281日目 魔人襲来
281日目
なんか不思議な感じの鈴になった。安直だけれど異界の門鈴と名付けてみた。書いてて思ったけど、本当にそのままなネーミング。最近命名する機会がなかったし、スランプ気味なのかもしれない。
できたばかりの鈴を鳴らしながらギルを起こす。カランカランって感じだけど、オルゴールのように不思議な感じにも響く、何とも言えない絶妙な音色。聞いてて落ち着くようないい感じの仕上がり。
ギルも『なんかいい音だな! さすが親友!』って寝起きのポージングを決めていた。言葉と行動に整合性が取れないのは今に始まった事じゃない。
さて、その後はいつも通り食堂に……行こうとしたところで尋常じゃない悲鳴が。またなにかあったのかと思って駆けつけてみれば、ギルを二回り以上も大きくしたような灰色のマッチョな土人形的な変なのがルマルマ寮の前でポージングを決めていた。
『どうしたんだ!?』って腰を抜かしていた男子&女子に聞いたところ、『外に行こうとしたらいきなり出てきた!』、『いきなり殴りかかってきて死にそうになったの!』と情報が。
どうやらあいつは敵らしい。その証拠に、ご丁寧に俺たちが集まったところで殴りかかってきた。『モォォォォ!』って吠えてたけど、顔のないあいつがいったいどこから声を出していたのか不思議でならない。
とっさにみんな散開して避ける。土人形の拳が大地を撃ちつけた。地割れが走り、大きな牛が丸ごと入りそうなクレーターができた。
さすがにみんな唖然。パワーは明らかにギルと互角かそれ以上。おまけに、ほぼノーモーションでこっちにとびかかってきて、今度はその太い丸太のような足で飛び蹴りをかましてきた。
とっさにギルがその自慢の拳を撃ちつけたんだけど、なんと『がぁぁぁぁッ!?』ってギルが力負けして吹っ飛ばされた。
その瞬間の絶望を、どう表現すればいいのかわからない。唯一冷静だったクーラスが『さっさと先生呼んで来いッ! 俺たちが時間を稼ぐ!』って一瞬で罠魔法を展開しまくる。土人形、『モォォ! モォォ!』って思いっきりそれらを踏み抜いた。
あの土人形、作動した罠魔法をものともしなかった。『いい気になるなよ?』、『燃え尽きるの!』、『呪われろ。純粋に呪われろ。狂えるほどに呪われろ』ってアルテアちゃんの射撃魔法、ミーシャちゃんのクレイジーリボン、パレッタちゃんの呪の宴が襲い掛かるも、土人形はそのすべてを体表で弾き飛ばしやがった。
恐ろしいほどの魔法耐性。魔法を使って弾いたんじゃなくて、あの土人形自体がめちゃくちゃな耐性を持っている。いくらなんでもかすり傷一つ与えられないってのは異常事態。
とはいえ、アルテアちゃんたちの魔法も全く無駄だったってわけじゃない。それによって巻き上がった土煙により、一瞬視界が両者ともに塞がれた。
土煙が晴れた時には、俺はポポルを背中に引っ付けて奴の懐にいた。で、『おらおらおらおらぁっ!』ってポポルの連射魔法に合わせ、合体魔法として炎弾を奴のどてっぱらにぶち込みまくる。『頭上注意、な?』とジオルドも冥獄の大黒鎌を具現魔法で具現化し、奴の首を切り落とした。
さらに、俺のやることを親友パワーで読み取ってたギルは落ちた首を『オラァ!』っておもっくそ蹴り上げ(ぶっちゃけ当たった瞬間粉砕していた)、ついでと言わんばかりに見事な不意打ちで奴の胸に己の拳を生えさせる。
首が消え、脇腹が吹き飛び、ついでに胸に特大の風穴。人型の生物なのだ、こんだけやって死なないはずがない……と思っていた俺たちがバカだった。
勝ったと思った瞬間、ギルが『気を付けろ親友! こいつ生き物じゃない!』と警告。あと一秒気付くのが遅れていたら、俺もポポルも動き出した足のヤクザキックで肋骨の一本や二本やられていただろう。ジオルドはなぜか攻撃されなかったけど。
『まだ動くか!』とクーラスが拘束罠魔法陣で土人形の下半身をとらえる。で、『ようやく出番か?』ってフィルラドが召喚魔法で特大ハングリースライムを呼び出し、奴の体を丸ごと飲み込ませた。
今度こそ勝った……と思ったんだけど、やっぱりそんなうまくはいかなかった。土人形の下半身はハングリースライムの中でみるみる上半身を再生させ、さらにはハングリースライムそのものを吸収し、取り込み始めたのだ。
嘘だと思いたかったね。だってさ、取り込む時にようやく体表の土が取れたんだけど、その下にあった薄汚れた筋骨隆々(?)なそれの隙間から、なんかいろんな生物の死骸的なのが覗いていたんだもん。
『キメラの亜種か?』、『あんなの聞いたこともない!』とルマルマは口をそろえて言う。実際、俺もキメラだと思った。が、ギルだけが『いや、ちがう……!』と震える声で言い切った。
『あれは……ジャガイモだ!』と。
言われてみれば、土の下のその体はジャガイモっぽい。今となっては人型のジャガイモのように思える。つーかむしろそうとしか見えない。
再生能力があるのも、やたら魔法耐性が強いのも、肉弾戦に特化しているのも、ジャガイモなら理由がつく。
そしてなにより、その体がとてもギルギルしい。これ以上の証拠はない。冗談のようでマジな話だから困る。本当にクレイジーだ。
おそらく、ギルは奴の胸をぶち抜いたときに気づいたのだろう。ジャガイモ大好き人間であるギルだからこそできた芸当だ。
で、よくよく観察してみると、あのジャガイモ魔人(適当につけさせてもらった)は、筋肉の役割を果たすジャガイモをもち、自立行動が可能で、さらには敵対した生物を取り込むことができる……という性質を持っているらしい。それはジャガイモの隙間から見えたいくつもの魔物の死骸と、先ほどのハングリースライムを吸収した様子からも推測される。
おそろしいのは、獲物を取り込むほどに活性化することだろうか。より正確にいうならば、取り込んだ獲物の能力を反映することもできる、ということだろう。
なんかさ、妙に灰色っぽいとは思ってたんだけど、アレ怨念樹の灰らしかったんだよ。俺たちに襲い掛かってくるのも、きっとその辺が理由なんだろう。ただ、ほかの魔物の能力や身体的武器を使うよりも、筋肉のジャガイモで殴りつけるほうが強いってだけだ。
そこからはもうひどかったね。相手がジャガイモだってわかった瞬間に大半のメンツが恐怖に顔を引きつらせるんだもん。生半可な魔法は全部弾かれるか吸収されるかしていたし、ジャガイモ魔人の攻撃はギルを数倍強くしたかのようなものだし、ついでにフィルラドが召喚した魔物は全部取り込まれた。
ついでに、俺の吸収魔法も相手の魔力が禍々しすぎて使えない。あんなの吸収したら俺が無事じゃ済まなくなる。食あたりは宿屋的に一番やっちゃいけないことだしね。
頼みの綱のギルも肉弾戦で苦戦するというあり得ない事態。防戦一方で、たまに拳やキックをお見舞いしていたけど、あの屈強なジャガイモ筋肉には微々たるダメージでしかなく、有効打にはなっていない。
ヴィヴィディナも参戦したんだけど、ジャガイモ魔人にあっという間に踏みつぶされて変な液体がぐじゃって出ていた。もちろんヴィヴィディナはそんなことじゃ死なないけど、ヴィヴィディナのほうも元が同じだからかジャガイモ魔人を浸食できず、やっぱり決定打に欠ける。そもそも精神のないジャガイモに呪とかそういうのが効くはずもないし。
一人、また一人とジャガイモ魔人に倒されていく。いつもは余裕でぴんぴんしているギルも傷だらけで息が上がっていた。そして先生はいつまでたってもやってこない。運が悪すぎる。
こうなったら最後の手段。『ロザリィちゃん!』って声をかけようとしたその時にはプリティロザリィちゃんはくちびるで俺のくちびるをふさいでいた。戦闘中だけど心臓ドッキドキ。あとちょういい匂い。ロザリィちゃんはやっぱり格が違う。
もちろん、キスを通して愛魔法が全身に満ち溢れていく。『がんばって♪』ってロザリィちゃんはさらに情熱的なオトナのキスもプレゼントしてくれた。何もかも忘れてデートに行きたくなった俺をどうか許してほしい。
さて、ここまで来たらやることはもう決まっている。ルマルマ最強のイケメン組長の最大火力、【浮気デストロイ:ピュアハート】が愛の杖により構築され、高らかにジャガイモ魔人にぶち込まれた。
あふれる魔素。『モォォォッ……』って断末魔の悲鳴。ロザリィちゃんの賞賛のまなざしを背中に感じる。やっぱり愛は無敵だ。
が、振り返ってロザリィちゃんを抱きしめようとした瞬間、ロザリィちゃんの顔が引きつった。口をパクパクさせて『あ……!』って後ろを指さしている。まさかそんなバカなと思って恐る恐る振り向いたら、小指の先ほどの大きさのジャガイモからジャガイモ魔人は急速に活性化し再生していた。
さすがにしつこい。思わず胃が痛くなるレベル。もっといい感じのムードで盛り上がっているときだったら確実に愛魔法で仕留められていたのに。あの野郎マジで空気読めよ。
よりキレのある筋肉に再生したジャガイモ魔人は勝利のポージングを決める。さすがの俺も浮気デストロイを破られて泣きそう。いや、効かなかったんじゃなくて再生されただけなんだけど、なんかロザリィちゃんの愛を否定されたかのようでツライ。
ぶっちゃけ成す術なしに近い。もう時間を稼いで先生任せにしようか……って思ったとき、事態が動いた。
激しい魔法戦のさなか、とうとうジャガイモ魔人の拳がミーシャちゃんの体にダイレクトヒットしたのだ。
『う、ぇ……ッ!』って面白いように吹っ飛んでいくミーシャちゃん。いや、他にも拳を喰らったクラスメイトはいたし、倒れているやつも結構いたけど、ミーシャちゃんはクラスで一番小柄で、間違ってもジャガイモ魔人の攻撃を喰らっちゃいけない人だった。
『広がれヴィヴィディナッ!』、『頼むぞヒナたち!』、『お願いちゃっぴぃ!』って掛け声により使い魔たちが展開する。ちゃっぴぃが胸で受け止め、それをエッグ婦人とギルギルしいヒナたちが受け止め、最後に粘液状ヴィヴィディナがすべてを受け止める。
幸いなことに命に別状はなさそう……だったけど、一瞬みんながそれを忘れる事態が起こった。『……あ゛?』って俺でもチビりそうになる恐ろしい声が静かに響き渡ったのだ。
そう、ギルがガチギレしていた。冗談抜きでブチ切れていた。あいつ基本的に笑っているし、怒ったところとか見たことないし、キイラムがミーシャちゃんの尻を触った時だって声を荒げることはしなかったのに。
クラスメイトもビビってギルの方を振り向いてしまっていた。というか、視界に収めとかないとヤバいと本能が叫んでいたんだろう。当然ジャガイモ魔人も雰囲気の変わったギルに注目させられていた。
で、ギルとは思えないほど低く暗い声で『……俺の魔法見せてやんよ』ってあいつは拳を構えた。なぜ魔法を使うのに杖でなく拳を構えるのか。
しかも、やった事と言えば『オラァッ!』ってさっきと同じようにぶん殴るだけ。そりゃ、速さも威力も段違いで一撃でジャガイモ魔人の半身を吹き飛ばしていたけど、それ魔法じゃ無くね?
が、なぜかジャガイモ魔人が『モォォォッ!?』って苦しみだす。再生しないどころか体がボロボロと崩れていく。よくよく見れば、傷口がどこかで見たような黒く脈動するヤバそげな魔力に侵されており、そしてギルの拳にも同じ黒い魔力が揺らめき、渦巻いていた。
ガチギレギルは『もう一発だコラァ!』って残った部分を蹴り上げた。蹴られたそこからも黒い魔力が浸食し、どんどんジャガイモ魔人の体が崩れていく。さらにいえば、魔力が侵食するごとに際限なくその勢いが増していく。
間違いなく寄生魔法。あの黒いのは浸食寄生。ヤバそげな魔力?(寄生魔法じゃなくて寄生させているギル自身の魔力っぽいのがヤバそげだったからよくわかんない)がジャガイモ魔人を構成する魔法要素を悉く食い尽くし、それによってどんどん活性化してさらにあいつを蹂躙していく。
ありていに言って、俺の魔喰の触種を拘束じゃなくて攻撃に特化させたような奴。相手が強いうちはどんどん強くなり、しかも今回は相手が弱くなってなお威力が衰えない。ついでに一発殴ればほぼ勝ち確定。
大魔喰の禁触種もといグラトニー・ギル・シードをさらにヤバそげにしたって言えば伝わりやすいだろうか。
寄生魔法ってそもそもの使い手が全然いないし、制御がめちゃくちゃ大変らしいし、その上威力も名前の割りにカスみたいなのが多いって聞くけど、ギルの寄生魔法は俺でさえ喰らったら無事じゃ済まないだろうって思うレベルの熟練度。
魔法そのものとしてはお世辞にも巧いものじゃない。殴ってそこから寄生魔法を侵入させ、浸食寄生するってだけのもの。だけど、扱いづらいをそれを見事に制御するってところがすごい。
ジャガイモ魔人は浸食部分をバラし、さらに苦し紛れに三体に分裂したんだけど、浸食寄生し終わったその魔力がぶわって飛び出て残りのジャガイモ魔人をとらえた。
もちろん、『モァァァァッ!?』って悲鳴を上げるジャガイモ魔人にお構いなしに寄生は進む。黒くヤバそげに脈動するそれはびっくりするような勢いで全身に広がり、とうとうジャガイモ魔人は寄生されつくして完全に崩れ去ってしまった。
意外なギルの得意魔法に驚きを隠せない。あいつ、普通の魔法がヘタクソなくせにこんな切り札を持っていやがった。人って見かけじゃ判断できないと思い知る。
さて、これで完全勝利だったんだけど、ギルは魔法を見せたことをすっかり忘れたかのように元の顔に戻り、『ハニー、大丈夫かッ!?』ってミーシャちゃんに近寄った。『とってもカッコよかったの!』とミーシャちゃんはピンピンしてギルに抱き付く。
なんか、前俺が作ったプレゼントボックス(クレイジーリボンを贈った時のアレ)をいつも懐に入れていたおかげで威力が大幅に減衰していたらしい。『よかったぁ……!』ってギルはなんか涙目になりつつも照れて笑っていた。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。夕方ごろ、ステラ先生が『今日は教務会議が地獄だったの……いけなくて本当にごめんね……』って謝りに来た。なんか生徒には教えちゃいけない案件で、先生の大半が駆り出されていたらしい。この学校、図書館深層とか開かれてない部分も多いって話だし、ちょっと気になる。
あと、寝る前にギルが『なあ親友……怖くないのか?』って不安そうに俺に聞いてきた。たぶんあのヤバそげな寄生魔法のことだろうけど、『怒ったマデラさんに比べたらあんなもんちゃっぴぃレベルの可愛さだ』って言っておいた。
怒ったマデラさん、今の俺ですら、おっさんやババアロリのミニリカでさえチビるくらいの迫力があるし。もし怒ったマデラさんに向き合うか、あの寄生魔法を喰らうかと聞かれれば、俺もミニリカもナターシャもテッドもおっさんも間違いなく寄生魔法を喰らうほうを選ぶだろう。
ギルのやつ、なんか無言ですっげえにこにこして『ありがとな、親友!』って言ってきた。俺、たまにあいつがよくわからない。いったい何がそんなに楽しいのか。まったく理解に苦しむ。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。ふと思ったけど、あのジャガイモ魔人は一体どうして現れたのだろうか。心当たりが多すぎて困る。
ちょっと日記を読み返してみたけど、それらしい兆候が秋頃は出ているっていうね。やっぱジャガイモを投げたのがいけなかったのだろうか。
とりあえず、今日はお礼を込めてジャガイモを詰めておこう。念のため浄化しておいたから問題ないはずだ。
※ギルが見せた寄生魔法は明らかに既存の寄生魔法ではなかった。本来のギル自身の魔力とその性質、寄生魔法使用時の魔力とその性質、そして鼻に物を詰めることに因る異常現象を鑑みると、これらに対する何かしらの因果関係や解明されていない秘密があることが推測される。寄生魔法が見せた気配や匂いがいつもの異常魔力雰囲気と非常に類似していることからもこの推測は間違っていないと思われる。また、俺の杖を浸食したギルの杖を筆頭に、何かに影響、特に生物や物が変質する事象が多かったことから、変質要素が支配的な浸食寄生が起きている可能性が強い。その事実を考慮して再び事象を考察すると、ギル自身の異様な肉体能力、魔法耐性も変質浸食寄生の影響だという予想が立てられる。夜中に異常現象が起きるのは、感知器官が集中する顔周辺(今回のケースの場合鼻孔)に本来はないはずのイレギュラーが混じり、睡眠と言う精神の制御が不安定な状況下で変質浸食寄生が反応した可能性があげられる。いずれにせよ推測の域を出ないが、ギル自身が何か特別な事情を持っていることは疑いようがない。もし俺の予想が正しければ、あいつは相当厄介なモノを抱え込んでいることになる。肉体の異常な強さはその副作用か、あるいはそうでもしなければどうしようもならなかった側面もあるのだろう。異常な食欲と食事摂取量については、そうでないと説明できない。また、ギルの得意魔法が寄生魔法、俺の得意魔法が吸収魔法と言うことから、この部屋割りも意図的なものだと確信した。吸収魔法の使い手である俺ならば、ギルが万が一寄生魔法を漏らした時に対処できるし、逆に俺が吸収魔法を漏らした時でもギルは対処できる。少なくとも学校は、ある程度のギルの事情を把握しているはずだ。
長くなったが、最悪の場合マデラさんのところに連れて行こうと思う。もしむちゃくちゃな条件を出されても何とかして見せる。俺の全てをかけても、親友の力になりたい。




