179日目 発展魔法生物学:朧の病花の栽培について
179日目
ギルの歯が煌めいている。調べてみたら歯が熾天使の愛炎晶と化していた。引っこ抜いて差し歯にすれば好事家に売れるだろうか。
ギルを起こしてから食堂へ。なんとなくそんな気分だったのでオトナのブラックコーヒーを楽しむ。深い香りと香ばしさ、そして全身にしみるほろ苦さが最高。なんかすっげぇオトナな気分。
で、いつもどおり『きゃーっ♪』ってちゃっぴぃが俺の膝に乗ってきてコーヒーに口を付けたんだけど、一口飲んだ瞬間に『げふぉぁッ!?』って盛大に吹き出しやがった。ちょうばっちぃ。
しかも、めそめそ泣きながら俺の胸をぽかぽかと力なく叩いてくる始末。しかもマジのガチ泣き。泣き声が食堂中に響いて大変だった。
ゼクトにはドン引きされるし、シャンテちゃんには杖を向けられるし、『性格と根性が最悪なだけで芯は通っていると思ってたんだがな……俺の思い過ごしだったか』とラフォイドルにも因縁をつけられた。
これ俺悪くなくない? みんな俺を何だと思っているのだろうか。
結局、ちゃっぴぃはぐすぐす泣きながらロザリィちゃんの甘甘カフェオレを口直しに飲んでいた。『いきなり苦いの飲んでびっくりしちゃったんだよね?』ってちゃっぴぃの頭を撫でるロザリィちゃんがマジプリティ。『それならしょうがないか』って連中も自分たちの席に帰っていく。同期からの信用のなさに泣けてくる。
ちなみに、コーヒーまみれ(ちゃっぴぃのヨダレ入り)になったジャガイモを、ギルはいつも通り『うめえうめえ!』と貪っていた。腹立たしいことにきらりと歯を輝かせ、爽やかに暑苦しく食べている。俺、あいつの鋼の精神がすごくうらやましい。
今日の授業は天使ピアナ先生と寡黙なイケメングレイベル先生の発展魔法生物学。いまだ涙目でロザリィちゃんから離れないちゃっぴぃを見て、グレイベル先生は『…これでも食って落ち着け』っておやつにもってきたらしいクッキーを渡していた。あの人、どこまで女子力を上げれば気が済むのだろうか。
さて、今日は何をやるのか……と思ったら、ピアナ先生が何やらさまざまな種類の花が植えられたプランターを持ってきた。それも、明らかに植生が合いそうにないものがランダムで植えられているやつ。
で、ピアナ先生がそのうちの一つのすごく地味で死にかけのキノコを取り出し、『たぶん、このキノコ以外のやつが今日の内容だよ!』って微笑んでくれた。エンジェルスマイルに心を撃ち抜かれて鼻血が出そうになる。
どういうこっちゃと思ったら、今日は朧の病花というのがテーマらしい。こいつ、特にきまった形を持たず、いろんな姿かたちを取る魔法植物なのだそうだ。
それだけならまだいいんだけど、こいつはある日突然、いきなり湧いてくる。しかも、あたりに邪気や毒素をまき散らすという非常に厄介極まりない性質を持っている。朧の病花一つが出す邪気は微々たるものなんだけど、なんと、この性質を近くにある植物に伝播させる……というか、近くの植物を朧の病花に変質させるというふざけた生態をもっているらしい。
つまり、ある日突然現れて、ある日突然増えだして、特定は極めて困難で、気づいたら朧の病花に埋め尽くされそこら一帯荒らされているってわけだ。
とりあえず、メモだけ先に書いておこう。二度手間になるのもなんか嫌だし。
・朧の病花は決まった姿を持たない。ある日突然、なんらかの植物の形をとって存在する。目立ちたがり屋らしく、気づいてもらえないと拗ねる。
・朧の病花は周囲に邪気や毒素をまき散らす。一つ当たりが出す量は微々たるものだが、逆にそのせいで、また姿かたちが不定ということもあり発見が遅れることが多い。すぐに発見されると拗ねる。
・朧の病花は周囲の植物を変質させ、朧の病花とさせる。昨日まで普通の花だったものが翌日に朧の病花となっていることも珍しくない。また、ある程度変質させる数をコントロールしているらしく。バレない程度に散発的に、かつ巧妙に通常の植物と混じって増える。しかし、あまりにも気づいてもらえないと拗ねて全部変質させる。
・ある程度数が増えた朧の病花は一晩で爆発的に周囲を変質させ、あたり一面を飲み込む。このくらいになるとはっきりと感じるほど邪気が強くなり、通常はこの時点で付近からの撤退が推奨される。誰も来ないと拗ねて邪気が強くなるが、そのうち冷静になって邪気を弱めてくれる。
・栽培するのは非常に難しいが不可能ではない。餌場となる植物群を用意し、そこに朧の病花が現れるのを待つだけである。現れたら何らかの手段で魔法的密閉状態を作成し、以降はそれを維持すればそのうち植物群が一つを残して朧の病花となる。一つだけ残すのは自分の存在をそいつに見てもらうため……と言われているが、まれにそいつも変質化させてしまい、植物群全体で拗ねている様子が確認される。
・まごころを込めて育てる。込めないと拗ねる。
・収穫は愛情をこめて行う。
それもうぶっちゃけただの植物病じゃないの? って思ったけど、生物的にはどれも健康であり、魔法的性質や構造だけがそっくりそのまま変わってしまっているらしい。擬態(?)能力のせいで長らく病気の一種だと思われていたそうだけど、近年の研究により特殊な繁殖方法を持つ魔法植物なのだということがわかったんだそうな。
ちなみに、擬態前の姿を見た人は誰もいないとのこと。『朧の病花のオリジナルの姿を見つける研究は昔から行われていて、もしその方法を見つけられれば歴史に名前を残せるよっ!』ってピアナ先生が言ってた。
で、実際の作業としてこの朧の病花を選別しろってのをやった。最初にピアナ先生が用意した朧の病花をお手本とし、また別に用意されたプランター(結構大きめ。一つ当たり十人くらいであたる)に紛れている朧の病花を探すだけのお仕事。
なんか、魔系はこいつの駆除依頼を受けることも多いから、確実とまでは言えないまでも、少なくとも大まかな場所を割り当てるくらいの技能は身につけておかないとならないらしい。
ベストはピンポイントで採取することだけど、最悪その周辺を焼き払えば駆除だけはできるってわけだ。
とはいえ、これがなかなか厄介。先生たちがこの作業用のプランターに病花を紛れさせたのは三日前らしく、邪気そのものはまだ微弱で、ついでにいくつまぎれているのかわからない。先生たちもどれくらい増えているのか想像できないとのこと。
一個一個しらみつぶしに探すのが一番確実な方法だけど、そもそも複数種の魔法植物が入り乱れているから、それぞれの魔力や特性に紛れて邪気がひどくつかみづらい。病花になっていれば擬態先の性質は消えるとはいえ、逆にいうと正常だったら注意して扱わなきゃいけないってことでもあるし。
割と難航してたんだけど、ふと俺の杖が反応性を示したので、手当たり次第に杖でひっぱたいてみたら、朧の病花だけがふれた瞬間に悶え苦しみだした。ロザリィちゃんとステラ先生の愛マジすげぇ。
なお、ギルも神速で的確に病花だけをひっこぬいていた。どうしてわかるんだと聞いたら、『筋肉が俺を導いてくれてるんだぜ!』と超笑顔で返される。ミーシャちゃんのリボンも絶好調でうねうね動いて病花を選別していた。
みんな考えるのをやめた。もう全部筋肉とリボンに任せればいいと思う。
グレイベル先生が『…やはり一度シキラ先生のところで検査にかけてもらおうか……』ってボソッてつぶやいていたのを俺は聞き逃さなかった。いったいどっちのことを言っていたのか、未だにわからない。
ちなみに、この朧の病花は変身薬や魔法的軟化剤に使われるらしい。ちょっと変則的とはいえ、毒薬や喚起剤にも使用できるとのこと。朧の名を冠する通り、工夫次第でいろんなことに使えるのだとか。難易度はめちゃくちゃ高いらしいけど。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。なんだか妙に長くなった。少しは情報の取捨選択をするべきだろうか。
ギルは今日も大きなイビキをかいて腹出して寝ている。腹筋がすっげぇバッキバキ。男として、バキバキの腹筋にはあこがれるよね。
とりあえず、ダミーで植えてあった恐るべ木の小さな苗をギルの鼻に詰めた。焼却処分される予定だったとはいえ、こんな目に合う恐るべ木に同情を隠せない。




