298日目 発展魔法生物学:後期期末テスト【絶望】
298日目
ギルのスネ毛が雑草。とりあえずむしっておいた。
ギルを起こして食堂へ。テスト週間だからか、やっぱりミルクの減りが悪い。みんなテスト中の腹痛の恐怖を知っているのだろう。シリアルとかコーンフレークも今日は売れ残り気味。
なんとなくそんな気分だったので、余りまくったミルクでベビーフードを作ってみた。『なんで今更そんなの作るの?』、『赤ちゃんごっこでもするのか?』とポポル、ジオルドに言われる。ジオルドには深爪の呪をかけておいた。
で、とりあえず作ったベビーフードを食べてみる。わかっちゃいたけどなんか味気ない。優しい味と言えば聞こえはいいけど、砂糖も何も入っていないのだからある意味当然。ついでに腹にもたまらない。
最初こそちゃっぴぃもノリノリで『あーん♪』を受け入れてくれたけど(ベイビーギルのをみて憧れていたのだろう)、二口目からは『きゅぅ……』と不満を隠そうともしなかった。
でも、ロザリィちゃんが『ぱぁぱ、ごはん♪』って甘えてきてくれて超幸せ。ベビーフードを『あーん♪』ってやったら『パパ大好き!』ってにこって笑ってくれた。ああもう、朝からこんなに幸せで良いのだろうか。
なお、そんな様子を見ていたアルテアちゃん、ミーシャちゃんは『お前……』、『さ、さすがにドン引きなの……』って言ってた。パレッタちゃんでさえ『さすがはヴィヴィディナのママ……私の想像をはるか凌駕している……!』ってドン引きしていた。
『あ、愛魔法のためだもん! 愛を深めなきゃ修行にならないもん! 修行のためには必要なことだもん!』ってロザリィちゃんは真っ赤になって弁明する。修行のためならしょうがないよね。
書くまでもなくギルはジャガイモ。『うめえうめえ!』って実にうまそうに食っていた。俺たちのことなんてまるで気づいちゃいなかった。たぶん、ギルを倒すのだとしたらこの瞬間が一番ベストだと思う。
今日は発展魔法生物学の期末テスト。『覚悟はいいかなっ!』、『…後悔はするな』と天使ピアナ先生とイケメングレイベル先生。
なんか今日はピアナ先生の笑顔がいつも以上にまぶしくて思わずドキッとした。なんつーか女の子特有の最高の笑顔ってやつだった。俺が言うんだから間違いない。
で、早速試験を始めよう……ってことになったんだけど、実技試験の割りに周囲に何もない。『三人くらいで同時受験することになるけど、組み合わせは適当だからね!』ってピアナ先生が宣言した瞬間、背後に気配。
とっさに拳をぶち込もうとしたら、『…悪くない反応だ』ってグレイベル先生に受け止められた。で、そのまま変な薬品を嗅がされる。前と同じパターンじゃね? って思ったときにはもう遅い。
気づいたらクーラス、アルテアちゃんとともにどこかの森の広場っぽいところにいた。例によって例のごとくここもどこかの拡張空間の中なのだろう。『状況はどんなだ?』と二人に聞くも、『気付いたらここだ。道具も最低限しかない。ま、なんとかなるだろ』、『こないだと同じみたいだな……ジャガイモは持ってないのか?』と返される。
……ふと思ったけど、どっちがアルテアちゃんでどっちがクーラスのセリフかわからなくね? 気高いほうがアルテアちゃんね。
さて、状況を確認したのでとりあえず探索を開始したら、ちょっと進んだところで横転した荷馬車を発見。近くには困った顔をした好青年(二十代半ば。めっちゃイケメンってわけじゃないけど普通にイケメンでモテるタイプ。そのくせ誠実で真面目で彼氏にしたいランキングナンバーワンになりそうなかんじ)がいて、『うーん、困ったなぁ……』ってこっちをチラチラ見ながらわざとらしく呟いていた。
話を聞くと、このあんちゃんはウィルアロンティカにいる恋人にプレゼントを届けに行く途中だったらしい。そのプレゼントは大きいものだったため、荷馬車を借りて商隊と共に向かっていたそうなんだけど、この森で突如謎の魔物の襲撃に会い、仲間とはぐれてしまったそうだ。
『幸いなことに僕の荷馬車と馬は無事だけど、仲間がどこに行ったのか……。こういう状況の場合、目的地で合流することになっているんだけど、この森は魔物も強く、僕一人だと荷馬車を護りながらじゃとても突破することは……!』って悲痛な面持ち。
明らかに胡散臭い。『プレゼントを届けなきゃ……』、『ああ、でも僕だけじゃあ……!』、『ウィルアロンティカの学生さんが護衛についてくれたら……! あっ、しかもそのローブはあのルマルマの……!』ってそいつはすんげえ棒読み&わざとらしくこっちを見てくる。
おそらく……というか、間違いなくこれがテストなんだろう。だって、荷馬車のところに【荷物を学校まで無事に届けろ】、【メンバーを戦闘不能にさせない】って大きく書いてある。アルテアちゃんだけは『よし来た任せろ!』ってノリノリだったけど。
さて、そんなわけでイガルと名乗ったあんちゃんとともに森を踏破することに。どうやらこのあんちゃんは案内人の役割も果たしているらしく、森を抜けるまでの道は全部頭に入っているとのこと。
さらに、イガルはこの森の特殊な生態系についても教えてくれた。『ジャングルの守護神、ベル・グレイが暗黒の狂気に当てられたせいで、この森は普通の生態系ではありえない現象が起きちゃっているんだ。怠惰の芝やハッピートランペットがそこら中にあるし、ボランタリーキメラや死者の炎までも確認されているよ』とのこと。
さすがに苦笑いを隠せない。テストのためとはいえ、もうちょっと設定を考えられなかったのだろうか。言っているイガル自身も心苦しそうな顔をしていたし。
要は、今まで習った魔法生物が行く手を阻むから、荷馬車とイガルを護りつつうまく突破しなさいってことなんだろう。自分たちで踏破するだけだった前期に比べ、護衛をしなきゃいけない分格段に難しい内容になっている。
とはいえ、イガルもそこそこ戦えたのはよかった。ゴブリン程度は普通に自分で倒していたし、最低限身を護れる……足手まといにはならないけど、戦力としては使えない絶妙なラインの実力を持っている。
そんなわけで、敵が来たらアルテアちゃんが射撃魔法で先制し、馬車&イガルはクーラスの罠魔法による攻撃的防御で固め、俺は状況に応じて動くという黄金の布石でずんずん進んでいく。
割といろんな魔物が出てきたけど、それなりにバランスの良い布陣だったからか特には苦戦せず。スプリットスネークの尾をうっかり踏んでしまったときと、巧妙に隠された怠惰の芝の群生地に足を踏み入れてしまったときだけはちょっとヒヤッとしたけど。
なんか、イガルがすごく真剣な顔で『怠惰の芝だけは注意しなきゃいけない……。キミたちは特に、だ。アレは時にその本質以上の脅威になり得るからね』って教えてくれたのが印象的。それまでにこやかに雑談していたのに(見た目通り好青年なトークだった)、いきなりガチな顔になるんだもん。
いったい何があったのかと聞いたら、『自分が情けなくなるから、どうか聞かないでほしい。ただ、僕と同じ道だけは歩まないように』って遠い目をして語ってくれた。
なお、なぜか俺とクーラスだけにしかそのアドヴァイスをせず、アルテアちゃんには『焦ってはいけない。道を踏み外しちゃいけない。信じるべきものを信じて待つのも重要なことだと、僕は思う』って言ってた。いったいなんのこっちゃ。
面白いことに、この森はなんらかの魔法空間であるらしく、時間の進みが早い……というか、歩いて数時間もしないうちに夜になった。『今日はここで野宿しよう』とイガルが言い出す。どうやら夜間襲撃も考慮したテストらしい。
『とりあえず罠魔法張りまくったからそんなに心配ない』とはクーラス。『魔除けの道具もあるから、何もないよりかはマシ……かも?』とはイガル。『悪いが荷台は使わせてもらう。狙撃するのに都合がいい』とはアルテアちゃん。なんとも頼もしい限りだ。
一人だけ何もしないってのもなんかアレだったので、俺は馬車の周囲に隠し持っていたギルの汗をまいておいた。念のため持ち込んだものがこんな形で役に立つとは思いもしなかった。本当は植物を枯らせるために使いたかったんだよね。
翌日(?)も同じように進んでいく。変わった事と言えば魔物のレパートリーが変わり、襲撃頻度や危険植物の密度が増えたくらい。とはいえ、イガルとのコンビネーションもそれなりになってきたから問題なし。雑談しながら対処できるレベル。
三日目になってようやく遠目に学校が見えてくる。実質的には十数時間の旅とはいえ、なんか感慨深い。そしてテストも無事終了。荷馬車もイガルも傷一つない。
念のため周囲の警戒をし、魔法植物や敵性魔法生物がいないか確認する。『最後の油断しきったところに罠ってのはあるんだよ』、『今まで一度でもすんなりいったためしがないしな』と二人も警戒心をあらわにする。最後の最後で何かやらかすのは魔系の悲しき習性だ。
で、俺たち以外の気配しかないことを確認し、森を出ようとし……たところで強烈な殺気が。『やっぱりかッ!』、『荷馬車を護れ! イガルも一緒に!』と荷馬車とイガルを守るようにアルテアちゃんとクーラスが散開する。
俺? クーラスを蹴り飛ばそうとするイガルに炎弾ぶち込んでいたよ。
驚愕の表情を浮かべながらも身を捻って躱すくイガル。イマイチ事態を飲み込めてないらしき二人。『完璧に決まったと思ったんだけどなぁ』とイガルはにこにこ笑いながら拳を構えた。
『参考までに、どうしてバレたのか教えてくれるかい?』とあいつは聞いてきた。教えるも何も、俺たち以外の気配がない中で殺気が沸き起こったのだとしたら、それはもうイガルがやったという事実しか考えられないだろうに。
あの野郎、自分を護らせ、護衛である俺たちを後ろから不意打ちをしようって寸法だったわけだ。ふざけてやがる。
『どういうつもりだ?』と杖を構えてすごんだら、『どうもなにも、こういうことだよ?』とイガルは襲い掛かってきた。意外なことに肉体派らしく、流れるようなコンビネーションで蹴り、突き、拳をお見舞いしてくる。魔系に近接戦闘を仕掛けてくるとか性格悪すぎない?
テストの趣旨に反する戦闘行為だ……なんて思っていたら、クーラスが『そいつたぶん鏡魔だ!』とステキなアドヴァイスをくれた。言われてみれば、鏡魔ってこういうシチュエーションで攻撃してくるって先生が言っていた気がする。
同時に絶望。俺たちが授業で戦った鏡魔は人語を理解せず、人の形をしただけの魔物だった。が、こいつははっきりと人語を理解し、意志を持っている……つまりは上級のガチ鏡魔ってわけだ。
その証拠に、俺がぶち込んだ魔力弾を、イガルは『──見切ったッ!』ってよくわからん体術で受け流しやがった。魔法なしで魔法を受け流すってマジあいつなんなの?
どうやら旅の道中は実力を隠していたらしい。大抵の魔法は良くわからん体術で受け流して無効化してくる。かといって普通の肉弾戦は明らかにあっちに分があるため仕掛けることはできない。
有効なのは受け流せないくらいの範囲攻撃やクーラスの罠魔法くらいだったけど(吸収魔法はイガルが警戒しまくってたためぶちこめず)、範囲魔法だと荷馬車まで巻き込むし、イガルは見え見えの罠魔法にかかるほど間抜けな頭をしていない。
そんなわけで方針変更。クーラスが罠魔法を周囲に多重展開&煙幕を張った隙に俺がイガルに接近しテッド仕込みの喧嘩殺法(武術者向け)とミニリカの魔法舞踊でひきつける。
で、アルテアちゃんには荷馬車を任せて先に学校に行ってもらった。荷物さえ届けてしまえば合格なのだから、わざわざガチ戦闘する理由はない。完璧すぎる作戦に自分で自分が恐ろしくなる。
『思い切りの良さは美徳だね……! でも、二対一で勝てるのかな?』、『減らず口を叩けるのはこれまでだ。ようやく本気を出せる』、『いや、足止めだけすれば合格なんだから無理はよそうぜ?』……と、男同士の熱い戦いが始まった。
ここでもっと全力で魔法をぶち込んでおけばよかったと今になって思う。イガル自身にガチ殺気はなかったし、もしかしたら誰かの使い魔かもと、俺もクーラスもちょっとだけ手加減してたんだよね。それにあいつ魔法受け流しまくって余裕そうだったし。
決着はアルテアちゃんが先行した五分後くらい。アルテアちゃん自身も射撃魔法を受け流されたのが悔しかったのか、最後の最後で超精密遠距離狙撃がイガルを襲う。イガルもまさかここで攻撃されるとは思ってもいなかったのか、クリーンヒット……ではないものの直撃を受けて大きな隙を晒した。
で、すかさず俺とクーラスでボコろうとしたところ、『…荷物の無事を確認。試験終了だ』ってグレイベル先生の声が響き、気づけば最初の薬を嗅がされた場所に戻っていた。
どうやら実際には数時間ほどしかたっていないらしく、まだおやつの時間だった。おまけに俺たちが一番最後で、ギルやミーシャちゃん他クラスメイト達がテスト終わりのご褒美のチェリーパイを食べていた。
なぜかイガルと一緒に。
さすがに何が何だかわからなかったね。『積荷はチェリーパイだったんだよ?』って微笑まれたときは、せめて最後まで恋人へのプレゼント設定を貫き通せよって思った。
しかもさらに恐ろしいことに、イガルは鏡魔じゃなくて普通の人間だった。ほかのグループはイガルに化けた鏡魔が試験を担当していたらしいんだけど、俺たちのところだけは本物がその役割をしていた……つまり、イガルに化けた鏡魔のふりをしたイガルだったってわけだ。
なんでそんなことを……って思っていたら、『いや、アシスタント不足もあるんだけど、──くんもクーラスくんもアルテアちゃんもカンが鋭そうじゃない? 上級鏡魔とはいえ、出会った瞬間にバレちゃったらちょっと困るから』ってピアナ先生に言われた。
確かに一度は戦った相手だし、鏡魔の擬態であるなら俺もクーラスもそう時間をかけることなく見抜けると思う。アルテアちゃんだって『魔物だったらだいたいわかる。狩人的に考えて』って言ってたし。
まあ、難易度は同じだったらしいからいいけどさぁ……。『むしろ、普通の鏡魔よりもちゃんと案内していたから、そこらへんは良かったと思うよ? ……途中でヘンな事口走ってたけどね?』ってピアナ先生も言ってたし。なぜかイガルがピシッて顔をこわばらせたのがよくわからんけど。
ともあれ、試験は合格。『…お疲れさま』、『オリジナルにあんなに健闘していたのは初めて見たよ!』、『僕もまだまだ頑張らないとなぁ』と三人から声をかけてもらう。ピアナ先生のいつもよりグレートなエンジェルスマイルに心が癒されまくった。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、衝撃の事実が発覚。テスト後普通にクラスルームに戻った自分をぶちのめしたくなった。
イガル、学校側で雇ったただのアシスタントだと思ったら……あいつこそがラギだった。
『ピアナ先生の彼氏のラギさん、かっこよかったね!』、『わかるわかる! 旅の途中もすっごく紳士的で優しかった!』、『素手で魔法もなしに、ピアナ先生をかばってクマの魔物を倒したこともあるんだって!』、『雰囲気的にも戦闘能力的にもお似合いだよね!』って女子がしゃべってたの。夜番のときとか、テスト終了後とかにも、ピアナ先生との馴れ初めとかコイバナとかしてくれたらしいの。
恥ずかしがりながらもはっきり語る姿に、好感度がめっちゃあがったらしいの。
『鏡魔として油断を誘うための罠だろう?』って言ったんだけど、『どれも事実だから変わんなくない?』と言われてしまう。なぜグレイベル先生はもっと間抜けな鏡魔を使わなかったのか。
なお、他グループの担当のラギに化けた鏡魔はみんなちゃんと『ラギ』って名乗ったらしい。俺のところだけわざわざ偽名を使っていたことがロザリィちゃん他数人の証言で確認される。
言われてみれば、なぜかイガ……じゃない、ラギは見せてもいないはずの俺の吸収魔法を警戒しまくっていた。間違いなくピアナ先生に注意されていたんだろう。
『そりゃあ、ラギさんってわかってたらお前全力でぶん殴るだろう?』、『きっとあなたが返り討ちにされるのを心配したピアナ先生の配慮よ!』とクラスのみんなにも散々に言われた。
もうみんなラギの味方。『ピアナ先生の目を覚まさせるんだ!』って熱弁をふるっても、ロザリィちゃんにさえ『ピアナ先生とラギさん、お似合いだと思うけど……私たちと同じように、学生時代から付き合っているんだよ?』と諭されてしまう。
そうだ。ピアナ先生がいつも以上にエンジェルスマイルだったのはラギがいたからだ。ラギの『ウィルアロンティカに恋人がいる』ってのも、嘘じゃなかった。ちょっと考えれば気づけたはずなのに、なんであの時の俺は……!
俺がこんなにもナイーブなのに、ギルはスヤスヤと大きなイビキをかいている。ちなみにギルはポポルとパレッタちゃんとラギを荷馬車に載せ、自らの筋肉で森を強行突破したらしい。鏡魔がちょっかいを出す暇もないほどのスピードだったらしく、到着も一番早かったそうな。
もう今日は何をする気にもなれない。虚無の瞳をギルの鼻に詰めた。おやすみにとまと。




