メリーさん
月のない夜。けれど煌々と明るいのは文明が発達したおかげだ。
私は自分の部屋の勉強机に座りながらコーヒーを飲み、カフェインを摂取する。
目の前には乱雑に明日テストが行われる教科の参考書やノートが開かれている。
一夜漬けといえば男子生徒、みたいな風習に私は飽き飽きしている。私みたいにお肌を犠牲に夜更かしして良い点を取りにいく女生徒もいるのだ。おかげでこんな私でも学年上位の成績を維持できている。このまま今回も良い成績なら指定校推薦で志望校にもいけるかもしれない。
空になったマグカップを流しに置きにいき、机に向かう。
「よし、もう一息」
私が小さく気合いを入れなおした所で、携帯の着信音が鳴った。
時計を確認すると時刻は午前二時。
こんな時間に誰だろうと不信に思いながら携帯を開くもそこには「非通知」の文字が。
背中にひやりとしたものを感じたが即座に思いなおす。
たぶんクラスメイトのミキだろう。
前にも何度か夜中に電話をかけてきては明け方まで電話をしてしまう、ということがあった。
非通知設定で私を怖がらせようとするのもいつもの手だ。
しかし、明日は大事な成績に関わるテストの日。日頃から勉強の出来るミキと違って、一夜漬け派の私には長話をしている余裕はない。
しかし、このまま無視するのも悪いし少しだけ電話に出よう。そう思って通話ボタンを押す
「ねぇ、ミキ。悪いけど私はいま勉強中だからあんまし長電話は――」
「もしもし? 私メリー。今高校にいるの」
「はぁ、なにそれ? そんなんで私が怖がるとでも思ってるの?」
プッ
そう言って電話は切れた。
「……全くこの忙しい時にいたずら電話なんて」
まぁ、ミキなりに勉強でまいっている私を励ましてくれてるのかもしれない。私は友人に心の中で感謝して勉強を再開した。
それから数分後、また非通知の電話だ。
「もしもし? 私メリー。今、○○公園にいるの」
それだけ云ってプツリと切れてしまった。○○公園は高校への通学路の途中にある公園だ。メリーさんを名乗ったことといい、都市伝説好きのミキらしいなかなか凝った演出だ。
そしてまた数分後、
「もしもし? 私メリー。今××町にいるの」
このころに流石に悪質だ、と私はちょっと不機嫌になってきた。これでは勉強の妨げになりかねない。
次に電話が来たら文句をいってやろう。そう思い携帯を見ているとまた非通知。
即座に手に取り、ちょっと声を荒げる。
「ちょっとミキ! いい加減に――」
「もしもし? 私メリー。今交差点にいるの」
しなさいよ、という私の文句は携帯から聞こえて声によって掻き消された。
そして、そこで私はふと気付いたことがあった。
ミキの声じゃない……。
さきほどまでは眠気とミキからだろうという先入観から気がつかなかったが、今の声はどう考えてもミキじゃない。
甘い声。あんな声の持ち主は私の友人にはいない――。
まさか……本当に……メリーさん?
そこでぞわりと全身の鳥肌がたった。
そういえば、この間ミキがメリーさんの新しい都市伝説があると云って私に聞かせてくれた。それによると今度のメリーさんは――
「う……ぁ」
思い出してがくがくと足が震えてきた。
「い……やだ」
私は今までの出来事を忘れようと一心不乱にノートに殴り書いた。
すると、また着信が。
私は手を止めない。
聞こえない聞こえない私には何も聞こえない。
しかし、そんな私の抵抗も空しく、携帯から声が聞こえてくる。
「もしもし?私メリー。今あなたの家の前にいるの」
「いやぁぁぁあああ!」
両方の目からはぽろぽろと涙が流れてくる。
けど、それでも現実から逃げるかのように私の書く手は止まらない。一問でも多く、少しでも多く詰め込む。他の全てを忘却するように単語を頭に詰め込む。
けれど、
「もしもし?私メリー。今あなたの後ろにいるの」
その言葉を聞いた瞬間、私の背後でカタリと音がした。
……メリーさんだ。
私は絶望を抱えたままそれでも手を休めない。
せめて……せめて少しでも多く頭に詰め込まないと……っ!?
その間にもメリーさんはどんどん私の背後に近付いてきて、そして最後は耳元まできて私を殺す呪詛を吐く。
「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹、羊が五匹、羊が六匹、羊が七匹、羊が八匹、羊が九匹、羊が――」
「うぉぉおおおおおおお、寝てたまるかぁぁああああああああ!!」
私は到底女性とは思えない声をあげて、「メリーさんの羊」攻撃から身を守ろうとするも、抵抗空しく深い深い眠りへと落ちていった……。
曰く、今度のメリーさんはお肌に悪い夜更かしをする若い女性を強制的に眠らせる、「美の伝道師」だと云う。
そして、満足な一夜漬けが出来ずぼろぼろな点数をとった私が指定校推薦をとれなかった恨みを晴らすためにメリーさんを不眠症にさせる闘いに挑むのだが、それはまた別のお話。
「 都市伝説のメリーさん + メリーさんの羊 」というワンアイディアの作品ですが、思ったより良い出来になったんじゃないかな、と思います。
7/28 週刊ランキング「ホラー」ジャンル 五位 頂きました!
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