140日目 夏季特別講座:ミニリカ 失われつつある伝統魔法
140日目
テッドが血涙を流して呻いている。それだけかよ。
とりあえずテッドとギルをどかし、血で汚れてしまった枕カバーとシーツを外す。こないだ洗濯したばっかりなのに超悲しい。血って落ちづらいからマジ迷惑。たまには洗うほうのことを考えてほしい。
まだ早朝だったので(宿屋の仕事開始時間。皮肉なことにこいつらがきてからすっかり宿屋モードになってしまった)、庭に出て洗濯をしておく。朝食の支度や水汲みなんかをしなくていいのは僥倖。洗濯だけならそんなに負担でもない。
お日様が出始めるころ、アルテアちゃんとミニリカが起きだしてきたので、ロザリィちゃんの部屋へと通してもらえないかお願いする。
アルテアちゃん、かなりいぶかしみながら『理由を話せ』って言ってきたので、『あそこの部屋で寝ているダメ女の枕カバーを回収するためだ』と正直に伝えた。
ミニリカに『律義なやつじゃのう……』って感心されたので、『放置したらロザリィちゃんに迷惑がかかる』って言ったら、ものすごく納得された。あいつの信用のなさに泣けてくる。
『私が持ってくるから待機してろ』ってアルテアちゃんはロザリィちゃんの部屋に入っていく。しばらくすると、顔をしかめ、異臭を放つデロデロしたそれを指先でつまんで持ってきてくれた。
まぎれもなくナターシャの枕カバー。マジでヨダレ臭ぇ。ホントに女として終わっている。どうやったらこれだけ汚せるのか理解に苦しむ。
そいつも洗濯(洗剤多め)にかけた後に朝食をとりに。テッドがいないと思ったらドクター・チートフルのもとで治療を受けているらしい。
食堂にて、ロザリィちゃんに『無事に過ごせた?』って聞いたら、『……昨晩は有意義なお話を聞けたよ?』と目を逸らされた。ロザリィちゃんの優しさが天元突破。ミーシャちゃんは『……人間だれしも知られたくないことの一つや二つはあるの』って遠い目をしていた。
そのナターシャだけど、『ひゃっはー! もっとケーキをもってこーい!』ってケーキをバクバク食べまくってた。『うめえうめえ!』とジャガイモを貪るギルに匹敵するレベル。あいつは少し遠慮というものを覚えたほうがいい。
今日の夏季特別講座はミニリカ。気合を入れているのか、ちょっとガチめな舞踊衣装を着ていた。
肩とかおなかとか背中とか丸出しで、スケスケのヴェール(?)的なものがひらひらしている、踊り子の衣装。ラメも入っているけどオリエンタルでミステリアス、かつ民族的っていうちょっと不思議な雰囲気の格好だ。あんなの持ってたっけ?
日々のアンチエイジングの賜物か、肌だけはきれいだし、無駄な肉も一切ついていない。もし俺が初めてこいつを見ていたのなら、ほかの生徒のように鼻の下を伸ばしたり、ぼうっと見つめてしまったりしていただろう。
認めたくはないけど、絵になる。お人形さんみたいだと言えなくもない。
幼児体型(本人曰くスレンダー)、かつ中身がババアでなければ最高だったのに。人間、知らないほうが幸せなことってあるもんだ。
講義内容は『失われつつある伝統魔法~古の知恵~』というものだった。ちなみに、これはミニリカが一から内容を考えたらしい。
まず、おさらいだけどミニリカは魔法舞踊家だ。呪術的(魔法的)な動作と魔術的踏切を用いて(広義での)魔法を発動するという、魔系なんだけど普通の魔法理論を使わない、かなり特殊な魔系だといえる。
このミニリカが得意とする魔法体系は俗にマジカルダンス、魔法舞踊とか呼ばれていて、発動がすごく踊りっぽく見える。実際、魔法がまだ発達していなかった時代は儀式としてこいつを踊り、魔法を発動していたらしい。
これにしかできない魔法もあるし、その効果も結構魅力的だったりするんだけど、いかんせん扱いが難しいのと体系化されていなかったこと、そして現代魔法(理論魔法。俺たちが今習っている、魔系なら誰でもできるやつ)が台頭するにつれてどんどん廃れていったそうな。
で、世界にはそんな感じでもうほとんど残っていない伝統魔法がいっぱいあるらしい。『今日はそんな伝統魔法に少しでも関心を寄せてもらえればと思った次第じゃ』とミニリカは言った。意外と真面目でビビる。
あ、ちなみにあいつがババアロリなのは魔法舞踊を細々と受け継いだ特殊な一族の末裔だかららしい。みんな年をとっても見た目が若い(つーかほぼ子供)まんまな一族だそうだ。
ミニリカはざっと反閇、禹歩、ジュジュ、ジプシーマジック、ドルイドの秘術(の概要)を教えてくれた。見たことも聞いたこともない魔法にマジびっくり。見学に来ていた先生方も驚いた顔をしていた。
さわり程度とはいえ実演できる人って今ではかなり少ないらしく、しかもそんな伝統魔法をこんなにたくさんできるのは珍しいを通り越してミニリカくらいしかいないレベルだとか。シューン先生がメモを取りながら教えてくれた。
軽く説明したのち、『とまぁ……軽く触れただけでもこれだけあるわけじゃが、当然、私ができるのはほんのさわりでしかない。それほどまでに伝統魔法は失われつつあるのじゃ。……今日は、その失われつつある伝統魔法である、魔法舞踊の神髄を特別に披露しようぞ』とミニリカが本気モードに入った。ガチなミニリカのダンスが見れるとなって、大歓声が響いた。
ミニリカが躍り始めるとその大歓声もあっという間に静かになる。ミニリカがくるくると動くたびに魔素がふりまかれ、星屑のように舞う。ひらひらと手を動かすと、その軌跡に沿って魔力の筋ができてマジ幻想的。女の子があこがれるのもうなずける。
大きなステップを踏むころになるといよいよ魔法の匂いも強くなってきて、ダン! とミニリカが決めた瞬間に火と水が組み合わさった柱ちっくなものが無数に出てきて天井すれすれで暴れまくってた。
ここまでくるともう魔法は完成したようなもので、あとは気の向くままに踊るだけで好きなように火と水で攻撃できるらしい。
大歓声の中、ミニリカがぺこりとお辞儀をする。『なにか質問はあるかの?』ってちょっと誇らしげに質問を促した。が、ここで安心した俺がバカだった。
あのミニリカが、ただ魔法を披露して終わりなわけがない。
たぶん事前に共謀していたんだろう。ニヤッと笑ったアルテアちゃんが『威力はすごいですが、発動までが無防備すぎませんか?』とある意味テンプレ染みた質問をする。
『もちろんそうじゃ。こんなに素晴らしい効果を出せるのに、それゆえ廃れてしまったといっても過言ではない。舞踊技術の会得は極めて難しく、習得したとしても、後ろで踊りつづけるだけの使い手も少なくなかった』
……そうミニリカが答えたまではよかった。でも、そこで目が合ってしまった。
『──が、困難ではあるものの、戦闘と発動を同時にこなす方法もある。ちょうどいい相手がおるから、実演してみようかの』と、あいつは俺を指さした。いつの間にか隣にステラ先生。『これ預かってたの!』と男物の舞踊衣装。
嵌められた。確かに踊れるけどさ、それにしたっていきなりはなくねぇ? せめて事前に打ち合わせがほしかった。
しかも『男が恥ずかしがるでないッ!』とかいうミニリカのせいで、みんなの前でヒラヒラスケスケ衣装に着替える羽目になった。ステラ先生とロザリィちゃんの前で着替えとか、なんかちょっと背徳的で興奮する。
で、実際にミニリカと向かい合って模擬戦闘開始。あいつが鼻歌のリズムに合わせ、踊るように掌底を繰り出してきたので、こっちもくるりとステップを踏んでよける。もちろん、足首のキレと腰のひねりは意識してビシッと決める。
すれ違いざまに舞うように蹴り上げをするも、ミニリカも力強く胸をそらして誘うように俺の背後に回る。流れるような綺麗な動作に芸術性を感じずにいられない。
ここまで全部リズミカル&魔力の軌道を描いてやっている。傍から見れば、打ち合わせたように演武を披露しているように見えるけど、実際はそんな生ぬるいもんじゃない。
『……鍛錬を怠ったな?』とミニリカの声がヤバくなった。ついビビって動きが鈍ったんだけど、風を撫でるようにふり払われた手を頬に受けた瞬間、俺の体が吹っ飛ばされた。
たとえ緩やかなように見えても、高次魔法要素を使っているから触れただけでヤバいんだよね。
で、そのままたがいに踊りつづける。踊りの動作がそのまま攻撃、そして発動キーとなるから、相手の動きを読まなくちゃいけないし、下手に魔術エフェクトを固定すると魔法を読まれるから、ちょくちょく変更しなきゃいけない。
たとえ今の自分に必要のない動作でも、攻撃の回避や相手の発動動作をつぶすために敢えて使う必要が出てくる。で、その無駄動作を次につなげるために瞬時に別パターンの動作を数手先まで考えなきゃいけない。
そして恐ろしいことに、一度相手のリズムに飲まれるとそのまま踊るように全攻撃を食らう。踊りながら魔法的武術でボコられ、決めやフィニッシュのところで大きな魔法が発動して容赦なくぶっ飛ばされる。
大技を決めるつもりで動いていたとしても、相手の動きによっては小規模魔法に切り替えて連発したり、威力は下がるものの、武闘としての舞踊と発動のための舞踊をほぼ同時に細かくつなげていくトリッキーな戦法もあったりする。
認めよう。はまった時の効果だけはめちゃくちゃ高い。だから、死ぬ気になりながらも踊りきってやった。
青あざとかいっぱい作ったし、何度も吹っ飛ばされたけど、立てるだけましだろう。それに、ミニリカに(カスあたりとはいえ)一撃入れられたし。
『……とまぁ、熟練した使い手ならば踊りながらも相手を倒すことができる。下手したら魔法が発動する前に終わっていることもあるの!』とミニリカが頭を下げたところで授業が終わった。久しぶりの魔法舞踊でマジでクタクタ。ステップのリズムが速すぎるんだもん。
授業後、みんなが魔法舞踊をほめまくり、着替える俺を無視して『どうしてあんなに綺麗な踊りができるの!?』と群がってきた。
力強い動きは文字通り力を込めてるし、複雑かつ優雅な動きはそうでもしないと相手と対抗できないから。魔素が舞ったりカラフルに輝くのも、相手に読ませないためってのと、発動上必然的にためた魔力が零れるからだ。
はっきり言おう。魔法舞踊とは、めちゃくちゃ使いづらい魔法を一人のクレイジーが無理やり使い続けた結果、たまたま華やかな踊りっぽく見えて広まったってだけの代物だ。
別に舞踊でも何でもない。廃れるのも当然だ。つーか、なぜ今まで残っているのか理解に苦しむ。俺だって、あの環境にいなければわざわざ魔法舞踊を覚えようとは思わなかったはずだ。
ふと思ったけど、それが出来なきゃやっていけない環境ってガチで酷くね? なんで俺普通に生き延びられたんだろ? 少なくとも、まだ魔系になっていないガキがいていい環境じゃないよな?
でも、『とってもカッコよかったよーっ!』ってロザリィちゃんがほめてくれたのはよかった。『どうせならロザリィちゃんが躍るところを見たかったな』って言ったら、『あ、あの衣装はオトナすぎるよっ!』って真っ赤になってた。そんなところがマジプリティ。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。やたらリズミカルに歩いたり、角を曲がるときにカッコつけたり、行動の一つ一つをダンスチックに大げさにするやつが増えていた。みんな流されやすいと思う。
日記が無駄に長くなった。動作を文章で表すのって難しいよね。あと、今日はヴァルヴァレッドのおっさんがここで寝ている。イビキはないけど歯ぎしりが酷いうえすごく暑苦しい。部屋が半分になったかのようだ。
とりあえず、魔法舞踊による筋力強化を施し、おっさんの簡易ベッドをギルの隣につけた。で、おっさんの指をギルの鼻に突っ込んでおいた。
あのうるさいイビキがめっちゃ静か。今日はゆったりと眠れそう。グッナイ。




