289日目 ベイビー☆ギル
289日目
ギルがベイビー。どうしよう。
朝起きたらギルがいなかった。否でも目に付くマッスルボディがどこにもない。代わりに布団がちょっとだけ盛り上がっていて、中で何かがもぞもぞと動いている。ついでに赤ん坊の泣き声が聞こえた。
まさかそんなはずはあるまいと布団をどかすと、それはもう立派な赤ん坊が『ほんぎゃああ!』って元気よく泣いていた。その体にはデカすぎるギル・パンツがズボンのように下半身に装備されている。目の色もギルと同じで、なにより顔立ちがすごくギルっぽい。面影がある。つーかそっくり。
パニックを通り過ごして冷静になったね。今までここまで大きな変化はなかったのに、一体どうしてだろうか。とりあえず余った布で即席の布おむつを作り、ついでに腹を冷やさないように腹巻代わりに適当に巻いておく。
で、ギルをだっこしながら食堂へ。赤子を抱いた俺の登場に皆がざわめく。『えっ……うそ……!?』、『攫って来たのか……!?』、『孕ませたの……!?』と散々なことをひそひそと言われた。みんなひどい。
『おんぎゃああ! おんぎゃあああ!』とうるさいギルをあやしながらいつもの場所に行ったら、『ねえ……それ誰の子なの……?』と未だかつてないほどクール&ホラープリティなロザリィちゃんが美しすぎて恐ろしい笑顔を俺に向けてきた。いつもと違うスマイルもやっぱりステキだった。
もちろん、すぐさまミーシャちゃんが『ギル!?』って声を上げたため、誤解はすんなり解ける。『いくらなんでもその線はありえない……と言い切れないのが悲しいな』、『完全に自業自得。普段の行いのせい』ってアルテアちゃんとパレッタちゃんに言われたんだけど、どういう意味だろうか。
とりあえず、落ち着いたところで軽く状況の説明。どうせ一日で戻るだろうからみんなそこまで悲観していない。むしろ、『かわいーっ!』、『あっ、やだ、こっちみて笑ったぁ!』ってベイビーギルは女子たちの人気者になっていた。
この学校、基本的に娯楽が少ないから格好のオモチャだったんだろう。あと、ベイビーギルを見てジオルドとクーラスが嫉妬の炎に燃えていた。あいつらちょう怖い。大人げなくね?
さて、そんなこんなで戯れていたら『ほぎゃあああ!』ってベイビーギルが泣き出す。みんな焦る。『おい、誰かこの中で赤ん坊の世話をしたことがあるやつはいないのか!?』とクーラスが声をかけた。『普通の赤ん坊の世話しかやったことない!』とバルトラムイスのほうから声が上がる。そりゃそうだ。
とはいえ、この泣き方がお腹空いたの合図であることは明白。『ご飯じゃないのか?』とアルテアちゃんも正解を叩きだす。『赤ん坊って何喰わせるの? ジャガイモ無理だよね?』とはポポル。『そんなもん母乳に決まってるでしょ』とパレッタちゃん。みんな固まった。
気まずい沈黙。女子たち微妙に顔が赤い。念のため、『誰か出る人はいるかな?』って聞いたら、女子から容赦ないケツビンタを喰らった。解せぬ。あ、ミーシャちゃんだけ『あたし出ないの』って答えたけど。
しょうがないのでちゃっぴぃに任せることに。『きゅーっ♪』ってちゃっぴぃは面白がっていた。ベイビーギルも夢魔の乳が気に入ったのか、すごくおいしそうにごくごく飲んでいる。遠巻きに見ていたゼクトの連れのプリンの女の子が『すごく犯罪的な光景……』って呟いていたのが印象的。
そりゃ、ガキがガキに授乳していてクレイジーじゃないわけがない。むしろ何と思わずすんなりそれを受け入れているルマルマがおかしいのだ。
授乳後は背中をとんとんしてげっぷをうながす。『げぷぅ!』ってなかなか気持ちよいげっぷをベイビーギルはしてくれた。こいつは将来大物になるだろう。
午前中はクラスルームでベイビーギルの面倒を見る。まだハイハイすらできないから、みんなでかわるがわるに抱っこしてあやした。小さくとも男なのか、ベイビーギルは女子に抱かれるときゃっきゃと嬉しそうに笑う。逆にフィルラドやポポルが抱くと泣いてしまう。
あ、ミーシャちゃんが抱っこしてあげたときは、すんごくうれしそうに手をぐーぱーしながら笑っていた。感極まったミーシャちゃんがそっと手を伸ばすと、ぎゅってその親指だけを握る。『はぅん……っ!』ってミーシャちゃんの顔がゆるゆるだったのが印象的だった。
なお、なんだかんだで一番抱っこがうまかったのはジオルドだった。さすがは匠。『妹をあやすのは俺の仕事だったからな』ってあいつは自慢げ。逆に、クーラスは抱っこは下手だったけど妙に懐かれていた。あいつもしかして子供に好かれる才能でもあるのだろうか。
お昼の時間もちゃっぴぃミルクを上げよう……と思ったんだけど、さすがに朝搾ったばかりなので満足するほど出ない。俺がめいっぱい揉みこんでも『きゅぅぅ……っ!』ってちゃっぴぃはきばって耐えるばかり。コップ半分程度は取れたけど、ベイビーギルの食欲はその程度じゃ収まらない。
『どどど、どうしよう……?』、『あ、あんた大きいんだから気合で出しなよ!』と女子たちが慌てだす。ミーシャちゃんは脱ぎ出す一歩手前だった。どうがんばっても出ないだろうに、これが女性が持つ母性と言うものなのだろうか。
さて、まさにそんなタイミングで『ギルくんが赤ちゃんになったって本当!?』ってステラ先生がやってきた。みんなが先生の母なる果実に注目する。先生、いきなり注目されてぽかんって首を傾げた。そんなところもマジプリティだった。
で、ジオルドが現状を話したところ、『ベビーフードを作ればいいんじゃない?』とステキな答えが。念のため、『……出ませんか?』って聞いたら、『あうあう……!』って真っ赤になって止まってしまった。直後にエッグ婦人に容赦なくケツを突かれたのが未だに解せぬ。
そんなわけで、さっそくベビーフードの作成。パンと卵黄とちょっとだけとれたちゃっぴぃミルク、さらにすりおろしたリンゴとバナナ、それに忘れちゃいけないジャガイモ(入念にマッシュしたやつ)を鍋でトロトロになるまで煮込む。まさか学校でベビーフードを作る羽目になるとは思わなかった。
作っている途中、『妙に手馴れているの』ってミーシャちゃんに聞かれたので、『宿で赤子の面倒を見るのは俺の役目だったんだ』と答える。
いるんだよね、子供を預けて冒険に行く冒険者って。おかげで無駄に赤ん坊の世話をするのに慣れちゃったよ。つーか、あいつら子供ができたんならちゃんと家庭を作って落ち着くべきなのに。まったく、帰りを待つ赤ん坊のことも考えてほしいものだ。
たかだか一介の高級な宿屋ってだけで赤ん坊の面倒まで見る必要はないと思うんだけど、マデラさんは『それがわからないうちははまだまだだ』って理由を話してくれなかったんだよね。俺にいったい何が足りないのか、未だにわからない。
なお、そんな話をしていたら『さっきの先生への発言はセクハラで間違いない……な?』とアルテアちゃんにすごまれた。『これの作り方知っててあの発言はあり得ない』とパレッタちゃんにも睨まれる。『ステラ先生の敵は俺たちの敵だ』と男子連中にも杖を向けられた。
みんな酷い。俺はベイビーギルに出来るだけ自然なものを食べさせたかっただけなのに。やんなっちゃう。
ちなみに、俺特製ベビーフードをベイビーギルはきゃっきゃと笑いながら平らげていた。朝よりもすさまじい食欲。きっとジャガイモ入りがうれしかったんだろう。ミーシャちゃんに作り方教えたし、夜も同じにしてしまおうと決めた。
午後はお昼寝タイムに。ロフトにクッションをかき集め、添い寝をしながら奴が寝付くのを待つ。ミーシャちゃんも一緒に添い寝してたんだけど、ギルが寝付く前に『すぴー……』って寝息を立てていた。
フィルラドたちはその間静かに読書とかをしていた。さすがに上で赤ん坊が寝ているのに騒ぐのは憚られるし。『どうせすぐできるから』と、ジオルドはおんぶ紐を、クーラスはよだれかけを作り出す。あいつらマジでこういう時すっごく頼りになるよね。
俺も何か適当に作ろうか……とぼんやりしていたら、ロフトから『おんぎゃあああ!』と大きな泣き声が。『どどど、どうすればいいの!?』とミーシャちゃんもオロオロしている。ついでにヘンなにおい。
なんてことはない。単なるお通じだった。色合いも悪くなく、結構な量。取り立てて水っぽかったり硬すぎる感じもしない。匂いにもこれといって異常は感じられない。健康なのはいいことである。
で、見学希望の人たち(ステラ先生もいっしょ!)と一緒にパパッとおしめをかえる。まさか親友のおしめを変える羽目になるとは夢にも思わなかった。あと、ギルはミーシャちゃんや女子たちにアレを見られたけど、赤ん坊だからセーフだろう。
その後、外に出て魔法でお湯を作り、いつぞやのシーツと同じようにばっちぃおしめを洗濯する。ばっちぃおしめはさっさと処理しないとどんどん洗いづらくなるから困る。出来れば洗剤もそれ用の優しいやつにしたかったけど、ないものはしょうがない。ギルだし大丈夫だろう。
『なんかすっごく負けた気がした……!』、『前々から思ってたけど、女子力私たちより高い……』って何人かの女子に言われたけど、俺だって好きでこんなことを覚えたわけじゃない。仕事の一環で覚えさせられただけで、完璧にこなせないとマデラさんのケツビンタが飛んできたってだけの話だ。
俺は、おしめを変えている最中にションベンを顔面にぶっかけられたことを絶対に忘れない。顔がアレットに似たのは良かったのに、アレクシスの悪戯好きなところまでも似てしまったのが残念でならない。
なぜ両親のいいところどりをしなかったのか……って思ったけど、アレクシスってなんかいいところあったっけ?
あと、リアって今何歳になったんだろう? 六歳……いや、七歳になったのか?
夕飯食わせて風呂入らせて雑談あんまりしないで今に至る。夕飯は昼と同じ。ミーシャちゃんが作って食べさせた。風呂はミーシャちゃんとロザリィちゃんが『こっちに入らせる!』って聞かなかったけど、『赤ん坊をお風呂入らせたことある?』って聞いたら素直にこっちに譲ってくれた。
俺も久しぶりだったけど、ベイビーギルはおとなしくてやりやすかった。自分がゆったりできないとはいえ、たまにはこういうのもいい。ぬるめのお湯できゃっきゃと笑う姿は不覚にも可愛いと思ってしまった。
ベイビーギルは俺の隣でスヤスヤと寝息を立てている。赤ん坊を一人で寝かすわけにはいかないからしょうがなくこうしたけど、これ、朝起きたら大変なことになるパターンじゃね? まあ、親友だからしょうがなく付き合ってやるけどさ。
さすがに赤子の鼻に物を詰めるわけにはいかないので、なんとなく小声で子守唄を唄うことにする。マデラさんが昔よくやってくれた奴。さりげなく俺のお気に入り。最近はあんまり聞かなかったけど。みすやお。
※もえりゅごみはだちちゃいまちゅ。まほーはいきぶちゅはだちまちぇん。




