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風、選択のとき  作者: 片桐
本編
7/22

ACT.七  暴走グライク

「ひゃああ! ひゃーあああ! どっ、どうなってるのさ、もーっ」


 グライクにしがみついたまま、和音は情けない悲鳴を上げる。死ぬ気で挑戦すれば何とかなるなど、とんでもない間違いだった。このグライクという乗り物、半端じゃなく操縦が難しい!

 右手のハンドルがアクセルになっていることは、すぐに知れた。ところが、ほんの少しひねっただけで、突然スピードアップするのだ。かといって緩めすぎると、失速して急降下。慌ててひねれば、再び猛スピードが出て……の、堂々巡りである。

 さらに悪いことに、舵がまるでいうことをきいてくれなかった。一応手前に引けば上昇し、押せば下降するにはする。だが、その場の風の流れによっては、勝手に舵が振られ、めちゃくちゃに回転してしまうのだ。


 こうして先刻から、突っ走っては上昇し、宙返りの後、ジグザグ急降下を披露して真横に回転移動する、といった、プロ顔負けのアクロバティック飛行を余儀なくされていた。

 時々局員が、暴走を食い止めようと近づいては来るものの、あまりの予測不可な動きに成す術がないようで、結果、誰一人として近寄れていない。彼らは彼らで、フェルマータという難敵の襲来に応戦しているのだから、和音にばかり構う余裕はないのだろう。

 キュウンと目の前を光線が横切り、ますますパニックに陥る。よりによって自分は戦場を爆走しているのだ。とにかく逃げよう、と、後先考えずに行動してしまったとはいえ、よく考えてみればこれは、自殺行為としか言いようない無謀の極みなんじゃないだろうか。


「ち、ちょっと、ウソォ!?」


 また舵が振られた。何を血迷ったのか、和音を乗せたグライクは、ものすごい勢いでフェルマータの船へ突っ込んでゆく。


「わー、ばかばかばか、そっち駄目ーっ」


 ぎゃあぎゃあ叫びながら、彼女は見た。管理局を襲っている船の姿を。

 それは、海の上を渡る「船」より、「宇宙船」に酷似している。メタリックな銀色に光り、形は三日月を倒したかのよう。そう、まさしく、音楽記号の「フェルマータ」そのものだ。

 どこかで見た覚えがあるなと思えば、BSにグライクから突き落とされたとき、視界の端に入ったあの船ではないか。

 乗り手の意思を完全無視して、グライクは突っ走る。

 敵のグライクの一部が、こちらに気づいた。管理局の白に対し、彼らのそれは赤銅色だ。形もだいぶ異なり、UFOみたいな円盤の上に立って、そこから伸びた手綱のようなものを握っている。ぱっと見は、ゴムタイヤに乗っているみたいだ。


「てめえ、何者だ!?」


 いかにも「ならず者」といった格好の男が、怒鳴った。問答無用で攻撃せず、一応声をかけてくれたのは、こっちが極めて奇怪な飛び方をしているせいだろう。

 そして、あいにく、問われても答える余裕などない。


「どいてどいて、どいてくださーい!!」


 スキーの初心者ばりに、無茶な台詞を叫ぶのが精一杯だ。

 ぎゃあ、とか、ひい、とか声を上げて、赤銅グライクが左右に割れた。モーセの十戒状態のそこを、一直線に和音は突っ切っていく。一直線に――敵の、母船を目指して。

 船がぐんぐん近づく。三日月の中心部は透明なドーム状になっていて、もう、その中に立つ人の姿すら目視出来るようになってしまった。臙脂色(えんじいろ)のマントを着た、金髪の船長が、目を見開いているのがわかる。

 このままでは末路は明白だ。船の壁に大激突して、一巻の終わりとなってしまう。

 死にたくない一心で、あらん限りの力をこめ、ハンドルを引っ張った。するとその手に、誰かの手が重なる。耳のすぐ後ろで、こんな状況にそぐわない、バカ丁寧な声がした。


「お探し申し上げましたヨ、お嬢さん」

「ブ!! ブラック―――、なぜここに!?」

「そう通り名を連呼するのはご遠慮願うよ。どうせなら名前をプリーズ。俺の名は――」


 彼の手に力がこめられる。足元のペダルを横から踏み、ハンドルを引いた。


(しじま)左内(さない)だ!」


 ぶわあっ、とグライクが上昇した。まさにギリギリ、船への衝突を免れた乗り物は、そのまま壁に沿って滑るように飛行する。

 驚いたやら、ホッとしたやら、怖かったやらで、頭がぐちゃぐちゃの和音は、涙混じりにどうでもいいようなことを叫んだ。


「何なんですか、その名前っ。そんな髪の色して、日本人なんですか!?」

「おおっと、ご明察。実は俺、インド人とフランス人のハーフである父と、ギアナ人とメキシコ人のハーフである母の間に生まれた、生粋の江戸っ子なんだぜ?」

「意味不明なこと言わないでください! それ以前に、ど、どっから現れたんですかぁ!!」

「はっはぁ、最高だろ? ――それよりも、だ。操縦代わってくれ。アンタの操縦、命がいくつあってもコト足りねェからなあ」

「か、か、代わってくれと言われても……!」


 二人の乗ったグライクは、ありえない動きを脱し、見違えるように大人しくなっていたが、相変わらず猛スピードでカッ飛んでいるのに代わりはない。BS、自称・黙佐内はそのハンドルを横からつかみ、自身は翼の上に乗っている形だ。この状態で運転手を代われ、なんて。

 無理無理無理、とアピールしてみせれば、彼は大仰にため息をつく。


「よーくそれで脱獄出来ちゃったモンだぜ」


 ぐい、と手をハンドルから引きはがされる。そのまま自分の腰へもっていき、しがみつかせた。左手も同じようにして、


「ちゃんとつかまっとけよォ」


 と一言。するりと体を滑り込ませ、サドルにまたがれば、あっという間に移動は完了する。ちょうど、バイクの二人乗りのような格好だ。

 三日月船を追い越してしまうと、黙はグライクを左折させた。いったん停止し、機体を水平にすると、一目散に戦線離脱をはかる。

 風に乗って直進するその動きは、水泳でもしているかのように滑らかで、海原を自在に泳ぎ回るイルカを思わせる。きっとこれが、本来グライクのあるべき姿なのだろう。

 地獄のような暴走から開放され、和音は心から胸をなでおろした。すっかり固まってしまった指を、何度も屈伸させてほぐす。血の気が引いているせいで、氷のように冷たい。

 キュウンという音が追いすがる。同時に、グライクのサイドミラーが砕け散った。思わず叫び声を上げるや否や、第二・第三の光線が、われ先にと襲い掛かってくる。


「ナニよ~、こういうときだけ結託しなくたってイイだろ?」


 緊張感なく、黙がぼやいた。無事なほうのサイドミラーを見た和音は、ぎょっとして振り返り、さらに愕然とする。

 管理局、そしてあの三日月船が、そろって自分達を追いかけているではないか。よくよく見れば、未だ双方は小競り合いをしているものの、明らかにこちらを追うほうに比重を置いている。白と赤銅のグライクが入り乱れて迫る様は、まるで不吉な紅白模様だ。


「何であの三日月船まで……?」


 困惑してから、不意にひらめく。自分がしがみついている、カニ頭の男を見上げた。


「あなたのせいですね!? あなたがBSだから、管理局はおろか、三日月船まで追ってきているんでしょう?」

「三日月船の名は、『フェルマータ』。挟間じゃ、アレ以上に破壊工作が得意な間賊はいねェな。で、俺が目当てってのは、三分の一正解だが、もう三分の一の目的は、アンタなんだぜ、子リスちゃん♪」


 にやりと笑って片目をつぶられたが、思いっきり反駁する。


「覚えがありませんっ!」

「――だろうなァ。何にせよ、俺とこうやって逃げている以上、アンタはBSの仲間確定ってワケさ。最高だろ?」

「どこがですか―――ッ!!」


 ああ、またしても勘違い! またしても原因はBS!!

 気のせいだろうか、こっちの世界にやってきてから、自分の運勢がどんどんこの不真面目男に吸い取られていっている気がする。ちょっとここ数時間の運命の暴落具合は、作為すら思わせるほど怒涛過ぎだろう。

 頭を抱える和音と対照的に、黙はこの上なく楽しそうだ。快笑して肩を震わせると、


「ハハハッ、まァそう嘆きたもうな、若人! お楽しみは、これからなんだからよ」


 と、豪快にハンドルを切った。

 ムチウチになりそうな急カーブ。体が振り落とされかけ、すんでのとこで捕まえられる。


「オイオイ、ちゃーんとつかまっとけ。これからもっと振り回すぞ?」


 恐ろしいことを、ニコやかに宣告された。和音はザッと青くなり、大急ぎで彼の身体にひしっとしがみつく。

 本当なら、もっと静かに飛んでとお願いしたいところだ。活劇に対する自分の免疫は、マイナスを下回ってなお低い。状況が状況だけにそう言えないのが、実に悲しくてならなかった。

 フェルマータのグライクが、光線銃を撃ってきた。黙は上昇してかわし、かと思うと、すさまじい勢いで降下する。目を白黒させている和音をよそに、今度は急発進だ。さらに急上昇、とたたみかければ、ついて行き損ねた追っ手のグライクが、互いに衝突事故を起こす。


「前方不注意、事故の元!」


 しれっとコメントしておいて、大きく向きをかえる。大胆にも目指すは管理局船だ。

 赤銅のグライクが撃つ。四・五本もあるのを難なくかわす。当たらなかった光は、そのまま管理局側に被害をもたらした。船に穴が開き、運の悪い局員のグライクに命中する。グライクは、紐の切れた凧のように、ぐるぐると回ってあらぬ方へ飛んでいった。

 当然、管理局も負けじと打ち返す。しかし、またも黙が軽やかに避けたため、それた光はフェルマータ本体を傷つける始末。火花が散り、壁に穴が開き、白い煙が吹き上がる。


 このように黙は、巧みに立ち回って、自分自身は一度も手を下さず、両者に甚大な被害を与えていった。次々と撃ち落される二色のグライクが、まるで散りゆく花のようである。挟間のあちこちで爆発が起こり、弾けた破片は風にとらわれ、大きく四散していった。

最終的には、管理局とフェルマータが、黙たちそっちのけで本格戦闘をおっぱじめる。

 そうしむけた犯人は、涼しい顔でうなずき、


「そうそう。俺みたいな雑魚より、もっとデカいの狙いなさいよ、お互い」


 と、満足そうにコメントするときた。

 ……和音はちらりと、黙の後ろ頭を見上げた。彼は三つ編みの根元に、棒かんざしをクロスさせるように挿している。実に奇怪な格好だし、言動も不真面目で、何を考えているのやらてんでわからないが――このテクニックは只事じゃない。あれだけ多くの人が、事実上全て、彼一人の動きに踊らされている。

 ひょっとすると、結構すごい人だったり……するんだろうか。見た目と違って。

 ほんの少しだけ感心しかけた刹那、至近距離で悲鳴が聞こえた。驚いたのは、それが他ならぬ、自分の口から飛び出していたからだ。半瞬放心して、とたんに左の二の腕に激痛が走り、再度叫んでしまう。

 はっ、と黙が後ろを見た。


「――流れ弾か!」


 嘘。

 彼の言葉を否定したかったが、こみ上げる痛みが思考をかき乱した。左腕全体がじぃんと痺れ、力が抜け落ちる。よせばいいのに、つい目をやってしまい、ざっくり裂けた皮膚と流れる血を見て、気が遠くなりかけた。

 こんなかすり傷ぐらいで、情けない。そもそも流れ弾に当たるなんて、情けないを通り越してバカみたいである。

 そう思いはしたが、実際痛いものは痛いし、当たってしまったものは当たってしまったのだ。痛みと不甲斐なさによる涙がにじむ。歯を食いしばって黙にしがみつくも、ともすれば崩れそうになる意識を保つのに精一杯だ。

出来る限り戦闘地帯から離れつつ、BSは何やら独白し始める。


「まいったナこりゃ。こんな満員御礼の場で、アレを使いたくはねェし……安全な場所まで逃げ切れりゃあ、それに越したことはねェが……でもなァ、相手がトリガーだからなァ……そう簡単にいかナイ……」


 もしも。幸運の女神が、本当にいたとしたならば。この日はずいぶん、和音に厳しく接したい気分だったようだ。あるいは不幸の女神が、えこひいきでもしていたのか。

 緩く走る二人の目の前に、フェルマータにやられたグライクが、猛スピードで突っ込んできた。


「!」

「ワ!」


 とっさに振り返った黙に、問答無用で抱きかかえられる。グライクを蹴って横に飛べば、まさに危機一髪、乗っていた機体に白グライクが激突する。

 爆発。そして炎上。

 挟間に、新たなオレンジ色の華が咲いた。二人は風にあおられ、きりもみしながら飛ばされる。爆発の瞬間に黙がかばってくれたおかげで、怪我はなかったが、撃たれた左腕にこれでもかと響き、脳天までビキビキと痛みが突き上げた。

 そんな和音の左手首を、彼は握る。


「贅沢言ってる場合じゃねェか。――ちょっくら、目ェ閉じたまえ!」


 言葉の意味を理解する前に、風が体中を取り巻いた。柔らかい羽で包まれたみたいな感触。視界が歪む。歪む。空間が、自分の周りで変則的な動きを見せて、まるで万華鏡の中に放り込まれたかのように景色が渦を巻く。―――。

 どしゃっ、と。二人はどこかに着地した。

 鼻を抜けるひんやりした空気、肌という肌を叩く滴。手をついた地面には草が茂り、雨に濡れて艶やかに光っては、降りしきる雨粒を反射して止まない。顔を上げると、そこには、鬱蒼たる木々が音もなく立ち並んでいた。

 声もない和音の肩を、黙が軽く叩く。


「ひとまず、雨宿りできる場所を探そーか」

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