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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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王女殿下の影武者

ちょっと意味不明なところもあるかと思いますが、気長におつきあい願えると幸いです。

 ユーフェミアは宮殿にある第1王女ソフィアの部屋で彼女と向かい合っていた。

「……リアのやつ、来ないな」

「そうだな。ま、待っていれば来るだろ」

「……のんきだな、王女様」

 ユーフェミアは呆れて自分によく似た少女を見る。背丈も同じ、顔も似ている。彼女を知る者たちはユーフェミアの方が目つきが悪いという。

 それだけではなく、決定的な違いがある。ユーフェミアはプラチナブロンド、ソフィアはシルバーブロンドなのだ。

 いつも、髪の色はリアノーラが変装魔術で変えていた。そのほか顔を似せるための化粧は自分でもできるが、外見を変えるほどの魔力はユーフェミアにはない。せいぜい明かりを灯すとか、植物の成長速度を少し早めるとか、そんなレベルである。

 影武者のユーフェミアが豪奢なドレスをまとっているのに対して、本物の王女のソフィアは素っ気ない侍女のお仕着せだ。くせ毛を髪をストレートにし、メガネでもかければ頭のよさそうな侍女の出来上がりである。彼女の髪の色も、リアノーラに変えてもらう。

 影武者を始めてもう何年になるだろう。最低でも5年は経過しているはずだ。

 軽いノックがあって、返事を待たずに誰かが滑り込んできた。そいつは困ったように笑いながら言う。


「いやあ、ごめん。なかなか抜け出せなくてねー」

「遅いぞリア」

「だからごめんて」


 リアノーラが笑顔で言う。ユーフェミアは2つ年下の妹の全身を眺め、それから言った。

「……どうしたの、その格好」

「……まあ、いろいろありまして」

 えへ、と首を傾けるリアノーラは、どこからどう見ても騎士だった。しかも、そん所そこらの騎士ではない。ナイツ・オブ・ラウンドだ。パーソナルカラーのマントはまだ羽織っていないが、制服はナイツ・オブ・ラウンドの礼服だった。ソフィアがリアノーラを眺めて言った。

「父上の騎士になったのか」

「なんか気づいたらそういうことに」

「あーあ。お前たち姉妹は私の騎士に引き込もうと思ってたのに」

「心配しなくても、フィーアが即位したときに辞めたりしないわよ」

 何もない限りはね、とリアノーラが付け加えた。じっと妹を見ていたユーフェミアは一言言った。

「……似合ってるな」

「あら、ありがとう。んじゃあ、私の時間がないからさっさとやるわね」

 問答無用で微笑むリアノーラがユーフェミアの長いくせ毛をつかむ。なでるようにしながら、小さく呪文を唱えた。その手元を、ソフィアが面白そうに眺めている。

「面白いよな。どうなってるんだ?」

「うーん、変装魔術に関してはいつの間にかできるようになってたから。そもそも魔術を理論的に説明するのは難しいし。でも、色を抜くのは大変なのよね」

「そうなのか?」

 ソフィアが驚いたように尋ねている。ユーフェミアもちょっと興味があったので耳を傾ける。ユーフェミアが知る限り、リアノーラは最高の魔術師だった。

「ユフィはプラチナブロンドだから、割と銀にしやすいんだけど。銀って髪の色としては一番薄いでしょう。だから大変なのよ、実は。例えば私が銀髪にしようと思ったって、抜ける色はたかが知れてるわ。おそらく、ユフィほど完全な銀にはできないでしょうね」

「ほう」

「そういう意味では、フィーアは運がいいわ。銀髪だから、本当に好きな色に変えられる。赤毛にも、紫にもできるわよ」

 赤毛はともかく、紫の髪の侍女は嫌である。やろうとしたら全力で止めようと思いながら続きを聞く。

「だから、もっとも変えにくいのは黒髪。どんなに頑張っても、焦げ茶色にしかならないの。ちなみに目の色もしかり」

「というかお前、やったことあんのか」

 ユーフェミアが訊くと、まあね、とリアノーラがうなずく。

「学校の友達に、黒髪の子が2人いてねー。やったことあるわよ。2人とも焦げ茶色よりも薄くならないから、染めたかったら染髪料を買ってくることをお勧めしたわ」

「黒髪……あの子たちか、アレクシアと、もう一人、東洋系の」

「そう。祥子よ。語学の天才なの。あれですでに14か国語は話せるわよ。うち半分は文章も完璧にかけるって言ってたわ」

「どんな超人だ、それ」

「……ユフィに言えたセリフじゃないわよ」

 自分が常識はずれの自覚があるユーフェミアは、リアノーラに率直に言われて、実はちょっと傷ついていた。

「リアの友人はおもしろいやつが多いな。魔女に語学の天才か」

 ソフィアが楽しげに言う。きっと、頭の中では彼女たちを引き込もうとか、考えているのだろう。そういう意味でソフィアは打算的な王女だった。

「ちなみに、ナイツ・オブ・ラウンド第2席のユーリさんの妹もいるわね。ほら、もういいわよー」

 時間がないといいつつ、リアノーラは髪を染めるだけでなく髪も結ってくれたようだ。ハーフアップにまとめられ、髪飾りがつけられている。手際がいい。リアノーラは昔から手先が器用だった。化粧もうまく、顔をより似せるための化粧はたいていリアノーラがやっていた。

「ありがとう」

「いつものことでしょ。さ、次はソフィアね。髪の色どうする?」

 リアノーラがポニーテールに束ねたソフィアのシルバーブロンドを手に取った。ユーフェミアが鏡で自分の姿を確認すると、プラチナブロンドは見事にシルバーブロンドになっていた。


「じゃあ、紫にしてもらうか」

「ちょっと待て。そんなのが隣にいるなんてやだぞ。頼むからやめてくれ」


 ソフィアの言葉にユーフェミアは勢いよく振り返った。紫なんて、人の目を集めるだけである。黒に近い紫ならいいが、このノリだとどキツイ紫にしそうだ。注目を浴びて、影武者であることに気づかれたらどうするつもりだ。

 本気で頼むと、ソフィアはにこっと笑った。

「冗談だ。いつもの茶髪で頼む」

「……了解」

 一瞬言葉を失っていたリアノーラが気を取り直してうなずいた。やはり髪をなでながら、小声で呪文を呟く。見る見るうちに、シルバーブロンドが色づいて行き、明るい茶髪に変わった。ついでに目の色も変えている。目の色がヴァイオレットに変えられた。

「こんなもんでどう?」

「ああ、ありがとう」

 ソフィアがリアノーラに礼を述べた。後は、化粧でユーフェミアはソフィアの顔に近づけ、ソフィアは『ソフィア王女』の顔から遠ざけるのだ。

「えっと、化粧は自分でできるわよね? 私、ちょっと時間がないのよ」

「ああ、大丈夫だ」

 自分もそこそこ器用なユーフェミアとソフィアがうなずく。いつもはリアノーラがしていたが、自分たちでもできなくはない。

 リアノーラはほっとした様子で、「じゃあ後で」と部屋を出て行きかけたが、出る前に振り返った。

「どうしたー?」

 化粧道具に手を伸ばしていたソフィアが間延びした声で言った。リアノーラはつかつかと再び近づいてくる。

「忘れてたわ、せっかく取りに行ってきたのに。はい、ユフィ」

「ん?」

 差し出された紙を、ユーフェミアは受け取る。

「時間がなくってね、本当は石かなんかに刻もうと思ってたんだけど」

 まあ、ナイツ・オブ・ラウンドになったのだから、時間がないのも納得だ。四つ折りにされた紙を開くと、魔法陣が描かれていた。ユーフェミアは魔術の知識もあるのだが、見たことのない魔方陣だ。おそらく、リアノーラのオリジナルだろう。そういえば、フェナ・スクールの研究室でずっと計算をしていたが、もしかしてそれだろうか。

「なんかに役に立つかもしれないからとっておいて。フィーアにはこっち」

 と、リアノーラはソフィアにも紙を差し出す。ソフィアの紙も四つ折りで、ユーフェミアのとは違う魔法陣が描かれていた。

「持ってても害にはならないから。試作品なんだけど」

「試作品かよ」

「害はないって言ったでしょ……って、言ってる場合じゃないわよ! じゃ、あとは頑張ってね!」

 リアノーラは手を振り、部屋を出て行く。恰好はナイツ・オブ・ラウンドだったが、中身はリアノーラのままだ。なんだかちぐはぐで面白い。

 外から、「まだお化粧中よ!」というリアノーラの声が聞こえた。おそらく『ソフィア王女』をエスコートする予定のジェームズが迎えに来たのだろう。にしても、騒がしい妹である。

 ユーフェミアはふと苦笑を浮かべて化粧道具を手に取った。



* + 〇 + *



 両親とともにニクス宮殿を訪れたクリストファーは宮殿に入ってすぐ、しばらく会っていなかった姉を見つけた。

「リアぁっ!」

 自分でもシスコンのきらいがあると自覚しているクリストファーは正面の階段を下りてきたリアノーラに飛びついた。否、飛びつこうとした。

「……っ! 13にもなって何やってるのよ!」

 ガッと額を手で押しとめられ、クリストファーはうめいた。リーチの関係で手が届かない。姉は2人とも背が高かった。まだ成長期の途中であるクリストファーは2人より背が低い。まあ、父も母も長身だから、まだだいぶ伸びるだろうけど。

「だってリア! 帰ってこなかったじゃん! ユフィもいないし!」

「うるさいわね、仕方ないでしょう。いろいろあったんだから」

 そういってリアノーラはクリストファーの額から手を放した。額をさすりながら、クリストファーはリアノーラの姿を改めてみた。

「……その格好、どうしたの?」

「……こういう時、あんたとユフィって兄弟なんだなって思うわよ」

 リアノーラは白い礼服を着ていた。マントの色は翡翠色。翡翠色のマントの騎士団はない。つまり。


「ナイツ・オブ・ラウンドに任じられたか」

「……そうよ」


 アルヴィンに冷静な声で尋ねられ、リアノーラが素っ気なく言った。父のアルヴィンはそんなつもりがなくても周囲に威圧感を与える人である。現在のアルビオンの宰相だ。もちろん選挙で選ばれた。その前は前国王ウィリアム3世のナイツ・オブ・ラウンドだった。クリストファーには、そのことの記憶がいまいちないのだが。

 クリストファーは実は父が苦手だ。父は冷静で話し方も落ち着いていて、わけもなく緊張する。一番上の姉ユーフェミアもそんな感じだが、ユーフェミアは少なくとも口が悪いところに親しみを感じる。対して、父の口調は整然としていた。

 父と対等に口をきくのは母のディアナとリアノーラだけだ。リアノーラが少しうらやましい。クリストファーはいずれ、フェアファンクス公爵家を継ぐことになる。しかし、本当は姉たちの方が爵位にふさわしいのだと思う。美人で頭が良くて運動もできる。代々騎士を輩出してきたフェアファンクス家において、クリストファーはあまり剣の腕がいい方ではない。

 ユーフェミアは病弱だから駄目だとして、リアノーラが爵位を継いでくれないかな、と思っているのは内緒だ。なぜ、アルビオンでは王位継承は長子優先なのに、爵位継承は長男優先なのだろうか。


「臨時か……まあ、お前が決めた以上は何も言わん。しかし、臨時だろうが正規だろうが、気を抜くことは許さん」


 相変わらず、父は厳しかった。自分がナイツ・オブ・ラウンドであったから、何か思い入れがあるのかもしれない。

「わかっています」

 ニッとリアノーラが笑う。ニコニコと夫と娘の様子を見ていた母はリアノーラの全身をさっと眺める。


「リア、よく似合ってるわよ! 若いころのお父様にそっくりね!」


「えー……なんか複雑」

「お前、そんないやそうに言うな」

 少ししょげたように父が言った。リアノーラや母はこういう父の人間らしいところを簡単に引き出す。そこがすごいと思うのだ。

 父は亜麻色の髪にサファイアブルーの瞳の、どこか理知的だが精悍な面差し。母はプラチナブロンドに碧眼の凛とした美女。リアノーラは父と母を足して割ったような外見をしているが、どちらかというと父親に似ているといわれることが多いようだ。

 ちなみに、クリストファーは茶色がかった亜麻色の髪に碧眼だ。父と母のいいとこ取りをしているといわれるが、クリストファー自身は姉たちの方がいいとこ取りをしていると思う。


「あのー、リア。家族水入らずのとこ悪いんだけど、時間押してるよ」


 黒髪の女性騎士につっこまれ、リアノーラははっとした表情になる。確か、最近配属されたナイツ・オブ・ラウンドだったと思うんだけど、名前が思い出せないな。とてもきれいな人で、ユーフェミアと同じくらい背が高かった。淡い水色のマントが似合っている。

「じゃあ、私、たぶんフィーアのそばにいるから!」

 そう言い置いて、リアノーラは女性騎士の手を取って外にかけていく。フィーア……ソフィア王女の隣。ユーフェミアとソフィアは姿がとてもよく似ていて、ユーフェミアは何年か前からか影武者をしている。今日もそのはずだ。『ソフィア王女』はユーフェミア。ソフィアのそばにいるといった彼女はたぶん、正確にはユーフェミアの近くにいるのだ。

 父もそれに気がついて、ため息をついた。

「……お前たち、そろってシスコンだな」

 ……わかりきったことを言わないでほしい。すると、母がコロコロ笑って反撃した。

「まあ。アルだって過保護でしょ。特にリアに」

「………」

 これも図星だと、クリストファーは思った。



* + 〇 + *



 豪華な馬車が、ニクス宮殿の門をくぐってくる。エントランスの前で、リアノーラはほかのナイツ・オブ・ラウンドとともにその馬車を待ち構えていた。そばには警護対象のチャールズ4世や『ソフィア王女』。

 馬車が近づいてくる。宮殿のエントランスの前に止まると、待ち構えていた侍従が馬車の扉を開けた。


「お久しぶりです」


 馬車から満面の笑みで降りてきたのは金髪碧眼の美形の男性だった。とても甘いルックスで、さぞかし女性にもてるだろう。リアノーラ的には、父やエドワードのように精悍な感じの男性が好みだが、この男性が美形であることは否定できない。

 この人がローデオル国王。即位してまだ1年ちょっとの彼は若かった。

 ついで、彼が差しのべた手を取り、馬車から降りてきたのは女性だった。と言っても、たぶん、ソフィアやユーフェミアとさほど年は変わらないだろう。金茶色の髪に新緑の瞳の美女。美男美女の夫婦で実に目の保養である。美人が大好きな祥子が見たら狂喜乱舞しそうな組み合わせだ。

「お初、御目文字仕りますわ」

「妻のフィリーネです」

 ローデオル王マクシミリアン2世が紹介する。チャールズ4世とジェームズが彼女の手を取って口づけた。

「お美しい方ですな」

 チャールズ4世が社交辞令を口にすると、マクシミリアン2世はとろけるような笑みを浮かべた。


「アンジェラ王妃様もとてもお美しいではありませんか。王女様もとてもお美しくかわいらしいですし」


 ニコッと微笑まれてマリアンヌは頬を染めた。場数を踏んでいる王妃アンジェラと、そもそもそういうことに興味がない鉄面皮のユーフェミアはただ穏やかに微笑んでいるだけだ。

 それから周囲に控える目立つナイツ・オブ・ラウンドたちを見て、一言言った。

「へえ。アルビオンの近衛は美人が多いですね」

 と、目をつけられたエリスが苦笑する。彼は間違いなく男なのだが、ぱっと見女性である。初めて会う人には100パーセント間違われる。たぶん、以前遭遇したアレクシアと祥子も、彼を『彼女』だと勘違いしているだろう。そして、困ったことにナイツ・オブ・ラウンドの中では、彼が一番美人だった。そこに、チャールズ4世は驚きの発言を投下する。


「まあ、見た目で選びましたからな」


 マジで!? 現役ナイツ・オブ・ラウンドが驚いて主君を見る。まあ確かに、みんな見た目が整ってるけど……! 急遽補充された第11席、第12席の2人も見た目がいい青年だ。

 茶化して返したチャールズ4世と一緒に笑っていたマクシミリアン2世と王妃フィリーネだが、ふとフィリーネが夫の袖を引っ張った。

「……あの、あの方がめちゃくちゃ睨んでおいでですけど……」

 リアノーラの父だった。父はまじめなのだ。まじめな表情をしていると、にらんでいるように見えるのがアルヴィンの特徴だった。頼むからやめてくれ。勘ぐられるから。

「ああ、宰相のフェアファンクス公爵アルヴィンです。私の大学の先輩に当たります。以前は彼もナイツ・オブ・ラウンドだったのですが」

 アルヴィンが一礼する。ディアナも頭を下げた。

「そちらがディアナです。アルヴィンの妻で私の妹に当たります。ちなみに、そこにいる少女が2人の娘でナイツ・オブ・ラウンド第10席リアノーラですよ」

「へえ」

 にわかに注目を浴びて、リアノーラは微笑んで頭を下げる。マクシミリアン2世とフィリーネは興味深そうに目を輝かせる。

「言われてみれば、確かに似てるね」

「あなた、おいくつ?」

「……16になります」

 誕生日が来てから、まだ5日しかたってないけどね! それでも16歳なので問題ない。不安そうにしていると逆に勘ぐられるから、堂々としているといったのはユリシーズだ。

「まあ。すごいのね」

 フィリーネににこにこと話しかけられ、リアノーラはあいまいに微笑む。面白くなさそうなのは、新たに任命された第11席ハロルド=ハウエルだ。年は18歳でリアノーラと近いから敵愾心があるのかもしれない。

「いつまでも立ち話もなんですから、中へどうぞ」

 チャールズ4世が入るように示す。客人であるマクシミリアン2世夫婦が先で、その護衛も続いた。護衛は女性だった。リアノーラと目が合うとちょっと微笑んだ。

 ナイツ・オブ・ラウンドは王家の近衛だ。リアノーラは主に『ソフィア王女』についているため、『彼女』と『その侍女』に続いた。と、『ソフィア王女』がふらついた。

「っ! 大丈夫ですか!?」

 茶髪の『侍女』が『ソフィア王女』を支える。後ろからリアノーラも手を差し伸べた。おそらく、ずっと立ちっぱなしだったのでめまいがしたのだろう。

「まあ! 大丈夫ですの?」

 フィリーネが振り返り、心配そうに駆け寄ってきた。チャールズ四世も驚いて振り返る。

「大丈夫か、『ソフィア』」

「ええ……少しめまいが」

 そういうが、彼女の顔は青ざめていた。2日前から体調が悪いようだったし、無理もないかもしれない。昨日は一緒にいなかったから気づかなかった。

 やってしまった。気を付けようと思っていたのに。これでは何のためにナイツ・オブ・ラウンドになったのかわからない。両親からの視線が痛かった。痛いと思ったのはリアノーラの思い込みかもしれないが。

「大丈夫なはずありません! 顔が真っ青ですわ!」

 フィリーネが心配して声を上げる。その心から心配している様子にリアノーラはジーンときた。このひと、いい人だな。

「リア、『ソフィア』を部屋に連れて行って休ませてくれ」

「御意に」

 リアノーラは『侍女』とともに『ソフィア王女』を支えてチャールズ4世の命令に従う。一瞬エドワードと目があい、彼が小さくうなずいたのを見た。行け、ということだろう。

 ふと思いついて、リアノーラはパーソナルカラーの翡翠色のマントを『ソフィア王女』の肩にかぶせた。彼女は驚いた表情をしたが、何も言わなかった。

 みんなの姿も声もなくなり、奥の階段に差し掛かったころ、リアノーラは口を開いた。


「大丈夫? 抱えてく?」


 一見細身で無害そうなリアノーラだが、魔術がつかえる分怪力だったりする。その手の肉体強化の魔術は割と簡単で魔力も少なくていいので、本格的な魔術師がいなくなった今でも、数人は存在するだろう。魔力のある者は王族に多い。ウェンディは軽い肉体強化の魔術を使っているはずだ。

 しかし、『ソフィア王女』の影武者であるユーフェミアは首を左右に振った。

「いい……大丈夫」

「ちょっとごめん」

 ユーフェミアの隣から侍女に扮した本物のソフィア王女が手を伸ばし、ユーフェミアの額に触れた。

「……熱があるな。気づかなかった。ごめん、大丈夫か?」

 心配そうにユーフェミアの手を引きながらソフィアが尋ねる。ユーフェミアは首を左右に振った。

「……大丈夫って言ったのは私だからな」

 部屋につくと、リアノーラは部屋の扉を開いた。ソフィアがユーフェミアをいざない、自分の部屋に入る。実質はどうあれ、今はユーフェミアが『ソフィア王女』で、ソフィアは『ソフィア王女の侍女』でしかないのだ。完全に人目につかなくなるまで、ユーフェミアはソフィアなのだ。

 部屋に入るころにはユーフェミアの呼気は荒くなっていた。顔はさらに青ざめて、苦しそうである。彼女はあまり体力がない。しかも、病に侵されて体力が削られているのだろう。リアノーラはそう判断すると、ユーフェミアの体を抱き上げた。自分よりも背の高いユーフェミアを抱き上げるのは大変だが、彼女は身長の割には軽い。細身どころか細すぎで、身長と体重が釣り合っていなかった。だからすぐに体調を崩すのだといわれているが、人の食べられる量は限られている。

「リア、大丈夫そうか?」

 ベッドに寝かせたユーフェミアを診察するリアノーラに、ソフィアは尋ねる。自分のベッドが占領されているが、彼女は嫌な顔一つしない。もう慣れているだろうし、ベッドは5人でも寝られそうなほど広い。だが、夜になる前にはユーフェミアを移動させる。そうなればリアノーラも宮殿に泊まることになるけど。

 リアノーラの専門は数学で、医療ではない。しかし、魔術師という特殊な能力を持つ彼女は、治癒術がつかえた。治癒術は怪我を治すだけではなく、病を少しだけだが癒すことができる。それでも、治癒には正しい知識が必要なので、リアノーラは物心つくころから医療の勉強もしていた。医師ほど詳しくはないが、看護師くらいの知識はあると思う。


「うーん、季節の変わり目だから、ちょっと体調が悪かったのがこじれただけだと思うよ。寝てればなおる。と、思う」


 そういいながらリアノーラは治癒術を発動する。呪文を呟くと、手のひらから淡い銀の光があふれる。それをユーフェミアの胸元にあてた。ほのかな光がユーフェミアの体を包む。

 ほっとした様子でそれを見ていたソフィアは水差しを持ってきてコップに水を注いでいた。侍女よりも侍女らしい行動である。ソフィアは割と世話好きだった。長女だからだろうか。いや、でも、同じ長女でもユーフェミアは放任主義者だ。親が放任主義だからかもしれないけど。

 通常の魔術は一度呪文の詠唱をすると魔術が発動する。治癒術もそうだ。リアノーラの水を操る力やアレクシアの炎の魔術などは、どちらかというと魔法に分類され、詠唱なしで発動できる超能力のようなものであるが、これは今は関係ないか。

 詠唱を続けることで、魔術の力は上乗せされていく。リアノーラは治癒力がそこまで強いわけではない。だから、増幅呪文を使い、治癒力を上げていた。

「ああ、落ち着いてきたみたいだな」

 ソフィアがユーフェミアの額に手を当て、ほっとしたように言った。とりあえず落ち着いたようでよかった。

 さて。あちらはどうなっただろうか。



ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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