式典、のちに動乱
ちょっと転換期です。って言っても、たいしたことないですけど(笑)
式典の最終日。格式ばった式典は、ナイツ・オブ・ラウンドが半分の状態で行われた。リディアとクェンティンが回復していないからだ。それどころか目を覚ましもしないくらいである。それを悟られないように、わざと半分の参加にした。ユリシーズの案だが、彼自身もうまくいっているかは自信がないらしい。幸い、最終日の式典は初日ほど格式ばっていない。ちなみに、アルビオン最強の騎士アルヴィンの娘ということで、リアノーラは参加していた。肩書というのは大切である。
式典で裏方に徹していたエドワードは、国王のそばに立っていた。一段高くなっている上座には、国王夫妻とその子供たちが座っている。ただし、このパーティーに参加している『ソフィア王女』は影武者のユーフェミアである。
ユーフェミアは母親似だ。遠くから見ると何となくリアノーラとユーフェミアは似ているが、よく見ると顔立ちは結構違う。少なくとも、ユーフェミアは母親に、リアノーラは父親に似ている。言葉が辛辣なのはユーフェミアだが、いざという時に冷徹なのはリアノーラだ。
翡翠色と淡い水色、濃い青のマントのナイツ・オブ・ラウンドが何か話し込んでいる。しばらく眺めていると、翡翠色と淡い水色のマントの騎士が振り返った。2人がふっと笑ったのでエドワードも微笑んだ。だが、すぐに濃い青色のマントの騎士に連れて行かれた。エドワードは苦笑する。
パーティーは盛り上がっている。ただ座っていることに退屈してきたのか、国王が王妃に手を差し出した。
「アンジェラ、踊らないか?」
「まあ」
濃い紫のドレスをまとった王妃アンジェラがおかしそうに笑い、チャールズ4世の手を取った。エドワードは警護についていたブライアンと目を見合わせ、うなずいた。上座は任せろという意味だ。ブライアンが国王夫妻につき従って段を下りていく。
それを見ていたジェームズが、姉のソフィア……ではなく、ソフィアの影武者であるユーフェミアに話しかけた。
「姉上、僕らも踊らない?」
ユーフェミアは伏せていた目を開き、魔術によって色を濃くされた碧眼をジェームズに向けた。化粧によって幾分和らいで見えるが、それでもソフィアよりも鋭い眼光だった。
「……マリアと踊ってこい。私はいい」
「わかった。マリア、行くかい?」
ジェームズが手を差し出すとマリアンヌはすぐにその手を取った。彼女も暇だったのだろう。2人が段を下りていくのに従い、アンドリューが上座を後にした。それを見送り、エドワードとともに残ったウェンディがユーフェミアのそばに膝をつく。
「大丈夫? 体調が悪いの?」
彼女はいつも顔色が悪いので、体調の良し悪しを判断するのは難しい。
「大丈夫だ。イルゼ殿のそばによるわけにはいかないんだろう?」
言い訳のようにユーフェミアが言った。ウェンディとエドワードは目を見合わせた。
ユーフェミアの瑠璃色のドレスによく映えるシルバーブロンドも魔術の手を加えたものだ。彼女の生来の髪色はプラチナブロンドだ。純粋な銀髪ではない。
魔術の手を加えているということは、魔術師殺し、つまり魔術無効化体質のローデオルの騎士イルゼ=ウェルフェルトのそばによると魔術が解けるということだ。外見の魔術だけではなく、ユーフェミアは体の治療も魔術で行っている。その魔術が解けるのは非常にまずい。
「それに、ここからの方が人の動きがよく見える」
「………」
ユーフェミアの方がよっぽど騎士である。あまり知られていないが、ユーフェミアはソフィアの専任騎士である。確かに、一段高くなっている上座からは、広間がよく見渡せた。
ナイツ・オブ・ラウンドとして、要人の顔は覚えなければならない。見渡していると、見たことがある顔がいくつかある。外国人が幾人かおり、変わった色の髪や、形の礼服があったりした。
西洋系ではなく東洋系の顔立ちの祥子も、今日ばかりは目立っていない。いや、目につくことはつくが、ちゃんと溶け込んでいて浮いている感じはなかった。髪を結い上げて落ち着いたクリーム色のドレスをまとい、さらに眼鏡をかけると大人びて見えた。通訳ということでアルヴィンにくっついている。
さらに視線を移すと、会場の端に赤いマントのナイツ・オブ・ラウンド第1席のフランクリンと影のような黒いマントを羽織った少女、アレクシアが立っていた。全身真っ黒なアレクシアは、柱の陰になっていることもあり、そのまま闇に溶けていきそうだった。
「……何か嫌な感じがする」
ユーフェミアが突然言った。ちょうどセレンディのパトリスを観察していたエドワードは目をユーフェミアに向けた。
「いやな感じとは?」
エドワードには魔力的要素はほとんどないので、そういう機微がよくわからなかった。ユーフェミアもそれは同じはずだが……。
エドワードはいつも不思議に思う。ユーフェミアはソフィアの専任騎士を務めている。リアノーラに言わせると、ユーフェミアはリアノーラよりも強いという。そうは見えないのだが、そもそもリアノーラがウェンディと張り合えるところからして不思議な感じなので、結構そういうものなのかもしれないとも思う。
見た目で、力は計れない。今はそう思う。
「……私も詳しいわけではないから、何とも言えないんだが。まあ……たとえるなら、呪詛、みたいな」
呪詛。ユーフェミアのその言葉に、エドワードとウェンディは顔を見合わせた。確かに、リディアとクェンティンも呪詛でやられた。正確には呪術だ、とリアノーラがいれば突っ込まれただろうが、ここにはその違いが分かるものが存在しない。
「リアに聞けば分かると思うが……」
目を細めてユーフェミアが言う。今、リアノーラに聞きに行くのは危険だ。エドワードはため息をついた。それを、ユーフェミアがちらりと見た。
「ま、おとなしく待ってることだな。ことを起こすにしても、人数が減ってからになるんだろう?」
それに関しては、ユリシーズもアルヴィンも意見が同じだった。人が多ければ動きづらい……そう思ったのに。
突然、それは来た。
* + 〇 + *
ユーフェミアの左に控えていたエドワードが、突然剣を抜き、白刃を一閃させた。ウェンディがユーフェミアの腕を引き、椅子から立ち上がらせる。段の下からは悲鳴が上がる。エドワードが斬ったのは軍人の格好をした男だった。
さっと視線を走らせると、チャールズ4世とアンジェラ王妃はすでにナイツ・オブ・ラウンドだけでなく、その他近衛も護衛についている。彼らは大丈夫だ。
右手の方から誰かが近づいてくる。ユーフェミアはとっさに扇を持った右手を上げた。扇の上部から剣の刃が食い込み、扇の中ほどで止まった。鉄扇ではなくても、扇は護身用に使えるのである。扇に剣を止められて驚いた凶手を、ウェンディが切り捨てた。段下からフランクリンが声を上げる。
「エド、ウェンディ! 行け!」
「了解!」
エドワードが先を走り、ユーフェミアとウェンディが続く。あとは、リアノーラと合流すればいい。広間を出るとすぐに、階段を駆け下りてくる2人組に遭遇した。
「フィーア、無事だったか」
「それはこちらのセリフだ、ユフィ」
いつも通り髪の色を茶髪にしているソフィアがほっとしたように言った。動きやすい、おおよそ王女には見えない格好をしている。一応簡素なワンピースだが、侍女の装いではなかった。
「広間の方は?」
ソフィアとともにいた魔術師風の格好をしたリアノーラが尋ねた。その手に抜身の剣を持っていることから、誰かを斬ってきたのだろう。
この2人はパーティーに参加していなかった。広間を見下ろせる、吹き抜けから様子を見守っていた。『ソフィア王女』はユーフェミアが影武者を務めていたし、リアノーラも代わりを用意した。広間にいた翡翠色のマントのナイツ・オブ・ラウンドはリアノーラではなく代役である。
「軍が客人を逃がしている。陛下たちは無事だ」
エドワードが簡略に答える。リアノーラは黒いマントをユーフェミアに差し出した。黙々とドレスを脱いだ彼女は、ドレスの下に騎士の制服(上着なし)を着ていた。裾の長いドレスならば、ばれないのである。足元はヒールのあるブーツだが、問題ない。
リアノーラに差し出された黒マントを羽織り、ユーフェミアはリアノーラに手のひらを向けて、さらに要求する。
「リア、剣」
「はいはい」
そういってリアノーラは自分の剣を差し出す。ユーフェミアの剣はリアノーラが預かっていた。ユーフェミアは扱う剣を選ぶ。軽いオリハルコン製の剣でないと持てないからだ。
「もう1本」
「……あのねぇ」
呆れながらも、リアノーラはどこからかもう1本剣を取り出した。この仕組みがいまだに謎なのだが、たぶん、リアノーラの魔術の一つなのだろうと思う。受け取った剣はリアノーラのもので、ユーフェミアのものよりずしりと重かった。
「俺は一度、広間に戻る。お前たちはこのまま……」
「私も行くわ」
エドワードの言葉を遮り、リアノーラが言う。
「ウェンディとユフィがいれば大丈夫でしょ。逃げるだけなんだし」
「え。じゃああたしがもど」
「あっちには私の友達がいるもの。ま、大丈夫だと思うけど」
そういわれると、反論しづらいエドワードとウェンディである。広間の方から近づいてくる足音を聞きながら、ユーフェミアもリアノーラに同意した。
「こっちは私とウェンディで大丈夫だ。客の避難が終われば、軍も戻ってくるし。エドワード、リアを頼む」
「………わかった」
頼まれたリアノーラは不服そうだが、エドワードはうなずいた。彼がリアノーラのことを特別に思っていることはさすがのユーフェミアも気づいていたし、広間にはリアノーラの友達も、家族もいる。リアノーラの家族はユーフェミアの家族でもあるが、ユーフェミアはソフィアの専任騎士である。持ち場を離れれば父にどつかれる。
「よし。私たちのことはいい。2人とも行ってくれ」
ソフィアのダメ押しで、リアノーラとエドワードが身をひるがえす。残った3人は逆方向に足を動かす。
「……とりあえず、どこかの離宮に……」
「そこが信頼できればいいけどね。一番いいのは、私たちがこのままくっついてることだけど」
ウェンディは国王のナイトで、ソフィアのナイトではない。王太子でありながら、ソフィアは騎士をユーフェミアしか置いていない。しかも、ユーフェミアは周囲にそうと知られていないので、ソフィアは騎士を置いていないように見えるだろう。
だから、王の騎士であるウェンディがくっついていることは牽制になる。王が王太子をかわいがっていることがわかるからだ。
「……! ユフィ、後ろから………」
ウェンディのつぶやきに、ユーフェミアはうなずいた。目を見開いたソフィアを引き留める。
「すぐに片付けるから、ちょっと待って」
ウェンディとユーフェミアは、肩を並べて振り返った。
* + 〇 + *
まだ広間にとどまるアレクシアは、何とかベアトリックスのもとにたどり着いた。ナイツ・オブ・ラウンド第9席のエリスに似せられたベアトリックスは黒髪で淡い水色のマントを羽織っていたが、アレクシアから見ればベアトリックスはベアトリックスだった。だって顔は同じですからね。
「アレク。無事だったか」
「うん。自分の身を護るためならどれだけ魔法を使ってもいいって、宰相が」
宰相かよ。ベアトリックスがつぶやくのが聞こえた。確かに、堅物っぽい宰相アルヴィンがそんなことを言いそうにないが、彼はリアノーラの父親なのでそんなものかもしれない、とも思う。
「リアは無事?」
炎で自分を護りながらベアトリックスに尋ねる。尋ねたが、振り返ったのは守られていた国王だった。
「大丈夫だ。私の騎士だからな」
「……そうですか」
さらりと言われて、この人、本当にリアノーラの伯父だったんだぁとアレクシアは思った。ふいに、炎の向こうに誰かの姿が見えた。
「今日こそはお相手願いますよ、リアノーラさん」
その瞬間、別方向から何かが飛んできてその人……パトリスの体を縛り上げた。細い糸だった。
「確保! 残念。それは私じゃないよ」
糸の先にはリアノーラがいた。ベアトリックスと背中を合わせていた翡翠色のマントの人物がパトリスの首筋に剣を当てた。
「私は剣が苦手でね。うっかり斬ってしまうかもしれませんよ」
笑顔でそう腹黒くのたまったのはエリスだった。リアノーラの髪色と同じ色のかつらをかぶっている。リアノーラよりも数段美人だが、髪で顔が隠れて意外とわからない。というか、美人は顔の系統が似てくる。リアノーラもエリスの正統派な美人顔だ。くせがない美人顔なので、化粧で結構ごまかせる……らしい。そもそも女の人って結構化粧で顔がかわる。
リアノーラはユーフェミアの髪や目の色を魔術で変えてソフィアに近く見せているらしいが、顔かたちまでは変えられない。そのあたりはやはり化粧に頼っているらしい。ベアトリックスをエリスに見立てた時もそうだった。ベアトリックスは金髪なので、黒く染めやすいらしい。逆に、アレクシアのような黒髪だと髪の色を変えにくいらしいが。
アレクシアは、魔力を炎やほかの物質に変える魔法が得意だが、リアノーラは器用で物体に魔力を送り込む操作関連の魔術が得意だ。糸はリアノーラの魔力が送り込まれて操られているのだろう。アレクシアが遠距離戦が得意で、リアノーラが中距離戦が得意である理由もこれである。
セレンディの王子パトリスが、裏で糸を引いているのは明白だった。短絡的だが、彼から事情をすべて聞いてしまおうということになったのである。動きが怪しすぎるから、陽動の可能性がある。それでも、何がしたいか全く不明であるが。
魔術師であるパトリスを捕まえるなら、魔術師であるリアノーラが対抗する。当然のことだった。そして、リアノーラが一番得意な中距離で挑むのも当然だった。ベアトリックスがエリスに化けたのは、もともとエリスがリディアの代わりに狙撃を担当する予定だったからだ。
しかし、なぜか予定変更、エリスがリアノーラに化けることになった。確かに、ベアトリックスがリアノーラに化けるのにはちょっと無理があった。背丈ではなく、雰囲気の問題である。それに、パトリスはリアノーラを狙っているっぽかったから、リアノーラは本人でない方が都合がよかった。しかし、そんな危険に一応一般人のベアトリックスを立たせるわけにはいかなかった。
というわけで現在。なぜかエドワードとリアノーラが戻ってきていた。エドワードは青灰色のマントを羽織っているが、リアノーラはナイツ・オブ・ラウンドの白い礼服だけだ。
「王子である僕を脅迫するのか」
「ここはアルビオンですからねー。ちなみに私も王位継承権くらいはありますよ」
やっぱりあるのかこのサディスト。アレクシアは心の中でつっこんだ。リアノーラはサディストである。とにかく、敵対すると怖いのだ。
「さ、私に拷問されたくなかったらさっさと吐いてくださいね」
リアノーラが糸をグイッと引っ張る。パトリスが顔をひきつらせたが、すぐに凄惨な笑みを浮かべた。
「僕を捕らえたくらいでいい気にならないでほしいね。内通者なんて、いくらでもいるんだ。君たちの近くにもね」
……サディスト対サディスト。だいぶ周囲が静かになり(正確には血と死体が広がった)、みんなはドン引きした。もちろん、アレクシアも。そこに、助けとばかりにアルヴィンがやってきた。
「リア、何をしているんだ。フィーアとユフィは?」
「先に行ったわよ」
「剣は?」
「ユフィにあげた」
この親子の会話はいつ聞いても不思議で端的だ。アルヴィンと一緒にいた祥子も無事だ。よかった。アレクシアは心の中でほっとする。
「というか、当初の計画ではドミニクが狙撃の援護をしてくれるはずじゃなかったか?」
唐突に国王が口をはさんだ。急遽のナイツ・オブ・ラウンドである第11席ドミニクが援護射撃をしてくれるはずだった。リアノーラとソフィア王女の反対側の吹き抜けから援護してくれるはずだったのだが、狙撃は一発もなかった。
すると、リアノーラは驚くべき発言をした。
「ああ。ドミニクなら私が斬りました」
「はあっ!?」
ほとんど全員が叫んだ。仲間を、斬った!?
「フィーアに銃を向けたので。まあ……死んではいないでしょうが」
「お……思い切りがいいな」
自分で騎士に任命した国王も、姪の思い切りの良さにひいている。
「未来の女王に剣を向けたのですから、当然の報いです。王家の敵は私の敵です」
断言したリアノーラを見て、国王が宰相に囁く。
「彼女に教えたの、お前か?」
「違います」
つまり、リアノーラの理論ということか。確かに、敵と断定したら思いっきりやりそうな彼女だ。なんというか、手段を選ばない。
「……というかお父様。賓客方は?」
リアノーラが冷静に問う。アルヴィンは娘に目を向けた。
「全員逃げた、はずだ。逃げなかったものもいるようだが……」
アルヴィンがパトリスをにらみつける。過保護だなぁとチャールズ4世がつぶやいた。娘に騎士をやらせることは、過保護に入るのだろうか。
「……とりあえず、二手に分かれましょうか。宰相とリア、アンディ、祥子、アレクシア、ベリティは先に行ってソフィア王女たちを追ってください。陛下と王妃様、ジェームズ殿下、マリアンヌ殿下は残りで護る」
「わかった。リア、アンディ、頼む」
ユリシーズの意見にすぐさま賛成したアルヴィンは、娘ともう一人のナイツ・オブ・ラウンドに頼む。見事に王族と客人に割られた。
「了解」
「気を付けてね!」
身をひるがえした6人にマリアンヌが声をかけた。アレクシアの前を行くリアノーラが片手を上げたのが見えた。そのリアノーラにアレクシアは尋ねる。
「で? ソフィア殿下たちは、どこに?」
「……宮殿の反対側じゃないかしら。離宮まで行けって言ったんだけど、たぶん、ユフィの体力が持たないもの」
「どこかの部屋に駆け込んでいるか……」
「危ないから、宮殿出ちゃったほうが安全かもね」
リアノーラが肩をすくめた。この宮殿がどれだけ広大だと思っているのか。中等部と高等部が一緒になっているフェナ・スクールの敷地よりも広いんだぞ。そこから出るのに、どれだけ歩かなきゃいけないと思っている。
「いたぞ!」
右手から声が聞こえて急遽先を行くリアノーラとアンドリューが方向転換した。リアノーラが立ち止って腰に手をやる。その手が空をつかんだ。
「!? あ! ユフィにあげたんだった!」
「何やってんだお前は!」
アンドリューとアルヴィンから痛烈なツッコミがあった。運動が苦手なアレクシアと祥子は息が上がっている。アレクシアは魔術を使うどころではなかった。集中力が足りないと、魔術は発動しない。
「ええい!」
代わりに剣を抜いたアンドリューの隣で、リアノーラが自分のネックレスを引きちぎって投げつけた。高いもんじゃないのだろうか、あれ。目くらましに使ったネックレスは、床に当たって砕けた。
「ベリティ、剣!」
リアノーラがベアトリックスに手を差し出す。驚いたベアトリックスはポン、と持っていた剣を渡した。リアノーラが左手で剣を抜く。
鮮やかな手つきでリアノーラとアンドリューが敵を倒していく。ナイツ・オブ・ラウンドではあまり武闘派ではないという2人だが、さすがナイツ・オブ・ラウンドと言える手並みである。リアノーラの右手が印を描き、鎖が出現した。リアノーラはその鎖で倒した敵を縛り上げた。
「便利だよなー……」
アンドリューが若干呆れて言う。リアノーラは放った鞘を拾って剣を収めながら言う。
「術式すっ飛ばしたからすごい負荷だけどね」
やっぱりそうか。同じ魔術師のアレクシアなら何となくわかる。魔術を正式な手続きなしに発動するのは、とても魔力と体力を食う。しかし、理解できたのはアレクシアだけで、ほかのみんなはいまいち理解できなかったらしい。リアノーラがそういう割にはけろりとしているせいでもある。
「……ここ、どのあたり?」
「西区画と南区画の境目くらいか」
「あ、じゃあナイツ・オブ・ラウンドの事務室に行きましょうか。あそこなら」
リアノーラとアルヴィン、アンドリューが何か話しているが、宮殿内にそこまで詳しくないアレクシアたちには理解できない。
「……なんか、とんでもないことになってきたね」
「巻き込まれた時点で、こうなることは覚悟してたけど……」
アレクシアが大事に巻き込まれるのは初めてではない。祥子が何か言いたげにごにょごにょと口を動かしたが、結局、そう、とだけ言った。
「! だれかきます!」
ベアトリックスが鋭く言った。剣をリアノーラにとられた彼女は、アレクシアと祥子を引き寄せて、護るように腕に力を込めた。
「あ、叔父上!」
うれしそうな声には聴き覚えがある。灰色がかった金髪を揺らしながらかけてきたのは、背の低い女性。ナイツ・オブ・ラウンド第7席のウェンディだ。リアノーラたちのいとこにあたる。
「ウェンディ。無事だったのね」
リアノーラがほっとしたように言った。ウェンディの後から、似た顔立ちの女性が二人……リアノーラの姉ユーフェミアと、ソフィア王女が出てくる。
「なんだかんだで生きているのか」
「ユフィ、お前な……お父様たちは?」
ユーフェミアとソフィアがそれぞれ言った。ユーフェミアが何気にひどい。さすがにシルバーブロンドとプラチナブロンドだと、どちらがどちらか見分けがつく。それでも、2人はよく似ていた。
「陛下たちは反対側に逃げました。フランクリンさんたちが一緒です」
アルヴィンが言った。ソフィアは、そっか、とうなずく。
「なら、あっちは大丈夫か」
「フィーアたちはなんで戻ってきたの?」
リアノーラがやはり冷静につっこむ。抜けているかと思ったら、意外と冷静につっこんだりするから訳が分からない。
「あ、それがねぇ。ナイツ・オブ・ラウンドの事務室に向かおうと思ったんだけど、事務室の前が占拠されてたから、あわてて戻ってきたってわけ」
ウェンディが物騒なことをにこにこと笑って言った。リアノーラがアルヴィンを見上げる。
「行動が読まれてた?」
「まあ、この宮殿内で安全な場所と言ったら、普通ナイツ・オブ・ラウンドのミーティングルームを思い浮かべるからな。大戦期にもよく避難所として使用されたらしい」
1人だけ世代が違うアルヴィンが娘を見て言った。でもあそこ、片面ガラス張りだった気がする。逆に危なくないだろうか。
「だとしたら、先に押さえておくのは常套……だが、あそこは入り組んだところにあるし、城の内部にだいぶ詳しくないと……」
「ユフィ」
考えをめぐらすユーフェミアに、ソフィアが呼びかけた。考え込んでいたユーフェミアがソフィアに目をやる。
「……リアが、ドミニクを斬ったんだ」
「ドミニク? 誰それ」
ユーフェミアが首を傾ける。妹のリアノーラと父親のアルヴィンが呆れた表情になる。
「なんというか、相変わらずね」
「偏った記憶力だな」
リアノーラとアルヴィンがため息をついた。ユーフェミアには人の名前を憶えない病があるらしい。たまにそういう人はいるが彼女は特に重症らしかった。
「ほら、私と同時期に補充された新人の、背の低い方」
「……すまん。わからん」
リアノーラが説明するが、ユーフェミアは首を左右に振った。駄目だったらしい。アンドリューが冷静につっこむ。
「というか、問題はそこじゃないだろ。ナイツ・オブ・ラウンドの中に反逆者がいたことだ」
「アンディにしてはまともなこと言うわね。私が裏切り者の可能性もあるわね」
リアノーラは笑顔で恐ろしいことを言った。しかし、アンドリューは笑い飛ばした。
「いい冗談だな。お前が陛下を裏切ることがあれば見てみたいもんだ」
アンドリューは苦笑してリアノーラを見た。
「ドミニクが1人で反逆を考えたとは思えん。だれかが命令したんだろうな」
「いや……でも、だれが?」
アルヴィンとユーフェミアの親子が言う。会話を聞いていたソフィアは思いつめたような表情をしていた。さすがに、アレクシアには彼女の心情を読み取ることができなかった。
「……ソフィア様」
アレクシアが声をかけるとほぼ同時に、ソフィアは広間の方へ足を踏み出した。その手をユーフェミアがつかむ。
「どこに行く」
「お父様のところ。このままだと、お父様たちが危ないんだろう?」
リアノーラが斬ったというからには、ソフィアが狙われたのだろうと思う。でなければ、いくらサディストといわれるリアノーラでも、相手を斬る理由がない。ということは、王家が狙われた可能性がある。
「いや、待て。単純にお前が狙われたのかもしれない。王太子はお前だろうが」
ユーフェミアにツッコまれてソフィアは「あ」と声を上げた。しかし、すぐに
「……いや、でも、王位継承権上位者はここにそろってるだろ。ユフィもリアも」
あ、やっぱりこの2人、王位継承権が高いんだ。アレクシアはそれを全く感じさせないフェアファンクス公爵家の姉妹を見た。表情がないと、この2人は似て見えた。
「……わかった。お前が行くなら私も行く」
ユーフェミアが折れてそう言った。なにを言うか、と言わんばかりにアルヴィンが口を開こうとしたとき。
「そこから動かないでもらおうか」
声がかかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
なんかわかりにくくて済みません。時間をおいて、改稿したいと思います。




