ナイツ・オブ・ラウンド3
なんだか長くなってしまいましたが、よろしくお願いします。
事務室には、ナイツ・オブ・ラウンドのメンバー全員がそろっていた。チャールズ4世が勧誘し、かなり増えたが、現段階で9人しかいないはずだ。うち、3人は先代の国王の時代からつかえている。
まず、第1席はウィリアム2世の代から仕えるフランクリン=ファウラー。今年58歳。ウィリアム2世どころか、2代前の女王ベアトリス2世の時代からつかえているという話も聞く。リアノーラの父、アルヴィンのかつての上司だ。口癖は「まだ現役じゃ!」。まあ、今のナイツ・オブ・ラウンドは実質第2席が率いているが。
その第2席は最近補充された騎士である。名前はユリシーズ=ウェルティ。名前が示す通り、リアノーラの友人ベアトリックスの兄にあたる。年は今年で24か。剣の腕よりも頭の良さが買われたと聞く。そして、実際に頭がいい。ウェルティ伯爵家の跡取りだ。
第3席リディア=スペンサー。スペンサー伯爵家の娘である。超凄腕スナイパーの28歳で、本人も剣はお飾りだといっている。少し気の弱いところもあるが、後方支援に関しては彼女に任せておくと不安がないらしい。
第4席は古参の騎士だ。ブライアン=ミューア。今年で42歳と、先王から仕えているにしてはまだ若い。実際に、チャールズ4世とは友人である。確か、リアノーラの父と同期になるはずだ。
第5席クェンティン=ケイン。平民出身の騎士侯だ。やはり先王から仕えており、今年で38になる。優しいお兄さんのような性格なのだが、リアノーラは彼が本当に38歳なのかちょっと疑っている。なぜなら、童顔なのだ。30歳を超えているようには見えない。
第6席に来て、よくリアノーラが世話になっているエドワード=リプセットだ。今年で20歳。ちなみにフェナ・スクールの大学に通っている。この若さで第6席なのだ。彼の優秀さがうかがえる。そして、リプセット侯爵家の跡継ぎだ。
第7席は再び女性だ。ウェンディ=エンフィールドという。リアノーラの父方のいとこにあたる。彼女の母がアルヴィンの姉なのだ。年は今年で22。リアノーラとは仲がいい。昔はよく一緒に遊んだ。
第8席はアンドリュー=オルコット。今年で25歳。彼も、剣の腕よりも頭の良さ……というか腹黒さが買われたきらいがある。実は、彼のことはよくわからない。
第9席はひと月前に補充された新人だ。エリス=ハミルトン。19歳。最年少だ。見映えの良さと機転がきくことで選ばれた。一応騎士学校を出ているので、剣も扱える。そもそも、ナイツ・オブ・ラウンドでありながら大学に通っているエドワードが変なのである。
うん。何度数えても9人しかいない。リアノーラがチャールズ4世のナイツ・オブ・ラウンドになることを承諾すれば、彼女は10番目かつ最年少のナイツ・オブ・ラウンドになるだろう。
見てわかるとおり、ナイツ・オブ・ラウンドといってもいろいろいる。本当に騎士のような人もいれば、頭の良さを買われた参謀的な役割の人もいたり、機転の良さを買われた人もいる。それどころか学生もいる。その中に魔術師が一人入ったところで、違和感は発生しないような気もしてくる。
「よく来たな、リア。久しぶりじゃなー」
第1席のフランクリンが笑みを浮かべていった。まだまだ現役というが、彼が護衛に加わることはめったにない。
「お久しぶりです。今回はチャールズ陛下の即位5周年式典のこと?」
「そうだ」
第2席、ユリシーズがうなずいた。ベアトリックスの兄だけあって、かなり整った容姿をしているが、彼は妹とは正反対だった。まず、ユリシーズは運動神経が悪い。
「その前に、お前、ナイツ・オブ・ラウンドになる気はないか?」
「……」
事実上、ナイツ・オブ・ラウンドを取りまとめているユリシーズに言われると、ひしひしと現実味がわいてくる。あれ、本気だったのか……。
「……そういう話は聞いてるけど、なるかはわからない」
正直に答えると、ユリシーズは冷静に言い切った。
「早めに決めろよ。明後日にはローデオル国王が来るからな。式典までには12人そろえる」
ちなみに、式典まであと一週間だ。
「え、ちょ、マジ?」
リアノーラが動揺して尋ねると、ナイツ・オブ・ラウンドの面々はうなずいた。
「でも、ただの式典でしょう? 12人いる必要はないんじゃ」
「12人いると、見栄えはいいな」
「……そうね」
それには同意する。式典が行われる神殿には、12本の柱が立っており、それぞれベアトリス女王に仕えた12人の騎士を表しているらしい。ナイツ・オブ・ラウンドの風習は、この12人の騎士から来ているという話だ。戴冠式の際には、その柱の前に12人一人一人が立つという方式をとっている。だから、12人そろっていた方が見栄えがいいのはわかる。
「私じゃなくてもいいじゃない。私、まだ16歳だよ。若すぎるでしょ。議会が納得するとは思えないんだけど」
この国で16歳といえば成人だが、リアノーラは成人してからまだ3日しかたっていなかった。
政権は議会にあり、アルビオンは立憲君主制に移行している。内乱を平定した300年前のエリザベス女王も、14歳でナイツ・オブ・ラウンドの第1席であったという話だが、その頃はまだ絶対王政だった。今と状況が違うのである。参考にならない。それに彼女は王女で、特権も働いたと思われる。もっとも、彼女がほぼ一人でクーデター軍を一掃し、戴冠式に臨んだというのは有名な話だが。
リアノーラが現実的な問題を突きつけると、ナイツ・オブ・ラウンドの第2席にしてリアノーラの友人の兄ユリシーズは涼しげな表情で言った。
「それについては問題ないだろう。議会側もリアの能力は知っているし、来賓側には年齢なんて判らない。リアは大人っぽく見えるしな。議会も、あやしい者をナイツ・オブ・ラウンドに加えるよりも、多少若くても身元も能力もはっきりしている君を選ぶはずだ」
実に官僚的な考え方だった。ナイツ・オブ・ラウンドとしてのパーソナルカラーが青なので、余計に涼しげに見えた。条件は妹のベアトリックスと同じなのに、怜悧な美貌は人をうなずかせる魔力を持っている。きっと、彼はこの人を引き付ける魔力も買われたに違いない。同じ親から生まれて、どうしてここまで違うのか。いや、ある意味ベアトリックスも人を引き付けているけれど!
「ここでうなずいたら、ベリティに恨まれる気がします」
「……恨まれてもお前は平気だろう。呪い返しとか」
ユリシーズに自分よりも冷静に切り返されて、リアノーラはため息をつきそうになった。冗談が通じないというか、相手が悪かったというか。たぶん、これも日記に書かれるのだろう。
「あくまで臨時のものだって陛下もおっしゃってたけど」
リアノーラと一番年齢が近い第9席のエリスが言った。臨時でナイツ・オブ・ラウンドってありなのだろうか。
「……うん。まあ、明日までに返事はするわよ」
とりあえず、今夜日記を書いて頭の中を整理しよう。宮廷魔術師になるのもありかと考えていたのだが、騎士でもありなのか。確かに、魔法騎士は少ないからいいプロパガンダにはなるだろうが。
リアノーラが断るのなら、ほかにもう一人騎士を探さなければならない。明日の早めに言っておいた方がいいだろう。明日は午後から休講になるだろうし(ローデオル国王がいらっしゃるからだ)、ちょうどいい。
リアノーラの返答を聞き、現役ナイツ・オブ・ラウンドたちが口々に言う。
「年齢なんて、気にすることないと思うけどなー」
「今回のことがなくても、どちらにしろ勧誘は来たはずだぞ。魔法がつかえて剣も使えるなんて、万能すぎるだろ」
「勧誘がちょっと早まっただけだ。腹をくくれ」
「今までだって、やってることはナイツ・オブ・ラウンドに近かったしな」
好き放題に言われて、リアノーラは閉口する。特に第8席のアンドリューがうるさい。さすがに見かねたのか、第6席のエドワードが助け舟を出してくれる。
「まあまあ。決めるのはリアなんだから」
「エドの言うとおりです。ちょっと落ち着こう。やることはたくさんあるんだから」
おっとりとした笑みを浮かべて、エリスも言った。彼は間違うことなき男性だが、一見してそうは見えない。女性的な顔立ちに、長めの黒髪。大きめの目は鮮やかな緑だ。背丈もそんなに高くなく、おそらく姉のユーフェミアと同じくらいか、少し高いくらいだろう。ベアトリックスという例もあるので、リアノーラには十分女性に見えるのである。実際に、彼は女装したこともある。本人は不本意そうだったが、主君の命令だったので仕方がない。
対してかばってくれたもう一人エドワードは、彼もどちらかというと中性的な面立ちだが、鋭い雰囲気がある。ブロンドにアクアマリンの瞳は切れ長で、かなりの長身だ。細身と言っても体格もいいので、女に間違うこともない。エリスはかなり特殊な例である。この二人は、年齢が近いのもあってリアノーラが一番仲のいい二人だ。
「たくさんって……さっさと終わらせて帰りたいんだけど」
リアノーラが訴えると、ナイツ・オブ・ラウンドの面々は目をしばたたかせ、キョトンとする。あるいは驚いた表情になる。
「お前、帰れると思ってんの?」
「……は?」
「ローデオル国王が来るのは明後日だぞ、明後日」
肩に手を置き顔を近づけ、エドワードが言い聞かせるように言う。まさか、それまでに警備の点検をしろというのか、この私に! 心の中で悲鳴を上げるリアノーラにエドワードは無情にも言った。
「今日明日と、徹夜で歩き回っても足りないだろ。この宮殿がどれだけ広いか知ってるよな?」
「え、いや……マジで?」
「当たり前だろ」
リアノーラは実際に悲鳴を上げた。ということは。
「学校は!? ちょっと危機な気がするんだけど!」
今年はチャールズ4世の即位5周年記念式典があるということで、宮殿のほうばかりに目を向けていたら、まだ新学年が始まってばかりだというのにそろそろ出席日数が危険である。いや、まだ余裕はあるが1年が終わるにはまだ長い。式典の間の約10日は学校が休みになるからいいとして、ここで半日休むのは痛い。
「俺だって出席日数がすでにイエローゾーンだよ。まあ、大学側も俺がナイツ・オブ・ラウンドだって知っているから融通は利かせてくれるが、今年も補習に追試だな」
エドワードも同じらしい。高等部まで出ているのだから、大学はやめておけばよかったのに。しかし、考えてみれば第2席のユリシーズも学校に通っているころにナイツ・オブ・ラウンドに加わった。彼の場合は飛び級していて、スカウトされた当時20歳で大学院生だったが。
しかし、ナイツ・オブ・ラウンドだとその辺を考慮されるのか……いや、当たり前だけど。リアノーラの心が少し揺れた。今はお手伝い状態だから余計にひどいのか。補習も追試も、頭のいい部類に入るリアノーラなら大丈夫だが、これらを受けるのは精神的につらいものがあるのだ。エドワードによるとどちらにせよ受けなければならないようだが。ちなみに、彼も頭がいいので、補習も追試も通過して順調に進級している。今年で大学の2年生だ。彼がナイツ・オブ・ラウンドに入ったのは高等部の3年の時だから、ナイツ・オブ・ラウンドの仕事を来ないしながら入試を突破したことになる。フェナ・スクールは国立だ。つまり、アルビオンで最もレベルの高い学校になる。その入試を片手間で突破したエドワードは実はすごいやつなのである。
という話はおいておいて。
「休めとっ!? 明日やろうと思って、研究室に計算用紙放りっぱなしなんだけど!?」
魔法を科学的に証明する野望を持つリアノーラだ。今日も自由時間に魔法式について研究していた。
「回収したかったら、時間が空くように頑張るんだな」
「っ!」
この瞬間、リアノーラの中で何かがキレた。魔力が放出され、窓枠がガタガタ揺れた。
「ちょ、落ち着きましょうリア」
明るい茶髪の女性がリアノーラを落ち着かせようと語りかける。第3席のリディアである。しかし、効果はない。
「ふざけるなーぁっ!」
怒号一発リアノーラは目の前にいたエドワードを蹴り飛ばした。鍛えているといっても、もろに入ったから痛かったに違いない。
完全に八つ当たりだった。
ナイツ・オブ・ラウンド筆頭のフランクリンだけが「若いなー、仲いいなー」とのんきに呟いていた。
* + 〇 + *
夜通し警備確認をし続け、気が付けば朝日が昇っていた。太陽のまぶしさにリアノーラは目を細める。
「大丈夫か? 少し寝てもいいぞ」
昨日キレたからかエドワードが少しびくつきながらも心配してくれた。リアノーラは「んー」と返事を濁す。
「眠いのもそうだけど、魔力もそろそろ。おなかすいたし」
「ああ……おなか減るよね、そうだよね」
エリスも空腹だったのか、猛烈な勢いでうなずいた。男というだけで女より体力がある。この3日、悩み続けて気疲れをしたリアノーラは、若干足元がふらつく。エドワードは当たり前として、かわいらしい顔立ちのエリスまでしっかりと立っているのは不思議な感じだった。
「ナイツ・オブ・ラウンドは大変ね」
いったん作業を引き上げて食堂へ向かう道すがら、ぽつりとリアノーラは言った。おそらく、ナイツ・オブ・ラウンドの彼らには、これが日常なのだ。徹夜とか、過労とか。今は人数も足りていないし。大学に通っているエドワードはさらにハードだろう。昨日はキレて悪かった。
警備確認をしながら、リアノーラは考えていた。チャールズ4世のナイツ・オブ・ラウンドを引き受けるか、否か。
リアノーラの「大変」発言に、エドワードは苦笑した。
「まあ、そうだろうな。お前が引き受けたら、俺と同じで学校と平行になるだろうし」
「もしかしてそれが嫌なの?」
エリスも小首をかしげた。嫌だ、と言えば代わりにやるから、とか言ってくれそうだ。別に望んでいないが。リアノーラは首を左右に振る。
「そうじゃないわ。そういうことじゃないの。ただ……」
リアノーラはいったん口をつむぐ。考えたことがあった。ナイツ・オブ・ラウンドは国王の直轄近衛。今のリアノーラにはないものがある。
「……ナイツ・オブ・ラウンドなら、ユフィのそばに、いられるわね」
「………」
今度はエドワードとエリスが口をつぐんだ。その通りだった。
ユーフェミアはソフィア王女の影武者だ。ユーフェミアが『ソフィア』の時は、リアノーラは妹ではない。いとこで、ちょっと魔術を使える令嬢というだけのリアノーラは、ユーフェミアのそばによることはできなかった。代わりにソフィアが侍女に扮してそばにいるが、彼女は王女。同じことだ。有事にはユーフェミアは彼女を護ろうとするだろう。
ユーフェミアは体が弱い。いつ何があるかわからない。彼女が影武者をしているとき、リアノーラはいつ何があるかと心配していた。ユーフェミアに心配は不要な気もしないではないが、理性と感情は別物なのである。ユーフェミアのためというよりも、リアノーラ自身のためという要素が大きい。
ナイツ・オブ・ラウンドなら、主君の娘のそばによることは不思議なことではない。ナイツ・オブ・ラウンドならば、大義名分のもと『王女』のそばに寄れる。すべて、リアノーラの個人的感情のもとの考えでしかないけれど。
「そんな理由でナイツ・オブ・ラウンドになるって言ったら、怒られるかしら?」
リアノーラが尋ねると、エドワードがふっと微笑んだ。
「いや。いくらナイツ・オブ・ラウンドと言えど、まっとうに初めから主君を護ろうと思って引き受けたやつは少ないだろ」
「……そうね」
リアノーラも微笑む。
「ご飯食べたら、陛下のところに返事をしに行くわ」
「先に行くのが普通だと思うけど……まあいいか。朝も早いし、私もおなかがすいてるし」
ニコッと笑ってエリスが言う。彼も十分腹黒い。
おそらく、ユーフェミアは助けなど必要ないというだろう。わかっている。やはりこれは、リアノーラの自己満足でしかないのだ。
* + 〇 + *
食堂で早めの朝食をとっていると、ちょうどいい具合の時間になった。リアノーラは国王の執務室に向かう。エドワードとエリスもついてきてくれた。二人は別にいなくてもいいのだが、まあ成り行きだ。これが終わったらちょっと仮眠を取ろう。
国王の執務室に入るには剣を預けなければならない。しかし、ナイツ・オブ・ラウンドは例外だった。国王の側近だからだ。しかし、かつてナイツ・オブ・ラウンドによる反乱がおこったことがないわけではない。だからこの特権制度はいかがなものかと思わないでもなかったが、最近のナイツ・オブ・ラウンドはかつてのものとは多少意味合いが違っているので、それでいいのかもしれない。
「もう返事を聞かせてくれるのか」
朝でも、国王はかくしゃくとしていた。リアノーラは正直に言う。
「私は、陛下に忠誠を誓えるかと聞かれたら、正直わかりません。でも、私には護りたい人がいて、その人には今の私では手が届かない……」
国王が優しげに目を細めた。おそらく、リアノーラが言う相手がユーフェミアであると気付いたのだろう。他にも目があるので遠回しな表現にしたが、伝わったようだ。
「陛下を護ることはその人を護ることにつながる。そのためにナイツ・オブ・ラウンドを引きうけるということを、許してくださるのなら」
リアノーラは一度目を伏せ、それから開いた。
「私は、陛下に私の剣をささげましょう。陛下がその人を保護してくれる限り、私は陛下を護ります」
「……正直者だな」
陛下が真剣な表情の姪の頭をなでる。気概をそがれてリアノーラは内心むっとする。
「アルヴィン……お前の父親がナイツ・オブ・ラウンドを辞したとき、私はなぜだと彼を問い詰めたよ」
リアノーラの父親はまだ43歳と、十分にナイツ・オブ・ラウンドを続けられる年齢だ。特に、父のアルヴィンはチャールズ4世の戴冠式の後すぐにやめた口で、当時はまだ38歳になったばかりだった。そのまま、父は官吏に転身した。
アルヴィンはチャールズ4世の大学の先輩にあたる。大学の在学中に先王ウィリアム2世のナイツ・オブ・ラウンドに選ばれた。そのことはちょうど科学大戦が終結したころで、人材不足で若い騎士が多く選ばれた。
しかし、友人としても仲が良かったはずのアルヴィンは、友人のチャールズ4世が即位するとナイツ・オブ・ラウンドをやめてしまったのだ。
「お前の父上殿は言ったよ。『私は一人の王につかえると盟約した。ウィリアム3世が崩御したとき、騎士としての私も死んだのだ』って」
事実ではない。リアノーラはとっさにそう思う。アルヴィンが騎士をやめたのは、それだけでの理由ではない。だが、リアノーラはそれを言うことはなかった。いうことができなかった。
「……私は、たぶん、その時の状況が許せば、そのままソフィア様につかえると思います」
「……そうだね」
リアノーラと父は違うのだ。リアノーラが本当に守ろうと思ったのは姉のユーフェミアで、彼女が宮殿にいる限りは少なくとも、リアノーラも宮殿にあり続ける。
「フェアファンクスは身勝手な奴ばかりだなぁ。まあ、そこが気に入っているんだがな。……いいだろう。できるだけ、その人のもとにつけるように手配しよう」
「陛下! しかし……」
秘書官が眉をひそめる。ナイツ・オブ・ラウンドは国王を護るために存在する。そのナイツ・オブ・ラウンドが堂々と職務放棄に等しいことを言っているのだ。あくまで、未来の、というところだが。チャールズ4世はおおらかに笑う。
「いいんだ。そういうのを持っている奴の方が強い」
真剣に言った後、国王はふっと笑む。
「それに、魔女を抱え込んでおくのは今の時代、大切だぞー。お前にリアと同じことができるか、ハワード」
ハワードと呼ばれた補佐官は口をつぐんだ。無理に決まっている。それくらいに、魔術師は稀有な存在となっていた。みんなにはできないことができるから、魔術師は敵意を買うのだ。
「時間がない。略式だが、騎士の任命を行う。立会人はナイツ・オブ・ラウンドエドワード=リプセット卿とエリス=ハミルトン卿、それに内務省補佐官ハワード=ディケンズ。剣を持っているか?」
「……持っていません。……か、貸していただけますか……?」
さすがに剣など持ち歩いていない。剣術の訓練は受けているが、リアノーラは魔術がつかえるのでどうしてもそちらにかまけてしまう。手ぶらでも攻撃できるのだ。接近戦には向かないが、逃げるくらいの時間稼ぎにはなるし、ここ最近は近距離戦仕様のエドワードと一緒だったので問題はなかったのだ。
国王はだろうなぁ、と笑うと自らのナイツ・オブ・ラウンドに剣を貸してやれ、という。うん。本当の任命式の時は、ちゃんと自分のを持ってくるか……。
「ほら」
苦笑しながら差し出されたエドワードの剣を礼を言って受け取ると、リアノーラはびっくりした。腕が重みに耐えきれず、体勢を崩した。
「ぐわっ! 何これ重っ!!」
腕がもげそうなくらいに重かった。こんなものをエドワードは軽々と振りまわしているのか。筋力の差があほらしくなる。体勢を崩したリアノーラを支え、エドワードがその剣を取り上げた。
「すまん、忘れていた」
「………」
リアノーラは半眼でバツ悪そうな笑みを浮かべるエドワードをにらむ。いや、そこまで思考が回らなかったのはリアノーラも同じだが。
「じゃあ私のを貸そうか」
二人の様子に苦笑して、エリスが自分の剣を差し出した。エドワードの腕から抜け出し、リアノーラはエドワードの剣より幾分細身なエリスの剣を手に取った。見てくれは少女のようだが、中身は男。少なくともリアノーラより筋力があるのは確実だ。それなりに覚悟して剣を受けとる。
「……お、軽い」
「そういわれると、ちょっとショックなんだけど……」
素直に感想を漏らしたリアノーラの言葉にあいまいな笑みを浮かべ、エリスが言った。リアノーラはまじめに返す。
「思ったよりってことだよ。さすがにこれでも振り回すのは無理ね」
何人かこの重さの剣でも振り回せるような女性を知ってはいるが、リアノーラは彼女たちではないのだ。
エリスはやはり苦笑なのかどうなのかよくわからないような笑みを浮かべると、後ろに引き下がった。リアノーラは表情を引き締め、エリスの剣を鞘から引き抜いた。さっき言ったことは本当だ。片手でももてるが、振り回すのは無理だろう。もう少し筋力を鍛えておこう、とリアノーラはひそかに誓う。
抜いた剣の刃を自分の方へ向け、柄の方をこれから主君となる国王の方に向ける。そして、跪く。リアノーラは簡素なドレス姿なのでいまいちかっこがつかないが、急ぎなので仕方がない。
『騎士の誓い』は見たことがあるので知っている。国王が剣を受け取り、リアノーラの左肩に剣の平たい部分を置く。
「我、汝を騎士に任命す」
国王が先ほどまでとうって変わった、有無を言わせぬような威厳のある声音で誓いの文言を唱える。
「汝、いついかなる時も我が騎士であることを忘れず、民を護る盾となり、主君の敵を討つ矛となれ」
かなり簡略化された文言だった。本当はもっと長いのだが、正式な誓いは儀式のときにやればいい。臨時騎士になるのならば、この略式で十分だ。
剣の平に、両肩を2回ずつたたかれる。それからリアノーラは鞘を掲げた。その鞘に剣が治められると、略式の騎士の誓いは終わり。
チン、と音がかすかにして、剣が鞘に納まった。リアノーラは閉じていた目を開き、立ち上がる。国王がにやりと笑った。
「これでお前は名実ともに騎士だ。略式だけどな。今度、ちゃんとした儀式をやろうな」
「……そうですね。と言いますか、残り二人は? 私、第10席になるんですか?」
とりあえず、儀式のことは賛同しておいて、気になったことを尋ねる。リアノーラがナイツ・オブ・ラウンドに入っても、あと二人足りない気がするのだが。
「ああ、そのあたりは大丈夫だ。もう眼をつけてあるからなー。リアは第10席にしておきたかったら、返答を聞くまで待ってたんだ」
ニコッと笑われ、リアノーラは頬をぴくぴくっとさせながら「……光栄です」と短く返した。
「……リア、最初の命令だ。明日までに、騎士としての所作をすべて身につけろ。魔女だから最低限でいい。警備確認はほかの近衛に任せる。だから、お前はとにかく騎士としてぼろが出ない程度に振る舞いを体に叩き込め」
「イエス、ユアマジェスティ」
もともと家が騎士の家系であるリアノーラはなれないながらもそれなりにみられる礼をする。
国王の執務室を出てから、エリスの剣を持ったままであることに気が付いた。
「エリス、ありがとう」
「いやいや。でも、結構様になってたね。やっぱり騎士の家系だからかなぁ」
リアノーラの家系は300年はさかのぼれる騎士の家系だ。エリザベス女王の王婿であるエリアル=フェアファンクスが当時の当家唯一の爵位継承者だったため、一度血筋が途切れたが、結局、エリアルとエリザベスの息子がフェアファンクス家に養子に入っているので、現在のフェアファンクス公爵家は王家の傍系に当たる。まあ、そうでなくともリアノーラの母はチャールズ4世の妹だけど。
「……まあ、確かに父もナイツ・オブ・ラウンドだったし、母は……狙撃手だけど。男だろうが女だろうが体が弱かろうが剣術をたたきこまれて宮殿に押し込まれるわよ」
どちらにせよ、リアノーラは騎士として一時的にでも宮殿に上がる予定だった。それに、魔女としての価値が付随しただけである。しかし、その価値は思いのほか大きかったらしい。
「……それはともかく、騎士の所作ってのを教えてくれない?」
リアノーラはにこにことして言う。この二人に教わるのは何となく不安だがほかは忙しいだろうからだ。リアノーラは騎士の仕事を手伝ってはいたが、それだけだ。騎士の家系だが、それだけ。どんなにその血筋が古かろうと、リアノーラは今まで騎士ではなかったのだから。
「本当はリディアやウェンディに習うのが一番いいんだろうな。同じ女性騎士だし」
「そういえば、制服はどうしようか。明日は既成のでいいのかな」
「というか、もうそれしか間に合わないだろう」
「それもそうだね」
今からオーダーメイドで作っていれば、明日までには間に合わないだろう。式典には間に合うと思うが。
「うーん。ウェンディよりは背が高いけど、リディアと同じくらいな」
エリスがリアノーラの身長を目算で測る。ウェンディはかなり背が低いので比較にならないのだ。
「うん、それくらい。2センチくらい、リディアさんの方が大きいかも」
「じゃあ大丈夫だね。そういえば、パーソナルカラーは何色になるんだろう」
エリスが楽しみだね、とほほ笑む。
ナイツ・オブ・ラウンドには12人それぞれにパーソナルカラーが与えられる。主君がその騎士にあった色を選び、与える。礼服のマントはその色のものになる。通常の制服は考慮されて動きやすい黒の制服だが、礼服は装飾華美な白い制服である。その上に、パーソナルカラーのマントを羽織ることになる。
例えば、参謀系の第2席ユリシーズは瑠璃色。エリスは同じ青でもシアンブルーで、エドワードは青灰色だ。背の低いウェンディは薄紫だし、リディアはワインレッドになる。色は結構こまかかった。
「まあ、リアならよほど変な色じゃない限り選り好みしないだろ」
「……まあ、そうね」
どキツイピンクとかなら拒否するけど。たぶん、隣に並ぶ騎士のパーソナルカラーと反発しないようになるだろうとは思う。
「とにかく、最低限の騎士の作法を教えておく。忘れるなよ」
「……はい」
うん、大丈夫。忘れたりしない。たぶん。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
――――以下、小話です。読まなくても大丈夫です――――
アルビオンの王都ロザリカにある学校はすべて午前中で授業が終わり、午後は放課となった。王都の中央付近に位置するフェナ・スクールも例外ではない。
アレクシアとともに学校を出ようとしている学友の祥子はのんびりという。
「結局、リアどころかベリティも来なかったわねー」
「そうね」
昨日宮殿に行ったリアノーラは来ないだろうことは予測できた。なんでも明日、ローデオルの国王が来国するらしい。チャールズ4世の即位5周年の式典には参加すると聞いていたが、かなり早い。しかも急だ。だから、リアノーラは来ないだろうと思った。
しかし、驚いたことにベアトリックスも来なかった。まあ、仮にも彼女も貴族だし、それで納得しておこうと思う。ローデオル国王が到着なされたらパーティーが開かれるだろうし、その準備だと思っておこう。彼女はパーティーってがらじゃないけど。
と、その時、勢いよく塀壁を飛び越える影があった。下校中の生徒が門にひしめいているので、時間をカットしたのだと思うが……。
「なに、あれ」
祥子がつぶやいた。
一応解説しておくと、フェナ・スクールの校舎はすでに没落してすでにない某貴族のもと屋敷だ。塀壁は高く、飛び越えるのは難しいと思われるのだが……。
なんだか嫌な予感がした。
「あー、アレク、祥子」
生徒たちの視線を集めるその人物がアレクシアたちに向かって手を振った。こういうぶっ飛んだことをするのは、フェアファンクス公爵家のリアノーラ。制服ではなく、黒いマントを羽織っていた。
「……あえてつっこみ入れないけど、学校はもう放課よ」
「知ってるわよ。ねえ、まだ研究室ってあいてるかな?」
祥子のさりげない指摘を無視し、リアノーラが早口で言った。よほど急いでいるらしい。研究室ということは、たぶん、昨日放り出したままの計算用紙を取りに来たのだろう。だれも理解できない難解な図形が描かれていたため、だれも触っていない。むしろ取りに来てくれてよかった。
「たぶん、まだ開いてると思うけど」
アレクシアが言うと、リアノーラは礼を言ってだっと校舎に駆け込んだ。教師に走るなーと注意されているが、時間に余裕のないらしいリアノーラは聞く耳持たずにあっという間に見えなくなった。
……まあいいか。
「相変わらず足速いわねー」
祥子がうらやましそうに言う。小柄なアレクシアと祥子は運動が苦手で足も遅い。リアノーラとベアトリックスは男子生徒と張り合えるくらい運動ができた。
「あれは規格外だよ。人間の運動量を超えてるの」
「それはちょっと傷つくよ」
ちょうど門を出たところだったアレクシアと祥子は、返答があって驚いた。声のした方を見ると、校門に長身の女性が寄りかかっていた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
にっこりとあいさつされ、アレクシアと祥子は半ば呆然と挨拶を返した。
彼女はとても美人だった。肩に触れるほどの黒髪に切れ長の緑の瞳。何となく、髪形などはベアトリックスに似ているのに、彼女よりずっと精錬された印象を受けた。
「君たち、リアのお友達?」
「あ、はい」
祥子がうなずく。リアノーラと同じタイプのマントを羽織った女性は「そっか」と女性にしては低めの、聞きやすい声音で言う。
「私はエリス。一応、リアの同僚だから、お見知りおきを」
同僚。ってことはこの人も魔術師なのだろうか。アレクシアはエリスと名乗った女性をまじまじと見る。……あんまり強い魔力はなさそうだが。
「えっと、ショウコです」
「あ……アレクシアと言います」
祥子が名乗ったので、アレクシアもつられて名乗った。エリスは「へえ」と切れ長の目を見開く。
「君たちが。リアから聞いているよ。アレクシアさんは魔女で、祥子さんは語学の天才だって」
「い、いやあ……」
天才と言われた祥子が照れる。照れた祥子はかわいい。
「かわいいのに、すごいねぇ……っと、リアが出てきた。早いなー」
振り返ると、確かにリアノーラがダッシュで校舎から出てきた。そして、エリスとともにいるアレクシアと祥子を見て声を上げる。
「ちょっとエリス! 何私の友達ナンパしてんのよ」
「ナンパって……」
「話してただけだけど」
アレクシアと祥子が呆れた口調で言う。それを見てリアノーラが何か言いたそうな顔をした。
「……まあいいわ。時間ないからもう行くわ。気をつけて帰るのよ!」
リアノーラは用紙が入っているであろうクリアケースを片手に、逆の手でエリスの手をつかんでいった。クリアケースの方の手を大きく振る。
アレクシアたちも手を振りかえしたが、周囲の突き刺さるような視線が痛かった。