103日目 魔法演算学:テスト対策(上級生マジすげぇ)
103日目
浸食魔力波と悍ましい殺気を感じて飛び起きる。窓のふちに小さな焼き跡とわずかばかりの焦げ臭さを確認できたが、他にはなにもなかった。なお、ギルは目を瞑りながらもファイティングポーズを取っていた。
不穏な何かを感じつつも食堂へ。天気が妙に悪いからか、食堂がいやに薄暗く感じた。またとないチャンスだったので、朝から贅沢にホールケーキに蝋燭を指す。揺らめく炎がマジエレガント。
『消してもいーい?』って一言入れてから『ふーっ!』って吹き消すロザリィちゃんがマジプリティ。ミーシャちゃんとパレッタちゃんも吹き消そうと息を吸い込んだけど、ロザリィちゃんのほうが早かった。ジオルドも吹き消そうとしていたのが意外といえば意外。
ギルはもちろんジャガイモを『うめえうめえ!』って貪っていた。たぶん、あいつが蝋燭を吹き消そうとしたらケーキが吹っ飛んでいくことだろう。
授業はカルブ先生の魔法演算学。やっぱりテスト対策で、自習しがてらわからないところは質問していいよっていういつもの形式。
ほぼ復習は出来ているようなものだったので、ポポルとミーシャちゃんとギルの筋肉に勉強を教えていたんだけど、突然誰かの悲鳴とパレッタちゃんの歓声が上がった。
何事かと俺が振り返るのと、カルブ先生の多重術式展開が決まるのがほぼ同時。視線の先では黒く、大きく、そして毛むくじゃらでカサカサしているモノと、ぶちっと千切れた丸太くらいの大きさがある足がビクンビクンとのたうち回っていた。
『何事だ!』とカルブ先生。悲鳴がまた上がる。クラスメイトの何人かが糸でぐるぐる巻きにされていた。展開待機していた特製の術式がそいつの足を焼き払う……が、直後に生えてくる。
間違いなく、何かしらの異常変異を起こしたクモ。カルブ先生が相手していたおかげでゆっくり観察できたけど、軽く廊下を塞ぐくらいの大きさ。ちょっぴりキュートなおめめもいっぱい。化け物ってレベルじゃねーぞこれ。
厄介なことに、クモの胴体は魔力耐性が高いらしく、カルブ先生の術式でも大きなダメージを与えることが出来ていなかった。怯んだり動きを止めたりはするんだけど、それだけ。足はぶちぶち斬れまくってたけど、すぐに生えてくるから意味なっしんぐ。
しばらく膠着状態が続いたんだけど、俺とギル、そして目を輝かせまくったパレッタちゃんが戦闘態勢に入った瞬間、そのオオグモは逃げ出した。校舎に次々に悲鳴が伝播していく。そりゃ、あんなデカいのが天井とか廊下をカサカサしてたら悲鳴も上げたくなる。
ふと気になったのでロザリィちゃんを見たら、『きゅぅ……』って目を回してアルテアちゃんに抱えられていた。目覚めのキスをしようと近づいたらミーシャちゃんにケツビンタされた。理不尽ってやーね。
カルブ先生が『事態が収まるまで結界を張って教室待機!』って言って追いかけてったんだけど、さっきの様子じゃ大した成果を挙げられないと思ったのでギル、パレッタちゃんを連れて追いかけることに。
ぶっちゃけギルならあの胴体を潰せるだろうし、俺もクモ程度なら何とかできる自負がある。パレッタちゃんは『連れて行ってくれなきゃみんなまとめて呪ってやる!』って言ってたからしょうがなくだけど。
幸いなことにすぐに追いつくことができた。先生や有志の生徒とチェイスを繰り広げながらドンパチしてるもんだから、気づくなって方が無理だろう。
ヨキが陣魔法を展開して足止めし、シューン先生が三連魔銃をぶっぱなすも(意外にもめっちゃかっこよかった!)足だけが千切れて本体に影響なし。あげく、ヨキの陣魔法を無理やり突破し逃走する始末。『ありえへんやろ……!』ってヨキがぼやいていた。
校舎の中だから先生も本気を出せないらしい。カルブ先生が術式展開してあたりを保護していなければ、建物がぶっ壊れていたと思う。
有志の生徒が魔法をぶっぱなしまくるも、全部が胴体に弾かれているし、おまけに糸で簀巻きにされてしまっていた。んで、せっかくの犠牲を無駄にするわけにはいかないので、その隙にギルと共にクモに突撃した。
ギルのヤツ、見事な垂直壁走りを決め、吹きだされる糸を『遅え遅え!』って躱し、『脆え脆え!』って胴体を拳でぶち破った。そこにゼクトの付加魔法を受けた俺の筋肉質な杖(ギル要素浸食済み)が殴り掛かり、傷口を広げていく。
ついでにテッドがよく使う劇薬(巨人も一瞬でオダブツ)を水魔法に染みこませ、風魔法と複合し、カマイタチちっくにして傷口を穿つ。体内に刺さった杖の先端から放たれたものだから、さすがのクモも耳障りな悲鳴を上げて怯んだ。しかもそこにさらにパレッタちゃんの塩傷蝕の呪いが炸裂する。マジ痛そう。
『このまま押してくぞ!』とすかさずシューン先生が魔弾を連発する。転移式の回避不可の魔弾が容赦なく傷口にぶち込まれた。
……が、ここで想定外の事態が発生。クモの胴体の毛が抜け、その姿があらわに。俺たちの目の前に、非常に身に覚えのある異常魔力波を放つ熾天使の愛炎晶で構成された、さっきよりも二回りもデカくなったクモが現れた。脱皮ってレベルじゃねーぞこれ。
さすがにこれにはビビる。シューン先生もヨキも、ぽかーんと口を開けていた。パレッタちゃんは相変わらず『ヴィヴィディナへの貢物にふさわしい!』とか軽くトリップしてたけど。
さて、物事に動じないギルは『でけえでけえ!』とかはしゃぎながら容赦ない蹴り上げを食らわせる。まさかこのタイミングで攻撃されるとは思っていなかったのか、そいつは廊下の端まで吹っ飛んでいった。俺、ギルの筋肉がすごく怖い。
しかしクモも本気を出したらしく、体にマジックファイアを灯し、カチカチと警告音を発しだした。炎の勢いは強く、足の攻撃力も結晶化&炎により増している。なんかちょっとカッコイイしきれい。戦闘態勢ばっちり。
もちろん、こっちも先生、生徒問わず本気の戦闘態勢に入る。手に負えなくなる前に問答無用で吹っ飛ばすのが魔系の常識だ。損害とか後で考えればいい。
が、次の瞬間、『獲物がいたぞオラァ!』、『触媒よこせやコラァ!』、『一本だけでいいから! 脚一本だけ落としてくれればいいからっ!』とクレイジーな声が響く。頬がげっそりこけながらも目を輝かせた上級生と、フィールドワークの好きそうな(実用的な筋肉がついている)先生が高らかに笑いながらクモに群がった。
で、なんかよくわからんままにクモは捕獲された。マジでなんにもわかんなかった。ただ、その先生と上級生が何かしらの魔法的手段を用いた結果、クモはその場から動けなくなったんだよね。
なんでもクモは最初は彼らの教室を襲撃したらしい。当然のことながら上級生たちはそれを軽くあしらい(鼻歌を歌いながら教室ごと吹っ飛ばしたとのウワサ)、『クモはオタマですり潰すに限る』なんて話していたところ、切り落とした足が非常に有効な魔法的性質を兼ね備えていることが発覚。
卒論に理想的な実験データを提供できる、まさに夢のような素材が無限に手に入れられるとわかり、先生さえも授業をほったらかしてスパイダーハントと洒落こんだというわけだ。で、何本も何本も足を千切り取ったけど、途中で廊下を糸でふさがれてしまったために足止めされていたそうな。
シキラ先生(基礎魔法材料学の先生。『再履に人権はねぇ!』の名言を残した)は『ちょっと見ない間にグレートな姿になりやがって!』と笑いながらひたすらに足を切り取っていた。驚異の化け物クモのはずなのに、宝の山にしか見えていないらしい。上級生たちも、『ふへへ……!』、『卒論の捏造をせずに済むぞ……!』、『ようやく誤差原因をごまかせる……!』とヤバい表情で毟り続けていた。
一応命の危機もあったはずなのに、魔系ってやっぱみんなクレイジーだ。
なお、捕獲されたクモ(禁晶蜘蛛と命名)はその場で止めを刺されることになったんだけど、シキラ先生が『うちの研究室で預かる! だってこいつがいれば触媒にこまらないじゃねえか!』と駄々をこねたのでそういうことになった。予算がしょっぱいからまともな触媒を大量に用意できないんだって。
あのクモ、これから一生を足を切り続けられる運命にあるらしい。もとより、生半可なことじゃ致命傷を与えられないんだけどね。
パレッタちゃんは嬉々として抜けた毛を集め、足をもいでいた。ギルも再生し続ける足を殴って遊んでいた。せっかくなので俺も目玉を採取していたら、眼窩の奥の方に見覚えのあるオステル魔鉱石と熾天使の愛炎晶を見つけた。
胴体だけやたら魔法耐性が強い理由と、足がいくらでも生えてきた理由が判明する。とりあえず、このことは心の中にしまっておくことにした。
とにもかくにも、今日は濃い一日だった。特にシキラ先生のインパクトがすごい。俺の拙い文章じゃ全然表現できていないと、この日記を読み返していて切実に思う。あ、後期の基礎魔法材料学を担当するからよろしくなって言ってた。
あと、あのクモについて『どーせ大したケガもしないんだし、新作魔法の試験体として貸し出して金取ろうぜ!』って超笑顔で言ってた。やっぱ魔系ってちょっと頭がアレな人が多いと思う。
眠いからさっさと寝ることにする。ギルの鼻にはクモの抜け毛を詰めた。おやすみ。
20150709 誤字訂正




