本編 第一話
輝島 英雄は、絶体絶命のピンチに絶望をしていた。何とか、持っていた聖剣エクスカリバーを杖代わりにして立とうとするものの、立つ途中で力が抜けて膝が折れ、同時に心が圧し折られる。
そんな英雄の前に立つ暗黒騎士ダビデが、彼の無様な姿を見ながら嘲笑うように言った。
「ハハハッ! いくら〝勇者〟と呼ばれようとも、所詮は人間! 勇者ヒデオなど、我ら魔族の前では虫ケラに等しいのだっ!」
「く……そ……っ」
ダビデの言葉を聞いた英雄は、悔しさの余り、そう口汚くダビデを罵る。しかし、そうした所で、体が回復することなんかない。
(ここで終わりなのか……)
英雄が心の中でそう呟いたその時、突如として一人の人間がダビデに斬りかかった。一瞬何が起こったのか理解出来なかった英雄だったが、その人間が誰なのか気付いて思わず叫ぶ。
「リリアっ!?」
「急いで立って、ヒデオ! ここは私が時間を稼ぐから!」
そこにいたのは、英雄が半年前にこの世界に召喚された時から、ずっと彼の世話を見続けて来た騎士──リリアだった。彼女は、宣言した通り時間を稼ぐ為に、闇の魔障に毒されることも気にせずに、ダビデを斬り続ける。更に、そんな彼女を援護するように、焔の弾と光の槍がダビデに襲い掛かった。
「フレアっ! リサっ!」
「早くして下さい、ヒデオさん!」
「勇者様は、私達が支えますから!」
見ると、先程まで倒れていた魔女のフレアと、巫女のリサが立ち上がり、それぞれ魔法を放っていた。ただ、英雄が立ち上がる時間を稼ぐだめだけに。
(皆がここまでしてくれているんだ。だったら、僕がここで立たなくてどうする……っ!)
英雄は心の中でそう叫ぶと、腹に力を込め、エクスカリバーを支えにしながら立ち上がる。そして、それを大きく振りかぶりながら、ダビデに斬りかかった。
「皆、どいてっ!」
「ヒデオ!」「ヒデオさん!」「勇者様!」
「これでも喰らえ、ダビデ! 〈ライトニングソード〉っ!」
その声とともに、数多の敵を屠った光の刃が、ダビデの胸に吸い込まれる。その瞬間、英雄とその仲間達は勝利を確信した。……が、しかしすぐに、彼らはそれが間違いだと知る。
「──温いわっ!」
その言葉とともに、〈ライトニングソード〉を喰らった筈のダビデが、無傷で立ち上がり、その右手に持った大剣で近くにいたリリアとフレアを弾き飛ばした。
「リリアっ!? フレアっ!?」
「余所見をしている場合かっ!」
英雄は思わず弾き飛ばされた二人を目で追おうとするが、そんな暇を与えないようにダビデが大剣で斬りかかって来たので、慌ててそれをエクスかリバーで受け止める。しかし、元より力の差があるために、徐々に上から剣を押し付けられる状態になって行き、ついには英雄は地面に片膝を付いてしまう。
どう見ても、英雄に勝ち目はない。
この世界の神に仕える巫女であるリサは、思わず天を仰いで叫ぶ。
「お願いです! 戦神アスラ、闘神リオウ、運命神クルナ、勝利の女神キノ! どうか、勇者様に力をお貸し下さい!」
その声は、果ての見えない荒野に響き、皮肉な程に澄んだ青空に吸い込まれていった。……が、戦況は何一つとして変わることはない。そのことに絶望するリサを、ダビデは嘲笑う。
「ハハッ! 愚かな人間め、神などいるワケがないだろう? 勇者はここで死ぬのだっ!」
「くっ!」
「そんなっ……勇者様!」
リサが見守る中、ついにダビデの大剣が、英雄の肌に触れる所まで押し込まれる。
そして、次の瞬間──、
「──あらら、これはまた凄い状況だなぁ」
──と、荒野にそんな呑気な声が響き渡った。