女王の遺言
4章の最後です。
ランディは、大変なことになっている試合会場の修理を手伝っていた。修理と言っても、本格的なものではなく、散乱している瓦礫を運び出す、といったレベルのことだ。
ランディは知らなかったのだが、この反乱は南部の騎士たちによって仕組まれたことらしい。騎士学校の教官や生徒も、何人か参加していたようだ。いくら性格が悪いと言われても、王家につかえるという古代からの教えを守ってきた騎士であるランディには考えもしないことだった。
だから、騎士学校の生徒であるランディがこの作業に加わった時、かなり白い目で見られた。それでも、やらずにはいられなかった。それは、参加しなかったほかの騎士学校の生徒にも言えるようだ。
明後日には、学校に帰る。学校には、すでに事の顛末が知れ渡っているだろう。かつて最強の騎士と言われた宰相は、かなり優秀だと聞いていた。
アルビオンの騎士で、騎士アルヴィンにあこがれないものはいない。ランディの同僚が、彼の娘に向かって放った言葉だ。その通りだ。ランディも、そうだった。
だからこそ、半端ものに見えたリアノーラが許せなかった。そのくせ、騎士の名誉であるナイツ・オブ・ラウンドを賜っている。自分より弱いくせに、と彼女を見下し、世の不公平さを恨んだ。
だが、そうではなかった。国王は、ランディに足りないものがわかっていた。だから、リアノーラを選び、ランディは選ばなかった。今なら、はっきりとわかる。
ランディには、覚悟が足りなかった。戦争を知らなかった。知ろうとしなかった。だから、ランディは駄目だったのだ。
ランディよりも幼いのに、リアノーラはわかっていたのだ。そのことに、愕然とした。いや、愕然としたのは自分の無知に対してである。あの時、リアノーラがかばわなければ、ランディは死んでいた。
果して、あの時立場が逆なら、ランディはリアノーラを助けられただろうか。おそらく、あの時は無理だった。だが、今なら。
今なら――。
「ランディ! 陛下がお前を呼んでるぞ!」
「はあ?」
騎士学校の仲間がランディを呼びに来た。何をわけのわからないことをわめいているんだ。そう思いながら入口の方を見ると、ぎょっとした。本当に国王がこちらに向かってきていた。気づいた人たちが順に頭を下げていく。ランディもあわてて膝をついた。
「君がランディ=コーニッシュだな」
「……左様にございます」
緊張しながら答えた。自分は何かしただろうか? リアノーラに暴言を吐いたことは認めるが、彼女がそれくらいで不敬罪を訴えるほど心の狭い人間ではないことを、ランディはすでに知っていた。
「今年度で卒業のはずだな」
いったい何を聞かれているのだろう。ランディは下からチャールズ4世を見上げる形で答える。
「そうなりますが……」
「よし、ならば」
チャールズ4世はにやりと笑った。
「君、私の騎士になる気はないか?」
「……は?」
本気で、何を言われたかわからなかった。
* + 〇 + *
リアノーラが呼び出されたのは、反乱がおこってからちょうど一週間後だった。すでに学校は卒業式を終え、3日後には終業式が迫っている。そんなある日。
「申し訳ありませんでしたっ!」
「えっ、何!?」
突然目の前で膝をついて頭を下げられ、さすがにリアノーラも戸惑った。20代半ばほどの、まだ年若い男性官吏である。
「私が、宝物庫の点検の時にこっそりレガリアを盗みましたっ!」
「……あー……」
そういえば、そんな話もあったな。反乱の後始末が忙しくて、忘れていた。チャールズ4世が持っているのは、確かに彼が戴冠式の時に使ったレガリアの一つ、宝珠である。
「何故レガリアを盗もうとなど思ったんだ」
アルヴィンが無表情で聞いた。無表情で聞かれると、かなり怖い。
「い、言われたんです。宝物庫にある宝珠は、偽物であると……! それを取ってきて、渡せば、本物を用意してやると……!」
「誰に?」
リアノーラが鋭く聞いた。「わぁ、宰相そっくり」というソフィアの言葉は無視した。
「ウィザーズ大司教です」
リアノーラは思わずアルヴィンの顔を見た。そして叫んだ。
「《暗黒のカネレ》だわ! 道理で見つからないわけね! 何食わぬ顔で、この国の宗教の最高位にいたなんて……!」
「落ち着けリア。この国の宗教のトップは陛下だ。陛下。即刻ウィザーズ大司教を更迭してください」
「罪状は……不敬罪でいいか」
この際何でもいい。早く更迭しなければ。しかし、不敬罪って。
「それはさすがにないと思いますよ。普通に犯罪示唆でいいじゃないですか。聖職者なんだから清廉潔白でいろ!」
リアノーラはツッコミを入れるとふんっ、とばかりに腕を組んだ。指示されて盗みを働いた青年はリアノーラの怒りを見てびくっとする。
「にしても、うってつけの隠れ場所だよな。もともと、教会は魔女狩りをすると同時にエクソシストを輩出するという不可思議な体勢を取っていたし、それこそ魔法がつかえれば、教会ほど入り込みやすいところはないよな」
ソフィアがさらりと言った。さすがに、次期女王とあってよく勉強しているらしい。うがった意見である。
「だが、簡単すぎないか? こんなに簡単に見つかるとは」
簡単、と2回言ったアルヴィンはチャールズ4世の持つ宝珠を見て言った。沈黙が降りる。
「……むしろ、見つけさせたかったんじゃないかな? 私たちに」
ソフィアが再び発言した。リアノーラは首を傾ける。
「どうして?」
「どうしてって言われても困るけど」
ソフィアは苦笑して言葉を濁した。何か根拠があったわけではないらしい。
しかし、見つけさせたかった、というソフィアの考えが正しいのなら、これだけ簡単になくなったレガリアが見つかった説明がつく。たぶんみんな、そう思っている。
「とにかく、これは陛下とお父様の問題。陛下、それ、見せてもらっていいですか?」
ユーフェミアが尋ねた。チャールズ4世は何の感慨もなく「ほら」とユーフェミアに宝珠を手渡した。それをじっくりと眺めたユーフェミアは、「ああ」と感嘆の声をあげた。
「これ、ベアトリス2世の作品だよ。彼女の魔術痕が残ってる……」
ユーフェミアは魔法工学の知識がある。リアノーラでも魔法痕は見ることができるが、そういった真贋を見極める『目』に関してはなぜかユーフェミアの方が上だった。
「本当に偽物だったのか」
いつぞやにリアノーラが『偽物だったのではないか』と指摘したのを覚えていたのだろう。アルヴィンが少々驚いた様子で言った。リアノーラも顎を引き、じっとユーフェミアが『ベアトリス2世の作品』、つまり、本物のレガリアではないと判断した宝珠を見つめた。
一応、他のレガリアが偽物ではないかと調べてみたが、王冠も王杖も本物であると判断された。判断したのはユーフェミアとリアノーラだが、偽物ではないのは確かだ。古代魔法で作られていたから、偽物ではないだろう、というのが姉妹の見解だ。
自分の手の中の贋作を見つめユーフェミアは言った。
「これ、開くって、言ってましたよね」
「ああ」
チャールズ4世がうなずいたのを見て、ユーフェミアはリアノーラに宝珠を手渡した。
「……何よ」
「開けて。お前なら、開けられるだろ」
リアノーラはユーフェミアの確信的な言葉に眉をひそめ、受け取った宝珠を見た。手のひらに魔力を込めると、あっけなく宝珠は開いた。中には、細くまかれた紙が入っていた。
「……これ」
「なんて書いてあるんだ?」
チャールズ4世にせかされて、リアノーラは流麗な筆記体で書かれたアルビオン語を読み上げた。
「“あなたはこれが偽物であると気が付いたのでしょう。
わたくしが気づいたのは、戦争が始まった直後でした。
わたくしは、自分が本物を取り返すことは不可能だと判断しました。
ですから、これが偽物だと気付き、開けることのできたあなたに託します。
わたくしの戴冠式のとき、使用されたレガリアはすべて本物でした。
このフェイクはわたくしが作りました。これ以前のフェイクは、遺品としてわたくしの墓に入っています。
必ず真実にたどり着いてください。あなたを信じています。
Mary Beatriceより、愛をこめて“」
「……おそらく、本物、だな」
チャールズ4世が覗き込んでいった。
「Mary Beatriceの署名が、ベアトリス2世の筆跡ですね」
過去の資料に目を通す機会の多いアルヴィンも、チャールズ4世と同じ判断を下した。つまり。
「どうやら、また墓を掘り返すことになりそうね……」
リアノーラはぽつりとつぶやいた。なんだか自分が墓荒らしのような気がしてくる。実際、そうなのかもしれないけど。
魔術師の言葉は強い力を持つ。そのことを、忘れてはならない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
4章はこれで終わりですが、続きがあることを示唆する終わり方は初めてではないかと思います。ちなみに、次の5章で終わりになります。




