
んで、ビビッと魚が喰いつき、針が結構奥まで行ったんじゃねってとこまでやってからちゃっぴぃに竿を渡す。ぶるぶる震える竿、力と力のガチンコ勝負、手に汗握る展開にちゃっぴぃも『きゅーっ♪』って大満足。釣り上げられた時なんて、おもっくそ俺に抱き付いてきやがった。
ここまで気を使ってやるなんて、俺ってばすごく優しくない? 普通ここまで世話を焼く人なんていないよ?
そんな感じでちゃっぴぃに貢ぎつつロザリィちゃんとイチャイチャ。数回釣らせてやった後はちゃっぴぃ自ら竿に夢中になってくれたおかげで、思う存分イチャイチャできた。ぐしぐしと頭を押し付けてくるロザリィちゃんが本当にかわいかったです。
ただ、ちょっと残念なことがあったのだとすれば、あまりステラ先生とおしゃべり出来なかったことだろう。ステラ先生さ、『やっぱりあまり性に合わん』って早くも釣りをあきらめたアルテアちゃん(意外とせっかち)を見て、『じゃあ、先生と一緒に花冠作ろうよ!』って女神な提案していたんだよね。
で、アルテアちゃんとリアと一緒にちょっと離れたところでお花を摘んでにこにこしながら花冠作ってたの。マジで女神が現れたのかと思ったね。
離れていたからあんまりはっきりは聞こえなかったけど、『昔、よくピアナ先生と一緒にお花畑でこうして遊んでいたの!』って言っていた気がする。俺もキッズステラ先生、キッズピアナ先生と共にお花畑で遊んでみたかった。
さて、肝心なヌシのほうだけど、これがまたさっぱり。『雑魚ばかりだな……』、『全然影も形も見えねぇや』っておっさんとテッドは仕掛けだのエサだのを変えてトライしまくる。ミーシャちゃんも『運はそんなによくないの……』って通ぶって外道の魚で魚籠をいっぱいにしていた。
しかし、予想外な事ってのは必ず起こる。ギルが『魚だってジャガイモは大好きなはずだ! だってジャガイモうめえもん!』ってジャガイモをエサに釣りをしだしたんだよね。
もちろん、最初は誰も相手にしなかった。『ああ、またコイツ変な事やってんな』って思っただけ。せいぜい、ミーシャちゃんが小さな子供を見守るかのような慈愛の笑みを浮かべてその様子を眺めていたくらいだろう。
が、ここでいきなり辺りがざわついた。虫の音が消え、鳥が飛び立ち、近くにいた禽獣どもがサッと逃げていく。
なんか、ヤバいって思ったね。奇妙な気配もうっすら漂い始め、なんかアブナイ魔力の匂いすらするの。慌ててステラ先生が杖を抜いてこっちに来たっていえば、どれだけ危険な状況だったのかわかってもらえると思う。
みんながざわざわするなか、『きたきたきたきたぁぁぁぁっ!』って嬉しそうなギル。すんげえ勢いで引いている。竿が折れそう……っていうかミシミシ言ってる。俺が作った竿じゃなきゃ真っ二つだったと思う。
『嘘だろ……!?』とつぶやいたのは誰だったのか。『うっひょぉぉぉ!』って叫ぶギルの体は筋肉で膨れ上がり、今まで以上の筋肉を行使していることは誰の目にも明らか。ついでに脚が地面にめり込んでいる。ちょうこわい。
そして、浮かんでくる巨大な魚影。『どぉぉぉぉっせぇぇぇぇい!』ってそいつがギルのマッスルパワーによって釣り上げられた。
『ギャァァァァ!』って叫ぶ巨大な魚。体長にしておっさん二人分くらい。化け物ってレベルじゃねーぞこれ。
マジで大きかった。全身が強力な鱗でおおわれ、歯はサメみたいにすっごくギザギザ。腹はでっぷりと太っており、おなかのとこだけちょっと白い。
『マジでデケェ!』、『おっも……!』、『何人前あるんだよコイツ……!?』って次々に驚愕の声が。『おっきぃ!』、『ぬるぬるしてる!』、『きゅーっ!』、『俺一番前だから!』、『座り心地はイマイチなの……』ってパレッタちゃん、リア、ちゃっぴぃ、ポポル、ミーシャちゃんがその巨体の上にまたがって遊んでいた。
もちろん、あの日見たヌシよりも明らかに大きい。魔物と疑うレベル。ヌシが成長した姿か、なんて思ったけど、ヌシはもっとおおらかで挑戦者をゆったりと迎え撃つような老練の雰囲気を纏った魚だ。
どういうことかしらん、と思っていたところ、活き締めをしていたテッドが『こいつジャガイモに寄生されてんぞ』と頭部の鱗の下に巧妙に隠されたそいつを発見。どうやらジャガイモ魔神の種イモの浸食寄生を受けた個体らしい。そりゃそうか。
なお、肝心の釣りあげたギルは『これってジャガイモ何個分かな!?』ってすっごくうれしそうだった。もはや何も言うまい。あ、ちなみに魔神魚はギルを中心とした男連中で頑張って担いで帰ったよ。マジで肩が死ぬかと思ったね。
夕飯はおさかなの丸焼き。マデラさん、あんなバカでかい魚だというのに『デカいのは火を通すのが面倒なんだよねぇ……』って一人で調理していた。寄生したジャガイモも包丁で抉り取り、『まだ残ってたとは……』ってそのまま蒸してギル限定の付け合わせにする。
あのジャガイモ、えぐられる前に触手(?)みたいのを伸ばして抵抗していたように見えたけど、きっと俺が疲れていただけだろう。面倒事は考えないに限る。
この巨大魚だけど、当然のごとくいつもの食堂には入りきらなかったため、外で食べようってことになった。みんなで丸焼きにされるそいつを囲む、ちょっとしたお祭りみたいな感じ。
味はもちろん超デリシャス。腹の肉厚のところは脂がたっぷりのっていて、とても川魚とは思えない。普通の魚かどうかも怪しいもんだけど。
宿にいたみんながうまそうに食っていた。ミニリカも『骨が大きくて取りやすくていいのう!』って満足気。リアはアレットに『小さいのがのどに刺さるといけないから、ゆっくり食べるのよ?』って完全にほぐれて骨のあろうはずもないところをふうふうしてもらって食べていた。
ミーシャちゃんもギルもめっちゃ食べてた。子豚一匹分くらいをマデラさんに切り分けてもらい、二人して直接丸かじり。『おさかなすっごくおいしいの!』って口の端を汚してうれしそうにがっつく。ギルも『うめえうめえ!』って骨まで噛み砕いて楽しそうだった。そのままミーシャちゃんも物理的に噛み砕く勢いだった。
また、他の宿泊客も普通に食っていた。『さすがに保存が効かないからね』ってマデラさんが言ってたことから、どうやら今日はみんな一律で夕飯はあれだったらしい。魚キライな人がいたらどうするつもりだったんだろうか?
ちょっとざっくりしているかもしれないけど、こんなもんにしておこう。腹いっぱい食べたこともさることながら、片付けが結構大変だった。テンション上がって飲みだすやつは続出するし、そもそも丸焼きって冒険者たちが適当にやるのはともかくとして、料理として出すとなると後片付けが面倒なんだよね。
でも、『おつかれさまーっ!』って最後にロザリィちゃんが給仕姿でジュースをお酌してくれてマジ幸せだった。ロザリィちゃんさ、自主的にマデラさんの手伝いってことで給仕しまくってたの。こっそり『こうすれば自然に──くんと一緒にいられるから……ね♪』って囁かれたとき、俺、一生かかってもロザリィちゃんを幸せにしようって思ったよ。
ギルは今日もぐっすりスヤスヤクソうるさいイビキをかいている。こいつは隠していたつもりだろうけど、実は寝る前にミーシャちゃんから『今日はおいしいおさかなありがとなの!』ってちゅっ! ってくちびるにキスしてもらっていた。
真っ赤になって挙動不審に『も、もう一回だめかな、ハニー?』ってギルが腰をかがめ、ミーシャちゃんが背伸びしたから間違いない。つーか、ギルがあからさまに動揺していたせいでみんなの注目を浴びていたんだよね。
寝よう。なんか疲れた。自分がイチャイチャするのは楽しいけれど、人がイチャイチャしているのを見るとなんか……なんだろ? なんかイラッとするというか、精神的に疲れるというか……ともかくなんかアレだ。
ギルの鼻には魔神魚の骨でも挿しておこう。意外とジャストフィットでぴったりはまった。おやすみにりかちゃんまじばばあろり。
20180608 誤字修正




