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100日目 緊急魔法手術(コーラスバードの卵塞症についての記録)

※いくらかグロテスクな表現がありました。苦手な方は注意してください。

100日目


 とうとう三桁に。俺、自分で自分を褒めてあげたい。あと、なぜか百日目のページに『よくぞここまで続けたイモ。ジャガイモ妖精は頑張る人を応援するイモ』って書いてあった。限りなく不気味だったので破ってトイレに流しておいた。


(『よくぞここまで続けたイモ。ジャガイモ妖精は頑張る人を応援するイモ』と上記三行の部分に上から殴り書きのように書かれていました)


 上の文を書き終わった直後、外から誰かの悲鳴が聞こえる。慌ててギルを叩き起こし、杖を構えて扉をぶち破ったら、そこにはぐったりしたごろごろエッグ婦人を抱えてパニックになっているフィルラドがいた。


 『エッグ婦人が……! エッグ婦人が……!』と話にならなかったので、いつだったか作った鎮静薬(効果がハーブティー程度の失敗作)を口にぶち込み、エッグ婦人の容体を見た。


 全体的に元気がなく、首をだらんと下げてぐったりとしている。嘴をパクパクさせており、時折鳴き声……というか息をひゅってさせる。餌は受け付けないが、水は積極的に飲もうと動く。


 目だった外傷はなく、病気の類か……と思いながらも触診をすると、腹部から肛門部にかけて異常なふくらみを確認。軽く押してみたところ、しこりのような微妙に硬質な感じがあった。


 ちょっと心当たりがあったので、ケツを向けさせて羽を数枚毟ったら、肛門部で赤いような黄色いような白いような塊がチラッと顔を出しているのを確認できた。


 ごろごろエッグ婦人、雌鳥の宿命である卵づまりを起こしていた。


 このころになって寝間着姿にケープを羽織った女子や杖を構えた男子がやってきたので、現状を説明して動いてもらうことに。さすがに俺一人の手には負えない。


 まず、担任であるステラ先生、魔法生物学の担当であるグレイベル先生、ピアナ先生、そして多分人専用だろうけど念のため保健医であるドクター・チートフルを呼びに行ってもらった。


 とはいえ、エッグ婦人の容体はかなり悪そうな感じで先生たちが来るまで持ちそうにない。明らかに応急処置が必要そう。そうでなくとも、この段階で手を打っておけば後が楽になる。


 俺はちょっとかじった程度でプロじゃないけど、やらないで後悔するよりかはやって後悔したほうがマシだろう。一応フィルラドにも現状を説明したら、『頼む……!』って言ってきたので全力を出すことにした。


 言っとくけど、これはフィルラドの為じゃなくて、エッグ婦人が卵を産んでくれないとハゲプリンの費用がかさむからってだけだ。俺は別にいつでもエッグ婦人を丸焼きにして構わないということを忘れないでほしい。


 とりあえず熱湯を沸かしてもらい、清潔な布を用意させる。その間に一昨日貰った虹夢花(青)と(赤)、そしてカミシノ、コケウスとファイアスウィープを用いた鎮痛剤兼麻酔薬を作った。青いのから鎮痛効果、赤いのからファイアスウィープで痛み止め成分だけを抽出したもので、即席としては十分な性能を持つ優れもの。


 時間があれば、そしてエッグ婦人に体力が残っていれば排卵促進剤を使いたかったけど、そんな余裕はない。


 一応浄化済みのラミアオイルを使って肛門を刺激したものの、卵は取れず。結構奥深くまで詰まっているらしい。潤滑とかそんなレベルでは解決しないことだけは確か。


 しょうがないから緊急手術。マデラさんの見様見真似だが、やらないよりかはマシ。幸いなことに何度も捌いたことがあるから、どこに何があるのかだけはよくわかる。


 麻酔を効かせ、友情の想縫針をギルに頼んで変形してもらい、即席のメスでエッグ婦人の腹を裂いていく。傷つけないように作業するのって超大変。誰かに汗を拭ってもらいつつ、やっぱり誰かが張った結界魔法陣の中で慎重に卵管を探した。


 で、ようやく……ってほどでもないけどそれを見つけた。すっげぇ立派な卵が四つも詰まっていて卵管がパンパンに膨れている。排便もうまくいってなかったらしく、隙間には血が混じった便が詰まっており、見るからに厄介そう。


 卵管ごと摘出できればそれが一番いいのだけれど、あいにく俺は摘出した後の処置がわからない。最低限の知識しかないから、どこにどう血管がつながっていて、どこをどう止血すればいいのかわからない。卵管を開いて卵を取るだけのつもりだったんだよね。


 途方に暮れかけたその時、『ここから慎重に開け……!』と頼もしい声と共に魔力マーキングが施された。グレイベル先生とドクター・チートフル(とステラ&ピアナ先生)の到着。集中を切らさないように手術を変わってもらおうとしたら、『その切開部の大きさでは我々はまともに作業できない。責任は私たちが持つからキミがやりなさい』と厳格な声で言われた。


 エッグ婦人を苦しませないように切り口を小さくしたのが仇になった。大人な先生の手じゃ物理的に作業できなかった。あ、切開部の中はステラ先生が水と光の複合魔法で大きく映して見えるようにしていたんだって。


 指示に従いながら慎重に卵管を開き、血便をドクター・チートフルが用意した器具とステラ先生の精密風魔法を用いて吸い出す。隙間ができたところで手を突っ込み、血管を傷つけないようにして卵を取り出した。一個取れた瞬間に歓声が上がるが、油断できない。


 『その調子で……!』とグレイベル先生に励まされながら作業続行。後から聞いたんだけど、このときピアナ先生の植物魔法で薬草の効果を増幅し、ドクター・チートフルがちゃんとした薬をエッグ婦人に与えていたらしい。


 文章だと簡単だけど、マジで神経ギリギリまで使って四つの卵を全て摘出する。グレイベル先生の魔法生物学の知識と、ドクター・チートフルの医術としての技能(魔力マーキングに沿って作業するだけだった)がなければ危なかった。


 が、最後の最後で緊急事態発生。卵、四つだと思ったら小さいやつが卵管の最初のほうに一個だけカッチリ詰まっていた。まだ出来たてだったらしく、変形して隙間をしっかり埋めている。殻が出来ていなかったのが特に最悪で、圧迫により粘膜が卵管の入り口のところで癒着してしまっていた。


 見つけた瞬間、俺、グレイベル先生、ドクター・チートフルの顔が真っ青になる。ぶっちゃけ、こいつをどうにかしないと根本的な解決にならない。そのうえ塞卵の位置が位置なだけに(名前よくわからんけど切っちゃいけないところ)、切開で摘出ができない。


 開いた側から引っ張り出すしかないけど、もし潰してしまったら摘出困難に……っていうかたぶんエッグ婦人はそのままあの世に行く。おまけに引っ張り出すにはあまりにも狭すぎて、そもそも俺の指が入らない。針の切っ先がかろうじて届くかどうかって感じ。


 『卵巣ごと全部取り出すべきだ』とグレイベル先生。しかしドクター・チートフルが『技術的に困難を極める。私がメスを持ったとしても可能性は二割以下だ』と却下。代わりに『魔力補助の上で物理的に圧迫して排出させるべきだ』と代案を出したが、『癒着してるから押し出す前に破裂し、ショック死する可能性が高い』とグレイベル先生に返される。完全な手詰まり。


 『一度閉腹し、対策と準備を整えたうえで再チャレンジするべきではないか』と提案するも、『体力的に次の手術に耐えられるかどうかわからない』と二人に言われる。


 つまるところ、切るにはめちゃくちゃ技術が必要で(ドクター・チートフルが万全の態勢で挑んでなんとかなるかどうかってくらい)、押し出すのは不可能で、再チャレンジの猶予はない。


 ベストは卵管の開口部から癒着部分を切り離し引っ張り出すことだけど、俺の指の大きさといった物理的な観点からほぼ不可能。グイッてやればなんとかなるかもしれないけど、それが原因でショック死の可能性も高い。


 誰もが諦めかけたその時、『俺たちがやる!』とフィルラドとポポルが手を挙げた。いつの間にか全身を浄化していて、眼にいつになくやる気が満ちている。


 『俺の使い魔なんだ、俺が頑張らないでどうするんだよ!』とフィルラドが杖を振った。先生たちと何人かのクラスメイト──ついでに俺も、とっさに杖を取り出しそうになる。


 魔法陣から蠢いてきたのは、一匹の夢魔と無数の蜘蛛。夢魔のサイズはピクシーほどで、蜘蛛は爪の先ほどの大きさもなく、目を凝らしてようやく形がわかったくらい。


 夢魔に加えてこの量の蜘蛛を召喚するのはさすがにビビった。召喚魔法はそこまで便利じゃない。たぶん、気絶一歩手前だったと思う。


 夢魔はエッグ婦人に憑依し、一時的なトランスブーストを発動させた。身体、精神強化の効果、すなわち手術に対する体力を与えたってことになる。なんかすっげぇふてくされた表情してたけど。


 すごいのは蜘蛛のほう。俺の体を伝って卵管に侵入し、糸を張りながら作業しやすいように卵管を広げてくれた。しかも、治癒毒(治癒なのか毒なのかはっきりしてほしい)を注入して止血や応急処置なんかもしてくれた。


 で、微妙に広がった卵管を俺と代わったポポルが探り、少しばかり広がった癒着部をさらにギリギリまで手で広げ、慎重に針でつついて全部引っぺがした。ポロって卵が取れた瞬間を、俺は生涯忘れないだろう。


 ポポルのヤツ、手がお子様だから俺が作業できない狭い場所でもなんとかできたんだよね。


 もうね、みんなが大歓声をあげたよ。みんなハイタッチしまくってたし、女の子も抱き合ってた。文章じゃ適当だけど、マジでみんなすごい真剣に作業してたんだもん。汗ダラダラで終わった時はへたり込みそうになったくらい。


 もちろん俺はきっちり卵管の縫合とお腹の縫合を済ませるまで集中を切らさなかった。友想の希紡糸を使ったから治りも早いと思う。使い魔一匹にここまで金を使うとはだれが思ったことだろう。


 全部終わり、薬草仕込みの包帯を巻いてからフィルラド、ポポル、あと先生たちとハイタッチした。男の友情の証である、拳でこつんってやるアレもやった。


 すっげぇスッキリと笑ったドクター・チートフル、グレイベル先生からは背中をバンバン叩かれた。ちょっと痛かったけど、直後にステラ先生とロザリィちゃんがぎゅって抱き付いてきてくれてちょう幸せだった。


 容体も安定し、しかるべき処置も終えたエッグ婦人は午後にはいい感じに回復してきていた。念のため、グレイベル先生が一時的に預かることになったけど。お薬なんかもちゃんと出たからたぶん大丈夫だろう。


 ちなみに、卵づまりの原因はエッグ婦人の食い過ぎらしかった。外敵のいない環境でいつもグータラと食っちゃね食っちゃねしてたせいで栄養が無駄に溜まり、卵が出来過ぎて卵塞に至ったっぽい。勝手におやつを食べていた形跡も見つかったし、まず間違いない。


 なお、症状から考えて詰まりだしたのはおそらく昨日から。日記を見返したら、ここ数日連続で産んでいたのに昨日だけ産んでいなかった。今後はエッグ婦人の観察日記もつけたほうがいいかもしれない。一応グレイベル先生とドクター・チートフルに相談し、フィルラドに経過観察を義務付けようと思う。


 今後の為を思って詳細に日記を付けたけど、やっぱりすごく長くなった。出来れば二度とこんなことは起きてほしくないけど、万が一起きたときはきっとこの日記が役に立つはずだ。俺の応急処置もなんだかんだで正しかったっぽいし。


 ドクター・チートフルなんて『キミ、魔法医師にならないか? 特に獣魔医師は需要が多くて職に困ることはないし、わかってないことも多いから毎日が発見の連続だぞ!』って言ってた。俺には医者としての度胸があるんだって。マデラさんのところで働いたら誰でもつくと思うけど。


 なかなか面白そうだけど、『将来はロザリィちゃんとステラ先生と一緒に宿屋か教師をやると決めているので』って言ったらすごく複雑そうな顔で『そ、そうか……』って言ってた。


 なんかすごく疲れた。めちゃくちゃ眠い。やっぱり短時間とはいえ、神経使う作業はきついもんだ。日記もまじめに書いたから夜もかなり遅くなっている。


 今気づいたけど、日記の最初のところにあの怪文章が浮き出ているのがすごく怖い。書き始めたときは確かになかったのに。しかもなんか筆跡が荒ぶっているし。怖くて夜ねむれなくなっちゃうじゃん。


 ギルは大きなイビキをかいている。何かを詰めるのも手間だったので、布団で簀巻きにしておいた。ロザリィちゃんとステラ先生と一緒に添い寝したい。


※もえるごみとまほうはいきぶつ

※あくまで書き手の彼が作った、魔物に対する手術の記録です。普通の鳥には適用しないでください。

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