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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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魔術師殺し

そろそろネーミングセンスがほしいです。

きらめくシャンデリア。優雅な音楽。着飾った紳士淑女。

そう、ここはパーティー会場。ニクス宮殿にある大広間の一つだ。ローデオル国王夫妻歓迎のパーティーである。ナイツ・オブ・ラウンドの正装である翡翠色のマントに身を包んだリアノーラは、シルバーブロンドを輝かせ、蒼いドレスに身を包む美女のそばに立っていた。


「ソフィア王女殿下。どうか私と一曲」

「いや、僕と一曲お願いします」


 貴公子たちがリアノーラの護衛対象ソフィア王女に言い寄る。ソフィアは嫌そうな顔を笑顔の仮面で見事に隠し、優雅な声音で言う。

「申し訳ありません。今日は体調が思わしくなくて……」

 そういうことになっているのだ。影武者のユーフェミアが倒れたから。体調不良は誘いを断るにも便利だ。

「そ、そうですか……」

 たいていはこうして引き下がるが、中にはしつこい奴もいる。

「では、座ってお話でもいかがでしょう? とっておきの話があるんです」

 白い手袋をした手を握られ、ソフィアは必死に困った表情を作った。きっと、この表情の下は怒りに満ちているに違いない。下心が見え見えの男に誘われてもうれしくない。

「せっかくですけど……」

「いえ、ぜひ。お手間は取らせません」

 王女ともなると、こういう輩が多いのだ。しかも、ソフィアは次期女王。女王の夫の座に納まれば左団扇。身内の出世は思うまま。……などと考えているのだろう。そんなわけない。宰相の父が阻むに決まっている。父がいなくても、リアノーラが阻んでみせる。

 ここらが限界だろう。できるだけソフィア本人に対処させるように命令を受けているが、あまりにしつこいものは追い払うようにとも言われている。リアノーラはさりげなくソフィアの前に出た。


「メレディス伯爵子息殿。王女殿下が困っていらっしゃいます。今日のところはお引き取りを。また後日、殿下の体調がよろしい時にお声をかけてください」


 メレディス伯爵の子息と目があった。リアノーラはおっとりとほほ笑む。なるべく無害なふりをしろ、というのがユリシーズからの命令だった。ちなみに、命令内容はエリスと同じらしい。おかげで、アンドリューから『無害そうな2人組』と呼ばれている。別にいいけど。本当は無害じゃないから。要するに、優しげな容姿を活用しろということだろう。ちなみに、エドワードが混ざると『礼儀正しいだろう3人組』、さらにアンドリューが混ざると『人当たりのいい4人組』になるらしい。すべてアンドリューの弁である。

 リアノーラはただにこにことほほ笑む。天然なのか、腹黒いのか迷うところだろう。年下で女で騎士でも、リアノーラは公爵令嬢。しかも、宰相アルヴィンの次女。伯爵の子供風情が下手にちょっかいかけられる相手ではない。

「……そうですね、失礼いたしました。ではまた後日、お誘いさせていただいてもよろしいでしょうか」

「ええ。楽しみにしています」

 ソフィアは、見た目だけなら完璧な貴婦人だった。

 メレディス伯爵の子息はリアノーラに一瞥くれて、それからその場を去っていった。これが、さっきから何度も続いている。

「助かったよ、リア」

 ソフィアにいつもの口調で礼を言われ、リアノーラは肩をすくめる。

「ま、私たちはそのためにいるんだし……っていうか、ジェームズはどこに……」

 ソフィアをエスコートしてきたのはジェームズだった。リアノーラはただのお飾りのはずだったのだが、ちゃんと仕事をしている。いや、ある意味それが一番正しいのだが。男と一緒でも、それが兄弟で王子なら余計に人が寄ってくる。

 ちなみに、マリアンヌはリアノーラの弟のクリストファーと一緒のはずだ。さらに母のディアナがついているはずだから、あちらは大丈夫。今年で40のディアナは、美人で、懸想する人もまだ多いらしいが、彼女の夫はアルヴィン。フェアファンクス公爵にして元ナイツ・オブ・ラウンド最強の騎士にして現宰相の堅物。手を出そうなどと考える人はいないだろう。


「まあ好きにすればいいけどさ。あ、どうせならリア、私と踊る?」

「いやよ」


 笑顔でとんでもないことを言うソフィアに、リアノーラは間髪入れずに返した。自分より背の高い女性と踊るのは遠慮したい。リアノーラはシークレットブーツを履いているが、ハイヒールを履いているソフィアの方が若干背が高かった。

 ナイツ・オブ・ラウンドは、乞われて踊ることもある。役柄上、どうしても男性パートになるが、リアノーラはさすがに男のパートを踊れない。リディアとウェンディも踊れるらしいが、実際に踊ったことはないらしい。逆に、エリスは女性パートで踊れるらしい。

「そんなこと言ってないで……ん?」

 不意に首筋に視線を感じ、リアノーラは周囲を見渡す。しかし、不審なものは見つけられず、リアノーラは眉をひそめて首筋に手を当てた。それを不思議そうにソフィアが眺めていた。

「どうかした?」

「う~ん……いや、たぶん勘違い……」

 だといいなぁ。魔女であるリアノーラは、気配に敏感だった。いや、魔術師でなくても敏感なものは敏感だが。しかし、視線を向けられるほど憎まれている覚えも、思われている覚えもない。どういうことだろう。よっぽど浮いているか、ソフィアの隣にいるからだろうか。いくら騎士の格好をしていても、よほど気合を入れて変装しない限りは、リアノーラは男には見えないと思うだが。アルヴィンに似ているといわれる割に、リアノーラはお嬢様顔なのである。


「ああ、いた。リア」


 明るく呼び掛けられ、リアノーラとソフィアは同時にそちらを向いた。絶世の美女……に見えるナイツ・オブ・ラウンドのエリスが手を振ってこちらに向かってきていた。彼が歩くと、周囲はさっとよけた。

「どうしたの。何かあった?」

「うん、ちょっと」

 エリスはリアノーラに囁く。

「あっちの壁際にけが人がいるんだ。行ってくれない? ソフィア様には私がついてるから」

 リアノーラはソフィアを見た。ソフィアが笑ってうなずいたのを見て、リアノーラはそっとその場を離れた。美人なエリスがいれば、リアノーラといるよりも声をかけられにくいだろうし。

 リアノーラはエリスの示したほうに向かう。何人か人が集まっていたので、割とすぐに見つかった。

「こんにちは」

 パッとリアノーラの方に多くの顔が向いた。ナイツ・オブ・ラウンドの白い礼服に身を包んだリアノーラを見て、驚いた表情になる。フェアファンクス公爵家の次女が魔術師であることは知られている。魔術師が減った世界では、魔術師はどうしても目立つのだ。

 ただ、リアノーラの外見を見て彼女がフェアファンクス公爵家の次女であるか判別するのは難しいだろう。ユーフェミアのように、ソフィアとそっくり! などということはないのだ。

 前振りが長かったが、昨日ナイツ・オブ・ラウンドになったリアノーラは認知がないのだ。この人だれ、という表情で見られている。ドレスを脱いで騎士服になると、意外とだれかわからなくなるものだ。

「えーと。第10席のリアノーラです。けが人がいるって聞いたんですけど」

 騎士服を着ていても無害そうな外見は変わらず、全員はほっとしたように笑みを浮かべた。奥に座っている少女を示した。リアノーラと同じくらいの年ごろ、濃い金髪で典型的な美少女である。

「少しよろしいですか」

「あ、はい」

 と少女は清潔な布がまかれた腕を差し出した。ところどころ血で汚れている。手当はされているようだが……。

 何がどうしてこうなったのだ。

 リアノーラは少女の手に掌をかざす。ほんのりと銀色の光が掌にあふれる。小さな声で呪文を呟く。

「……え?」

 少女が小さな声でつぶやく。いま、リアノーラの治癒術によって布の下の傷口がふさがっていっているはずだ。要するに、痛みも引いていくのである。

「はい、終わり。どうですか?」

 にっこり笑ってリアノーラが問うと、少女は大きな瞳でリアノーラを見つめ返した。断ってから、布を外す。

「な……っ」

 まだ腕に血がこびりついていたが、傷は跡形もなかった。通常の医療では跡が残っただろうが、リアノーラの医療は魔術だった。

「すごい……ありがとうございます!」

 うれしそうに礼を言う少女に首を振り、リアノーラも微笑む。魔術という要素が希薄化してきている現代、魔女としてのリアノーラは敬遠されることが多い。だから、こうして素直に礼を言われるのは珍しく、うれしかった。

 万能だなぁ、と誰かがつぶやくが、魔術とて万能ではない。リアノーラの治癒術はこうした切り傷を癒せる程度で、折れた骨をくっつけることなどは不可能だ。治癒術師としてのリアノーラの能力はさほど高くない。

 用事の終わったリアノーラは、ソフィアに合流すべく着飾った貴族たちの中に足を踏み入れる。探しながら歩いていると、ふと父の姿が目に入った。マクシミリアン2世とフィリーネに捕まっていた。近くに母とクリストファーたちの姿はないから、アルヴィンは彼女たちを逃がしたらしい。

「気になりますか?」

 低めに響く声に、リアノーラは落ち着いて振り返った。目に入ったのは、ローデオルの騎士の礼服を着た背の高い女性。明るめの茶髪に、翡翠色の切れ長の瞳が眼鏡の奥で輝いている。なんちゃって騎士のリアノーラにはない、騎士らしい気迫がある。名前は確か。


「イルゼ様」

「ローデオル近衛騎士、イルゼ=ウェルフェルト公爵です。よろしく」


 騎士の礼をしながらイルゼに言われ、リアノーラもアルビオン風の礼を取った。

「失礼しました。アルビオン近衛、ナイツ・オブ・ラウンド第10席リアノーラ=フェアファンクスです」

 昨日、リディアやエドワードに散々叩き込まれた騎士のふるまいだが、やはりつけ刃ではどうにもならないらしい。イルゼの騎士らしい身のこなしには目を奪われた。

「妹が迷惑をおかけしているようで」

「妹?」

 リアノーラは首を傾けた。イルゼの妹も来国しているのだろうか。イルゼは笑みを浮かべて、アルヴィンと話しているマクシミリアン2世の方を見た。

「マクシミリアン2世の王妃フィリーネは、私の妹なんです」

「え!?」

 驚いた。リアノーラは目の前にいる長身の女性とマクシミリアン2世の隣で楽しげにアルヴィンに話しかけている(父に話しかけられる彼女はすごいと思う)フィリーネを見比べた。


 ……似てない、な。

 本当に似ていない。リアノーラの私見ではないだろう。リアノーラとユーフェミアは言うほど似ていない姉妹である。しかしイルゼとフィリーネに比べればそっくりの姉妹と言われるだろう。

「似てないでしょう?」

「……すみません」

「いや、事実だから。同じ母親と父親から生まれているんですけどね」

 あはは、と気軽に笑うイルゼに、リアノーラはひきつった笑みを浮かべた。イルゼは文官らしい外見にそぐわない騎士のような雰囲気を放ちながら、それでいておっとりした笑みを浮かべた。

「面白い方ですね。おそらく、騎士になってから日が浅いでしょう。若いし」

「……」

 えへ、とやってやろうかと思ったのを何とかこらえる。日が浅いも何も昨日騎士の誓いをしたばかりだし、正式なものはしていない。それに、年だってまだ16歳。ナイツ・オブ・ラウンドでは最年少になる。

「図星ですか? これでも、見る目はあるつもりなんですよ」

「……まあ、急遽選ばれたことは認めます」

 隠しても仕方がない、とばかりにリアノーラは認めた。イルゼはおかしそうに笑う。

「素直な人ですね。でも、その年でナイツ・オブ・ラウンドに選ばれるんですから、腕はいいのでしょうね」

 ……嫌味だろうか。しかし、彼女が言うと嫌味に聞こえないのが不思議だ。しかし、発言はまるっきり嫌味である。

 おそらく、イルゼは凄腕の剣士だ。女の身でありながら、公爵かつ王の護衛を任されているのだから、有能であることは否めないだろう。ローデオルのウェルフェルト公爵家は騎士を排出する家としても有名だ。

「……私は剣の腕で選ばれたわけではありませんから」

「そうなのですか? ……確かに、ユリシーズ殿なんかは、戦闘力より頭で選ばれた感じですね」

 やっぱりわかるのか。それでも並みの騎士ぐらいの実力はある。リアノーラだってそうだ。そうでなければ、いくら頭がよかろうが魔術がつかえようが、ナイツ・オブ・ラウンドになることはできない。ブライアンやエドワードの実力が抜きんでているから、ユリシーズたちの腕が目立たないだけだ。

 イルゼと2人で見つめていたのに気が付いたのか、ユリシーズがこちらに向かってきた。今日も厳しい表情だ。彼を見ていると、何となく姉のユーフェミアを思い出した。彼女は大丈夫だろうか。


「イルゼ殿。リアが何か」

「いえ。楽しくしゃべらせてもらっていただけですよ」


 イルゼはユリシーズと同じくらいの年だろうか。20代前半から半ばといったところだろう。文官っぽいのに武官である2人が並んでいると、少々不思議な感じがした。

 イルゼがマクシミリアン2世に呼ばれ、彼とその王妃の方に向かって行く。残されたリアノーラとユリシーズはその背を見送った。と、ユリシーズが身をかがめてリアノーラに囁く。


「リア。彼女……イルゼ殿は魔術師殺しだ」


 ユリシーズの唐突な言葉に、リアノーラは目をしばたたかせた。

「え、魔術無効化体質ってこと?」

「その通り」

 魔術無効化体質、通称魔術師殺し。かつては魔術師に対抗する手段として広く知られ、優遇されたが、魔術が薄れた現代ではあまり有用性のない体質だ。いわゆる特異体質に分類され、魔術、魔法に属するいかなるものもその体質を持つ者には通用しない。その無効化の力が強いものに関しては、自分に聞かないだけではなく、その周囲にまで影響を及ぼすという。つまるところ、リアノーラの天敵だ。

 リアノーラは現代で数少ない魔術師だ。剣の腕も悪くはないが、どうしても魔術に目が行く。イルゼが近くにいれば、リアノーラの力は発揮できないことになる。

 もちろん、魔術を無効化する魔術も存在する。どちらかというと、無効化するのではなく相殺するのだが、魔術師殺しはそれとはわけが違う。

「だから、リア。彼女の前ではお前は無力と言って差し支えない。エドかエリスと一緒にいろよ」

「りょーかい。っていうか、魔術大国の公爵が魔術師殺しなのね……」

「そこは何も言うな」

 魔術師殺しも魔術師の一種とみる人もいるが、実際のところはただの特異体質であり、たとえばソフィアが銀髪なのと何ら変わりはない。イルゼが近くにいると、魔術大国の魔術師でさえ、手出しができなくなるのだろう。

 もしかして、だからこそ今回の護衛役に抜擢されたのかもしれない。魔術師集団《暗黒のカネレ》が狙っていると考えるのならば、その対抗策として魔術師殺しを採用するのは自然なことだ。

 というかソフィアだ。エリスに押し付けたままになっている。曲がりなりにもリアノーラは彼女の護衛なので、早く合流しなければ。

「リアっ」

 聞いたことのある声に愛称を呼ばれ、リアノーラは思わずきょろきょろした。そんな彼女に、落ち着いた青のドレスを着た背の高い令嬢が近づいてきた。


「ん、ベリティ」

「げ」


 ユリシーズの妹、ベアトリックス。リアノーラの友人でもある。伯爵令嬢である彼女がこの場にいてもおかしいことはないのだが――。

「やっぱりお前か!」

「わーっ」

 ベアトリックスに発見されたリアノーラは悲鳴を上げる。

「なんでお前がナイツ・オブ・ラウンドやってるんだ!」

 ベアトリックスにいたいところを突かれまくり、リアノーラは彼女の兄であるユリシーズの後ろに隠れた。ベアトリックスが長身だから当たり前だが、ユリシーズもかなり背が高い。

「落ち着け、ベリティ。リアは臨時騎士だ」

「はあ? 臨時?」

 ベアトリックスは兄を見上げて首をかしげた。まあ、彼女でなくともこんな反応になるだろう。自分でも臨時ってなに? という感じだ。

「そう、臨時だ。式典にナイツ・オブ・ラウンドの人数が足りなくては恰好がつかないだろうということで、急遽頼んだんだ」

 ユリシーズの説明を聞き、納得したかはともかく、ベアトリックスは声を低めた。

「ナイツ・オブ・ラウンドって、上限12人だよな。9人しかいなかったから、リアのほかにも2人、引っ張ってきたのか?」

「ほかの2人は、騎士学校卒業したてだ」

「……」

 ベアトリックスの顔に、それで大丈夫なのか? という疑問がありありと浮かんでいた。リアノーラ自身もちょっと心配である。大丈夫……というか、いいのだろうか、これで。

「いいんだ。よっぽどのことがない限り、対処は可能だ」

 ユリシーズの発言に、今度はリアノーラも沈黙した。臨時騎士のリアノーラたちは戦力にならないといわれているも同然である。ああ、否定できないことがかなしい。

「ユーリさん。ああ、リアも一緒か」

 エドワードが人ごみをかき分けて近づいてくる。ナイツ・オブ・ラウンドの指揮を執っているのは、事実上第2席のユリシーズで、報告はまずすべてユリシーズに上がってくる。

「っと、失礼。ナイツ・オブ・ラウンド第6席エドワード=リプセットと申します」

 エドワードがベアトリックスの手を取り、指に口づける。騎士の型にはまった挨拶である。場合によっては、リアノーラもこの挨拶をすることになる。

「こんにちは。ベアトリックス=ウェルティです」

 令嬢として慣れたしぐさでベアトリックスがそれを受ける。ちらりとリアノーラの方を見たが、なぜ見られたのだろうか。

「ユーリさん、ちょっと」

 エドワードがユリシーズを手招く。遠回しに拒否されたリアノーラはむくれた。だが、こちらも仕事がある。ソフィア王女の警護が仕事なので、ベアトリックスに別れを告げ、ソフィアを捜しに行った。



ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




――――以下、小話。別に読まなくても大丈夫です――――



翌日、リアノーラは疲れた体を押して学校に向かった。ユーフェミアは元気になっていたが、大事を取って休むことにした。

「リア、おはよ」

「ああ、おはよう」

 アレクシアに声をかけられ、リアノーラは疲れた笑みを浮かべた。

「どうしたの。顔色悪いよ」

「……いろいろあって、徹夜なの」

「……ご苦労様」

 アレクシアが合掌してそういった。ホームルームの教室に入り、適当に席に座る。すでに教室には数人の生徒がいた。

「リア、アレク、おはよう」

 手を振ってくる同級生に、2人も答えた。

「今日も宮殿に行くの?」

 アレクシアに尋ねられ、リアノーラはうなずく。

「まあね。しばらくは学校から直行かな」

「大変だよね」

「他人事じゃないわよ。アレクにも手伝ってもらうからね」

 アレクシアはかわいらしい顔に人の悪い笑みを浮かべる。

「火力バカでよければお手伝いするわよ。バイト料は弾んでね」

「それ決めるの、私じゃないわよ」

 いくらナイツ・オブ・ラウンドになっても、そればっかりはリアノーラたちに決定権はない。決めるのは雇う側になる国王だ。

「伯父様なら、弾んでくれると思うけど」

「……そういわれると、リアは貴族だったのねって思うのよ」

 まあ、確かに王家と血のつながる珍しい上流貴族だけど。

「今時貴族なんて、あって無きが如しよ。実質的に国を動かしてるのは議会だし」

 王制も問題があるが、議会制にも問題はある。基本的に多数決で決められるため、決定までに時間がかかるのだ。さらに、少数派の意見は黙殺されることになる。現在、議会は紛糾しているはずだ。リアノーラ以下、第10席以降のナイツ・オブ・ラウンドは臨時の仮採用であり、本採用にするかは議会の決定次第だ。

「あんた、宰相の娘でしょ」

「そうだけど……宰相がすべてを決めるわけじゃないわ」

 宰相がすべてを動かしているわけではない。それに、アルヴィンは元ナイツ・オブ・ラウンドだ。若干能力が疑われている節がある。別に武官が頭が悪いわけではないっつーの。

「おっはよー。リア、アレク」

 今日もテンション高く祥子が挨拶をした。朝っぱらから元気である。三つ編みにした黒髪をなびかせて、祥子が近づいてくる。

「リア、テンション低いわね」

「あんたが高いんだろ」

 冷静につっこみを入れると、祥子はニコッと笑う。

「ねえねえ。今度遊びに行こう」

 祥子の誘いに、リアノーラは言った。

「ごめん。しばらく時間ないわ」

「ええっ。リアの誕生日サプライズがあるのに」

「私の誕生日はもう終わってるわよ。祥子はその頭をもっと有効的に使いなさいよ」

 祥子は間違いなく、ベアトリックスを含めた4人の中で一番頭がいいだろう。数学が苦手なのが玉にきずだが、文学にかけての才能は抜きんでている。

「まじめにやってたら疲れるじゃん。それより、式典後でも駄目なの?」

「ん、そう。ちょっといろいろ巻き込まれて……」

 ほんとにどうしてこうなったのか。いざとなったらベアトリックスや祥子の力を借りることになるかもしれない。

「あんたも大変ねぇ。式典は私も見に行くからね」

「……」

 来るのか。来たらリアノーラがナイツ・オブ・ラウンドであることがばれる。式典には身元がはっきりしていれば見ることはできるから、祥子やアレクシアも入ることができるだろう。

 あらかじめ、話しておくべきだろうか? それとも、驚かすべきか。

「あ、3人とももういるのか。おはよう」

「おはよう」

「いつにもましてギリギリね」

 アレクシアと祥子がにっこり笑って言う。リアノーラは軽く手を上げてあいさつした。いつもベアトリックスはぎりぎりに登校してくる。今日もベアトリックスが教室に入ってきたところでチャイムが鳴った。

「……リアも来てるんだな」

「いや、出席日数が……なんでもないわ」

 ちょっときまりが悪いリアノーラは口調を濁らせる。アレクシアと祥子が不思議そうに2人を見た。

「どうしたの?」

「何でもないわ」

 ベアトリックスが何か言う前にリアノーラは言い切った。折よく先生が入ってきたので、会話は中断された。

 あとでちゃんと説明しなければ……そう思うが、気は重かった。


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