即位記念式典の結末
転換期その2です。やっぱりたいしたことないです。一応自刃描写があるのでお気を付けください。拒否感のある人は回れ右を推奨いたします。
そして、最初と最後の温度差……。
不毛なユーフェミアとソフィアの言い争いを聞いていたリアノーラは、時ならぬ声に振りかえり、目を向いた。
「お母様っ!?」
「ディアナ!? 何をしている、お前!」
アルヴィンも叫んだ。母ディアナはへらりと笑みを浮かべる。
「ごめん、捕まっちゃった」
……父いわく、母は昔からこんな感じだったらしい。人質になっても危機感なし、悪気もない。この辺り、リアノーラに遺伝したかもしれない……。しかし、この状況で「ごめん」はない。少なくとも笑って言うことではない。
「……どういうつもりですか、ブライアンさん」
アンドリューが剣に手を置きながら言った。彼の周りに、現役ナイツ・オブ・ラウンドのリアノーラとウェンディ、さらにリアノーラの隣にユーフェミアが並んだ。
ディアナの首元に剣を当てているのはナイツ・オブ・ラウンド第4席ブライアンだった。先代の国王から王家につかえる彼が、なぜ。
「……ブライアンさん。お母様を放して」
リアノーラが一応訴えてみる。無駄だということはわかっているが、一応。慣例に乗っ取ってみる。ユーフェミアはそういうことを言うタイプではないし、リアノーラが言ってみることにした。ブライアンはちょっと呆れたように返した。
「月並みだな」
「あんたもだよ」
ブライアンにつっこまれたリアノーラはさらに突っ込み返す。ディアナを人質にとったということは、アルヴィンかチャールズ4世に要求がある可能性が高い。
「……アル。どうしてナイツ・オブ・ラウンドをやめたんだ」
突然ブライアンが言った。年の近いアルヴィンとブライアンは仲が良かったという話だ。リアノーラがエリスやエドワードと仲がいいのと同じだろう。
「私はウィリアム王の騎士だ。チャールズ4世陛下の騎士ではない。彼の騎士はリアノーラだ」
名前を出されて、リアノーラは内心焦る。
一代につき1人はナイツ・オブ・ラウンドが排出される騎士の家系のフェアファンクス公爵家だ。アルヴィンがナイツ・オブ・ラウンドを続けていても、ユーフェミアはソフィアの騎士になっただろうし、リアノーラもソフィアの騎士になったのだろう。
たぶん、アルヴィンがナイツ・オブ・ラウンドだったならば、リアノーラは現時点でナイツ・オブ・ラウンドになることはなかった。
「俺は、あなたにあこがれていた。あなたはアルビオンの騎士の具現だ。あなたがナイツ・オブ・ラウンドでなければ、それはナイツ・オブ・ラウンドではないと思うくらいに」
……ふと、リアノーラの脳裏にお父様無敗伝説がよみがえる。父のアルヴィンは騎士時代から人気があった。騎士の中の騎士と言われ、国王ではなく騎士のアルヴィンを尊敬崇拝する人もいたくらいだ。
「ディアナを解放する代わりに、私にナイツ・オブ・ラウンドに戻れと?」
それはすごい要求である。逆に言えば、脅迫しなければ、アルヴィンがナイツ・オブ・ラウンドに戻らないということをブライアンが理解していることになる。しかし、やり方がぶっ飛んでいた。
「え。アルがナイツ・オブ・ラウンドに戻ってくれるならちょっと嬉しいかも……」
「お母様は黙ってろ!」
空気を読まない母の発言に、ユーフェミアとリアノーラが同時に叫んだ。悪気がないところが一番悪いという定評のあるディアナだ。リアノーラもそのきらいはあるが、ディアナと違って自覚はある。娘2人につっこまれたディアナはしょんぼりする。
「……誰に何を言われても、それはできない」
断言したアルヴィンに、さしものディアナの顔もこわばった。危機感はちゃんとあるようだ。よかった。と、妙なところでリアノーラは安心する。
「なぜだ! あなたほどの腕がありながら、遊ばせておくのか!?」
「……不可能だ。私はナイツ・オブ・ラウンドに戻ることは、できない」
アルヴィンはため息を一つ落とす。
「お前たちの足を引っ張るだけだ」
「ディアナ!」
ブライアンとディアナの向こうから、チャールズ4世がやってきた。何やってんだ、護衛! ちゃんと安全なところに連れて行けよ!
「ブライアン、何してるんだ貴様っ!」
「お父様、ちょっと黙ってて!」
リアノーラの後ろからソフィアが叫んだ。なんか情けない。このとき、場違いながらチャールズ4世とディアナは確かに兄妹なのだと思った。アルヴィンが再びため息をついた。
「国王も来たか。王としては感心できないが、ちょうどいいな」
その言葉にユーフェミアが後ろを振り返り、彼女にしては珍しくぎょっと目を見開いた。リアノーラも後ろを振り返る。
「なにやってんの!?」
いや、リアノーラたちの前ならいいが、今ここにはベアトリックスたちがいるのを忘れられては困る。なぜかアルヴィンが上着を脱ぎ捨て、シャツのボタンに手をかけていた。
そこではっとリアノーラは気が付いた。それはアルヴィン自身のほかにはリアノーラしか知らない事実。
「見ろ」
アルヴィンがブライアンたちに背中が見えるようにシャツをはだけ、後ろを向いた。全員がそちらを凝視する中、リアノーラだけは目をそらした。
「5年前、私とリアがかどわかされたのを覚えているか?」
シャツを羽織りなおしながら、アルヴィンが言った。さらったのは《暗黒のカネレ》。正確には誘拐されたリアノーラをアルヴィンが単独追跡した。その時拷問された痕が、アルヴィンには残っている。
見なくても、リアノーラには脳裏に刻みついていた。意識して思い出さないようにはしていたが、それでも5年前のことはリアノーラのトラウマだ。
なぜなら、リアノーラの目の前で、父は拷問されたのだから。
彼らの狙いは、魔術師であるリアノーラだった。魔術師が減少する現在、戦力を確保するためにリアノーラを抱え込もうとしたと考えられているが、定かではない。本当にリアノーラを組織に引き込みたいのなら、あの場でアルヴィンを殺し、リアノーラを連れてアルビオンを出ればよかったからだ。
真相が判明しないまま、リアノーラたちは当時のナイツ・オブ・ラウンドに助けられた。その後、父は騎士を引退した。
リアノーラを思いやってか、アルヴィンは辞職する理由を誰にも言わなかった。自分はウィリアム王の騎士だといって。リアノーラをおもんぱかったのだろうが、その事実を言わないことが、自分のせいだと逆に言われたようでつらかった。
「その時に受けた傷だ。完治していない。……というか、完治することはない。右の肩甲骨とその周辺の筋肉がえぐられて、再生しない。かつてのように剣を扱うのは不可能だ。最高のコンディションを引き出せない以上、私は騎士をやめるしかない」
淡々としたアルヴィンの言葉に、一番に反応したのはディアナだった。
「そんな……あなた、大丈夫だって!」
「このことを知っているのはリアだけだ。だれにも言うなと、私が言った。リアに非はない」
「リア、お前……」
ユーフェミアの視線が突き刺さる。お前のせいではない。父は、あの時もそういって珍しく微笑んだのだ。
「……だけど、リアの魔術なら……」
「今の魔術技術で、なくなった骨や筋肉を再生することはできないわ。……魔術は万能じゃないの。少なくとも、私にはできないわ……」
できたなら、とっくにやっている。アルヴィンのひどい傷跡が残る怪我は、宮廷魔法医とリアノーラが手を尽くした結果である。リアノーラは唇をかんだ。
「ブライアンさん。どうしても殺すなら、私にして。お父様の騎士人生を奪ったのは私よ。お願い。お母様を放して」
「何バカなこと言ってんの!」
ディアナがリアノーラに全力でつっこんだ。悪気がないところが最も悪いといわれても、ディアナはちゃんと母親だ。
「ああああーっ!」
ブライアンが剣を振り上げる。放されたディアナはチャールズ4世に引き寄せられる。動こうとしないリアノーラの前に、ユーフェミアが滑り込んだ。彼女の腕力では受けきれないので、彼女は身をひねって受け流す。さらに左手でもう1本の剣をぬく。
「……っの! リア! いい加減にしろよ!」
「ユフィ!」
ウェンディが駆け寄り、ユーフェミアの援護に入る。感情任せのブライアンの剣は鈍っていた。アルビオンでも最高クラスに入るであろうユーフェミアの剣術と、騎士学校を優秀な成績で卒業した若いウェンディに押されている。
「陛下!」
さらに駆けつけてきたのはエドワードだった。右手に持った剣は血のりで汚れている。きっと、強行突破してきたのだろう。ブライアンがユーフェミアたちと斬り合っているのを見て息を呑む。
「エドワード! 構わん、ブライアンを殺せっ!」
間違いなく、今のナイツ・オブ・ラウンドの中で最も強いのはブライアンだ。彼に張り合えるとしたら……それは、エドワードだろう。おそらく、単純な技術だけならはユーフェミアの方が上だろうが、彼女には体力と膂力がなかった。
エドワードはこの謎の状況に疑問を投げかけなかった。ただ、ナイツ・オブ・ラウンドとして主君の命に答えた。
「御意!」
だが、エドワードが地を蹴った瞬間。ユーフェミアとウェンディが吹き飛ばされた。エドワードが目を向く。ブライアンは自分の首筋に剣を当て、力任せに引いた。悲鳴が上がった。頸動脈から鮮血があふれる。あのままなら即死だ。
「リア!」
殺せと命令したチャールズ4世が、リアノーラの名を呼んだ。リアノーラはすぐに了解した。ブライアンに駆け寄るが、リアノーラの魔術ではもう施しようがなかった。リアノーラは息を確認して、首を左右に振った。
「……すみません」
リアノーラは目を伏せた。同じくブライアンの近くにしゃがんだチャールズ4世は首を左右に振った。
「いや……こちらこそすまん。ディアナを人質にした時点で、処刑は確定していたのだが……」
いくら国王と宰相が手心を加えても、ブライアンが剣を向けたのは国王の妹。つまるところは先王の王女だ。王族に剣を向けることはこの時代でも大罪だ。議会が減刑を了承しないだろう。
「……ドミニクを発見した騎士によると、すでに死んでいたそうです。おそらく、捕まるくらいならと毒を飲んだのだろうと」
エドワードが報告した。チャールズ4世は目を伏せる。
「……陛下。とりあえず、移動しましょう。シムネア宮ならまだ手も及んでいないでしょう」
宰相のアルヴィンが冷静に判断した。ソフィアが駆け寄ってきて、エドワードに尋ねる。
「ジェームズたちは?」
「宮殿内のマーガレット神殿にいます。神殿は王権でも不可侵ですからね。騎士団も護衛についていますから、大丈夫です。まあ」
エドワードが自分の主君をにらむ。
「陛下は出てきちゃいましたけど」
守られる立場の人が何やってんだ。まあ、王位継承権上位者であるユーフェミアやリアノーラが騎士をしている時点で若干おかしいが。
ぼんやりと会話を聞いていたリアノーラははっと周囲を見渡す。同じく、何かを感じたらしいアレクシアが駆け寄ってくる。目の前で人が死んだのに泰然としているアレクシアはなかなか肝が太い。祥子などは真っ青になっていた。
「リア……この感じ」
「あ~、いやだね。アレクは祥子たちをお願い」
「うん」
アレクシアが駆け戻っていくのを見て、それからリアノーラはユーフェミアに声をかけた。
「ユフィ。魔術攻撃が来るかもしれないから、よろしく」
「あ? いくら私でも、発動済みの魔術はどうにもできんぞ」
「ユフィ。言葉遣いに気を付けろ」
こんな時にまでダメ出しをする父。ユーフェミアの言葉遣いが悪いのは今さらである。
「まあ、初撃くらいなら私が防ぐわよ。ちなみに、この中で魔術破壊ができる人、いる?」
魔術破壊は高度な剣技である。正確さとスピードが求められ、かなり目と反射神経がよくないとできない。力は必要ないが、正確に魔術を使用するときに出現する魔法陣の核を切る必要があった。今のところ、リアノーラは父アルヴィンと姉ユーフェミアが使っているところしか見たことがない。
「そんな人間離れしたこと、できるわけないでしょ」
「ウェンディに同じ」
ウェンディとアンドリューが言った。うん、そうだろうね。あまり期待してなかったよ。アンドリューがエドワードはどうかと尋ねたが、彼も首を左右に振った。
「鋭意訓練中です」
「……いつでも相手になってあげるわよ……じゃあみんな、巻き添え食らわないようにね」
リアノーラは微笑んでいった。ブライアンのことが尾を引いていないわけではないが、この現状は、リアノーラがなんとなしないとまずい。
「リア。お前――」
チャールズ4世が何か言おうとしたが、その前に魔法攻撃が来た。リアノーラはその氷の礫に人差し指を向けた。
「爆ぜろ」
最も短い呪文で、それを破壊した。言葉は力、力は思い。強く思えば思うほど、魔術は強く働く。
「さすがですね」
「あなたも、しぶといですね」
姿を現したセレンディの王子パトリスを見て、リアノーラは微笑んだ。どうやら、見張りの騎士を振り切ってきたらしい。魔術師ならば、難しい話ではない。
「パトリス殿下。あなた、何をしたいのですか?」
リアノーラは直球に尋ねてみることにした。背後でみんなが固唾をのんで見守っているのがわかる。パトリスは笑った。
「まさか、答えるとは思っていないでしょう? 僕をとらえれば外交問題ですよ」
「痛いところをついてきますね」
正式にパトリスがセレンディの王子である以上、何らかの危害を加えればセレンディから因縁がつけられるのは当然である。そこはユリシーズも危惧したところである。しかし、完全に放っておいて、何かされるのも困る。
「……あなたがこれだけ派手に動いてるんです。裏で何かあるのですよね」
まるで疑ってくれと言わんばかりの彼の行動。パトリスはおかしそうに言った。
「だとしたら?」
たぶん、視線に物理的な力があったら、リアノーラはパトリスを射殺していたと思う。その視線を受けて、パトリスが手元に魔法陣を描いた。リアノーラも負けじとばかりに右手で印を切る。
「リア!」
「そこまでだ」
ソフィアが咎めるような声を上げた時、別の女性の声が響いた。リアノーラとパトリスの魔法陣が驚きで消え失せる。
長い赤毛を一つに束ね、漆黒の切れ長の目をした長身の女性がパトリスの背後から近づいてきていた。そこにはなぜか赤っぽい金髪の女性とエリスの姿。思わずエリスをにらむと、彼は謝るように手を合わせた。
「……コーデリア殿」
チャールズ4世がつぶやいた。世界最強の女性、ファルシエのコーデリア女王。彼女にはアルビオン最強と言われるアルヴィンですらかなわないだろう。齢15で軍事大国の女王となった彼女は、統治者としてすぐに頭角を現した。もともと妾の娘であり、王位には遠かった女性が何故女王になったか。そのあたりはさまざまな逸話があるのだが、現在、重要なのはただ一つ。
ここにいる誰も、彼女にはかなわないということ。たとえアルヴィンが最盛期であったとしても、勝てるかどうかわからない。それくらい、コーデリアは強かった。
100名近い敵に囲まれて、生き残った。
魔術師殺しでもないのに、剣だけで魔術師を10人以上一気に切り殺した。
ファルシエの偏狭で起きた動乱を、たった1人で鎮圧した。
どこまでが事実化はわからないが、その力は人に恐怖を与える。たとえば、今のリアノーラたちだってそうだ。彼女の存在に、体が震えた。
「パトリス。それに、リアノーラといったか。いさかうだけ無駄だ。やめておけ」
コーデリアの言葉に、赤っぽい金髪の女性が同意した。
「叔母様の言う通りよ。やめなさい、パトリス」
「……姉上」
パトリスが呆然とつぶやいた。って、ちょっと待て。突っ込みどころが多すぎるぞ。なにこの急展開。
「……失礼ながら、セレンディのレオンティーヌ王女ですか?」
アルヴィンが尋ねた。女性が首肯したのを見て、誰かが悲鳴を上げたが、だれか確認する余裕はない。リアノーラも片頬をひきつらせて尋ねる。
「……レオンティーヌ王女は行方不明とのお話でしたが」
「ええ。父が幽閉されてすぐ、わたくしは国を出て、叔母が治めるファルシエに行きましたから」
にこーっと悪気なさそうにレオンティーヌが笑う。そこはかとない腹黒さを感じ、ああ、本当にパトリスの姉なんだな、と思う。他国の貴族家系図がいまいち頭に入っていないリアノーラは隣まで来ていたアルヴィンに確認した。
「セレンディの王妃様って、ファルシエ出身だっけ?」
「ああ。ラヴィニア王妃だな。コーデリア女王の異母姉にあたるだろう」
「マジかっ」
ファルシエの先の王は子供が多いことで有名だった。多くの愛人を抱え、多くの子供を残した。その愛人の子供の1人がコーデリアである。この辺りは覚えるのが大変なのだ。
「叔母様にもご迷惑をおかけしました。さあ、パトリス。帰るわよ」
「先に出て行ったのは姉上の方でしょう!」
「馬鹿なこと言わないの。わたくしが戻るまで待ちなさいっていう伝言、聞かなかったの?」
「なんですかそれは! 聞いていません!」
「あら?」
のんきに首をかしげるレオンティーヌに、アルヴィンが珍しくため息をついた。何となく、その気持ちがわかる気がした。
「ユフィ!」
その時聞こえたソフィアの時ならぬ声にリアノーラとアルヴィンは振り返った。ディアナも「まあっ」と悲鳴を上げている。ユーフェミアがエドワードの腕の中でぐったりしていた。リアノーラは国賓の存在を忘れてあわてる。
「ユフィ!」
同じく悲鳴のような声を上げて駆け寄ろうとした。しかし、たどり着く前に視界が揺れた。
「へ……っ?」
「リア!」
父の驚きの声を聴きながら、リアノーラの意識は途絶えた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
途中まで結構まじめだったんですけど、どうしてこうなってしまったのか自分でも若干謎です。
次は解明しない謎解きです。どうぞ期待せずに見守ってください。




