ACT.五 BSの潜入捜査♪
「おい! そっちは異常ないか?」
帽子を深くかぶった男が、別の軍服を着た男に声をかけた。
かけられた方は、あくび混じりに答える。
「あるわけないだろう? 十三号船には、管理局一のつわものである、グラーデル船長が乗ってるんだ。何も起こるわけないって」
「そーか、そりゃ、そうだよな。……だがな、残念なことに――」
電光石火、ドスッという鈍い音とともに拳が腹へ食い込み、男は白目をむくと、力なくその場へ崩れ落ちてしまった。
「――こっちは、異常アリなんだよ」
に、と笑いながら帽子を取る、その男はBSに他ならなかった。
彼は素早く気絶させた男の上着をはぐと、自分が着ているそれと交換した。男本人は、手近な男子トイレに押し込んでしまう。そこにはすでに何人もの局員が、あるいは気絶させられ、あるいはぐるぐるに縛り上げられ、横たわっていた。
その場でくるりとターンし、格好がおかしくないことを確認。改めて帽子をかぶると、ひとつ咳払いをしてから、「本部」と書かれたプレートの下がる部屋へ、物怖じせず入っていった。
部屋の中は広く、薄暗い。前方に巨大なスクリーンがあって、そこかしこで、地図を広げたテーブルを囲む局員だの、パソコンに向かっている局員だのがいる。
BSは堂々としたもので、そんな彼らに、
「あ~精が出るね。頑張れよォ。――よ、調子はどう? 最近、元気?」
と、声をかけつつ、立派なデスクに座るグラーデルを目指した。あまりに大胆過ぎるせいだろうか。周りは誰も正体に気づかず、特に注意を払うこともない。
グラーデルの前まで来ると、彼はおもむろに姿勢を正し、真面目な声を出した。
「船長、少しお話が」
「何かな?」
書類から目を離さず、グラーデルは答える。
「先ほど捕らえた娘のことです。……BSの一味の」
「うん?」
「牢屋での、娘と他の囚人との会話を聞いていたのですが、彼女はどうやら、BSの居場所は知らないようです。いかがいたしましょう?」
「無知とは悲しい人のサガ……。別に、それは仕方ないよ」
「――と、申されますと?」
グラーデルは顔を上げた。その表情は、深い悲しみに満ちている。
「情報を持っていようが、いまいが、犯罪人を捕らえるのが私の仕事。……辛いけれど。それに、仲間を順番に捕らえていけば、いずれBS本人も姿を現さざるを得ないだろう?」
「ははぁ……なるほど」
一瞬、BSの瞳が鋭く輝くが、彼はそれに気づかず続けた。
「悲しいけれど、BSはある重罪を犯している。ちゃんと罪を償わせるためにも、何としてでも、捕まえなくちゃいけないんだ」
「『罪』とは、トワイライト・ムーンのことですね?」
「……そうだね」
息をついて、十三号船・船長は書類を離すと、椅子にもたれかかった。
瞑想でもするかのように、目を閉じる。
「……確かな証拠はないんだ。でも、現段階で彼がT・Mを所持している可能性は、非常に高い。あの神出鬼没の神業は、T・Mの所業と考えれば、説明がつくだろう」
「いったい、彼はどこでそれを?」
「それは分からない。永遠の謎だよ。とにかく、私達がすべきことは、これ以上BSがT・Mを使わないようにすることだ。あれは、ひとりの人間が好き勝手に使用していいものじゃない。管理局こそが所有するべき、至高の宝なんだから」
「そうでしょうともね」
愛想笑いを浮かべてから、ふと、真顔になってつぶやく。
「もうそこまでバレちゃってるのかァ……」
「何か言った?」
「いえいえいえ、こちらの話ですよ」
妙に軽い応対をする男に、不審そうにグラーデルが眉をひそめた、そのときだった。
「―――グラーデル船長! 脱獄です!」
勢いよくドアを開け、あの、和音にしてやられた三人が、息を切らせて飛び込んできたではないか。柵の外へダイブしてしまった男も、どういういきさつかは分からないが、根性で戻ってきたらしい。
脱獄、の二文字に、一気に室内が色めき立つ。
「何だって……?」
「一瞬の隙をつかれました。ヤツです、あの、BSの手下の小娘です!」
「ぶっっ!?」
その場にいた誰よりも激しく目を白黒させたのは、他ならぬ、BS本人だった。冗談抜きでのカウンター・パンチだったらしく、もはや演技するのも忘れて、素で頭を抱えこむ。
「……やってくれるぜ……!!」
くっ、と悲痛に顔をゆがめたグラーデル、
「すぐに探しなさい」
と端的な指示を部下に出してから、まいったまいったとばかりに首を振っているアヤシイ男を、穴の開くほど見つめる。
疑惑と猜疑のまなざしが、次第に確信へと変化したとき、彼は息を呑んでBSを指差す。
「き――君、まさか……!」
「あラ」
闇夜できらめくナイフのように、BSは不敵な笑みを浮かべた。
「やっと気付いたのかい? ……そう、俺こそアンタがお探しの――!!」
言いさし、カッコよく帽子を投げ飛ばそうとして、寸前。
『緊急事態、緊急事態』
部屋中に響いたけたたましい警告音に、ものの見事、お株を奪われてしまった。
ずっこける彼をよそに、グラーデルは椅子から立ち上がる。
「今度は何だい!?」
「み、未確認の船が急接近中! すさまじいスピードです!」
「早急に調査! それから、手の空いている人は、この者を捕まえ――」
と、伸ばした腕は、むなしく宙をつかんだ。はっとした彼に、どこからともなく飛んできた局員の服が、バサッとかぶさってしまう。
「どこ見てんのよ、俺はコッチだって」
まさに一瞬の早業。すでにいつものスタイルに戻ったBSは、入り口のところに立ち、ヒラヒラのん気に手を振ってみせる。
グラーデルは服をはぎ取って、大きく目を見開いた。
「ブラック・スター……こんなところまでやってくるとは、大胆不敵な。脱獄も、君の手引きだったんだね?」
至極もっともな予想であるが、BSは肩をすくめるに留めた。
「あの子リスちゃんは、俺の手なんか借りずに逃げちまったよ。まぁったく、おーかげで計画が大狂いだ」
「……計画?」
語尾に、ズズンという地響きが重なる。大きく船が傾き、モニターから弾かれるように頭を上げた局員の一人が、悲鳴に近い声を上げる。
「せ、船種確認っ! ――『フェルマータ』ですっ!!」
「何だって!?」
いまや、室内は混乱の極みだった。局員が走り回り、声が飛び交い、いたるところで赤いランプが点滅しては、耳障りな警告音をかき鳴らしている。手の空いている者は者で、船長たるグラーデルと、BSの顔を交互にみやるのみ。どういう行動に出るべきか、にわかに判断つかない風情である。
カオスと化している管理局に比べて、ひとり涼しい顔のBS。
「おろろ、ヤベえな、トリガーか」
とぼやいて、すちゃっ、と指をそろえたおどけた敬礼をしてみせる。
「じゃあな、キャプテン。せいぜい船を沈められねェようにしなよ」
揶揄するような忠告だけを残して、サッサとその場から逃走をはかってしまった。
グラーデルは十中八九追ってこない――そう、予測しての行動だった。『フェルマータ』が襲撃してきたとあっては、彼抜きで管理局側に勝ち目はない。それに気付かず目先のBSを追い回すほど、グラーデルが抜けていたのなら、きっと今現在逮捕されている間賊の数は、半分以下になっていたことだろう。
「さーてと……まずは、あの娘を探さねェとなァ……」
通路を走りつつ、神出鬼没の間賊と名高い男は、心の底からシミジミつぶやいていた。