表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
31/77

微妙な関係

なんだか微妙なところで終わっている感がありますが、よろしければどうぞ。

 事務員の男性について行くと、人気のない場所に連れて行かれた。わかっていたとはいえ、何とも言えない。この事務員も、おそらく人質でもとられているのだろう。リアノーラがついて行くと決断したのはその点が大きかった。


「ねえまだ?」

「も、もう少しです……」


 おどおどと事務員が答える。こういうやつを見ると、異様に嗜虐心がわいてくるリアノーラである。なぜだろう。友人からは、お前は真正のサディストだと言われたことがあるのだが、もしかしなくてもそういうことなのだろうか。

「か、彼らがリアノーラ様にお会いしたいと……」

「またか」

 リアノーラは見覚えのある黒マントを見てため息をついた。

「もういい。ご苦労だった」

 黒マントの言葉に、事務員は一目散に逃げて……行かなかった。これにはリアノーラがびっくりした。

「どうしたの。行きなさいよ」

「し、しかし……リアノーラ様が」

「ここに連れてこられた時点でもう何がどうなろうと一緒。むしろいられると邪魔。私に悪いと思っているなら早く逃げな」

「は、はい」

 事務員がそそくさと立ち去る。何度か振り返るのがわかったが、リアノーラは手だけ後ろにやり、早く行くように促した。


「相変わらずお優しいことですね、お嬢様」

「そっちもだろう。まさか見逃すとはね」


 目撃者は殺すものだと思っていた。すると、黒マント……《暗黒のカネレ》の魔術師であり、ひと月ほど前、魔法陣事件を引き起こす引き金となった男は鼻で笑った。相変わらずマントの下はフェアファンクス公爵家の使用人の制服だった。なんなの、こいつ。


「私たちは魔術師以外に興味はないですから」


 リアノーラは半眼になった。


「あ、そ」


 リアノーラは両手を腰に当てて左足に体重を預けた。

「で? あんたレヤードって言うんだっけ? 何の用よ。私はあなたたちの仲間にはならないわよ」

「違う違う。今回は忠告に来たんですよ」

「忠告ぅ?」

 顔の前でパタパタ手を振る魔術師に、リアノーラがあからさまに不審げな声を出す。黒マントは気にせずに自分の話をつづけた。

「お嬢様。あなたに危機が迫っています」

「ああ。目の前にあるな」

 腰に手を当てた状態でリアノーラは黒マントの魔術師をにらむ。彼は冷静に言った。

「いや、私ではなく。もっと過去のものです」

「……はあ? 過去が現在に勝てるわけねぇだろ」

 おっと。ユーフェミア譲りの口の悪さが。リアノーラは唇をゆがめた。黒マントはフードで顔はほとんど見えないが、驚いた様子を見せた。

「いつになく気が立っていますね。いつもの似非お嬢様言葉はどうしました?」

「似非……まあいいや。最近がストレスが多くて」


 って、なんで私はこんなやつに愚痴ってるんだ。


「じゃなくて。忠告の意味がさっぱり分からないんだけど」

「私に言えることはそれだけです。とにかく、魔術師が減ることは本意ではないのでね。灯台下暗しです。それと、大切なモノにはお気を付けを。ちゃんと囲っておいた方がいいですよ」

「はい?」


 ますます意味が分からん。


「あなたを狙うものは多いということですよ。くれぐれも負けないでくださいね。あなたは私たちの仲間になるのですから」

「勝手に決めるな。それに負けるつもりは毛頭ないけど」

「ほう。その意気です。さすがはお嬢様。では、私はもう行くとしましょう。これは置き土産です。どうぞお納めください」

「?」


 その時、上から布っぽい何か落ちてきた。


「頑張ってくださいね。お嬢様なら手こずることはあっても負けることはないでしょう」


 本当に何がしたいんだこいつはっ。そう思って黒マントのいた方を見るが、すでに姿がなかった。転移魔法だ。リアノーラも開発しようと思っているのだが、1人でやるにはいかんせん魔力が……と、これはどうでもいい。

 布っぽかったそれは、いきなり膨らんで人の形をとった。魔術か。リアノーラは一番近くの人形を弾き飛ばした。中は空洞だと思ったのだが、ちゃんと質感がる。


「っ。せいっ!」


 少々……いや、かなり少女らしからぬ声を上げ、リアノーラは人形の一つを人形に投げつけた。やたらに数は多いが、攻撃力は低いし耐久性も低い。とりあえず、殲滅しておこう。他に迷惑をかけるわけにはいかないし。

 とりあえず体力だけはあるリアノーラは、何とかすべての人形を叩き壊した。さすがに座り込んで肩で息をするリアノーラは、おもむろに口を開いた。


「ありがとう、助かった」


 感謝を述べられたリアノーラと同じデザインの制服を着た青年……つまりエドワードは、困ったように言葉を返す。

「いや、俺、ほとんど何もしてないけど。これ、なんだ?」

「魔術で動く人形。仕組みは謎。まあ、人形は古くから魔術によくつかわれるしね」

 そう言って自らを納得させたリアノーラはよいしょとばかりに立ち上がった。服を払って整える。そこでリアノーラはふと疑問を覚えた。


「そういえば、何しに来たのよ。っていうか、よくここがわかったわね」

「いや……事務員っぽいおっさんが血相変えてこの場所を教えてくれて」

「ああ、あの人ね」


 リアノーラは自分をここまで案内してきた男を思い出してうなずいた。

「で、何があったんだ?」

「……明日の勤務中に話すわよ。お昼を開けといてね」

 そこまで言ったところで、リアノーラは不意にあることを思い出した。


「そういえば、まだ誕生日プレゼント、あげてないわね」


 そういうと、エドワードはキョトンとした表情になった。どこか精悍な面差しの彼のそういう表情は、結構かわいい。そう思う時点でリアノーラも相当エドワードが好きなのだが、彼女自身は気付いていない。

 エドワードの誕生日は1月2日である。リアノーラの父アルヴィンと同じく祝われにくい誕生日である。ちなみに、父の誕生日は12月31日だ。

「いいよ、別に……」

 何かをあきらめたような表情でエドワードは言った。なに? 私は彼に対してそんなにひどい対応をしていたのか?

「いや、一応、私は誕生日プレゼントもらったし……何かほしいものとかないの?」

 並んで歩きながらエドワードを見上げると、彼は投げやり気味に言った。


「じゃあ今度デートしよう」

「え、そんなんでいいの?」


 リアノーラが驚くと、エドワードの方がなぜか驚く。

「え、いいの?」

「あんたが言ったんじゃない」

 リアノーラは首を傾けてエドワードを見上げる。サファイアブルーの瞳がアクアマリンの瞳とぶつかった。リアノーラはなぜか猛烈に気恥ずかしさを覚え、言い捨てるように言った。


「あ、あんたの誕生日プレゼントだもの。エドには世話になってるし、1日くらいなら……」


 付き合うわよ。リアノーラの持ち味であるサディスティックな言葉ではなく、割と普通のいいわけだ。エドワードに世話になっているのは事実だ。年が4つ離れているから、学校での記憶はないが、エドワードがナイツ・オブ・ラウンドに入ってからの付き合いだから、もうかれこれ3年の付き合いだだ。彼と接することが多かったのは、おそらく、年が一番近かったからだろう。今はエリスの方が近いが、彼は実はリアノーラと同じくらいの新参者である。従姉のウェンディという線もあったのだろうが、彼女と組めば収集がつかなくなると判断されたのだろう。たぶん。

「……そうか。ありがとう」

 何故か微笑んで礼を言われ、リアノーラは唇をもごもごとさせる。

「…………えっと、学校始まっちゃうけど、次の休日でいい?」

「ああ。大学生は暇だからな」

「いや、単位は?」

 エドワードの調子がいつも通りに戻ってきたので、リアノーラのツッコミもだんだんさえてきた。

 なんだろう。今までなら絶対サディスティックな言葉を投げていたはずなのに。どうしたんだろう、私。そんなもやもやを抱えながら、リアノーラはユーフェミアの元に戻った。


「お帰り」


 ユーフェミアがどこかほっとした表情を浮かべて言った。リアノーラも首を傾けてユーフェミアに尋ねた。

「大丈夫だった?」

「私は平気。戻ってくるのが遅かったから、心配した」

 リアノーラは席に座り、オーケストラの方を見た。すでに終盤に差し掛かっている。

「ああ……ちょっとそこでエドとあって、話をしてたんだ」

「そう」

 ユーフェミアの目元が優しげに和んだ。その間にも、表情を取り繕いながらリアノーラの心臓は大きな音を立てていた。


 本当に、どうしたんだろう。




* + 〇 + *



 エドワードが屋敷に帰ると、久しぶりに父のクライド=リプセット侯爵が帰ってきていた。


「帰ったか、エド」

「ええ。久しぶりですね……っていうか、俺、父上の名代でコンサートに行ったんですけど」


 音楽堂で遭遇したフェアファンクス姉妹も公爵である父の名代だったらしい。あのオーケストラは毎年、貴族や豪商にコンサートの招待状を送ってくる。金のあるパトロンを増やそうという魂胆らしいが、後援が傍流王族であるため、招待状が来れば名代を送ってでも行くのが通例となっている。また、素晴らしい演奏を披露してくれるので行く、という人も多い。

 そんなわけで、エドワードも父の代わりにコンサートに行ってきたのだ。継母のポーラを連れて行こうかと思ったのだが、下の異母弟がぐずったため、行けなくなった。エドワードも行くのをやめようと思ったのだが、ポーラに笑顔で屋敷から締め出された。


 まあ、それはともかく。


「いつ任地から戻ってきたんですか?」

「今さっきだな。もう少し早く着く予定だったんだが、雪がすごくてなー」


 クライドは軽い口調で言った。

 彼は海軍将校である。そのため、仕事で王都の屋敷を開けていることが多く、この屋敷の管理は長男であるエドワードに任されていた。

 エドワードは、あまり父と似ていない。母親に似ているのだとさんざん言われた。クライドは濃い金髪に紫の瞳をした精悍な面差しの人物だが、エドワードは意外に繊細な顔立ちをしている。子供の頃は体があまり強くなかったのも手伝って女の子と間違われることも多かった。


 たぶん、知られたらリアがさんざんからかってくるだろうな。


 いらないことまで思い出してしまい、エドワードは心の中でため息をついた。今のナイツ・オブ・ラウンドに昔のエドワードを知っている人物がいなくてよかった。年齢で言うならひとつ年下のエリスがグレーゾーンだが、上流階級のエドワードと平民出身の騎士侯であるエリスとでは、幼いころの接点がない。

 エドワードは父の前のソファに腰かけながら尋ねた。


「それにしても、半年も屋敷に戻ってこなかった父上が、どうしていきなり戻ってきたんですか? 俺、半年間すごく居心地悪かったんですけど」


 ここぞとばかりに訴えてみる。すると父はあからさまに動揺した。


「ちょ、おま、ここ、お前の家だろう。管理を任せてあるだろう」

「書類上は父上の屋敷です。っていうか、父親の後添いとその子供と暮らして、居心地いいわけがないでしょうが」


 別に継母や異母弟妹が嫌いなわけではない。ポーラはいい人だと思うし、半分血のつながった弟妹達はかわいいと思う。しかし、どうしても他人である、という感覚が抜けない。なまじポーラが優しいので余計に戸惑う。最近はナイツ・オブ・ラウンドのメンバーに交じっている方が居心地がいいくらいである。

「お前……したたかになったな……」

「……突然何言いだすんですか」

 しみじみとした口調でそう言われ、エドワードは若干引いた。まあ、言われてみれば昔は父に対してこんなことを言わなかったと思う。ナイツ・オブ・ラウンドに腹黒い奴が多いので、影響された自覚はある。


「それで。本当にどうしたんですか? 何か問題でも?」


 話を戻すと、クライドは不意にまじめな表情になった。

「……実は、幽霊が出るって騒ぎになってな」

「は? どこでですか?」

「私の職場、つまりローダム海峡海軍基地でだな」

 クライドが司令官を務めているローダム海峡海軍基地は王都ロザリカから最も近い海軍基地になる。ローデオル側に面しており、リプセット侯爵の領地があるのもそのあたりだ。

 ちなみに、アルビオンには騎士団と軍が存在するが、騎士は主に王侯貴族の護衛、軍は国防を担っている。警察は軍の下部組織になる。

「……父上、軍所属ですよね? 軍隊でそんなうわさが広がってるんですか?」

「軍といっても、下はお前より年下から上は私より年上までいる。それなりに経験積んだ軍人はともかく、お前より若い奴らはなぁ」

 クライドが苦笑気味に言う。ふざけた父だとは思うが、仕事はちゃんとしているらしい。

「一度、お前の彼女に祈らせるかという話もある」

 へえ、そうですか。と流しそうになってエドワードはクライドの言葉を反芻した。

「すみません。俺の彼女って誰のことですか?」

「リアノーラ嬢だ。違うのか?」

 うん。そんな気はしていた。いや、自分の態度があからさまな自覚はあるのだが、みんなに言われると自分の押しが弱いのかと思ってしまう。いや、弱いのかもしれないが。しかし、はぐらかすリアノーラも悪い。と思いたい。

 とりあえず、ここは訂正しておく。

「……祈るのは聖職者です。リアなら幽霊的なものは武力で駆逐しますよ」

 そう。これだけは断言できる。彼女は祈るのではなく、武力を行使するタイプだ。

「というか、幽霊が出たくらいで父上が呼び出されたんですか? 幽霊くらい、自力でどうにかしてくださいよ」

 魔術師と戦ってみたりしたエドワードは、だいぶ常識が破壊されていた。

「いや、それは否定できないが、非公式だが、軍艦が一隻沈没した」

「沈没? 座礁……ですか?」

 エドワードは軍事関係に詳しくない。父も騎士から軍人に転向したので、相当勉強したのだと思う。父曰く、


『後輩にアルヴィンのような化け物がいるんだぞ? 自身もなくすわ』


 だそうだ。リプセット侯爵家、フェアファンクス公爵家に振り回されすぎだろう。リアノーラも自分の父を化け物扱いしているが、彼女自身も相当化け物じみていると思う。化け物に例えるのはあまりよろしくないので、神がかり的といってもいい。

 話を戻す。

「それが座礁ではないんだ。重機を使って引き揚げてみたが、特に沈没するような外傷はなかったんだよな。だから謎で。沈んだのも港につながれてる時だし」

「乗組員は無事だったんですか?」

「ゆっくり沈んだからな。沈みだした船を浮き上がらせるのは難しいから、沈んでから引き上げたが、死傷者はいなかった」

「それは何よりです。でも……」

 エドワードは顔をしかめた。リアノーラと行動を共にするようになってさまざまな事件に巻き込まれたが、不気味な事件だ。

「明日、私は陛下と宰相に話に行く。お前はリアノーラ嬢に話しておいてくれないか?」

「わかりました」


 どうやら、エドワードはリアノーラとの連絡係として認識されているらしかった。



ここまで読んで下さり、ありがとうございます。


リアとエドも微妙な関係だし、エドと家族も微妙な関係ですね。ちなみに、どちらも関係は良好ではあります。

エドも比較的まじめな人物だったはずなのに、いつの間にこうなったんでしょうか。ひしひしと漂う残念感……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ