242日目 発展魔法生物学:死者の炎の生態について
242日目
ドアが凍り付いて開かない。今日もう休んでよくない?
ギルを起こし、ドアをぶち破って食堂へ。あ、ドアは応急処置で適当に板材を打ちつけておいた。隙間風がかなり気になるので、あとでジオルドに直してもらおう。
なんか今日は一段と寒く、こころなしみんなも暖炉よりの席にいる。ちゃっぴぃほか数匹の使い魔どもが暖炉の温かいところを占領せんと小競り合いをしていた。朝から実に元気なものである。
朝食はコンソメスープをチョイス。飾り気のないシンプルな味がなかなかにグッド。味も濃すぎず健康にも悪くなさそう。ふうふうしながら慎重に飲も……うとしたんだけど、慌てて『あちっ!』って舌を出すロザリィちゃんが超かわいかったです。
ギルは当然のように『うめえうめえ!』とジャガイモを貪っていた。蒸かしたてらしくほかほかと湯気が出ているのがいい感じ。たぶん、山の中のほうはめっちゃ熱い状態だったんだと思う。
そうそう、パレッタちゃんは指先が冷えたらしく、『ぬくいのう……!』とかいってポポルの背筋に手を突っ込んでいた。ポポルは『ふぎゃああああっ!?』って叫び、涙目に。しかしポポル、成長したのか『たまにはやられる側になってみろ!』ってパレッタちゃんの背筋に手を突っ込み返す。
『ひやぁぁぁぁっ!?』とちょっと甲高いパレッタちゃんの悲鳴。普通にセクハラだと思うのに、ポポルだと微笑ましく思えるのはなぜだろうか。みんなも舌打ちしないし。不公平ってやーね。
今日の授業はキート先生の基礎魔法陣製図。『ここ数日で一気に冷えましたね……』ってキート先生は手をさすさすしていた。手よりも体調のことを気遣ったほうが良いと思ったのは俺だけじゃないはずだ。
さて、いつも通りに課題を提出し、多少の期待を込めて例の落書きを確認すると──
『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『今まで見て見ぬふりをしてきましたが、そうも言ってられない事態ですね? 先生に頼んで課題増やしてもらいましょうか?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『お?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『再履にすんぞコラ』『あ?』『あ?』『あ?』『てめえだけいい思いさせるわけねえだろ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』』『教務会議に取り上げてもいいよな? さもなくば俺の魔銃が火を噴くぜ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『さすがの俺もブチ切れそうですよ、エル。こっちには味方がたくさんいるんだ。賢いあなたなら、どうするのが正解かわかると思うのですが』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『ちょっと最近鬱憤たまってるんだわ。最高の一撃ぶっ放してやろうか?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『クラスと研究室と後輩の全勢力をもってエルを見つけ粛清する。必ず見つける。余談だが、俺はメルティの失せ物を見つけられなかったことが無いことを記す』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』『あ?』
……と、ひたすらに『あ?』が続いていた。しかもこれ全部別の筆跡ね。マジで怨念じみていてちょっと引くレベル。つーか、こんなにも見ているやつって多かったのか。あと、なんかちょっとアヤシイ書き込みがあったのはスルーしておく。ここではみんな他人なんだし。
そして、俺はエルの返答を見た。この悍ましい書き込みよりもさらに恐ろしいことが書いてあった。
『──ここからちょっと独り言。お前らの行動によっては独り言が多くなるかもな?
クゼ:決闘会場の裏手。スタッフ専用口の近く。第二試合終了直後。小道具にバラを使うのはちょっとクサいぜ? まあ、結果オーライでよかったな?
ラド:決闘翌日。アエルノチュッチュ寮裏手。昼過ぎ。気の強い女の子からの膝枕は楽しかったか? お前、尻に敷かれるのが好きなタイプなんだな。ロベリアちゃん、いい表情してたじゃねーの。
ロリコン:土下座。これだけでいいか?
ルギ:お前は一番難しかった。正直今も確信はない。だからあえて一言。【今回は特別にクッキーのセットをオマケとしてお付けします。今後ともどうぞよろしくお願いします!】……ちなみにクッキーは三日とかからずみんな食った。
あと、よく見ろお前ら。お前らが書いたそれ、ルギが用意した紙じゃないぞ?』
戦慄した。エルが書いたの、俺が魔材研と属性研に送った請求書の結びの文だ。スウィートパーティが終わった後の収支清算のとき、今後の付き合いも考えて中途半端に余ったクッキー(ギル要素材料使用)を適当に包装して請求書とともに送ったんだけど、なぜ奴はそれを知っているのか。
というか、なぜこの『ルギ』という人物に対してエルはこの文章を出したのか。
クゼやラド宛の文章からも、導かれる結論はただ一つ。
エルは、俺たちの正体を知っている。
しかもそれだけじゃない。エルが用意した紙、魔法紙だった。書いた人の魔力を写し取り、あとで本人と照合できるってやつ。本当なら本人証明とか、なんか大事な書類とかで使われるアレ。
つまり、あそこに書いた人間、エルに会ったら正体がバレてしまう。もちろん複写式のそれはしっかり回収されている。内容を考えると、おそらく昨日のうちにはすべてが終わっていたのだろう。
最悪だ。俺たちはエルを見つける術がないのに、エルは俺たちを簡単に見つけることができる。つーかいつもの四人は多分全部バレている。
幸いなことに、俺に関してはエルは確信に至っていない。俺はまだ誤魔化せる。エルが俺の正体に感づいたきっかけはあくまで【請求書の筆跡とメモの筆跡が似ている】だけで、断定はできないのだから。ここは全力で俺の正体が露見しないことに力を注がなくてはならない。
とりあえず、
『──ごめんなさい、と言っておきましょう。僕も熱くなりすぎました。覗きなんてこと、エルがするはずないですもんね。ちなみに、僕は両利きですし、筆跡のコピーもできますから、筆跡から正体を探るのは無理だと思いますよ? さすがにそこら辺は普段から注意していましたから』
……と、エル、ラド、クゼ、ロリコンの筆跡を交えて書いておいた。吸収魔法で奴らの書き方を吸収したわけだけど、さすがにこれからバレる……ってことはないよね? こんな風に吸収魔法を使う人って俺以外に見たことないし。
さて、肝心の授業内容だけど、今日は立体魔法陣の立体分解組立図について学んだ。これ、要は複数個のファンクションパーツからなる魔法陣がどのような構造をしているのか視覚的に把握するためのもの。合体直前のゴーレムっぽい感じって言えば伝わるだろうか。
ともかくまあ、立体&部品となるファンクションパターンを製図法に則ったうえで描いていかなきゃいけないわけだから作業量はいつもの倍以上。出された瞬間にみんなの顔から血の気が引く。
つーかさ、明らかに製図用紙に入りきらないの。部品を立体的に外して図示するってことはその分スペースも必要なわけで、それでいてほかの書き込み量も増えるんだもん。
『物理的に無理です』ってみんなが声を上げたんだけど、『なんとかしなさい』とキート先生に笑顔で言われては従うほかない。しかも、今までのまとめとばかりに寸法測定&スケッチからやんなきゃいけないしさぁ……。その上ではめあいとかも指示してくるって鬼畜過ぎね?
幸いだったのは、『これから数週間かけて行うので、最後に完成してさえいればそれでいいですよ』と言われたことだろう。後期のテスト週間の一週前にこいつを提出すれば授業終了だそうだ。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。キイラムの資料はこれに関しては役に立たなかった。毎年対象となる魔法陣を変えているらしい。資料には『シキラ先生が魔法陣デザインの担当だった場合、大いに泣け』とだけ書いてあった。最終課題の魔法陣デザイン、職員室でくじ引きで決めるそうな。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。なんかふわふわした気分なので、ロマンチックに星の光砂を詰めてみた。おやすみーてぃんぐ。
……という日記を書いた夢を見た。書き終わって寝た瞬間に隙間風が寒くて起きる。もちろん、この日記にはそんなこと書かれていないし、ドアもいつも通り。そして、隙間がないのに風が吹いていることに気づいた。なにこれちょう怖い。
ギルを起こして食堂へ。なんかやけにみんな震えていると思ったら、口をそろえて『隙間風が寒くて目が覚めた』とか言い出した。それもルマルマだけでなく、ティキータ・ティキータ、バルトラムイス、アエルノチュッチュでも隙間風が酷かったらしい。
本当に、この学校の設備のボロさには驚きを隠せない。マジでリフォームしてくれないだろうか。
あと、ラフォイドルが『俺の部屋は入学した直後に隙間を埋めた。どうせまたお前の仕業だろ?』と謂れのない誹謗をしてきた。あいつマジで俺のことを何だと思っているのだろうか。
とりあえず、『うめえうめえ!』といつも通りにジャガイモを貪るギルの目を盗んでジャガイモを一つ失敬し、ラフォイドルの口にぶち込んでおいた。『もが……っ!?』って言葉と当時に暗黒の槍が富んできたけど、愛の杖がかき消してくれる。静かになって超すっきり。やっぱモーニングくらいはエレガントにとりたいしね。
今日の授業はグレイベル先生とピアナ先生による発展魔法生物学。さすがに寒くなってきたからか、ピアナ先生はいつもの服の上にもう一枚厚手のローブを羽織っていた。冬服ピアナ先生マジ天使。グレイベル先生はいつもと同じスタイルだったけど。
『寒くないんですか?』と聞いたところ、『…授業していると暑くなる。それに、だいたい一日外にいるからもう慣れた』とのこと。ピアナ先生は『グレイベル先生はただ単にニブイだけだよ!』って笑いながら言ってた。
ポポルは『鈍い大人ってなんかカッコよくね?』って呟いてたけど、女子たちに『ないわあ……』って全力で否定されていた。俺もニブチンはないと思う。何度ミニリカ愛読の小説に出てくる主人公にブチキレそうになったことか。
つーか、ミニリカってなんでババアロリのくせにあんな捻りも何もないコテコテの恋愛小説が好きなんだろ? しかも、秘密の棚に隠してあったのを俺が勝手に読んでたら『ケツの青いガキが読むには十年早いわ!』って真っ赤になって怒ってきたし。
マジであいつの考えていることがよくわからん。にやにやしながら『子供にはちとこの描写は過激すぎるのぅ……!』って俺の目の前で読んでいた分際で何を言っているのだろうか。そんなことしたら読みたくなるに決まってるじゃん?
さて、今日は死者の炎について学んだ。こいつ、パッと見はただの魔法現象的な炎にしか見えないんだけど、実は魔法生物だったりする。わけわからん不審火の正体はだいたいこいつらしい。生物とはいえ炎だから、燃やすという本能に抗えないそうな。
とりあえず、いつも通りその生態をここに記す。ふと思ったけど、この授業メモって学術的にどれくらいの価値があるのだろうか。魔系希望の連中に売り付けたら、お小遣いくらいなら稼げるんじゃね?
・死者の炎は炎のような特性を持つ魔法生物である。実体が存在しない概念体であるため、どちらかと言うと精霊や悪霊の類に近い。しかし心はあったかいらしい。
・死者の炎は腐肉、正確には死肉を好んで餌とする。これは死が持つ魔法的概念を取り込んで自らの糧としているためである。そのため、かつての戦場跡等に死者の炎が集う姿がしばしば見受けられる。それでも心はあったかいらしい。
・死者の炎の力の源はマイナスの感情と言われており、詳しい原理こそ不明なものの、恐怖心を抱いた人間を前にした死者の炎が燃え盛り、より強力になることからも正しいらしいとされている。そんなんでも心はあったかいらしい。
・死者の炎が操る炎はポジティブな感情を焼くと言われており、まともにその炎を体に浴びると、しばらくの間無気力、無関心状態になる。また、倫理観や道徳精神だけが焼かれるケースも少ないながら存在しており、死者の炎に襲われた善良な少女が、隣人一家を『ピクニックに誘ったのに断られた』という理由で殺傷しようとした事件が過去に報告されている。その死者の炎は後にあったかい心を痛めたらしい。
・魔法生物であるため、死者の炎は通常の炎に比べて水に対する耐性が強い。拳大の死者の炎を消すのには、最低でも樽二つ分の水が必要である。心があったかいから消えにくいという説も。
・魔物は敵。慈悲はない。
お察しの通り、タチの悪い悪霊的なやつだった。見た目こそ普通の炎(たまにヘンに色が変わるけど)なんだけど、自由自在に動き回る上、攻撃性もそれなりに高い。
で、それにビビったポポルや女子の恐怖心を喰らってよりその炎を激しく燃え盛らせる。だいぶ離れているのに熱気が伝わってくるレベル。数人の恐怖心でこれとか、子供の集団の中とかに放り込んだらどれだけ大きくなるのだろうか。
実際にグレイベル先生が死者の炎の食事風景(死んだゴブリン)を見せてくれたんだけど、なんか火葬されてるっぽい感じだった。喰われているっていうか焼き尽くされているって言われた方がしっくりくる。食事が進むにつれて炎も大きくなってたし。
さらにその後、実演としてモルモットのゴブリンが死者の炎に焼かれた。一匹は完全に感情をなくし、極点的な結界を張られたもう一匹はすんげえ凶暴になって感情の無い方を殴り殺していた。もちろん、死体は死者の炎がおいしくいただく。
さすがに不気味。なんつーか、アンデッド特有の気味悪さみたいなのがある。女子の大半は震えていたし、ロザリィちゃんも『なんか怖い……』って俺のローブの端っこを握ってきた。
『…死に群がるから死者の炎とも、焼かれたものは死を振りまくから死者の炎とも呼ばれている。いずれ、見つけたら逃げるか殺すか腹を決めろ』とはグレイベル先生の談。
なお、ゴブリンを喰らってご機嫌だったらしき死者の炎は、『あちいあちい!』って超笑顔のギルにぶん殴られて四散してしまった。
あれ、実体がないのにどういうことだろうか。グレイベル先生もさすがに苦笑。『…殺す手間が省けたからいいか』って言ってた。
ちなみに、死者の炎は魔系に討伐依頼が来るほか、特殊な環境で調教すると、死体探索や記憶消去のための使い魔として扱うことができるらしい。『使い魔として使うのはかなり難しいから、基本は討伐のために覚えるってかんじかな!』ってピアナ先生が言ってた。
あと完全に余談だけど、昔、冬になると魔系学生の間で【死者の炎ゲーム】なるものが流行っていたらしい。拘束した死者の炎にどこまで近づけるか、どれだけ長い時間傍にいられるかを競うものだそうで、ゲーム参加者の恐怖心により連鎖的に大きくなる死者の炎で暖を取っていたそうな。
ただ、そのうち誰もビビらなくなって炎が小さくなり、『これじゃあ温かくないじゃん!』、『でももう誰もビビらないじゃん!』、『そうだ! こいつ自身をビビらせれば問題なくね?』と話が進み、【死者の炎をいじめることによる死者の炎自身の恐怖心】を使って炎を大きくする遊びに変わったそうな。
『…誰が一番恐怖させられるか、誰が一番温かくさせられるかで競う遊びになったんだが、そのうち「悪趣味だ」と外部からクレームが入ってな……』ってグレイベル先生が言ってた。
先生、仲間内で一番ビビらせるのが得意だったらしく、冬になるといろんなところから暖を取るための依頼をされていたんだって。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。この部屋には暖炉がないし、俺も一匹死者の炎を捕まえてみてもいいかもしれない……と思ったけど、死者の炎とギルを同室にしたら無限の恐怖心のせいでこの学校そのものを焼き尽くしかねないだろう。やはり寒さに震えるしか残された道はないようだ。
ちょっと日記を読み返したけど、現象としての炎と名前としての死者の炎が混じっていてすげえわかりづらい……っていうか見にくい感じになっている。ここまででざっと四十ほど【炎】があるっぽい。ちょっと感動。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。さすがに炎を入れるのは危ないので、シンプルに俺ワンダフル三号でガチガチに固めた水を詰めてみた。おやすみなさい。




