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風、選択のとき  作者: 片桐
本編
6/22

ACT.六  襲撃

「わわ、ひょっとして、バレた!?」


 突然響いた『非常事態』コールに、グライクの傍でどうやってそれに乗ればいいのか考え込んでいた和音は、飛び上がった。

 かろうじて今まで人に見つからず済んでいたのに、ここまで来て、万事休すか!

 ばたばたばた、と、甲板の左右から複数の足音が近づく。うろたえて周囲を見回すが、隠れられるようなところはない。

 ああ、もうだめだ~、と壁に背中を張り付かせ、なすすべなく硬直すれば、果たして、目の前に大勢の局員達がやってきた。彼らは息せき切ってグライクにまたがると、手馴れた動作でエンジンをふかし、次々に甲板から飛び立っていく。


 ―――あれ?


 あっという間にその場から人が消えた。こちらのことなど、アウトオブ眼中だ。

 しばし呆ける和音を現実に引き戻したのは、ぐらり傾く、船の大きな振動だった。反動でよろめき、慌てて足を踏ん張る。

どこか遠くのほうで、爆撃のような音がした。テレビや映画の中でしか聴いたことのない、爆音。ぎくっとして上を振り仰ぐと、船の全体像が目に入る。

 ちょうど、小ぶりのフェリーがそのまま空を飛んでいるといった風情だろう。風になびくのは、螺旋水晶を模した旗だ。壁はまぶしいばかりの純白で、その中で一点、右舷前方だけに黒いシミのようなものが広がっている。

 いや。よく見ればシミではない。黒煙だ。風に乗って、かすかに焦げ臭いにおいもする。

 そういえば、船全体が妙に騒がしい。それも、罪人が脱獄したという騒がしさではなく、どちらかというと、争いでも起こっているようなけたたましさなのだ。警報は鳴りっぱなしだし、絶えず人の走り回っているような音が聞こえるし、ざわざわと落ち着きがない。


「……BSが、何か起こしたのかな……」


 首を傾げていると、また数人の局員達がやってきた。彼らも和音など目もくれず、てきぱき準備を整えては、白いグライクで出撃していく。腰から銃のようなものを引き抜いている人もいて、それで予想が確信に変わった。

 ――今この船には、脱獄囚など問題にならないくらいの、大異変が起こっている。

 飛び立ったグライクが、横一文字に隊列を組む。渡り鳥のように見事な光景に、つい見とれていると、やにわに船の左側から、光の筋がかたまりになって飛んできた。

 光は手すりを貫き、甲板を通過し、次々に船に穴を開ける。一本が耳のすぐそばを通ったものだから、和音はぎゃっと叫んで、その場にしりもちをついた。

 局員達の反応は機敏だった。すぐさまそれらをかわすと、腰の銃で応戦する。銃口からほとばしったのは、同じような真っ白い光の筋で、そのまま予告なしに銃撃戦が開始されてしまう。

 風が吹く中、白い光が奔る。グライクが飛び回る。閃光が煌く。加えて入り乱れるのは、人の叫び声と、爆音と、何か金属同士がぶつかり合うような甲高い音だ。船はしょっちゅう均衡を失い、ぐらぐら不安定に揺れているし、座りながら和音は内心の動揺を隠せない。

 と……とんでもない場所に来てしまった……。

 その不安をあおるかのごとく、ドサッ!! と、甲板に何かが落下する。何度痛めつけたか分からない肝を再びつぶしながら、確認したのは、デッキに横倒しになるグライクである。座席から、乗車していた赤髪の局員が、自分の足を押さえて転がり落ちる。


「ッ!!」


 甲板に流れているのが彼の血だと気付いた瞬間、和音は息が止まる思いで、反射的に彼の元へと駆け寄っていた。自分は脱獄中で、相手が局員であるということは、一片のかけらもなく頭から消え去っている。


「しっかり! だ、大丈夫ですか!?」


 助けおこすと、年若い局員は顔を歪め、それでもかすかにうなずいた。

 だが――大丈夫である、はずない。表情は苦しげで、今にも気絶しそうなほど脂汗をかいており、撃たれた傷口からはどくどくと鮮血が溢れているのだから。

 震える手で、持っていたハンカチを取り出した。患部に押し当てれば、見る見るうちに朱に染まる。出血の具合からすると、おそらく相当太い血管が傷ついているのだろう。力いっぱい押さえていないと、血圧で逆に手の平が弾かれそうだ。

 ―――このままでは、危ない。


「誰か! 誰か、いませんか!! 誰か!」


 必死で声を振り絞って、助けを求めた。自分ひとりでは手に余る大怪我だ。急いで手当てをしないと、それこそ出血多量で命が危うくなってしまう。他者とはいえ生命の一大事に、和音はもう、何とかしなければと、それしか考えていなかった。

 運よく、近くにいた局員が声を聞きつけ、血相を変えて飛んできた。


「――どうした、何があった!?」


 和音は飛びつかんばかりに身を乗り出す。


「お医者さんはどこですか!? この人撃たれたんです、早く血を止めないと!」


 倒れる男の様子を見て、局員はハッとした。和音に代わって傷口を押さえながら、胸元の小さなバッチに向かって、叫ぶ。


「――こちらE‐九甲板! 負傷者一名、至急救援されたし!!」


 対応は迅速だった。すぐに二人の局員がやってきて、けが人を抱き起こし、運んでいく。

 その間、初めにやってきた男が、和音に質問してきた。


「『フェルマータ』だな。いったい、どこから撃ってきた?」

「あ、あっちです。左のほうから、光のようなものが!」

「他の局員は?」

「みなさん、飛んでいきました!」

「よし、わかった。――お前達、そのけが人は任せたぞ! そして娘、君は安全な場所に隠れていなさい!」

「はい!」


 と、勢いで返事をしてから―――コトの矛盾に気づく。

 『ハトが豆鉄砲を食らったよう』とは、このことだ。マヌケな表情をする和音を置いて、男はサッサと自分の仕事をしに立ち去り、結果、ぽつんとデッキに取り残されてしまう。

 なんともいえぬ風が、吹いた。


「私……ダツゴクハンなんですけれど……」


 ひとりとはいえ、突っ込まずにはいられない。それとも、下手にビクビクせず、堂々としていたのが良かったのだろうか? まるで怪しまれることなく、それどころか、身の安全まで心配されてしまうなんて。

 本末転倒だよね、と思いつつ、降ってわいたチャンスに感謝せずにはいられない。撃たれた男が乗っていたグライクが、スタンバイした状態で甲板に転がっているのだ。使わない手はないだろう。

 和音はグライクを起こすと、おっかなびっくり、またがってみた。ハンドルやサドルは、本当にバイクそっくりである。足元のペダル、ごちゃごちゃした計器類はどう使うか分からないが、局員達の飛んでいる様子を見る限り、操縦方法も普通のバイクと同じようだ。

確か、ハンドルを回すとエンジンがかかるはず。

 免許を持ってないとはいえ、友達のバイクに何度か乗せてもらったことがある。自分の運動オンチさを考えると、少し不安ではあったが、他に逃げ道はない。なにはさて置き、こんな恐ろしい場所から逃げるのが先決だ。

 ―――ここが正念場だ、新羅和音!

 気合一発。深呼吸して、ハンドルをぐいと回しこんだ。




「右舷後方デッキ破損! 負傷者数名! 後方部の局員は安全な場所へ避難せよ!!」

「第一飛行隊、残り六名! 第二飛行隊、出動準備に取り掛かれ!」

「船長、フェルマータが主砲をスタンバイしています! 回避を!!」


 報告を聞き、グラーデルはきっと顔を上げる。


「大丈夫。この至近距離で発射すれば、自分もただじゃすまないことぐらい、向こうも考えているよ。あれは、ただの威嚇さ。――第三飛行隊も出動! 敵船グライクは各個撃破を狙え、ただし本船は構わないこと! 補助部隊は主船警固と、けが人の搬送。それから地下牢を見張りなさい。どさくさに紛れて、囚人を逃がさないように!」


 てきぱき指示を飛ばす姿は、船長の貫禄十分だ。


「……なんだってこのタイミングで、フェルマータが……?」


 隣に立つ、口ひげをたくわえた初老の男性が、信じられないといった面持ちでうめく。

 とたんに物悲しげな表情になり、グラーデルはつぶやいた。


「……トワイライト・ムーンさ」

「何ですと!?」

「それ以外考えられないよ、副長。この船にはBSがいた。そしてフェルマータが現れた。あの黒星がT・Mを持っていたからこそ、それを付け狙うフェルマータがやってきたんだ」

「まさか、そんな……では、T・Mは実在するのですか?」

「実在しなければ、とっくにBSは捕まっているよ。そうだろう?」


 横目で見られ、副長はしみじみと首を振る。


「現段階で、挟間調査隊は『挟間風を操ることは不可能』と断言しています。いったいどんな代物なのかは知りませんが、T・Mならば挟間風を操れるという確証は、皆無なのですぞ。案外、フェルマータも、そして我々も、BSの思わせぶりな言動と噂に踊らされているだけでは……」

「君は見たことがないから、そう思うのかもしれない」


 瞳を閉じ、グラーデルが言った。横顔が、外で閃くオレンジ色の炎で浮かび上がる。


「私は一度だけ、目の前でBSが挟間風を操る姿を見たことがある。……まさに、驚くべき力だった。そして同時に思ったよ。T・Mは、私利私欲に走った人間が、勝手に使用していいものじゃない。あれは管理局が保護し、挟間と世界の安全を図るために、公平を規して使用しなければいけないもの。すべての世界の秩序を保つためにこそ、使うことを許されたものなんだと――……」


 彼の言葉に、副長は感慨深げにうなずいた。周りにいた職員達も、自分達の船長に対して、尊敬や憧憬のまなざしを送る。

 少し、グラーデルは苦笑したようだった。


「――まあ、まずは目の前の障害をとりのぞかないとね。ここでフェルマータにやられてしまったら、誰も挟間の安全を守れなくなるよ」


 格好いい台詞をキメた、その瞬間だった。

 大きな窓の外を、実に異様なものがよぎる。左下から、右上にかけて。何やらグライクにしがみついているモノが、「ひゃいやぁー」と、奇怪な声を上げていたような…………


「全局員に告ぐ」


 グラーデルは放送用のマイクを手に取った。この上なく、憐れみをたたえた面持ちだ。


「迷走中のグライクに脱獄囚が乗っている。見つけ次第、即刻捕まえなさい!!」

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