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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
9/77

即位記念式典の舞台裏

今回は直接的ではないですが、流血、戦闘などの場面があります。

そういったことに嫌悪感がある方は読まれない方がいいと思われます。

油断しているときに限って、事件というものは起こる。


 明朝。ナイツ・オブ・ラウンド第3席のリディアは宮殿の見回りに出ていた。リディアは超長距離戦のエキスパートだが、接近戦は苦手だ。某女学校の騎士過程を履修していたため、それなりの武術や剣術は使えるが、エドワードやウェンディには及ぶべくもない。そのため、見回りの時は接近戦を得意とするものと組むことが多かった。

 今日は第5席のクェンティンが一緒である。穏やかな風貌の前王から仕える騎士。もちろん剣の腕も高い。

 常々不思議なのは、リディアが第3席であることだ。実力を考えればクェンティンと、同じく前王から仕えるブライアンの後の席でないとおかしいのだ。

 朝日の昇る前の宮殿は静かだ。夜遅くまでパーティーが続いていたから、みんな今頃ぐっすり眠っているころだろう。ぶっちゃけ、警備にあたっていたリディアもちょっと眠い。

「大丈夫、リディ?」

 クェンティンに苦笑され、リディアはあくびを隠した手を放す。もうすぐ40に届こうかという年なのに、お茶目な人だ。面倒見もよく、子供たちからよく好かれている。そういえば、ナイツ・オブ・ラウンド最年少のリアノーラも彼になついていた。リディアは肩をすくめた。

「体力には自信があったんだけど。もう年かなぁ」

「……それ、俺の前で言う?」

 クェンティンが40に届こうとしているのなら、リディアは30に届こうとしている。ナイツ・オブ・ラウンドになったのは5年前だが、あのころは若かった……。

「……リディ」

 にこにこと笑っていたクェンティンに真剣な声音で呼びかけられて、リディアも気が付いた。何か、来る。



* + 〇 + *



 ナイツ・オブ・ラウンド第9席エリスは再びフェナ・スクールの門をくぐった。前回は玄関のところで待っていたが、今回は校舎の中まで入る。没落貴族の屋敷を改装したというフェナ・スクールの校舎は大きかった。

 エリスは寄宿騎士学校の卒業生だ。男女共学で多学部が存在するフェナ・スクールがちょっと珍しい。騎士学校では女生徒は少なかったから、スカートをひらひらさせながら歩く少女たちが多いのは新鮮だった。

 しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。エリスは無作法と知りながらも学内を走る。その途中、教員の女性を発見した。

「っと、すみません!」

「はい? あなたは……」

「ナイツ・オブ・ラウンド第9席、エリス=ハミルトンと申します」

 コートの下は正規の制服だ。ちなみに白。お客様がいるときはたいてい白だ。さらに身分証を提示する。校門もこうして強行突破してきた。

「リアノーラ=フェアファンクスを捜しているのですが」

「リアノーラですか。この時間はなんの授業だったかしら……」

 教員は戸惑い、近くの生徒を呼び寄せた。

「ああ、今なら研究室だと思いますよ。自由創造の時間です」

 生徒がにっこりと言った。なんだ自由創造って。とても聞いてみたいが、要件が先である。リアノーラの研究室を教えてもらい、エリスはその研究室に直行した。

 あった。北校舎3階、フェラー教授の研究室。ノックもそこそこ、エリスは外開きのドアを開けた。

「きゃっ、先生!?」

「じゃないわよ」

 一番近くに座っていた少女が2人、振り返った。冷静につっこんだ黒髪の方はエリスも知っている少女だ。エリスは彼女に微笑む。


「こんにちは、祥子ちゃん。リアはいるかな」


「こ、こんにちは……リアなら、そこのソファで寝てるけど」

 机に向かって何か書いていた祥子が奥の方を指す。広い研究室の奥で、確かに長い亜麻色の髪の少女が寝そべっていた。男子生徒もいるが、危機感はないらしい。

 エリスはソファのもとに膝をつくと、リアノーラの肩を揺さぶった。一応これも授業らしいが、よほど疲れていたのだろう。熟睡している。

「リア、頼む。起きてくれ」

 何度か肩を揺さぶると、反応があった。


「ん……? ライ麦パン……」


 なぜライ麦パン。


 ツッコミたいのをこらえて、エリスは冷静に言った。

「寝ぼけてないで起きてくれ」

 おなかが減っているのだろうか。確かに昼は近いが、その前にしてほしいことがある。

「……あれ、エリス? 何してんの」

「一緒に宮殿に来て。ナイツ・オブ・ラウンド全員に招集がかかった」

 ぼんやりしていたサファイアの目が急に鋭みを帯びた。ただの女生徒の目から、騎士候のそれへ。

 公爵家の令嬢のリアノーラだが、ナイツ・オブ・ラウンドの彼女にはそれとは別に騎士候の位が与えられる。リアノーラは聡明な少女だ。騎士の役割がわかっている。

「道中説明する。とにかく来てくれ」

 エリスは問答無用でリアノーラの手を引っ張って研究室を出た。廊下ですれ違う生徒たちをよけながら、走る。生徒たちが何事かとみてくるが、2人とも歯牙にもかけない。

 校門の外では、エリスが乗ってきた馬がつながれていた。今では車や汽車もあるが、馬車もまだ主流である。それに、細い道を行くのなら馬の方がいい。

 エリスはリアノーラを馬に引っ張り上げて気づいた。


「リア、上着は?」

「……荷物と一緒に置いてきちゃった」


 北の方にあるアルビオンは、朝夕の気温が低い。今は昼だが、10月も終わりになると気温が低くなる。馬で道を駆け抜けたら馬上は寒い。エリスは自分のコートをリアノーラに着せて馬を走らせた。

「んで? 何があったの?」

 エリスの腰にしがみつきながら、リアノーラが耳元で叫んだ。エリスも叫び返す。風を切る音で声がよく聞こえないのだ。

「リディアさんとティニーさんが襲われたんだ! 宮殿内で!」

「はあ!?」

 リアノーラが思いっきり怪訝な声を上げる。

「どういうこと!?」

「目下のところ調査中! だけど、ナイツ・オブ・ラウンドが狙われた……!」

 順当に考えて、国王を狙っていると考えるのが自然だろう。だが、そう単純に考えられないのだ。

「でも、ナイツ・オブ・ラウンドが襲われたら、警備が強化されて逆に襲いづらくなるでしょう! 大体、リディアさんとティニーさんがそう簡単にやられるとは思えないわ!」

 エリスもリアノーラと同じ意見だった。接近戦が苦手なリディアだが、それを補えるほどの実力がクェンティンにはあったはずだ。だてに先王につかえていない。リディアも自分の不得手を理解しているから、後方支援に徹したはずだ。

 ということは。

 顔見知りの犯行の可能性が高い。2人は同じ想定にたどり着いた。

「それに、それって宮殿内に既に敵が潜んでるってことでしょ!」

「そうだよ! 今、ユーリさんが対策を練ってる!」

 フェナ・スクールから宮殿まではほぼ一直線だ。城門が見えてくる。

 宮殿に馬で乗り入れると、勝手口の方から中に入った。宮殿には勝手口がたくさんある。つまり、侵入経路がたくさんあるということになる。

 エリスはリアノーラを抱えて馬から降ろすと、走らず歩いて目的の場所に向かった。宮殿内にある医務室である。

「エリスとリアノーラです。入ります」

 先に宣言しておく。そうでないと、開けた瞬間何があるかわからない。みんなピリピリしていた。うっかり襲われたら対処できない。


「リア、来たか」


 中にいた国王がリアノーラを手招きする。エリスのコートを羽織ったままのリアノーラは、手招きされてチャールズ4世のそばに寄った。

「……!」

 チャールズ4世のそばのベッドに横たわるのはナイツ・オブ・ラウンド第5席のクェンティンだ。


「発見されたのは私が神殿から戻ってきてからだ。西塔の空中回廊だ。見晴しはいいが、狙撃された様子はなく、すべて剣による怪我だ。ティニーは内臓が傷ついていた……。おそらく、リディアをかばったんだと思うが、見つかった時2人一緒に串刺しにされていた」


 国王の衝撃的な話を聞いても、リアノーラは表情一つ動かさなかった。多感な少女にそんな話を聞かせるのもどうかと思うが、さすがはアルビオン最強の騎士アルヴィンの娘というかなんというか、腹が据わっている。

 リアノーラがクェンティンの隣にあるリディアのベッドを見て、もう一度クェンティンに目を戻す。どちらが重症かは目にも明らかだ。クェンティンには呼吸器が付けられていた。


「……で、私に何をしろというんですか。私は医師ではないんですが」


 状況に似合わない超冷静な声だった。その場の空気が固まる。

「いや、魔術とかは?」

 ウェンディに言われると、リアノーラはクールに言ってのけた。

「私の治癒術では治せないわ。私の治癒術は、ユフィのためにあるようなものだもの。ユフィにはよく効くし、どちらかというと病に効くの。自己治癒力を高めるのね。怪我にはほとんど効かないわ。魔術は万能じゃないの。そもそも、私は水属性だから、けがの治療には向かないのよ。医者に任せた方がいいわ」

 はっきり言う。さっぱりわからない。みんなぽかーん、としていた。その中でユリシーズだけがリアノーラに尋ねる。

「とりあえず、お前にこの2人は直せないということか」

「そういうこと。まあ、自然治癒力が高まるから、治癒術をかけてもいいけど、普通に治療してもそんなに治るまでの期間は変わらないと思うわ」

「なるほど」

 ユリシーズがうなずいた。とりあえず、エリスもリアノーラが怪我の治療ができないことは理解した。治せないといいつつ、リアノーラはクェンティンのベッドを覗き込む。

「式典期間は残り2日? 大神殿での式典は終わってるから、ナイツ・オブ・ラウンドが2人かけてても大丈夫よね」

「問題は警備面だな」

 ユリシーズがリアノーラに言った。彼女も「そうだね」とうなずく。ちなみに、即位記念式典は5日間続く。残りは2日。明日の夜には最後の舞踏会が開かれるのである。

 第3席であるリディアと第5席であるクェンティンが抜けたのは痛かった。今は、1人でも多く信頼できるものがほしいところなのだ。ナイツ・オブ・ラウンド全員が信頼できるわけでもないと思うが、この2人は人格的にも問題がない。痛い損失だ。

「別に私の護衛くらい、減らしていいぞ」

 チャールズ4世が言った。それはだめだ。めんどくさいので、誰も突っ込まずに流した。チャールズ4世がちょっとしょげた。

「……お茶目なのに」

「陛下、そのうち叔父上に殴られますよ」

 いつもお調子者のウェンディが言った。ウェンディが言う叔父上はリアノーラの父アルヴィンのことだろう。さすがに殴らないと思うが、怒りはするだろうな。こんな時に冗談を言ったら。

 警備を優先するのなら、犯人探しは後回しになる。全員ナイツ・オブ・ラウンドに選ばれただけあって、優先順位はちゃんとわかっていた。クェンティンの傷の様子を調べていたリアノーラはチャールズ4世の方を見ていう。

「とりあえず、お父様に相談してみます? 私なら、自然にこっそり連絡を――」

 とれる、と言いかけて、リアノーラは突然その場にしゃがみ込んだ。今の今までリアノーラの首があったあたりを、手刀が突き抜けた。ゆらりとクェンティンが身を起こす。呼吸器が外れ、床に落ち、甲高い音を立てた。

「ティニーさん!?」

「いや、目ぇ開いてねえぞ!?」

 エリスの驚きの声に、アンドリューが焦りつつもツッコミを入れる。確かに、ベッドから降りたクェンティンの目は閉じたままだった。クェンティンは再びリアノーラに向かって拳を繰り出した。それを、やはりリアノーラはすんでのところでよける。

「……操られてる?」

「たぶんな」

 エリスとアンドリューはそろそろとチャールズ4世の安全を確保すべく移動する。とりあえず、狙われているのはリアノーラで、ウェンディがチャールズ4世を保護(?)していたので今のところは大丈夫そうだ。

「リア、何とかできるか?」

 ユリシーズが無情にもそういった。リアノーラは「そんな馬鹿な!?」と言いつつ今度は蹴りをよけている。驚くべき身体能力と反射神経である。

 クェンティンと対抗できるであろう第4席ブライアンと第6席エドワードは現在、宮殿内の見回りでいない。ちなみに、第11席のドミニクと第12席のハロルドも見回りだ。第1席のフランクリンはナイツ・オブ・ラウンドの事務室。

 少女であるリアノーラが、怪我をしているとはいえ最強の騎士の1人といわれるクェンティンの攻撃を受けるとひとたまりもないだろう。操られているとはいえ、クェンティンとリアノーラでは体格も違いすぎる。

 かといって、エリスたちが手を出そうにも巻き添えを食らうだけの可能性が高かった。ゆえに、こうして見守っている。

 ふと、エリスはリアノーラの左手が複雑な印を切るのを見た気がした。「せいっ」という掛け声とともに両手を迫ってくるクェンティンに向けた。エリスたちにもはっきりと見えるほど強力な魔法陣がリアノーラの手のひらから出現する。その瞬間、クェンティンが崩れ落ちた。それを支えようとしたリアノーラが体格差に負け、やはり膝をつく。

「大丈夫か? 2人とも」

 ユリシーズとアンドリューがクェンティンをリアノーラの上からどかすのを見ながら、チャールズ4世が言った。リアノーラは「私は平気でーす」と答える。エリスはリアノーラを支えて立ち上がらせた。


「おおっ。返り血!?」


 ウェンディがリアノーラのスカートにべっとりと血がついているのを見てそう言った。確かにリアノーラは怪我をしていないが。

「ティニーさんの傷口が開いたんでしょうが。医者を呼びなさいよ、医者を!」

 リアノーラにツッコミを入れられ、ウェンディは医者を呼ぶ呼び鈴を鳴らした。ややあってやってきた医者は、病室の惨状を見て叫んだ。

「何があったんですか!? 病室で暴れないで下さいよ!」

「不可抗力だ」

 荒ぶる医者に、チャールズ4世はそっけなくそう答えた。まあ、確かに不可抗力ではあった。

 もう一度クェンティンの治療をする羽目になった医者は、「もう暴れないで下さいよ!」と言い置いて治療後に病室を追い出された。その間にリアノーラはリディアに向かって印を切り、魔術を使っている。

「お前、ティニーさんに何したんだ?」

「封印魔法をかけただけよ。あまり得意じゃないんだけど、どっかで呪術を食らったのかと思って」

「……すまん。私たちにわかる言語で話してくれ」

 リアノーラが半眼になった。しかし、エリスはユリシーズに同意とばかりに大きくうなずいて見せた。リアノーラは口元をひきつらせつつも噛み砕いて説明してくれる。

「たぶん、誰かに襲われたときにティニーさんは何かの呪術を食らったのだと思うの。誰かを襲え、とかの命令を魔術として体内に組み込まれたってことよ。それをかけられると、自分の意思に反してその命令に従ってしまうの。まあ、操られるのね」

「……ふむ」

 わかったようなわからないような微妙な反応をしたのはユリシーズだ。

「それで、私が攻撃を受けたわけですけど。あのまま私が殺されてたら、次はあなたたちの番だったのよ」

「それはありがとう」

「んで。その呪術を解くためには、解呪の魔法が必要なんだけど、それがわからないから、呪術を封印する封印魔法を呪術の上に上掛けしたわけですね」

「……なるほど」

「理解した?」

「半分くらいな。とりあえず、大丈夫なんだな?」

「体には影響がないわよ。私の封印が聞いている限り、再び操られることもないわ。リディさんにも念のためかけておいたから」

 ほぼリアノーラとユリシーズの会話である。どうやら、リアノーラにとっては当たり前のこと過ぎて、説明が難しかったらしい。

「しかし、やはりリアは強いな。私が見込んだだけある」

 チャールズ4世がリアノーラの頭を乱暴に撫でた。クェンティンと戦った時にかなり乱れていたが、さらに悲惨なことになる。

「ティニーさんが本調子だったら勝てませんよ。さっきも、操られているとはいえティニーさんの体だし、怪我してるし、変に攻撃できなくって」

 唐突に、エリスの背筋に悪寒が走った。リアノーラの言葉のどこかが寒気を連れて来た。二の腕をさするエリスの隣で、ウェンディがつぶやいた。

「本調子だったら、攻撃してたのかしら」

 そこだっ。エリスは気付いた。この少女は、クェンティンが本調子であれば、たとえ味方であって操られているだけでも攻撃しただろう。容赦なく。

「したわよ。私の物理的攻撃なんてたかが知れてるわ。ティニーさんを攻撃してもそんなに効果は見込めないもの」

 ウェンディの言葉が聞こえていたらしい。さらりとしたリアノーラの言葉に、沈黙が降りた。どうやら、とんでもない少女が仲間になっていたらしい。見た目に騙された。つくづく、味方でよかった。


「……リア。お前、とりあえず着替えてこい」


 沈黙を破ったのはユリシーズだった。血で汚れたフェナ・スクールの女生徒用の制服を指さしてそう命じた。



* + 〇 + *



「あ、リア、荷物おいてっちゃったよ」


 エリスとリアノーラが超特急でいなくなった後、授業時間が終わった祥子は、リアノーラの荷物がそっくり残っていることに気が付いた。鞄とコートはロッカーの中。筆記用具などは机の上。しばし悩んだのち、祥子はとりあえず筆記用具だけ持っていくことに決めた。どちらにしろ、ロッカーのカギはリアノーラが持っているから、彼女が戻ってこない以上開けられない。

「あ、祥子。遅かったわね」

 食堂に行くと、先に来ていたアレクシアが手を振っていた。ベアトリックスも手を上げる。それから祥子が1人なのを見て首をかしげた。

「あれ、リアはどうした」

「なんかナイツ・オブ・ラウンドに召集かかったからって、エリスさんに連れて行かれたわよ」

「へえ」

 ベアトリックスが適当に相槌を打つ。アレクシアが彼女の方を向いた。

「ね、なんか聞いてないの。お兄さんから」

「聞いてるどころか、ここしばらく会ってないし。忙しいみたいだな」

 ベアトリックスもユリシーズも昨日の式典に来ていたのだが、話す時間はなかったということか。まあ、式典の期間中、ナイツ・オブ・ラウンドは忙しいだろう。

「んー、荷物全部置いてってるから取りに戻ってくるとは思うけど……出席日数、大丈夫かなぁ」

 祥子はつぶやき、フォークに器用に巻いたパスタを口に入れる。この学校の学食は美味しい。安価だし、決して裕福ではない祥子のうちは助かっている。

 3人とも、リアノーラの成績の心配はしない。リアノーラの家系は代々騎士を輩出し、同時に官吏も輩出している。彼女の父がそのいい例である。特にリアノーラは数学の天才だ。魔術師という身の上のため、どうしても語学にも精通するし、成績は問題ないのである。

 まあ、ナイツ・オブ・ラウンドであることが考慮されるだろうし、リアノーラもまじめだから何とかなるだろう。学校側も、うっかりしたら王位継承権もあるような公爵家の令嬢を留年にしたくないだろうし。

「それは大丈夫だろ。うちの兄なんか、ナイツ・オブ・ラウンドで飛び級で最優秀成績で大学院を卒業できたからな」

 ベアトリックスはこともなげに言う。たぶん、ユリシーズはその頭の良さに目をつけられたのだと思う。ベアトリックスは頭が悪いわけではないが、馬鹿だ。兄弟でどうしてこんなに違うのだろう。

「それはユーリさんが特殊なんだと思うけど。でもまあ、リアは頭もいいし、ナイツ・オブ・ラウンドだし、王位継承権もあるし、そこまで心配ないじゃない?」

 アレクシアも祥子と同じことを考えていたらしい。

「考えてみれば、王族が王族を護ってることになるのね……リアって王位継承権第何位だって言ってたっけ?」

 祥子は仮にも貴族のベアトリックスに話を振る。ベアトリックスは思い出すように視線を斜め上に向けた。


「えっと……今の国王陛下の子供が継承権1位から3位だろ」


 言わずもがな、王太子はご存じソフィア王女である。アルビオンは長子相続の国なので、子供の中に男児がいても、女児が王太子になることがある。


「その次にリアのお母様のディアナ様が来て、次に長女のユフィさんが来るから、大体継承権6位ってところじゃないの」


 うっかり恐ろしいことを考えてしまった。もしも不幸が続いたりしたら、リアノーラは気づいたら女王になっているかもしれない。本人がそういうそぶりを見せないので、全然気にしていなかったが、そういうこともありうるのだ。

「……まあ、敬称的にはリアも王女になるんだろうな。一応、公爵家の令嬢ってことでレディが使われてたけど」

 正確には殿下が正しいと。

「でも、今はナイツ・オブ・ラウンドだからナイト……卿が正式なものになるんじゃないか」

「……よく知ってるわね。さすがは貴族」

「端くれだけどな。昔兄に聞いたことだし」

 ベアトリックスの知識は偏っている。彼女のそばには生き字引ユリシーズのことがいるので、聞いたらなんでもこたえてくれるからこんなことになったのかもしれない。

 午後の授業をだらだらと受け、放課後になった。祥子は自分のロッカーの方に向かう。なんだかロッカーの周りに人が集まっている。いや、それは普通なのだが、なんだかこそこそしているから変なのである。

「何してるのよ」

「あ、祥子ちゃん」

 ホームルームが同じクラスの男子に話しかけると、彼は振り返った。

「あれ」

 端的に言われ、祥子は彼がさす方を見た。……なるほど。納得し、祥子はそちらに向かって行った。

「だから、どうしたの? 何が起こってるの?」

「知りたかったらお父様に聞けばいいでしょ。私よりも詳しいこと知ってるわよ」

「父上が話してくれるわけないじゃん!」

 クリストファーがリアノーラに食ってかかっていた。クリストファーはまた高等部にやってきたらしい。っていうか、リアノーラ、戻ってきたのか。

「クリス。私もお父様も帰れないから、お前がお母様とお姉様を護るんだぞ」

「母上もユフィも僕より強いだろ! っていうか、父上が帰ってこないなら、話聞けないじゃん」

「ちっ」

 言いくるめたかったらしいリアノーラがあからさまに舌打ちした。祥子はため息をついた。

「何弟にあたってんのよ」

「祥子」

 祥子はため息をつきながらリアノーラに彼女の筆記用具を差し出す。

「視線集めてるわよぉ。そんな恰好で来るものね、当たり前だけど」

 リアノーラはナイツ・オブ・ラウンドの略式正装である白い軍服を着ていた。


「荷物回収もそうだけど、今は仕事で来てるから。会えてよかったわ、祥子。一緒に来てほしいの」


 にっこりと笑って、ナイツ・オブ・ラウンドの友人は言った。祥子は一歩後ろに下がる。

「リア。荷物は回収できたか?」

「はい。って、ユーリさんも何してんの」

 さっき祥子につっこまれたリアノーラだが、今度は同じようにつっこんだ。相手はベアトリックスの兄ユリシーズだ。リアノーラと同じタイプの騎士服で、右腕に妹のベアトリックスの腕をつかんでいる。長身の2人の向こうに、小さなアレクシアの黒髪が見えた。


「……何事? 何? 私ら何されんの!?」


 祥子がリアノーラから距離を取る。リアノーラの代わりにユリシーズが言った。

「すまないが、君にも同行してもらう。大丈夫だ。聞いてほしい話があるだけだ」

「っていって、ついていく人間なんていないだろ!」

 ユリシーズがベアトリックスに思いっきり突っ込まれる。しかし、ユリシーズは関係なしに力ずくで妹を引っ張っていく。アレクシアは何も言わずについていくことにしたようだ。ひょこひょこと黒髪を揺らしてついていく。祥子は判断に迷う。

 どうするべき。

「何してるの? 行くわよ」

 コートと鞄を持ったリアノーラに促され、祥子は覚悟を決めた。よっしゃ! どこまでもついて行ってやろうじゃないの!

「ちょ、リア!」

「お前はいいの!」

 ついてこようとしたクリストファーに、リアノーラは容赦なく言った。なんで兄弟ってこうなるのだろうか。

「クリス君も連れて行ってあげれば?」

「ダメ。クリスにはお母様のそばにいてもらう」

「なんでだよ~」

 本当にリアノーラの弟か疑いたくなる情けない口調で言うクリストファーが言った。リアノーラは立ち止ると、クリストファーに近寄って肩に手を置いて耳元に何か囁いた。最後にウィンクし、リアノーラはクリストファーを置いてユリシーズに続いた。

 この兄弟は……ほんとに。自分も兄弟がいるため、何となく気持ちのわかる祥子は、それゆえ何も言わずにリアノーラの後に続くことにした。




ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

いうほど過激な場面はなかったかと思いますが、みなさん、大丈夫でしょうか……?

エリスと祥子はこの話での数少ない常識人です(笑)

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