即位記念式典
「うーん、肩こるんだよな、この格好」
エドワードが肩をまわしながら言った。その姿は、いつもの略式正装ではない。
パーソナルカラーのマントはいつもより質のいいもの。白い礼服は金の装飾が施され、いつもより華美である。いつもはあっさりとした白の騎士服。時には黒い戦闘服にもなる。それが一気に格式ばったものになると、肩がこる気持ちはわかる。リアノーラとしてはなぜ近衛の制服が白いのか気になるところ。
「何言ってんの。ドレスはもっと動きづらいのよ。ねぇ、エリス」
「……そこで私に同意を求めないでくれるかなぁ」
リアノーラは隣を歩くエリスにそういった。エリスは苦笑する。いつもの3人組だ。なんだかんだで、リアノーラ、エリス、エドワードの3人は一緒にいることが多い。
リアノーラは自分より少し背の高いエリスを見上げる。女性と見まがうばかりの美貌の少年は女装したこともあるはずだ。
「っていうか、身長そろってないけど、いいの?」
気になるところはそこである。リアノーラは女性にしては背が高い方だが、男性と比べるとやはり小さい。今だってエリスとはさほど背丈が変わらないが、エドワードとはかなりの身長差が見られる。身長はそろっていないと見栄えが悪い。番号順に並ぶので、途中でぽこっと低くなる。まあ、リアノーラやリディアががんばって身長を合わせても、ウェンディがいる限り身長はそろわない。
「それは仕方ないだろ。能力第一で選んでんだから」
エドワードがあっさりと言った。リアノーラはふとチャールズ4世の言葉を思い出す。
「顔採用じゃないの?」
「リア、水を差さないの」
エリスに苦笑して突っ込まれた。
3人がいるは宮殿ではなかった。式典が行われるのは、通称大神殿と呼ばれる、ティルファーニア神殿である。アルビオン最大級の神殿の一つで、主な式典や祭事はすべてこの神殿で行われる。
「でも、不思議な感じ。ずっとお客様席だったのに」
リアノーラは公爵家の娘だ。いつも王族の近くの上流階級のお客様席から式典を見ていた。チャールズ4世の戴冠式もこの神殿で行われたが、その時はお客様席から見ていた。父が立った場所に自分も立つということが、リアノーラをとても不思議な気分にさせる。
「何言ってんだ。俺たちもちゃんとしたのは初めてだ」
「私に至っては2か月前に入ったばかりだからね。リアたちといい勝負だよ。とても緊張してる」
エドワードとエリスが笑って言った。言われてみればそうだ。エリスは穏やかな風貌だからすぐに仲良くなったし、最近はずっと一緒にいたから長い間ともにいるような感じがしたが、気のせいだ。彼は2か月前に参入したばかり。格式ばったことは初めてだろう。ナイツ・オブ・ラウンドの叙任式は宮殿内の伝統はあるが小さめの神殿で行われたため、エリスはこの神殿で格式ばった行事は初めてだ。エドワードだって3年ほど前に採用されたと聞いた。5年前の戴冠式にはお客様として参加したはずだ。
エリスのやけに整った顔を見ていると、不意に思い出したことがあった。
「そういえばエリス。やっぱりあなた、アレクたちに女だと思われてたよ」
美人なエリスはリアノーラたち4人の話題に上った。ベアトリックスは兄がナイツ・オブ・ラウンドであるため内情は多少詳しいが、彼女もエリスが男であるとは知らなかった。別に言う必要もなかったからだろう。
特に祥子は頭もよく、黙っていればおっとりとした美少女なのだが、彼女は異常に美人が好きなのである。話しているときはとても楽しそうだった。
「ええ~。なんで? 髪、もっと短くすべき?」
ちょっとうんざりしたようにエリスが自分の黒髪に触れた。リアノーラはエリスの腕にしがみつく。
「ダメ。絶対ダメ。今の似合ってるから。無害っぽいし」
「そうそう。見た目大事だぞ。俺も今のが似合ってると思うし」
エドワードも便乗した。やっぱり今のがいいよね。これだからこそ、エリスなのである。そこへ、伝令にウェンディがやってきた。
「あ、3人とも。みんな集まってきてるわよ。リア、結構似合ってるじゃないの。魔術師っぽいかっこも似合ってたけどね」
リアノーラは自分の騎士の格好を見下ろした。今まで魔術師のようなローブはよく着たが、騎士服で外を出歩くことはあまりなかった気がする。
伝令に来たウェンディは、やっぱり小さかった。身長は153cmで、学校の仲間の中では最小の祥子といい勝負である。今回、少しでも身長を合わせるためにウェンディは10cm近いハイヒールのブーツを履いているが、それでもリアノーラの身長にすら及んでいない。
今日は女性陣もみなパンツスタイルだった。式典の進行上、スカートではできないことがあるのだ。ちなみに、さすがのリアノーラも今回は自分の剣を持ってきている。
「……リアは背が高くていいわよね」
並んで歩きながら、ウェンディはうらやましそうに言う。ウェンディの母親はアルヴィンの姉ハリエットである。彼女も長身だったはずだが、ウェンディはなぜこうも……小柄なのだろう。
「うちは長身の家系なのにね。不思議だよね」
「何それ嫌味? どうせ私は小っちゃいわよ!」
ウェンディは短気である。ベアトリックスも短気だが、ウェンディはさらに短気である。大聖堂をのぞくと、すでに多くの人が集まっていた。上流貴族から平民まで。宰相のアルヴィンはすでに貴族席の最上段に座っている。王族の皆様はまだだ。
いくら解放されているといっても平民が入れるのは入口のあたり。式典の祭壇からは遠い。そのあたりに、もしかしたらアレクシアと祥子がいるかもしれないと思い、リアノーラは黒髪を捜した。2人とも黒髪なのである。ベアトリックスは貴族なので、当然いる。
「あ、リア。あの子、祥子ちゃんじゃない?」
「あ、ほんとだ」
エリスに示され、そちらを見ると、祥子のつややかな黒髪が見えた。大きな目が好奇心に動かされ、きょろきょろと動いている。どうせ美人に目移りしているのだろう。リアノーラはちょっと呆れた。
「もう結構入ってるのね……っていうか、いつもより人多くない?」
「そりゃ、5周年式典だからね。他の国からも王族が来るし」
ウェンディとリアノーラが若干不毛な会話をする。高いところから見ているので、聖堂全体が見まわせた。
「叔父様は今日もクールね」
「無表情なだけでしょ」
「いいじゃないの、あこがれるくらい。アルビオン最強の騎士でしょ」
「昔の話よ」
「そう考えると、あんたがナイツ・オブ・ラウンドになったのも、運命だったのかもね」
「人の話を聞きなよ」
リアノーラは呆れて言う。ウェンディは馬鹿だ。最低限の知識教養はあるが、使おうとしないのである。
4人は上層階から降り、ほかのメンバーと合流した。立ったまま柱に寄りかかり、本を読んでいたユリシーズが目を上げた。
「聖堂見てきたのか? どうだった?」
「うん。人がいっぱい」
ウェンディが屈託なく答え、ユリシーズに「お前には聞いていない」とすげなくされた。というか、子供の解答か。
「見た感じ、怪しいやつはいなかったが」
「私もエドに同意。リアは?」
エリスに振られ、リアノーラはうーん、と考え込む。ウェンディと不毛な会話をしていたので、若干注意力が足りていなかったのだが……。
「そんなに強い魔力を持っている人はいなかったわ。ま、たとえいたとしても、イルゼ様がいる限りは無駄でしょうけど」
イルゼの魔術師殺しの効果範囲はどこまでかはわからないが、イルゼは来賓席のマクシミリアン2世とフィリーネのそばにいるはずだ。来賓席は祭壇から近いので、運が良ければ効果が及び、魔術は効かないはずだ。
「そうか……リア。魔術関係の対策はお前に任せる」
ユリシーズに一任され、リアノーラは眉をしかめた。
「任せるって言われても……私、みんなが思ってるほど魔術の腕は高くないよ。火力なら友達のアレクの方が上だし」
「リアはオールマイティーな魔術師だからね。特化型の魔術師には特定分野で負けるんだろ」
クェンティンが苦笑して言う。小さいころからリアノーラのことを知っているので、こういうことはすべてお見通しなのだ。いつもなら頭を撫でられるところだが、式典の前なのでそれはなかった。言い当てられたリアノーラはちょっとむくれた。
「ティニーさんの言うとおりだとしても、この中ではリアだけだからな、魔術を使えるのは」
ユリシーズがそういってリアノーラを手招きした。そばによると、ユリシーズが長身をかがめ、リアノーラに囁いた。
「お前は、ただの魔術師のふりをしろ。剣の腕は悟られるな」
と言われるほど剣の腕がいいわけでもないのだが、ひとまずリアノーラはうなずく。奥の手というやつだろうか。
「わかった」
「時間じゃ。行くぞ」
第1席のフランクリンに先導され、ナイツ・オブ・ラウンド全12名は聖堂に足を踏み入れた。
* + 〇 + *
聖堂の入り口側、祭壇からかなり離れた席に祥子はいた。リアノーラに言った手前、行かないわけにはいかないし、もともと行くつもりだった。興味はあったのだ。
「あ、おーい、アレクゥ~」
見知った少女の後ろ姿を見つけ、祥子は手を振った。アレクシアも祥子に気付いて、とことこと寄ってきた。相変わらずかわいい女の子である。美人という点ではリアノーラに及ばないが、かわいさではずば抜けている。ちなみに、ベアトリックスはかっこいいになる。
「祥子、早いのね」
「うん。最前列に行きたかったからね」
そういいながら祥子はアレクシアのために取ってあった席を示した。
「ありがとう。気合入ってるわね」
「当然。ベリティも見つけたわよ。ほら、あそこ」
祥子が指さす方を見るために、アレクシアが身を乗り出した。祥子も一緒に覗き込む。珍しい場所にはしゃいでいる小さい女の子さながらである。祥子もアレクシアも幼く見られがちなので、今回ばかりは気にしないことにする。
「あ、ほんとだ」
蜂蜜色の短めの髪で、さらに凛々しい顔をしているのにドレスを着ているのでどこか浮いていた。だから、祥子もすぐに見つけた。伯爵家なので、わりと祭壇の近くにいる。どういう勘をしているのか、ベアトリックスは視線に気づいたらしい。祥子たちの方を見て軽く手を振った。浮かべられた笑みに、周囲の令嬢方が赤くなる。ベアトリックスは貴族のお嬢さん方にも人気があるらしい。
それを見て、祥子とアレクシアはそっと身を引く。
「リアは? まだ来てないの?」
アレクシアは祭壇に最も近い来賓席をのぞき、リアノーラがいないことにすぐに気づいた。彼女には異様な存在感がある。しかも、アレクシアはリアノーラと同じで魔女なので、お互い惹かれるものがるのかもしれない。リアノーラは王族なので、祭壇の近くにいるはずだから見つけやすいともいうのもある。
「そうなのよね。宰相とディアナ様はいるんだけど。あと、クリス君もいるわね」
学年は違えど同じ学校に通っているので、祥子もアレクシアもクリストファーとユーフェミアを知っている。その両親であるアルヴィンとディアナは有名なので、知っていて当然。むしろ、知らない人を見てみたい。
「リアとユフィさんがいないのね。ユフィさんはわかるけど……どうしたのかしら」
フェアファンクス公爵家の長女は、病弱だと有名だ。両親ともに美形の家族なので、リアノーラと同じくユーフェミアも、社交界の華になれたはずなのに。その代り、リアノーラが視線を一身に浴びている。魔女という特殊な付加価値もあるので、好機の視線も多いだろうが。
にしてもリアノーラである。ぎりぎりまでこき使われている可能性もあるが、さすがにもう式典が始まる。
ゴーン、と鐘の音が響き、式典の開始を告げた。正面入り口から、国王が赤い絨毯の上をゆっくりと歩いてくる。こうして平民たちの目の前を通っていくので、即位記念式典は人気が高いが、同時に国王にとっては危険なのである。暗殺される可能性があるからだ。
赤いマントに王冠、王笏、宝珠の王位継承のレガリアを3つともすべて持ち、豪華で見栄えがいいが、重そうである。
向かう祭壇の手前の12本の柱の前には、膝をついたナイツ・オブ・ラウンドが左右に6人ずつ並んでいる。祥子はそれを見て目を細めた。
「……ナイツ・オブ・ラウンドって、12人全員居たっけ」
祥子がアレクシアに囁いた。神殿の12本の柱は初代国王に仕えた12人の騎士、つまりナイツ・オブ・ラウンドを表しているといわれている。その柱のすべての前に、ナイツ・オブ・ラウンドはひざまずいていた。
「急きょ集めたのかしら」
急ごしらえか。祥子の最後の情報では、ナイツ・オブ・ラウンドは9人だった。残り3人は騎士学校の卒業生でも起用したのかもしれない。
ナイツ・オブ・ラウンドの中にはベアトリックスの兄がいる。彼には会ったことがあるが、ナイツ・オブ・ラウンドにもいろんなタイプがいるんだなぁという感じだった。剣の腕はさほどではなく、むしろ参謀的な頭の良さが目を引いた。ナイツ・オブ・ラウンドと言えば騎士のイメージが強いが、最近では頭も問われるというのはリアノーラの言だ。
「……ねえ祥子」
「何?」
ボーっと国王を見ながら考えに沈んでいた祥子はアレクシアに声をかけられて、反射的にたずねた。
「あれ、リアじゃない?」
「えっ?」
アレクシアが示したのは1人のナイツ・オブ・ラウンドだった。背を向けているが、あの銀の強い亜麻色の髪には確かに見覚えがある。翡翠色のマントを羽織った、女性にしては長身の後ろ姿。確かに、リアノーラならナイツ・オブ・ラウンドに入っても遜色はない。
「………」
祥子とアレクシアは沈黙した。リアノーラが話したくなかった気持ちもわからないではない。リアノーラなら能力的に問題もないだろうし、身分的にもいろいろと有用性があるだろう。しかし……。
「なんていうか……」
「似合ってるね」
アレクシアが正直に言った。ナイツ・オブ・ラウンドには様々なタイプがいる。魔女がいてもおかしくない。というか、オールマイティーな能力を持つ彼女を取り込んでおくことは国王にとって有益だろう。取り込んでおくも何も、彼女は国王の姪だが。
「いつかアレクも声かけられるんじゃない?」
同じく魔女のアレクシアである。火力特化の魔術師だ。火を起こす暇が省けるのである。リアノーラは逆にそういう攻撃系の魔術は苦手だった。
「あたしは炎しか取柄はないもの」
「でも、それ一個の能力としてはリアより上なんでしょ?」
「その分リアの能力は応用が利くもの」
式典の進行を見ながら、祥子とアレクシアは小声で言葉を交わす。
リアノーラと向かい合っているのはエリスだった。彼女が同僚とリアノーラを表したのは、ナイツ・オブ・ラウンドだったからなのだ。つまり、あの時点でリアノーラはナイツ・オブ・ラウンドに就任していたことになる。
まあその辺は本人から聞くとして、祥子は式典に意識を戻す。式典は終盤に差し掛かろうとしていた。
* + 〇 + *
式典が終わりリアノーラは父親のアルヴィンに声をかけられた。
「リア、ちょっといいか」
暫定的主君である国王を振り返ると、彼は手を上げて同意を示した。リアノーラはアルヴィンに近づいていく。
「何、どうしたの?」
「ああ。ちょっとな」
皆から少し離れてアルヴィンがリアノーラに尋ねる。
「リア、来賓の中に魔術師はいたか?」
「いたわ。お父様も気づいてるんじゃないの?」
リアノーラが両腰に手を当てて首を傾ける。おろしたままの髪がさらりと肩から零れ落ちる。
「……ああ。セレンディのパトリス王子は魔術師だな」
アルヴィンは魔術師ではないし、魔力もそう高くはない。ただ、長年の騎士としての勘は鋭い。特に最高の騎士と言われたアルヴィンの勘は優れているが、それは野性的な勘に頼るところにある。しかし、リアノーラなら魔術師を見分けることができる。自身も魔術師だからだ。
「そうね。彼が一番やばかったけど……ほかには、彼の従者の金髪の方。それに、リドネ公国のヴィエラ公主。公爵の方は大したことなかったけど。ヴァルドレーン共和国の秘書のお兄さん。若い方のひと。目についたのはそれくらい。多少の魔力を持ってる人は結構いたけど、そういう人は結構いるもんね」
むしろ、魔力がない人の方が少ない。魔力は生命エネルギーと同意義だ。だれでも持っているのもである。時たま魔力のない人もいるが、そういう人はたいてい体の中に魔力をため込んでいるのである。出せないだけだ。
それでも、リアノーラやアレクシアのように魔術として発動できるほどの魔力を持つ人は少ない。
「特に、パトリス王子の魔術の腕は、私と同レベルだと思う。魔力の質によっては、私と相性悪いでしょうね。っていうか、悪そう」
「そうか……いざという時は頼もうと思ったんだが」
「アレクを連れてきてもいいなら何とか……っていうか、なんで戦うこと前提になってんのよ」
ローデオル国王マクシミリアン2世の話が本当なら、セレンディのパトリスは怪しさ半端ないが、というか、見た感じ怪しさしか感じられなかったが。考え込んでいた風のアルヴィンは唐突に言った。
「イルゼ殿の魔術無効化範囲はどのくらいだと思う?」
は? とリアノーラは首をかしげたが、答えた。
「半径2mくらいかな。少なくとも、王族の席までは届いてなかったね。届いてたら、私の魔術が解けていたもの」
魔術師殺しの能力は、すでにかけた魔術にも作用する。もしもソフィアに化けたユーフェミアがその範囲に触れれば、リアノーラがかけた幻術が解けるということだ。式典では国王を守るための結界を張ってあったのだが、それが解けた様子はなかった。
「ということは、ユフィはイルゼ殿に近寄らせられないのか」
「そうね。ユフィには私の治癒魔術もかかってるし。これが解けるのは彼女の命に関わるかもしれないもの」
ユーフェミアにリアノーラの治癒魔術がかかっているのは本当だ。リアノーラの魔術の質的に、本当は治癒術はあまりそぐわないのだが、ユーフェミアのために覚えた。
「ま、もっと契約を強めれば別だけど。そうするとリバウンドが怖いんだよねー」
魔術の師匠にも絶対にするなと言われた。魔術は契約が強いほど強く働く。多少の犠牲はつきものの魔術だが、その犠牲を大きくするのが魔法契約。あと、恨みなどの負の感情も大きく働く。リスクが大きいほど、反動は大きいのである。まさにハイリスクハイリターンだ。
「それ、絶対するなよ」
「善処はするけど……でも、私が一番怖かったのはファルシエのコーデリア女王かな。魔力は大したことなかったけど、さすがは軍事大国の女王って感じ」
「ああ」
アルヴィンもうなずいた。ファルシエのコーデリア女王。見た目は、赤毛のおっとりとした感じの美女だったが、隙がなかった。おそらく、全盛期のアルヴィンと互角ほど。絶対に戦いたくない。
「あの人、魔術師殺しではないけど、魔術破壊ができるわよ」
「魔術破壊か……だが、お前なら斬られる前に魔術を発動できるだろう」
魔術破壊と呼ばれるこの技術は高度技術だ。剣で発生した魔術式を斬るのである。正確に魔術の構成式の中核を斬らなければならないため、精神力と動体視力、反射速度、剣の腕の正確さが問われる。この方法なら、魔力がないものでも魔術師に対抗できる。だが、接近戦になるため、魔術師の懐に入らなければならない。
「そりゃできるけど。神経削るからいやなのよね。ま、考慮しておくけど」
「結構簡単だからな、あれ」
そういわれて、リアノーラはアルヴィンに思いっきり突っ込む。
「そんなわけないでしょ! お父様とユフィが特殊なのよ!」
リアノーラの父と姉は異常だった。反射速度が半端ないのである。特に父の剣の速さは半端ではなく、ユーフェミアと二対一でも勝てたためしはない。魔術の発動速度に自信のあるリアノーラでも、父の魔術破壊をかいくぐったことはない。
「魔術は万能じゃないものね! これからは魔術を常に発動しておこうかしらね!」
リアノーラは怒って立ち去ろうとする、だがまたアルヴィンが呼び止める。
「リア」
「なによ」
「決して無理はするな。力はできるだけ隠せよ」
ユリシーズと同じ忠告をされて、リアノーラは振り返って微笑んだ。
「わかってるわよ。危険に飛び込む趣味はないもの」
それでも、リアノーラはナイツ・オブ・ラウンドに変わりはない。いざという時は危険に飛び込むのだろう。
「危険って、何かあるんですか?」
人のよさそうな笑みを浮かべた青年が近づいてきた。リアノーラとアルヴィンの脳裏に、同じ言葉がよぎる。
こいつ……いつから。
「お2人は親子なんですか。よく似ていらっしゃる……」
黒髪に明るい茶色の瞳。見た目は優しげな青年だが、内情は違う。彼はセレンディの王子パトリス。黒いうわさが絶えない。年は姉のユーフェミアと同じくらいか。
『リア、気づいたか』
『いえ』
聞こえないほどの小声で端的に言葉を交わす。リアノーラの探査能力は高い。しかし、アルヴィンとの対話に集中し過ぎていた。それに。
この男……気配を隠すのがうまい。気配絶ちだけなら、リアノーラよりも上。後ろから襲いかかられたら怖いな。
「フェアファンクス宰相もかつては王宮近衛だったとお聞きしましたが……」
「昔の話です。それより、どうなさったのですか、パトリス殿下」
アルヴィンがあからさまに話を逸らす。リアノーラは口を閉ざし、父に任せることにした。
「それが……あまりにこの神殿が立派なもので見惚れていたら、おいて行かれてしまいまして」
リアノーラは少し顎を引く。こちらもあからさまなウソである。
「そうでしたか。私どもがご案内しましょう」
「ありがとうございます。よかった」
ほっとしたように見せかけ、成り行き上パトリスはアルヴィンとリアノーラについてくる。宰相のアルヴィンは知っていたが、パトリスはリアノーラを認識していなかったようだ。当然である。彼女はナイツ・オブ・ラウンドの1人にすぎない。
「あなたのお名前は? お聞きしても?」
お聞きしても、というか、ナイツ・オブ・ラウンドのリアノーラには答えるしか道はないのだが。
「ナイツ・オブ・ラウンド第10席を賜っております、リアノーラ=フェアファンクスと申します」
「へぇ、リアノーラさん。しばらくよろしくお願いします」
「いえ。仕事ですので」
リアノーラは当たり障りなく答える。幸いにもリアノーラはナイツ・オブ・ラウンド。必要以上のことをしゃべる必要はない。
「この国の近衛は美人が多いですね。うらやましい」
「陛下によると、見た目で選んだらしいですからね」
リアノーラが黙っていても、アルヴィンが対応してくれる。父は決して社交的ではないが、パトリスはさも楽しげに表情を装っている。
「ああ、殿下。突然いなくなられたものですから、心配しました」
「僕を置いて行ったのは君たちじゃないか」
寄ってきた従者にパトリスは悪気無げに言い返した。そのまま彼についていくのかと思えば、くるりとリアノーラを振り返った。パトリスがリアノーラの手を取った。リアノーラの反射神経をもってすれば手を取らせないことは可能だったが、それは非礼に当たる。義務感が勝った。
「リアノーラさん、あなたに会えただけでも、僕はこの国に来た甲斐がありました」
「あ、あの……」
リアノーラは本気で物怖じする。動揺することなどほとんどないリアノーラだが、さすがにちょっとひるむ。
「また夜のパーティーでお会いしましょう。その時はよろしくお願いします」
とったリアノーラの指に口づけ、パトリスは満足そうに去っていく。
「リア。作戦会議だ」
しばらく硬直していたリアノーラはいつの間にか合流していたユリシーズに呼びかけられた。去り際にアルヴィンにポン、と肩をたたかれる。
「うまくやれよ」
父までそういうのか。娘の心配はいいのか。ウェンディに手を引かれながら、リアノーラは顔をひきつらせた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。