268日目 ふくろうのケーキ
268日目
ギルの舌が光り輝いている。どうやら口内の水分によって輝くらしい。また無駄な知識が増えてしまった。
ギルを起こして食堂へ。相も変わらず人が少ない。フィルラドやポポルは今日もぐっすり寝ているらしく、姿は確認できず。でも、『たまには寝かせてやるのも悪くないと思ってな』と、アルテアちゃんはケツビンタしに行かなかった。
朝食はチョコレートサンドなるものをチョイス。チョコレートケーキのスポンジのどっしりとお腹にたまるヴァージョンってかんじ。初めて食べたけど、思った以上においしくてビビる。あのデザートじゃないけど普通のサンドイッチでもないかんじ、ちょっとクセになりそう。
ちゃっぴぃは今日も『きゅーっ♪』とか言って俺の膝に乗り、そして俺の手の中のチョコレートサンドを喰ってしまった。サンタさんが来た途端にこれだから現金なものである。
でも、ロザリィちゃんが食べかけのそれを『あーん♪』ってやってくれてちょうしあわせ。甘くて甘くて俺の頭がとろけそう。どうしてこんなにも幸せなんだろう。『そっちのちょーだい♪』って俺のチョコレートサンドにかじりついてきたり、ひょっとしたらロザリィちゃんはガチの小悪魔なのかもしれない。
当然のごとく、ギルは『うめえうめえ!』とジャガイモを喰っていた。ミーシャちゃんは『新しい道を切り開いてみるの』とジャガイモを一つ手に取り、チョコレートソースをかけて食しだす。が、『……やっぱり普通が一番なの』と齧ったそれをすぐさまギルの口に放り投げていた。さすがにジャガイモにチョコは合わないらしい。
今日もゆったり過ごそう……と思ってマイフェイバリットチェアーでゆらゆらしていたら、『ちょっと遅いけどメリークリスマス!』、『…サンタさんからプレゼントを預かってきたぞ』と、ピアナ先生とグレイベル先生、そして『おっはよう!』とニコニコ笑顔でストールを纏ったステラ先生がやってきた。ひゃっほう。
どうやら、ピアナ先生たちが俺たちに個人的にプレゼントを持ってきたらしい。なんだなんだと思ってみんなでそのでっかい箱を開けてみたら、中にはなんと幸運の果実が入っていた。
これ、めっちゃレアもの。食べると一年間ちょっと運気が良くなるっていう効果があって、滅多に市場に出回らない。ついでに味も極上なものだから売り出されたとしてもものすごく高値だったりする。
どうやらピアナ先生とグレイベル先生がこの日のためにまごころをこめて育て上げたらしい。早速みんなで食べたけど噂に違わずめっちゃおいしい。あのパレッタちゃんでさえ『うへへ……!』って顔を蕩けさせてだらしなく笑っていた……あれ、いつも通りか?
『…気に入ってくれて何よりだ』、『簡単に作れるものじゃないから、存分に味わってね!』とは先生の談。が、クーラスの『あれ、用意したのはサンタさんじゃないんですか?』という発言に二人はいきなり慌てだす。『サ、サンタさんからは種をもらったの! それを先生たちが育てたの!』ってピアナ先生が弁明していた。
おそらく、あの二人も俺と同じくサンタの系譜を受け継ぐものなのだろう。まさか身近に同じ立場の人がいるとは思わなかった。
さて、同志と知ったからには助けないわけにはいかない。クールな俺はここで『そういえば、どうして今日なんですか?』と華麗に話題転換をしてみた。
が、これがあまりよくなかったらしい。ピアナ先生がいきなりかぁっと赤くなってもじもじしだす。『えと、あの、そのぉ……』と非常に可愛らしい。そんな姿がマジエンジェル。見とれていたらちゃっぴぃが手に噛みついてきたけど。
『…そりゃ、イブも当日も用事があったからだ』とグレイベル先生がピアナ先生に代わって答えた。『…事もあろうに、職務を俺に押し付けてこいつはラギの元へ……なぁ?』と頼れる兄貴グレイベル先生は俺たちに肩を組んで教えてくれる。
『きゃーっ!』っていう女子の歓声と『うぁぁぁぁっ!?』という男子の絶望の声がハーモニーを奏でた。もちろん俺も叫んだ。まさかピアナ先生がそんなバカな。
『先輩だって先輩と食事に行ったじゃないですかぁ!』、『…俺はちゃんと仕事はこなした』と、二人は俺たちそっちのけで騒ぎだす。ステラ先生がこっそり『ピアナ先生は彼氏とお泊まりデートに、グレイベル先生は彼女みたいな人たちとお食事しに行ったんだよ』と教えてくれた。
彼女みたいな人【たち】ってのが気にかかる。まさかグレイベル先生に限って二股はないと思うけど……。モテる人ってすごい。あと追加情報で泣きそうになった。いつか絶対ラギを【ギル・ハグの刑】に処してやろうと思う。
ちなみに、『昨日は学校中にプレゼント自慢しにいっちゃった♪』ってステラ先生がニコニコと話してくれた。よっぽどうれしかったのか、ナイスなストールだとかその他もらったものを職員室をはじめとしてあちこちの研究室に見せびらかしてきたらしい。グレイベル先生たちもそんなステラ先生に捕まったため昨日はこれなかったのだとか。
プレゼントを自慢しちゃうステラ先生がちょう可愛い。喋っている間もすんげえにこにこしながらストールをにぎにぎしているんだもん。どこぞのクールなイケメンサンタさんってちょうすごいと思う。
そうそう、せっかくなので、本当にささやかだけど夕飯はルマルマ寮で先生たちと一緒に食べた。午後にギルとかに買いに行ってもらったチキンと急遽追加で用意したクリスマスヴァージョンのハゲプリン(ケーキまで手が回らなかった)を用意する。
グレイベル先生とピアナ先生が『ど、どうしてこんなに豪華なの?』と聞いてきたので、『やっぱりクリスマスはみんなで騒いだ思い出がほしいじゃないですか』と答えておいた。先生たち、感動してちょっと涙目になっていた。
ここだからこそ書くけど、ただ単に俺が二人をクリスマスパーティに招待し忘れたのを申し訳なく思っただけである。いや、マジでロザリィちゃんとステラ先生が楽しみ過ぎて、きれいさっぱり忘れていたんだよね。
呼んでも先約があったからどのみちダメだったとはいえ、さすがにはいそうですかで納得できるほど俺はずぶとくない。
さて、やっぱりケーキがないと寂しいな……なんて思っていたら、突如白い梟がどこからともなくやってきて机の上に降り立った。常識を逸したレベルで濃厚な魔法の匂いを纏っているのに気配をまるで感じず、みんながその瞬間まで気づかなかったというあり得ない事態。俺たちだけならともかく、ここには先生が三人もいるのに。
途端にみんな席を立ち、杖を引き抜いてババっとそいつから距離を取る。『こいつ……シャレにならんぞ……!?』とグレイベル先生はちょう怖い顔。ラッビア・テラ・スコップをいつでも叩きつけられる状態で、その隣でギルがファイティングポーズ。『こんな風に震える筋肉なんて初めてだ……!』とギルも冷や汗。
その後ろでステラ先生もピアナ先生も胸元の枷のアクセサリを取り出し、ガチ戦闘モードに。『ちょっと、本気でやらないとマズいかも……!』、『最悪、私がみんなを守るから思いっきりやって』と、言葉の端々からこの異常事態の深刻さが伝わってきた。
あのヴィヴィディナでさえ、『オオオオオオオ!』って威嚇の声を上げていたといえば、その魔力の気配のヤバさがわかってくれると思う。
が、ここでロザリィちゃんが『あれ、なんかお手紙ついてるよ?』と白梟の羽の間にメッセージカードを発見。しかも、よく見たら非常に見覚えのあるやつ。それも、俺も使ったことのあるやつ……というか、たぶんこの世で俺のほかには一人しかアレを使う人間はいない。
『迂闊に近づくなっ!』と叫ぶグレイベル先生に『大丈夫ですよ』と声をかけそれをとってみたら、やっぱりマデラさんからのメッセージだった。
メッセージカードには『メリークリスマス。ちょっと遅くなったけれど、私からのプレゼントです。みんなで食べてください』……とだけきれいな字で書いてあった。どういうこっちゃと思ったら、次の瞬間に白梟がそれはもう立派で大きなクリスマスケーキへと変化する。
どうやら、マデラさんはケーキを魔法で梟に変え、俺に送ってきたらしい。相変わらず常識破りのすごい魔法。たぶん、ルマルマ全員がかりでもあの梟は倒せなかったことだろう。これほど確実な配達法もそうそうない。さすがはマデラさん。
『…なんだ、あの魔法……!?』、『は、初めて見るし、まるで仕組みがわからなかった……』、『あ、ありえない……! 魔法法則的にありえない……!』と先生たちもびっくり仰天。マデラさん的には割と普通の魔法なのに。
もちろん、その素晴らしすぎるクリスマスケーキを黙ってみている俺たちじゃない。早速ジオルドが清潔なでっかいナタ(クリスマスプレゼントの大工セット。まだ使っていない)を持ち出しみんなにケーキを切り分けてくれた。
わかってはいたけど、どうしようもなくうまかった。マデラさんのケーキに比べれば、俺の煉獄ケーキでさえゴブリンの餌よりマシってレベル。俺以外の全員が、ついさっきまで混乱していた先生たちでさえ、あの寡黙なイケメングレイベル先生ですらも、幸せそうに恍惚の表情を浮かべ、その甘美なる世界に身を委ねていた。
ポポルもジオルドもアルテアちゃんも、そしてあのジャガイモ大好き人間であるギルでさえ、無言でひたすらガツガツ食べているっていうね。なんだろう、めちゃくちゃ悔しいのにレベルが違い過ぎてあんまり悔しくない感じさえする。
マジでマデラさんのケーキはおいしかった。食べ終わった時なんて、みんなが名残惜しそうに、それでも幸せそうな表情をしていて、最高のクリスマスパーティになったと言える。
もしこれをクリスマス当日にやってたらもっと盛り上がったと思うけど、たぶんマデラさんのことだし、俺の顔を立ててわざと今日届くようにしたのだろう。当日は間違いなく俺が用意するし、翌日ももしかしたら予備とか余りがある可能性もあったわけだし。
ギルはいつも以上に幸せそうにスヤスヤと寝ている。時折『ケーキぃ……!』って寝言を発するあたり、あいつもマデラさんのスペシャルケーキの虜になってしまったようだ。俺もいつかはあの高見まで上り詰めたいものである。
とりあえず、ギルの鼻には幻惑の粉を詰めておいた。いい夢を見てくれるだろうか。グッナイ。
※燃えるごみは幻想の彼方へ。魔法廃棄物は無限の地平線へ。




