191日目 光臨ヴィヴィディナ
191日目
ヤバそげな高笑いと尋常じゃない悲鳴で飛び起きる。何が起こってやがる?
ギルを起こし、杖を構えてクラスルームへ。肌にピリピリ感じるほどに異常な魔力波が渦巻いているうえ、異臭と異音も感じられるというまさに異常事態。あのギルでさえ、『やべえやべえ!』って超嬉しそうにポージングを決めていたといえば、その異様さがわかることだろう。
もちろん、わがクラスメイトもこの異常事態に反応しないはずがない。ポポル、フィルラド、クーラス、ジオルドも飛び起きており、途中で合流する。ジオルドはナイトキャップを被ったままだった。
で、現場であるクラスルームへ。明らかにヤバい雰囲気が漂っている。いつものクラスルームのはずなのに魔界にいるかのよう。リチャードやシュナイダーも狂ったように暴れまわっているし、コメットテールや雷髭魚も口からあぶくを吹いていた。
そして、クラスルームの中央付近でへたりこんでいる数名の女子を発見。口をパクパクして目の焦点があってない。俺たちが来たことにも気づいていない。バジリスクに睨まれたってもうちょっと反応してくれるだろうってレベル。
慌てて近寄り反応を見る。生きてはいるけど呆然としていた。『何があった!?』と強く声をかけても、『あ、あ、ああ……』と返事すらしてくれない。
が、震える指先でちょうどロフトのあたりを指してくれた。みんな、ついうっかりそっちのほうを見てしまう。
次の瞬間、『ぎゃああああああ!?』、『みぎゃああああああ!?』、『ぎにゃあああああああ!?』、『きゃはははははは!』、『ヒィィィィィ!』といろんな大絶叫が響き渡った。
触手。翅。羽。鱗粉。爪。複眼。甲殻。顎。粘膜。触角。鎌。脚(複数)。毒針。
形容するのもおぞましき、殻と毛と粘膜とナニカに覆われたそいつが、ロフトの天井を這っていた。
しかも、耳障りな羽音、ヤバそげな異臭、触っちゃいけない(天井が爛れていた)粘液的なものを出している。
羽があって鱗粉をまき散らしているのに、強靭な顎もある。触角は長く、触手をうねうね動かしている。なのにクモみたいな毛むくじゃらの足をムカデのように何本も生やし、うぞうぞと蠢かせていた。
毒針みたいのもあったけど、気にならないレベル。あとなぜか全体がぬちょぬちょしているっぽい。
色はなんかヤバそげ。角度が変わるたびにデンジャラスなビビットカラーがコロコロ切り替わる。ギョロっとした複眼がいっぱいついていて、その眼の色も対応するかのように変化する。なぜか目の場所すら動いていた。
ありていに言ってグロテスク。キモチワルイ。ありとあらゆる虫要素を悪趣味に詰め込めばこんな感じになるだろう。絶えず変態しているようで、これと言って決まった形を持っていないらしい。ナメクジっぽいときもあればクモっぽいときもあるし、蛾みたいなときも蝶みたいな時もあった。
冷静に観察していたら、後ろから軽い衝撃。真っ青になったロザリィちゃんがガチで気絶していた。虫嫌いじゃなくても吐き出すやつもいたし、ロザリィちゃんにとってまさに地獄だったのだろう。正直俺もさっさと逃げたかったし。
ヴィヴィディナでさえ吐き気を催すレベル……と考えたところでふと気づく。
ヴィヴィディナの虫籠が解き放たれていた。こいつぁヤバい。
そして再び『きゃはははは!』とテンションアゲアゲの甲高い笑い声が。ふらりとロフトから見下ろしてくる影は間違いなくパレッタちゃん。なんかもう目がキまっていて、アヤシイおくすりでも飲んでるのかと疑ったくらい。
『ついに……! ついにこの時が来た……!』とパレッタちゃんが笑う。ヴィヴィディナ、その笑い声に反応してうぞうぞと蠢き、パレッタちゃんの足を這ってぴとって顔から肩にかけて張り付いた。この段階で気絶する女子が数名。
『永きにわたる屈辱……抑えられぬ欲望……到底叶わぬヴィヴィディナの望みを、貴様らが捧げてくれた……!』と、もはや何を言っているのかわからない状態。
『──ギルの【暴食】』
パレッタちゃんが身悶えしながら呟く。ギルは慌ててポージング。もう何が何だかわからない。でも、こいつが暴食の化身なのはすごく納得できる。
『──ミーシャの【強欲】』
パレッタちゃんがクスクスと笑いながら呟く。『あたし別に強欲じゃないの!』ってミーシャちゃんが言ってたけど、なんかしっくり来た。
『──クーラスの【憤怒】』
パレッタちゃんがおかしそうに呟く。『えっ俺それなの?』と戸惑うクーラス。あいつ、理知的冷静イケメンを装っているけど、怒ると怖い。あいつのケツビンタマジ痛いもん。
『──ロザリィの【色欲】』
パレッタちゃんが妙に色っぽく呟く。周りがざわめくも、『いや、ほらあんなことがあったし……』という誰かの一言でみんな納得したらしい。ロザリィちゃん、気絶していたため意見できず。代わりにちゃっぴぃが『ふーッ!』って威嚇していた。
あと、ロザリィちゃんの色欲とかなんかすごく興奮する。ヴィヴィディナに捧げられるほどの色欲ってどんなのだろう。超気になる。
『──ジオルドの【嫉妬】』
パレッタちゃんが嘲るように呟く。ジオルド、『……心当たりはある』って舌打ちしながら俺&俺の腕に抱かれているロザリィちゃんを見てきた。ちょっと意味がわからない。
『──アルテアの【傲慢】』
パレッタちゃんが怒った様に呟く。アルテアちゃん、『えっ?』ってすっげぇ不本意そうな顔をしていた。フィルラドから見れば傲慢なのだろうか?
『──フィルラド、ポポルの【怠惰】』
パレッタちゃんが面倒くさそうに呟く。二人で一つとか、そんなところにも怠け者感がにじみ出ている。『別にそんなことないだろ!?』って二人して抗議していたけど、みんなが納得していた。
さて、名前が出なかったので俺&ほかの連中は清い心の持ち主だと思ってたんだけど、ここでパレッタちゃん、いきなり表情をくしゃりとゆがめ、
『──そしてそれすら上回る、──のドス黒く底なしの形容しがたき悍ましい【ナニカ】』
……とカタカタと震えながら呟いた。なぜかみんなが俺をドン引きした目で見てくる。しかも『ああ……そりゃなあ……』、『名前があがらないから不思議には思ってたけれど……』と納得の様子。解せぬ。
『これらを糧に、ヴィヴィディナは光臨した。絶望、悲しみ、怒り……捧げられたすべてを飲み込んで、ヴィヴィディナは本当の姿を、いや、それ以上の力を手に入れた。……ねぇこぉんなかわいいお顔ももってるんだよぉ?』とパレッタちゃんがにたりと笑う。
ヴィヴィディナに退廃的な人形の顔が浮かび上がり、ケタケタと笑いだす。どっかで見たと思ったら、この前俺が捧げたやつじゃね?
呪いの気配に満ちまくっていてすっげぇアブナイ感じだったんだけど、どうやらパレッタちゃん、あれで正気は失っていないらしく、俺たちを攻撃するつもりはないらしい。ヴィヴィディナが光臨したことに舞い上がり、その喜びを確かめているようだった。
普通の使い魔なら別に何も言わないんだけど、さすがにこれは精神衛生上よくない。やはり、安全なうちに組長として接着剤にするべきだったと後悔の念が湧いてくる。
『お前虫好きだろ! さっさと接着剤にしてくれよ!』とガチガチ震えるポポルに言われたので、とりあえず神聖魔法で攻撃。しかし、ヴィヴィディナは普通にそれを吸収した。パレッタちゃん、『あまぁい♪』と舌なめずり。
『ぶちぬけ!』とアルテアちゃんが射撃魔法を発動。ヴィヴィディナ、粘膜の中にそれを取り込んだ。
『燃えるの!』とミーシャちゃんがリボンを変化魔法で炎に変化させて攻撃。ヴィヴィディナ、ケロリとしている。『もっともっと!』とパレッタちゃんが嬉しそう。
『ま、やるだけやってみるか』とクーラスが神聖誘導罠魔法陣を多重展開。ヴィヴィディナ、おいしそうに食べ始めた。
『囲んでボコれ!』とフィルラドが召還魔法。呼び出そうとしたやつ、ビビって魔法陣から出てこなかった。
『これならどうだ?』とジオルドが具現魔法で神判のハエ叩きを具現化し、ヴィヴィディナにぶち込む。神判のハエ叩きが砕け散った。
『まだまだぁ!』とポポルが連射魔法で砕けた破片を打ち込みまくる。ヴィヴィディナ、無数の蜘蛛のような群体に変化し、華麗に避けた。パレッタちゃんヴィヴィディナを体に這わせて恍惚の表情を浮かべていた。
異常に高すぎる耐久性にみんなビビる。後はもうギル頼み。俺が目配せした瞬間、ギルは『待ってたぜ!』と飛び上がり、渾身の一撃をヴィヴィディナにぶちかました。
が、直後に『お?』とギルの困惑の声。なんとヴィヴィディナ、ギルの一撃を真正面から受け止めてケタケタ笑っていた。一瞬でみんなに絶望が広がった。
よくよく考えてみれば、ヴィヴィディナは今までのどんな怪物よりもギル要素を含んでいる。ルンルンの甲殻とかも食べていたし、ギルのスネ毛だって俺が捧げた気がする。
ただでさえ、ギル・クリーチャーは登場するたびに強力になっているのだ。ヴィヴィディナはおそらく最初のセイレンエイルのときに生まれ、それからずっとギル要素を含んだものを食べ続け、挙句の果てに俺たちの負の感情すら取り込んでいる。これもうヤバくね?
しかも、『パパのおかげでこぉんなに可愛くなったのねぇ……!』とパレッタちゃん。ヴィヴィディナ、俺のほうを向きながらケタケタ笑ってた。ヴィヴィディナの複眼とみんなの視線が俺に集う。
パパって俺なの? こんな子産ませた覚えないんだけど。
『やっぱお前の仕業かコラァ!』とクラス中から非難の声。『あれだけヴィヴィディナの世話をし、あれだけヴィヴィディナの糧を与えたというのに……この期に及んで認知しないと申すのか』とパレッタちゃん。ちゃっぴぃからは容赦なく顔面を引っかかれる。もうやだ。
しかし、ここで『ねぇ……どういうこと?』とロザリィちゃんが奇跡の復活を果たす。顔は真っ青で、足もいまだに震えてまともに立っていられないけど、目だけはしっかりしていた。
というかちょっと怖い。そんな顔もキュートだけど。
『全部言いがかりだよ。だいたい、どうやったら俺が虫のパパになれるというんだい?』と丁寧に諭したら、『……ホントに?』と返される。『俺がロザリィちゃんにうそをついたことがあった?』というと、『……そうだよ、ね』とにこっと笑って抱きしめてくれた。
そのまま天にも昇る気持ちになる……ところだったんだけど、『じゃあ、あの虫潰さなきゃ』とガチな声で耳元に囁かれる。ロザリィちゃん、何かのスイッチがはいったっぽい。
『ロザリィが本気出すの……!?』、『そういえば、初めて見るな……』とミーシャちゃんとアルテアちゃん。どうやら仲のいい二人もロザリィちゃんの本気の魔法を見たことが無いらしい。正確にいえば、本気じゃなくて得意魔法だけど。
ロザリィちゃん、ヴィヴィディナに向かって杖を構える。誰もが息をのんで次の瞬間を待ったところで──
『やっぱ無理ぃ~……!』
って、へたり込んで泣き出してしまった。さっきまでの気迫はいったい何だったのか。でも、そんな様子もマジプリティ。もちろん勢いに任せてぎゅっと抱きしめた。
さて、もうこうなったらルマルマ全員で総攻撃をしかけるしかないと思ったんだけど、動ける全員で大規模魔法の準備をしていたら、『なんで……なんでみんなヴィヴィディナを受け入れてくれないの!?』ってパレッタちゃんがヒステリーちっくに声を出し始めた。
『なんでもなにも、怪物はダメだろう?』と声をかけるも、『ちゃんと飼育許可証とったもん! 別にこの子は悪いことしてないもん! こんなにステキないい子だもん!』と正論を言われる。というか、パレッタちゃんのキャラがぶれまくりで怖い。
最終的に、『飼うもん! 絶対に飼うんだもん! 飼ってくれなきゃやなんだもん!』とパレッタちゃんは泣きながらじたばたしだした。幼児退行が激しすぎる。どうなってんだこれ。
どうにも困ったところで『どうしたの!?』とステラ先生が到着。状況をかいつまんで説明したら、『パレッタちゃんの言い分が全面的に正しいと思うけど……』と困惑した声。『あれのどこが普通の使い魔に見えるんですか!?』とポポルが抗議の声をあげたら、『グロテスクなだけならマシじゃない?』と乾いた笑みを浮かべられた。
ステラ先生、いったい過去にどんなものを見てきたのか。あのヴィヴィディナを見て『グロテスクなだけ』となぜ言い切れるのだろう。
結局、『飼ってもいいけど、みんなをびっくりさせる姿はやっちゃダメだよ?』ってステラ先生は泣きじゃくるパレッタちゃんをぎゅって抱きしめて頭をポンポンしながら諭していた。まさに聖母で一瞬ヴィヴィディナのことを忘れた。
パレッタちゃん、ひっく、ひっくと泣きながらもそれを了承したようで、ヴィヴィディナに『フサフサの祝福にふさわしい姿を』って命令していた。ヴィヴィディナ、変態してこないだの人形を百倍悪趣味にしたかのような姿になった。胸のボタン、よく見たら複眼だったけど。
なんかまとまりがないしグダグダしているけど、今日はこんなもん。夕飯食って風呂入って雑談中も、ヴィヴィディナは飛んでくる羽虫に触手を伸ばしたり、隙を伺って全力で天井を這うくらいでで大人しくしていた。邪気や呪いの気配も最小限にしてあったし、ステラ先生の愛が効いたのかもしれない。
当のパレッタちゃんだけど、夕方ごろには『不覚にも喜びすぎてテンションがおかしくなってた……』と落ち込んでいた。どうやら、本当にただみんなにお披露目したかっただけらしい。『ヴィヴィディナの歓喜……ここまでとは……』ってぶつぶつ呟いていて超怖かった。
改めて読み直したけどすごくグダグダだ。でも、あのガチでヤバイ雰囲気だけは感じ取れると思う。
今後はヴィヴィディナ以上の化け物の出現も考えられると思うと胃が痛い。何か対策を考えなくては。
とりあえず、使えそうな武器になることを願って、大きなイビキをかくギルの鼻にヴィヴィディナの脚(いっぱい生えてたのをこっそり一本もいできた)を入れてみた。おやすみ。
※あちたはもえりゅごみでちゅ。まほーはいきぶちゅはまたこんどでちゅ。いぇあ!




