表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
6/77

ローデオルの国王

いつもより短めです。なんというか、補足的な部分のある話なので、読まなくても話は分かるはずです。ていうか、読んだらよりわからなくなるかも……。

 ソフィア王女の影武者ユーフェミアと、ナイツ・オブ・ラウンド第10席リアノーラの父である宰相フェアファンクス公爵のアルヴィンは、チャールズ4世の隣に座っていた。

 選挙で公平に宰相に選ばれたアルヴィンは、5年前まではナイツ・オブ・ラウンドに所属していた。先王ウィリアム3世の時だ。第1席はそのころから変わっていない。アルヴィンは第2席で、アルビオン最強の騎士と言われていた。

 フェアファンクス公爵家は代々騎士を輩出している。一度血筋が途切れ、エリザベス女王と王婿エリアルの息子を当主に迎えた時から公爵である。エリアルはフェアファンクス家の出身だが、その当時は侯爵家だった。エリザベスもエリアルもナイツ・オブ・ラウンドに所属した優秀な騎士で、官吏としても優秀なものを輩出していた。だから、騎士をやめたアルヴィンが官吏に転向してもおかしなことはない。しかし。

 なぜよりにもよって娘がそろって近衛になるのか。次女のリアノーラに至っては現役ナイツ・オブ・ラウンドだ。おそらく、ソフィアが即位してからもナイツ・オブ・ラウンドを続けるだろう。長女ユーフェミアはその次期女王陛下の影武者。確かに彼女を送り込んだのは自分だが、それを追ってリアノーラがナイツ・オブ・ラウンドになるとは。確かに彼女は今時珍しい魔女で、使い道は多いだろう。しかし、リアノーラ自身が承知しないと思っていたのに。


 そう。アルヴィンは確かにリアノーラに甘い節があった。それは、5年前のことに起因する。


「ちょっとアル。顔がこわばってるわよ」

 ディアナに囁かれ、アルヴィンはため息をついて少し表情を和らげた。すると、驚いたことに部屋の空気もやわらかくなる。……なんなんだ。そんなに怖い顔をしていたか? 次女リアノーラに「黙ってるだけで睨んでいるように見える」と言われたアルヴィンは、娘の言葉が正しいことを証明された気がしてちょっとショックだった。

 この会議室はニクス宮殿にも一つしかない、覗き見傍聴不可能な部屋だ。どの国の王宮にも一部屋はあるらしい。今はめずらしい魔術を使って密室化された部屋だ。維持が難しいのだが、最近はリアノーラが定期的に点検している。

 その部屋に、ローデオルのマクシミリアン2世、フィリーネ王妃、護衛のイルゼ=ウェルフェルト女公爵、アルビオンのチャールズ4世、アンジェラ王妃、ジェームズ王子、宰相アルヴィン、国王妹にして公爵夫人ディアナが集っている。さらに、ナイツ・オブ・ラウンド第1席のフランクリン=ファウラー、第2席のユリシーズ=ウェルティ、第3席のリディア=スペンサー、第4席のブライアン=ミューアもいる。

 なんでも、マクシミリアン2世が内密の話があるとのことだ。本当ならソフィアも同席したはずだが、『ソフィア王女』だったユーフェミアが倒れたので、部屋に返された。まだ幼い息子のクリストファーとマリアンヌ王女は追い出した。どこかで愚痴を言い合っているだろう。

「申し訳ありません。どうぞ」

 アルヴィンはとりあえず謝り、話を促す。こわばった笑顔を浮かべたマクシミリアン2世は、じゃあ……と口を開く。

「突然来国してしまい、申し訳ありません。どうしても、セレンディの代表がこちらにいらっしゃる前にお伝えしたいことがありまして」

「セレンディの?」

 ジェームズが首を傾けた。彼は王子でマクシミリアン2世は国王だが、年は一つしか違わない。不思議な感じだ。

「ええ……実は、セレンディ王が幽閉されました」

「幽閉!?」

「聞いているか?」

「いえ……報告には少なくとも上がっていませんね」

 チャールズ4世に尋ねられ、アルヴィンはそう首を左右に振った。叫んだジェームズは罰悪そうに押し黙る。

「表向きは病で伏していることになっています。それも、外には洩れないように情報統制しているみたいですね」

 先ほどまでの甘く柔らかい印象の見えないまじめな表情でマクシミリアン2世は言った。


「詳しいことはわかりませんが、セレンディ王の息子パトリス王子が父親を幽閉したみたいですね。こちらも伏せられていますが、暫定王位継承権第1位である姉のレオンティーヌ王女は行方不明です」

「………」


 アルビオンの面々は押し黙った。どこかで聞いたころがあるような話だ。

 どこで聞いたもなにも、アルビオン史でみんなが必ず習う出来事。通称『アルビオン内乱』。ウィリアム王が甥のケンドール公爵に討たれ、当時のエリザベス王女が国外逃亡し、クーデターし返した事件。魔法大戦に参加しなかったアルビオンでは、この一連のクーデターが時代の転換期だといわれている。

 その話と、どこか似ている気がした。

「それが、我々に何か関係あるのですか?」

 アルヴィンが尋ねる。アルビオンと関係があるとは思えないのだが。島国であるアルビオンは、先の大戦にも巻き込まれなかったくらいだ。セレンディは大陸に位置し、半島に存在するローデオルと、大陸側で唯一国土を接している国だ。ローデオルが関係あるのはわかるが、はっきり言って、アルビオンに関係があるとは思えない。


「そうですね……《暗黒のカネレ》って、ご存知ですか」

 マクシミリアン2世が発したその言葉に、アルヴィンは不覚にもぎくりとした。知っているも何も。

 5年前、チャールズ4世の戴冠式前に、アルヴィンは次女リアノーラとともに《暗黒のカネレ》にかどわかされたことがある。正確には、かどわかされたリアノーラを、当時現役の騎士だったアルヴィンが追いかけたのだ。

 《暗黒のカネレ》は危険魔術師集団である。最近数が減り、ないがしろにされ、さらには迫害を受けている魔術師たちが集い、一つの組織となった。基本方針は国家への自分たちの有用性アピールであるが、そのアピール方向が間違っていたり、アピールから国家転覆をたくらむものまで多く所属しているのが特徴だ。本部はレイシエリル大陸の北部にあるらしいが、まだ発見されていない。

 自分たちが暗殺や戦争につかえることをアピールするために人殺しをするもの、拷問をするもの。国家転覆のために権力者にすり寄るもの。様々だ。本来の名は《カネレ》のみだったのだが、俗称として“暗黒の”がつくようになった。初期はまだ普通の組織だったと聞く。しかし、最近行動が過激になってきていた。

「……《暗黒のカネレ》がどうしました?」

 チャールズ4世がこちらを気にしながら尋ねた。アルヴィンは小さく顎を引き、話を続けるようにうなずいた。少し、リアノーラがいなくてよかったな、とほっとする。

「その《暗黒のカネレ》が、セレンディの事件の裏にいるようです。彼らがこの国を狙っているのではないかと」

 マクシミリアン2世の言うことは割と現実的だった。大きなイベントがあると、暴動を起こしやすい。アルビオンは早くに科学が発展したため、魔術が衰えるのが速かった。魔法が荒廃したこの国は、確かに魔術師にとって乗っ取りやすい土地と思われる。

 一方で、《暗黒のカネレ》は戦力となる魔術師を捜している節がある。そういう点では、リアノーラやその友人たるアレクシアは『戦力』となりうるだろう。……彼女らが狙われる可能性があるわけだ。

「その情報はいったいどちらで?」

 チャールズ4世が突っ込んで尋ねる。確かに、『伏せられている』情報をどうやって手に入れたのだろう。間諜がいても、そう簡単に手に入れられるものではない。

 マクシミリアン2世はニコリと魅惑の笑みを浮かべると、こともなげに言う。

「独自のパイプというのは意外とどこにでもあるんですよ。例えば、このイルゼとか」

 と、話を向けられたイルゼは困惑気味に笑みを浮かべている。眼鏡をかけた理知的な印象の強い女性だ。護衛らしいが、確かに情報戦の方が得意そうな雰囲気だ。

「彼女の情報網は侮れません。わが王家の軍師として、国境にいろいろな『仲間』を持っていたりするんですよ」

 あくまで、方法は教えないわけか。イルゼも苦笑するだけで口を閉ざしたままだ。ウェルフェルト公爵家はローデオルの軍師一族として名高い。自らも剣技を磨き、騎士としての側面も持つと聞く。エリザベス女王が亡命したときに世話になったのもウェルフェルト家で、彼らは王家の影だといわれている。その際、エリザベス女王はウェルフェルト家に一時的に弟子入りしたらしく、エリザベス女王の息子が再興したフェアファンクス公爵家の剣術は少しウェルフェルト家のものに似ているといわれている。

 しかし、その情報が本当なら警戒しなければならない。まさか護衛する側が護衛されることになるとは思いたくないが、まあ、リアノーラはユーフェミアのそばにいるし、大丈夫だろう。アレクシアはやはり、リアノーラとともにいてもらった方がいいかもしれない。

「……とりあえず、情報をありがとうございます。このアルビオン滞在を楽しんでいただけるように、《暗黒のカネレ》には十分注意しましょう」

「ええ。楽しみにしております」

 チャールズ4世とマクシミリアン2世はそういって笑いあった。何事もなかったかのように。

 マクシミリアン2世は意外と、大物になるかもしれない……アルヴィンはマクシミリアン2世に対する見解を少し改めた。島国アルビオンから最も近いローデオルの新しい国王が聡明なのは都合がいい。特に、ちょっと頭が軽そうに見える賢王は最高だ。

 アルヴィンはこれから忙しくなる。騎士団に命令を下すのは宰相だ。信頼できるものを見つけなければならない。何しろ、《暗黒のカネレ》はすでにアルビオンの宮廷に侵入をはたしているかもしれないのだ。だれが彼らの手のもので、どこから情報が漏れるかはわからない。実際に、リアノーラが誘拐されたことがある。


 そして、ナイツ・オブ・ラウンドのリアノーラにもこの情報が伝わるのだと思うと、少し古傷が痛む気がした。



* + 〇 + *



 傍聴覗き見不可能、鍵がなければ侵入不能の鉄壁の防護を持つ会議室、通称『魔術の間』の前で、エドワードたちナイツ・オブ・ラウンドは警護をしていた。いるのは7人だ。中にいるフランクリン、ユリシーズ、リディア、ブライアンと、『ソフィア王女』を部屋に送り届けに行ったリアノーラ以外の全員である。

 名前の通り魔術がかかったこの部屋は、どんなことをしても侵入も覗き見傍聴も不可能だ。こうして立っているエドワードたちにも、中の音は聞こえてこない。この部屋は、時々リアノーラが点検している。リアノーラに同行することが多かったエドワードも当然、この部屋をよく訪れていた。

 しばらくぼんやりと立っていると、廊下の向こうから翡翠のマントをひるがえした長身の少女が歩いてきた。リアノーラだ。

「ああ、リア」

「『ソフィア様』は?」

 エドワードと隣にいたクェンティンが尋ねる。ちなみにこの第5席クェンティンは異様に名前の発音がしにくいため、みんなからティニーと呼ばれている。このクェンというのが発音しにくいのだ。

「大丈夫よ、ちょっと疲れが出ただけみたい。今夜のパーティーにも参加するって言ってたわ」

 おそらく、参加するのは影身者ではなく本人だろう。ソフィアの影武者であるリアノーラの姉ユーフェミアは、あまり体が丈夫ではない。おそらく、大事を取って参加させないだろう。

 その時、ちょうど話が終ったらしく、会議室の扉が中から開いた。エドワードたちは頭を下げて中から出てくる人たちを迎えた。

「ああ、君、リアノーラ……だったかな。ソフィア王女は大丈夫?」

 マクシミリアン2世に声をかけられたリアノーラは一瞬驚いた表情になったが、すぐに笑みを浮かべた。

「はい。少しお疲れだったようです」

 その言葉を聞き、チャールズ4世とアルヴィン宰相がほっとした様子を見せる。いや、アルヴィンは表情が読めなかったが。この人はエドワードたちの先輩にあたる。おそらくアルビオンで一番強いであろう剣士なのだが、どうして騎士であることをやめてしまったのだろうか。それはいまだに謎である。

 最後にナイツ・オブ・ラウンドの面々が出てきた。一様に険しい表情で、エドワードたちも表情を引き締めた。


「リディ、ブライアンさん、国王陛下たちを。あとは私とともに事務所に戻るぞ」


 フランクリンではなくユリシーズがテキパキ指示を出す。いつものことだ。エドワードたちはユリシーズについて事務所、というかミーティングルームに向かう。事務所でもあるが、大きな待機室のようにもなっている。待機室やミーティングルームというには優雅すぎるのである。

 一面は鏡、その隣の一面は全面ガラス(防弾)。窓になっているので開けることもでき、外はバルコニーになっている。

 そして、置かれた家具も一級品だ。ソファは革張りでふかふか。絨毯は外国の有名どころのもの。著名な画家の絵が飾ってあり、花瓶は侯爵家の息子であるエドワードにも値段がわからないようなもの(商家貴族のウェンディによると、値段がつけられないものらしい)。正確な事務室は隣だが、その部屋も執務机から椅子から、場違いに高価だ。あれは執務机ではない。

 と言っても、最近はだいぶ慣れたが。

 待機室のソファに全員が腰かけると、ユリシーズはさらりと密談のあらましを話した。この部屋も傍聴ができないようになっているが、リアノーラが話の間、外を警戒していた。こういう時、魔術師って便利だな、と思う。

「《暗黒のカネレ》……?」

 何それ、と言わんばかりにウェンディが首を傾けた。頭が悪いというほど悪くないはずだが、どうにも考えるという行為が苦手な女だ。考えるのを面倒くさがっているともいう。


「……国をまたにかける、危険魔術師集団のことよ。迫害されている魔術師の地位回復をってことだけど……実際は国家転覆をもくろみ、世界征服をしようってやつらよ。目的のためなら、人殺しも拷問もためらわないわ……」


 エドワードの隣に座るリアノーラが低く言った。淡々としたその口調は、思いのほか父親のアルヴィンに似ていた。いつもはにこにこと腹黒く話すリアノーラだから、その言葉はより重く響いた。

「どうしてお前、そんなことを知っているんだ?」

 第12席のハロルドが、リアノーラをねめつけるようにして尋ねた。リアノーラはうろたえもせずにあっさりという。

「本人に聞いたもの」

「本人? お前、《暗黒のカネレ》の仲間なのか?」

「こら。てめぇ何言ってんだ」

 第8席のアンドリューの手刀がハロルドの脳天に落ちた。見た目よりも力がこもっていたらしく、ハロルドが頭を抱えて涙目になった。

「……別によかったんだけど。私も疑ったと思うもの。でも、私が知ってるのはさらわれたからよ、やつらにね」

 エドワードははっとした。5年前。当時11歳だったリアノーラは《暗黒のカネレ》に誘拐された。そのあとを一人で追いかけた彼女の父アルヴィンも捕まったという話だ。最強の騎士も、魔術にはかなわなかったらしい。そのことは、エドワードも聞いたことがあった。今まで、忘れていただけ。道理で聞いたことのある名前だと思った。

 責めるような口調だったハロルドも、リアノーラの言葉を聞いてうろたえた。

「そ、そうなのか……済まない」

「いいわよ、別に」

 リアノーラが素っ気なく言う。成り行きを見守っていたユリシーズは、リアノーラに向かって言う。

「悪いが、リア。今回はお前の協力が必須だ。いいか?」

 12人のナイツ・オブ・ラウンドの中でも、ちゃんと魔法がつかえるのはリアノーラだけだ。ちょっとした肉体強化とか、明かりを作るなどができるものはいるが、魔術として発動できるほどの魔力を持つのはリアノーラのみ。魔術師集団が狙っているのなら、頼りになるのはリアノーラだけと言っても過言ではない。

「でも、セレンディ王の息子が裏にいるんでしょう? 大丈夫なんですか?

 エリスが不安げに言う。何をされるかわかったものではないといいたのだろう。リアノーラが魔女だとわかれば、迷わず彼女を集中攻撃するだろうし。

「……まあ、だとしたらおとりにくらいはなるってことでしょ」

「リア」

 エリスが怒ったようにリアノーラの名を呼ぶ。エリスは見た目によらず怒ったら怖いので、リアノーラもそのまま黙り込んだ。

 ちょうどそこにリディアとブライアンが戻ってきた。中の様子を見て2人は目をしばたたかせる。

「どうしたの、だんまりして」

「何か作戦でも思いついたか?」

 ニヤッと笑い、ブライアンが言う。全員首を左右に振った。

「個人的には、行方不明だっていうセレンディのレオンティーヌ王女が気になるなぁ」

 ウェンディが言った。同じ女性として気になるのだろうか。そう思っていると、クェンティンがうなずいた。

「ああ、確かに……どこに行ったんだろうね」

「でしょ?」

 ウェンディの割には穿ったことを言う。確かに、行方不明というのならばどこへ行ったのだろう。……本当に行方不明の可能性もあるが。うちの王女様なら迷わずに逃げるだろうけど。

 少しの間、全員で考え込んでしまうが。

「まあまあ。私らが考えても仕方がないからなー」

 フランクリンの言葉に、全員もっともだな、とうなずいた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

加筆修正する可能性大です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ