221日目 発展魔法生物学:ボランタリーキメラの生態について
221日目
外に氷の虹がかかっていた。ちょう綺麗。
ギルを起こして食堂へ。窓から差し込む氷の虹の光がキラキラで超いい気分。ちゃっぴぃもすごくうれしそうに『きゅーっ♪』って窓から身を乗り出して虹を見ていた。食事中なのに行儀が悪かったので軽くケツを叩き、強制的に膝に座らせてクロワッサンを食べさせる。
執拗に顔を引っかかれたのが未だに解せぬ。俺なんか悪いことしたっけ?
ギルは今日もジャガイモを『うめえうめえ!』って食ってた。エッグ婦人とヴィヴィディナもギルの皿からジャガイモを突く。ギル、たぶんヴィヴィディナの一部も食ってたと思う。今日は蜘蛛の群体だったから数匹ジャガイモに紛れ込んでいたんだよね。
授業は天使ピアナ先生とイケメングレイベル先生の発展魔法生物学。『なんか今日綺麗なのがあるねっ!』、『…そろそろ冬の支度をするころあいか』って氷の虹を見ながら和やかに雑談が始まる。さすがにこの程度じゃ驚かなくなっているらしい。
内容はボランタリーキメラについて。こいつ、名前の通りキメラの類で、ベースとなっているのは大型の狼っぽい感じのやつ。先生が用意したのも頭と胴体は狼だった。
が、混成されているものがヤバい。正確にいうと混成する方法がヤバい。以下にその内容を記しておく。
・ボランタリーキメラはキメラの一種である。狼をベースとしており、基本的な特徴は多くのキメラと同様だが、ボランタリーキメラは成長過程で混成個所、および混成された生物を変更することが知られている。意外とオシャレという噂もある。
・ボランタリーキメラは倒した獲物、あるいは見つけた獲物の気に入った部位を千切り取り、自らの部位も千切り取ってパーツの交換をする。なお、これには魔法的な力が使用されているが、その詳しいメカニズムはいまだに解明されていない。オシャレに対する情熱が迸った結果と言う説もある。
・通常なら誕生時点で一つの形態を保つはずのキメラであるが、この理由によりボランタリーキメラは決まった姿形を持たず、多様性を持つキメラとなっている。交換するパーツにも流行があるらしく、オシャレなやつはそれにさらに一工夫を加えている。
・なお、翼や頭と言ったパーツを『追加』することも知られており、新種のキメラ(定義にもよる)が発見されたとき、だいたいの場合においてボランタリーキメラであることが多い。オシャレなパーツを手に入れた個体は仲間内でもちやほやされる。
・その戦闘能力は取り込んだ、あるいは交換した生物の種目と部位に依存するため、個体ごとの能力の差が激しい。長年に生きたボランタリーキメラは想像を絶する強さを誇るという。強くてもオシャレじゃないとパーツを交換することがある。
・魔物は敵。慈悲はない。
天然のキメラって混成される生物にある程度の傾向があるんだけど(昆虫系だけとか鳥系だけとか)、こいつに限って言えば全くのランダムなうえ、生きてる限りいくらでも姿形を変えていくっていうかなりヤバい特徴を持っている。
先生たちが用意したのは狼の頭、オーガの右腕、ゴーレムの左腕、背中にピクシー、脇腹にセイレンエイル(おしゃれのつもりらしい)、左後ろ足がゴブリンになったものだった。
ありていに言ってかなりグロテスク。背中のピクシーだってケタケタ笑いながらこっちを見ている。ロザリィちゃんをはじめとして女子たちの顔も真っ青。
なんでもこいつ、なんらかの敵に敗れて左後ろ脚を失った状態で捕獲されたとのこと。とりあえず最低限の歩行が可能なようにゴブリンの足を与えられたそうな。
なお、発見当時は背中に大きな傷を負っていたらしい。で、見るに無残だったのでその場で捕まえたピクシーをくっつけたのだとか。もともと何がくっついていたかは不明とのこと。
『もっとマシなのなかったんですか?』とのみんなの問いに、『捕まえたの、先生たちじゃなくて上級生だから』と先生は答えた。上級生のセンスの悪さに驚きを隠せない。
あと地味に左目の切傷がカッコよかった。右目にぶん殴られたような跡があるのはいただけなかったけど。
『部位交換をよく見て対処を覚えろ』とグレイベル先生。例の大地のスコップで容赦なくボランタリーキメラの右腕を撃ちつける。あいつも当然反抗しまくったけど(めっちゃ怖かった)、グレイベル先生は傷一つ負うことなく、完膚なきまでに叩きのめした。マジイケメンだった。
で、ある程度弱ったゴブリンを目の前に放り込む。キメラ、チャンスとばかりにゴブリンの首をかみ切り、右腕をかみちぎった。さらに使い物にならなくなった自分の右腕もかみちぎり、無理やりゴブリンの右腕を押し付けだす。
血がドバドバ出てたし、筋肉の千切れるぷつぷつって音、あと骨がゴリゴリ砕ける音も聞こえてマジスプラッタ。ただでさえグロいのにあのキメラホント何なの?
さて、ポカンと見ているうちには交換が終わったらしく、キメラは立ち上がった。普通に右腕も動いてる。見た目はアンバランスとはいえ、攻撃するのにも問題なさそう。魔法の力でつなげているってのも嘘では無さそげ。その割にはずいぶんアナログだったけど。
んで、『…大幅に弱体化したし、お前たちで相手してみろ』とグレイベル先生。『ゴブリンのパーツよりかは上等だから、負けたら足とか腕とかもってかれちゃうよ』とピアナ先生。舌なめずりするキメラ。俺のローブに隠れるちゃっぴぃ。ケツフリフリで対抗するヒナたち。心底おかしそうにケタケタ笑うヴィヴィディナ。
もちろん、キメラが襲ってきた瞬間に全員の全力の魔法が叩き込まれる。哀れキメラ、一瞬で頭だけになってしまった。魔物に慈悲はないし別にいいよね。
ちなみに、頭だけになってもキメラはギルの腕に噛みつこうとしていた。たぶん、この中で一番上等なギルの筋肉を取り込もうとしたんだろうけど、取り込む力はギルの筋肉に弾かれ、逆にヤバそげな何かが逆流してキメラの頭がはじけ飛んでしまった。
『次はもっと筋肉鍛えろよな!』ってギルは手にこびりついた肉片を握りつぶしてたけど、それはいったいどう意味なのだろうか。
なお、魔系はこいつの討伐による環境調査(取り込んだ魔物から周辺の環境状態の推定)を依頼されたり、取り込む力の研究のための生け捕りを依頼されたりするらしい。
『…こいつ関連の依頼は結構オイシイ。どのみち危険生物だから討伐するのは変わりないが、いずれにせよ普通のキメラと見間違えるようなヘマはするな』ってグレイベル先生が言ってた。ピアナ先生は今でもたまに間違えるんだって。
さて、授業後にちょっと時間があったので、氷の虹を眺めながら『先生たちの実力ってどんなかんじですか?』とグレイベル先生に聞いてみた。
参考としてシキラ先生の回答も伝えたら、『またあの人は適当なことを言って……』とグレイベル先生はボヤく。で、正しい意見を聞いたところ、
『ステラ先生がドラゴンなら、キート先生はリッチ。シキラ先生は超火力&完全回避のタチの悪いカオスクラウン。他の先生はガーゴイルとかだろう。…俺たちはせいぜいがマンドラゴラ程度だ』
……との回答をもらった。ピアナ先生も『概ね間違いなし』と賛同。
シキラ先生の意見とだいぶ違うけどどういうことだろうか。これはさらなるデータの収集が急務と言えるだろう。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。今日の授業が割とガチでグロかったからか、雑談中、涙目ロザリィちゃんがぎゅーって抱き着いてきてくれて超幸せだった。
『怖かったの?』と聞くと、『夢に見そう……』と頭をぐしぐしこすりつけられる。寮のルールさえなければ抱きしめながら寝ていたのになあ。
ちなみに、ちゃっぴぃも俺に抱き付いてきた……というか、現在進行形で俺のベッドの中にいる。ギルのイビキは今日もうるさいので、奴の鼻にサイレントティアーズを垂らし、ちゃっぴぃの耳には友想の守護布で作った即席の耳栓を詰めておいた。おやすみるくちょこ。




