235日目 発展魔法生物学:スプリットスネークの生態について
235日目
ギルの筋肉から糸がほつれている。とりあえずハサミでぱっちんしておいた。
ギルを起こし、やっぱりちゃっぴぃをだっこして食堂へ。不機嫌なのは相変わらずで、暇さえあれば執拗に尾っぽで俺をぺちぺち叩いてくる。案外こいつ根に持つタイプらしい。
で、いつぞやのキャラメルマキアートをちゃっぴぃに貢いでいたら、ジオルドが『こいつをやろう』とちゃっぴぃに手作りのおもちゃをくれた。からくり人形的なやつで、ハンドルを回すとぴーって音が鳴ったりくるくる動いたりする。ほかにもギミックが多数。パーツの一つ一つが手仕上げされており、ジオルドの熱意が感じられる。
が、ちゃっぴぃは『……きゅ』と受け取るだけ受け取り、きこきこいじり倒しながらもそっぽを向いたまま。『まあ、さすがにこの程度じゃ無理だったか』ってジオルドは笑ってくれたけど、やっぱり申し訳ない気分になる。
そうそう、ギルは『今日は食べやすくマッシュポテトにしてみたぜ! 愛情たっぷり込めてマッシュしちゃったぞ!』と手作りジャガイモ料理をちゃっぴぃに振る舞う。が、残念ながらちゃっぴぃは口にせず。
もちろん、手つかずのそれは『うめえうめえ!』とギルが責任もって全部平らげていた。
今日の授業は天使ピアナ先生とグレイベル先生の発展魔法生物学。『…やっぱりまだご機嫌斜めみたいだな』と俺に肩ポンしてくれたグレイベル先生の気遣いに泣きそうになった。グレイベル先生、テッドなんかよりよっぽど兄貴っぽいし頼れる感じがする。
さて、内容はスプリットスネークについて。こいつ、見た目はただのちょっと派手な色合いの大蛇(ミーシャちゃんやポポルなら丸呑みできそうなくらいの大きさ。オレンジとか黄色の鱗をしていることが多い)なんだけど、実は恐ろしい魔法的性質を持っているらしい。以下にその概要を示す。
・スプリットスネークは獲物を捕食する際、頭部をおよそ九つに分裂させて襲い掛かる。この九つの頭部一つ一つに明確な意思があるため、一度狙われると完全に回避するのは難しい。なお、頭部を二十以上も分裂させることができる個体がいたという記録もある。頭は複数でも、ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために行動する。
・分裂中の頭部をなんらかの手段を用いて切断すると、切断面から半身が形成され、スプリットスネークは分裂する。分裂体もやはり頭部を分裂させて襲い掛かることができるほか、分裂中の頭部切断による分裂能力を保有している。分裂体もひとりはみんなのために、みんなはひとりのために行動する。
・これらの特徴により、単独でありながら集団戦闘を得意とする、蛇の中でも特異な戦闘特性をもつ。やっぱりひとりはみんなのために、みんなはひとりのために行動する。
・分裂した頭部には明確な意思があるが、あくまで本体は一つであるため、コアを保有した頭部を破壊すると分裂中の頭部、および分裂体も生命活動を停止する。ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために行動した結果だと言われている。
・分裂数に特に制限はなく、魔力の持続する限りいくらでも分裂体を(受け身とはいえ)生成することができる。そのため、大量に分裂した際は本体を後方に下げ、分裂体を敵との戦闘を担当する【戦闘体】、魔力保持のための獲物を狩る【補給体】、本体を外敵から守る【護衛体】に役割分担して行動する。なお、あくまで役割分担のため、各担当に見た目やステータス的な差異はなく、状況に応じて役割を切り替える姿がしばしば見受けられる。基本的にひとりはみんなのために、みんなはひとりのために行動するが、おやつの時間だけは全てが敵になる。
・魔物は敵。慈悲はない。
実際に頭を分裂させて襲ってきたスプリットスネークを、グレイベル先生が大地のスコップでぶつ切りにして分裂させてくれたんだけど、肉がモコモコ盛り上がって分裂する様子が割とグロテスクだった。あと、分裂速度がめっちゃはやい。
分裂体もオリジナルと遜色ない大きさしていてめっちゃ敵意丸出し。大蛇ってだけでも面倒なのに、こんなのいっぱい相手にしなきゃいけないとかやんなっちゃう。
肝心の対処法だけど、超火力で一瞬で消し飛ばすか、分裂中の頭をそれぞれ絡ませたりするといいらしい。結構タイミングがシビアだけど、分裂中の肉が盛り上がっているところを焼き潰すのも効果的だとか。
あと、分裂中のところに毒を注入すると一瞬で全身に毒が回って楽なんだって。『その場合、素材として使い物にならくなることが多いけどね!』ってピアナ先生が言ってた。
ギルは『すげえすげえ!』って面白がってスプリットスネークを八つ裂きにして分裂させまくっていた。ポポルも『ひゃっほぅ!』って連射魔法を叩き込んで分裂スピードの限界を求める。こいつらのせいであふれまくったスプリットスネークはヴィヴィディナとヒナたちのおもちゃになっていた。
ちなみに、かつてスプリットスネークを食料として活用する計画が持ち上がったらしいけど、分裂体は所詮分裂体なのか、食べても食事としての効果がなかったらしい。ただ、食べる感覚だけはあるからダイエットにはいいんだって。
『…むしろ、裂いたそいつをロープとして使うほうが便利だ。いくらでも替えが効く。だいたいどの研究室も一匹は持っているんじゃないか?』とグレイベル先生が言ってた。適当に怒らせて適当にぶつ切りにして適当にロープとして使い倒すらしい。体はそれなりに強靭だから、コストパフォーマンス最強なんだそうだ。
グレイベル先生も魔系だと認識した一瞬である。ちょっとスプリットスネークが可哀想に思えたのは気のせいだろうか。まあ、あまり分裂させてやらないでいるとストレスで鱗がハゲるから、どのみち必要な事らしいけど。
授業が終わった後、ピアナ先生がエンジェルスマイルを浮かべて『ちゃっぴぃちゃん、これどうかな?』と白いワンピースを手渡してくれた。なかなかにいい生地&裁縫技術で出来た代物で、デザイン面もエクセレント。
が、ちゃっぴぃは受け取らず。『……きゅ』とそっぽを向いた。『やっぱお古じゃダメかぁ』とピアナ先生も苦笑い。
なんでもアレ、ピアナ先生が学生時代に先輩から作ってもらったものらしい。なんかのイベントで着たものらしく、質もよく数回しか袖を通していないからイケるかも、と思ったそうだ。
そんな大事なものを譲ろうとしてくれたとか、マジで申し訳なくなってくる。ちゃっぴぃが断ってくれて本当に良かった。あと白ワンピースピアナ先生をぜひとも拝んでみたかった。
『一度でいいので着てもらえませんか?』と話を振るも、『さすがにもう無理』とにべもなく断られる。『…ラギの前では着てたじゃないか?』ってグレイベル先生がボソッとつぶやき、ピアナ先生に容赦なく脛をけられていた。
最後にピアナ先生は『悲しくなったらいつでも胸を貸してあげるからね!』と腕を開いてちゃっぴぃを招き入れる。ちゃっぴぃ、あの場にいなかったピアナ先生には思うところがないのか、素直に腕の中に入ってぎゅって抱きしめられていた。微妙に涙目だったことをここに記しておく。
なお、『…貸せるほどの胸なんてないだろ?』とつぶやいたグレイベル先生の脛を、ピアナ先生は鐵の茨を足に纏って容赦なく蹴り飛ばしていた。しかもさっきと同じ場所。
『これだからデリカシーのないクソ男は……』と呆れるピアナ先生。『……~ッ!?』と割とガチな感じでうずくまり身悶えするグレイベル先生。なんか今日グレイベル先生失言多くね?
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談の時、ロザリィちゃんは『今日もちゃっぴぃ、お願いね?』と俺のほっぺにちゅってやってさっさと部屋に戻ってしまった。いったい何をしているか気になるけど、俺はロザリィちゃんを信じて待とうと思う。あと去っていくときに髪のいい匂いがふわってしてマジ最高だった。
ちゃっぴぃは今日もふてくされてさっさと俺のベッドにもぐりこんでしまった。腹いせのつもりなのか、俺の枕を抱き枕にして占拠してしまっている。ちゃっぴぃのケツ枕を代用しようかと思ったけど、あいつが風邪をひくと困るので今日は枕なしで眠ろうと思う。
ギルの鼻にはこっそりちょろまかしたスプリットスネークの牙を詰めてみた。毒性はないから安心。袖のところの飾り縫いが終わったら寝ようと思う。このペースなら次の休みには完成しそう。グッナイ。




