事件解決?2
魔法陣事件、解決編というか後日談というか。読まなくても本編には影響がないくらい短いです。
一連の魔法陣事件の実行犯として捕まるなり任意同行してもらった人たちの尋問が終わったのは、すでに学校が冬季休業に入り、年末年始の式典や夜会で宮殿がにわかに忙しくなってからだった。
「リアノーラ様、すみません!」
「はい!? ああ、アーサーさん」
書類を持って走ろうとしていたリアノーラは呼び止められて不機嫌そうに振り返った。しかし、すぐに相手が宮廷魔術師のアーサーだと気付き、表情を改めた。ちなみに、宮殿内は走行禁止である。
「例の魔法陣事件ね? なんて?」
「とりあえず、資料としてまとめてみましたが」
忙しいだろうということで配慮してくれたのだろう。リアノーラはアーサーが笑みを浮かべて差し出した書類を受け取った。だが、だがな。
それを読む暇もないんだよ!
微笑んで去っていくアーサーを同じく笑みで見送りながら、リアノーラは心の中でツッコんだ。そして、増えた書類を持って宰相室に向かう。
リアノーラがアルヴィンの娘だからか、宰相との取次はすっかりリアノーラの役目になっている。まあ、別にいいのだが、この時期のアルヴィンは荒れている。
なので、ノックをしてから執務室に入った。
「失礼します。宰相、書類をお持ちしました」
「ああ、どっかその辺に……って、お前、リアか」
顔を上げたアルヴィンは娘の顔を見て驚いた表情になった。お前、本当に人間か? と思うほどの体力の持ち主であるアルヴィンだが、年が切り替わるこの時期の仕事はつらいらしい。ずっと椅子に座りっぱなしというのもまずいのかも。
「かしこまった口調だから、誰かと思ったぞ」
「うん。そういうお父様は疲れてるのね。キャラが崩れてるわよ」
「キャラってなんだ」
アルヴィンにツッコまれてもリアノーラはあいまいに微笑むだけにとどめた。なんだかんだで、強烈な性格をしている妻ディアナの影響を、アルヴィンは受けていると思うのだ。
リアノーラは持ってきた書類をどさっと執務机においた。魔法陣事件の資料に関しては忘れないようにあらかじめよけてある。
「……リア。ちょっと手伝っていかないか」
「いやよ」
父が冷めた紅茶のカップを手にしていたので、リアノーラは手を伸ばし、それを温めた。娘に手伝わせようとするアルヴィンは相当疲れているんだなぁと思いながら。
嫌とは言いつつ、リアノーラは空いているソファに座った。というより、無理やり座る場所を作ったと言った方が正しい。それくらい、宰相の執務室は書類であふれていた。これ、今年中に終わるんだろうか。
他人事のように考えつつ、リアノーラはざっと魔法陣事件の資料に目を通した。一応報告書の形をとっているので、要点だけかいつまんでいく。
「ウィットフォード教授は魔法復活医療の実験をしてみたかったと語っているらしいわよ。調べたけど、あの王都に書かれた古い魔法陣、発動したらその範囲内の人がすべて死んでしまうかもしれないくらい危険なものだったんだけど」
「そうか」
「ちゃんと発動しないようにはしてきたわよ。やっぱり、《暗黒のカネレ》から技術提供を受けていたのね。言葉巧みに担当してるサークルの学生を巻き込んで殺人を実行してたみたいね。一種の洗脳みたいなものね。宮殿内で官吏が1人殺されたのは教授が手を下したみたい。たぶん、ハロルドもそうなんでしょうね」
「そうか」
「宗教って怖いわね。まあ、魔術も宗教のひとつって考えられてるんだけど。実行犯の学生は情状酌量の余地があるって判断みたい。教授は牢獄から生涯出られないと思うわ」
「そうか」
「でも、やり方が見事よね。解明してみれば大したことないけど、ちゃんと犯行現場を見られないように計画されてる。それを考えれば、明らかにさらわれたとわかる状況でさらわれたユフィと祥子の事件は、明らかにミスリードだと分かったのにね」
「そうか」
「……お父様、老けた?」
「そうか」
この人、人の話聞いてないな。すべてに「そうか」で答えられたリアノーラは心の中で思った。ちなみに、やつれてはいるがアルヴィンはべつに一気に老けたりはしていない。実年齢を考えれば若々しいくらいだ。
それはともかく、首謀者であるウィットフォード教授が事件を起こしたのは自分の魔術的素養を評価されないという事情かららしい。リアノーラの読みは当たっていたということになる。
正直、リアノーラには理解できない事態だった。リアノーラは自分の能力が優れていると思ったことはない。むしろ、魔力がなければよかったと思うくらいだ。魔術師に多い気質らしいが、実験は好きだし、試してみたいこともいろいろある。魔力がなければユーフェミアはここまで生きてこれなかったかもしれない。
それは理解している。それでも、もしも、自分が普通の人だったら、と思わないではないのだ。
だから、リアノーラには一生、ウィットフォード教授の思いを理解することはできないのだろう。
リアノーラはため息をつき、積み上げられた書類に何気なく手を伸ばした。政府のとある部署の今年の経費だった。ざっと目を通し、リアノーラはさらりと言った。
「これ、計算間違ってるわよ」
そこで初めてアルヴィンが反応した。顔を上げ、しばらくリアノーラの手元の書類を見つめると、
「直しておいてくれ」
とだけ言った。リアノーラは見つけてしまったものは仕方がないと、正しい数値を書き直した。
「お前、便利だな……会計書類、全部見ないか?」
「しないって言ってるでしょ。大体、国家機密文書でしょうが……」
父にツッコミを入れるという珍しい状況に戸惑いながらもリアノーラは冷静に言った。その時、ノックがあった。
「すみません、ハワードです。確認したいことが……」
返事を待たずに入ってきたのは内務省補佐官のハワード=ディケンズだった。彼はリアノーラを見つけると言った。
「何休んでるんですか、あなたは! ナイツ・オブ・ラウンドの警備計画資料、提出が遅れてますよ!」
「!? すみません!」
リアノーラは立ち上がると挨拶もそこそこに宰相の執務室を出た。
ナイツ・オブ・ラウンド現在8名。その中で、事務能力に不安があるのはウェンディとアンドリューだけだ。ほか6名は特に問題なく事務作業ができるのに、なぜナイツ・オブ・ラウンドはこんなに手際が悪いのだろうか。何となく不思議になるリアノーラである。
「ただいまー」
「遅い! リア、そこの警備予算表片付けろ!」
ナイツ・オブ・ラウンドの事務室に入った途端、ユリシーズの指示が飛んだ。遅くなったのは事実だから、リアノーラは特に文句も言わずに割り当てられた執務机のもとに向かう。そこには経費の資料が積み上げられていた。
「ねえ。何で私、予算の資料ばっかりなの?」
「君が数学科だからでしょ」
向かい側の席のエリスが苦笑するように言った。そんな彼はひたすら代筆のサインを書いている。リアノーラはあきらめて経費の資料に目を通し始めた。
ざっと10件分を見て、リアノーラはため息をついた。
「ちょっと! 予算案、計算間違い多すぎなんですけど! 誰よ、計算したの!」
「今年の下半期分はエド。上半期分はティニーさん」
「ちょ、ティニーさんに計算させちゃダメでしょ! あの人頭弱いんだから!」
「リア。そのセリフ、ティニーさんが聞いたら泣くよ……」
何故かエリスと言い争いながらリアノーラは計算結果を修正していく。まだ辞任してから2か月しかたっていないのに懐かしく感じる元同僚を思い出しながら、書類をさばいていった。
「ほい、リア。お疲れ様」
斜め後ろから紅茶を差し出され、リアノーラは振り返った。にこにこ顔のウェンディが立っていた。
「ウェンディは事務仕事はいいの?」
「ユーリに効率が下がるからやめろって言われた……」
「ああ。なるほど」
リアノーラは思わず納得してうなずいてしまった。ウェンディはリアノーラの父方の従姉なのだが、彼女はあまり頭を使う単調な作業が得意ではない。
「リア、ひどいっ」
ウェンディがすねてみせるがリアノーラは疲れたように笑って「すねてもかわいくないわよ」とだけ言った。
「リア」
「何よ」
今日は方々から名を呼ばれる日だな、と思いながら生返事をする。左隣のエドワードだった。
「あの、魔法陣事件のことなんだが……」
「ああ、カーティス? 彼ならユフィと祥子の誘拐しか犯行が立証されてないから、おそらく、刑期は5年前後でしょうね。保釈金を払えば仮釈放もありうるって。まあ、洗脳を解くカウンセリングが必要になると思うけど」
リアノーラは目を上げずに言った。「洗脳?」とエドワードが不思議そうに聞き返してくる。
「そう。私も少しあるけど、主犯格のウィットフォード教授は魔術師で、少し精神に作用するテレパシーを持ってたみたい。何度も言い聞かせれば思い込んでしまうって言う能力ね。こればっかりは調べてみないとわからないけど、アーサーさんがそういってたから、たぶん、そうなのだと思うわ」
ああ、また計算間違いを見つけた。リアノーラは数値を訂正しながら話を続ける。
「それで、自分が見てるサークルに参加する学生を洗脳していったみたい。王都に描かれた巨大な魔法陣で誰かを復活させようとしたみたいね。誰かはわからないんだけど」
軍部はナイツ・オブ・ラウンドに情報を渡さないだろう。まあ、宰相に報告義務がある時点でリアノーラ経由でばれることはある。か
「もっと詳しく知りたいなら、捜査資料を読むのね」
そこでリアノーラははじめて顔をあげた。片手にペンを持ったエドワードと目が合う。リアノーラは彼の手元を見て少し眉を寄せた。
「エド……」
「………」
「そこ、書く場所間違ってるわ」
「何!?」
エドワードは目を見開いて自分の手元を見た。そして自分が書いた文字列を目で追い、頭を抱えた。
「ああ……やってしまった」
「仕方がないから一から書き直せ」
「ですよね……」
ユリシーズの無慈悲な言葉にもエドワードは仕方がないとうなずいた。しかし、リアノーラは経費確認の手を止め、エドワードのほうに手を差し出した。
「それ、見せて。間違ったところから直せると思うわよ」
「お前、そんな特殊技能が!?」
「魔術ってすごいね……」
エドワードとエリスが感心したように叫ぶないしつぶやいた。アルビオン宮廷では現在、羊皮紙ではなく紙を公式文書に使用しているため、間違えたところだけ削り取ることは不可能なのだ。紙のほうが安価なのだが、こういうところは不便だ。
しかし、リアノーラが文字を指先でなぞるとその部分の文字が消えた。
「ありがとう。すごいもんだな」
単純に感心した様子で言ったエドワードにリアノーラは苦笑を浮かべた。少し離れた席からユリシーズのツッコミが飛ぶ。
「リア。公式文書改ざんの疑いとか、かけられないようにな」
「……あは」
リアノーラは笑ってごまかした。自分の力が、公式文書改ざんにも使用できると理解はしていたが、改めて指摘されると本当にできてしまうんだな、と感慨深いものを感じる。いや、しんみりする場面ではないが。
「とりあえず、リア、エド。2人が書類を上げてくれないと、私はサインできないんだけど」
サインを終え、ハンコを押し始めたエリスに指摘され、リアノーラとエドワードは下を向いた。この2人の書類の最終確認をしているのがエリスだった。だから、2人が作業を追えないと彼の仕事がないのは事実だ。リアノーラは書類の山を見つめてため息をついた。
未分類の書類の山は、まだここに居座るつもりのようだった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
次回、年を越えます。そういえば、この話では特に年代を指定してないですねー。だいたい、18世紀から19世紀をイメージしていただければと。




