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風、選択のとき  作者: 片桐
本編
3/22

ACT.三  元凶

「BSっつったら、神出鬼没で正体不明、挟間四天王にも数え上げられる、間賊中の間賊じゃねえか! お前、見かけによらず、すげえんだな。見直したぜ! うひゃ~っ!」


 やたらハイテンションになった男性に、尊敬の眼差しを向けられたが、ちっとも嬉しくなかった。人生最大の誤解の結果が牢屋入りなのだ。夢だとしても、こんな性質の悪い悪夢はない。

 のん気に勘違いしているギャラリーへ、本当の事を言うのすら億劫で、うつむきながら深~いため息をついていると。


「若いうちからそんなに嘆息してちゃ、早くに老化現象が始まっちゃうぜ?」


 何者かに、からかわれた。

 著しく寛容な気分でなかった和音は、眉をはね上げ、勢いよく振り返る。


「放っといて下さ―――!!」

「やあ」


 人差し指と中指をそろえた、おどけた敬礼つき。

 あの、オレンジ三つ編みターバン男が、ニコニコ笑ってそこにいた。

 和音は目を剥いて固まったし、男もポカンと口を開けたまま、次の言葉が出てこない。

 さっきまで確かに通路には誰もいなかったはずだ。予兆も、前触れも、気配すら感じなかった。

 まるで魔法のように、大の大人が一人、忽然と出現したのである。我が目を疑うしかなくて、ひたすらマジマジ相手を凝視する。

 対照的に男は楽しそうだ。くんくんと鼻をひくつかせ、


「や、昼飯時とは好都合。ちょうど腹ペコだったんでね、一口失礼」


 エンリョもチュウチョもなくしゃがみこみ、和音の房に置いてあるパンへ勝手に手を伸ばすものだから、ぺしっとはたいてやった。

 「痛っ」と、腕を引っ込めかける彼に対し、ちょいちょい手招きをする。鉄格子が邪魔だから、和音自身も前進して、隙間から腕を出した。そして。


 ばし――――ん!!


 強烈な音が、そこら中に響き渡った。

 男は派手にぶっ飛び、頭から床へと突っ込む。ごろごろ転がり、起き上がったとき、右頬には実に見事な手の跡が残っていた。

 人間スタンプをほどこした和音は、はーはー肩で息をする。人を、それも渾身の力をこめて叩くなど、生まれて始めての経験だ。右手の平が相当痛かったものの、この際、構ってなどいられない。

 呆気にとられている男性を尻目に、男は立ち上がりつつ、犬のようにぶるっと頭を振る。


「……久々に喰らったぜ、目の醒めるような本物のビンタってヤツを」

「何ならもう一発いかがです?」


 半眼になり、腕をまくって冷たーく言ってやった。

 冗談ではないと察したのか、彼は両手でなだめるようなポーズを取って、様子をうかがうように戻ってくる。


「おかわりは遠慮しとくよ。それになァ、平手打ちをおごられる理由が分からンからねえ」


 いけしゃあしゃあと言う態度に、暫時忘れていた怒りが燃え上がった。


「信じられませんッ!! いきなり人を突き飛ばしておいて、自分だけどこかへ行ったじゃないですか!!」

「ああそりゃ、仕方がなかったんだ。俺についてきたら、それはそれでアンタは大変な目にあってただろうし」

「だからって、突然あんな――」

「今となっちゃ、もう過去の事だろ? 選び損ねた道を悔やんだって、しょうがねェの。結果おーらい、終わりよければ全てヨシ。おかげでアンタはちゃんと牢屋に入れたんだ」

「――、最初から私をハメてたんですね」


 思わず声が物騒になる。ぱちくりする男を、


「『助ける』なんて言っておいて、本当は私を牢屋に入れることが目的だったんですね!」


 と、全身の力をこめて睨み付けた。

 ところが彼は、平気そうな顔で、人差し指をチッチッチと横に振る。


「いいかね、お嬢さん。牢屋という場所は、この世でもっとも退屈で、もっとも安全な場所なのさ。俺はアンタの安全を保障してやったわけで、それは『助ける』と約束したこととなんら矛盾しない。ま、いいから大人しく待っていろ。そのうち出してやるからサ」


 極めて気楽そうに肩を叩かれてしまった。

 どうも胡散臭くてしょうがない。この人の存在自体が怪しいこと極まりないのだ。言動は得体が知れないし、服装だってキテレツで、第一、自分は彼の名前も正体も知らないではないか。

 いぶかった矢先、ひょいとあるものが目に入る。


「……………………………」

「ん? どうした?」

「…………あの。あなたの首のそれ、チョーカーですよね」

「ああ、チョーカーだなァ」

「真ん中についているの、星ですよね」

「ついてるの、星だなァ」

「色、黒いですよね」

「黒いなァ」


 和音は目を閉じた。肺が満タンになるまで、息を吸い込む。


「ブラック……!!」

「おおっと、そりゃ困る」


 絶叫する寸前、手で口をガバッと塞がれた。うーうーもがくが、彼はしっかり押さえて離そうとしない。


「グラーデル君にでも聞いたんだな? お察しの通り、俺が噂の間賊、BSその人だ」


 声をひそめて、にっと笑う。

 大きく目を見開く和音。一味ではないかと予想したのは事実だが、よもや、BS本人だったとは!

 ならばますます黙っていられないと、無理やりその手を引っぺがした。


「どーしてくれるんですか!? あなたの仲間だと勘違いされたせいで、私、牢屋入りなんですよ!?」


 シー、と指を口に当て、BSは話す。


「そいつは俺じゃなくて、グラーデルに言うべきコトよ。よ~く俺の星、見てみなさい」


 ほれ、とチョーカーを指差された。疑惑を抱きつつ見た和音は、さして時間もかけずに、とある特徴に気がつく。

 ――この星、普通の星と上下が逆になっている。


「わかるだろ? 本物の俺と、その仲間は、逆さの黒星をシンボルにしている。アンタがとっ捕まったのは、ペンダントを見たグラーデルが、早トチリしたせいだ。したがって」


 ひょい、と肩をすくめる。


「俺のせいじゃナイね」

「………!!」


 地団太を踏む。踏むしかない。あまりのことに涙滂沱だ。

 勘違いの果てに投獄されるなんて、このやり場のない怒りを、一体どうしろというのか!


「こんなもの……っ」


 全ての元凶たるペンダントが恨めしくて、思わず投げ捨てかけるも、寸前、思いとどまった。そんなことをしたって意味なんてない。悪いのはペンダントではなく、BSの言うとおり、些細な違いに気付かなかったグラーデルなのだから。

 下唇をかむ。文字通り振り上げた手の下ろし場がなくなってしまった。不条理な出来事のオンパレードに、心の中では様々な感情が渦巻いて、爆発寸前だった。それらは出口を求め、結局、もう一つの元凶たるBSへの非難となって、口から飛び出すことになる。


「……さすがは悪人さんですね。罪もない人間を陥れても、なんとも思わないなんて!」


 BSは余裕の表情で受け流した。


「間賊だ。当然だろ? ――あ、ちなみに間賊ってのは、挟間に跋扈(ばっこ)する賊のコトね」

「それくらい想像つきます!」

「おや、賢い()だ。じゃ、流浪人(るろうにん)ってのは知ってるか?」

「知りませんッ」

「挟間で生きる、一般人のコトよ。まーホントは、挟間に人が住むのは禁止されているから、彼らも間賊と言えなくもなくもナイ――」

「あ、あなた一体、ここへ何しに来たんですか!!」


 のらくらと会話を続ける、BSの気がサッパリ知れなかった。細かい知識を教えてくれるのはありがたいが、TPOをわきまえていないにも程がある。仮にも管理局に追われているというのに、敵陣真っ只中で、なんでこんなくだらない時間つぶしをしているのだろうか。

 すると、ずっと黙って二人のやり取りを聞いていた銀髪の男性が、ここぞとばかりに身を乗り出した。


「なあ、アンタ……本当の本当に、本物のBSなのか?」

「誓ってイエスだね」

「――だったら、頼む、俺をここから出してくれ!」


 ガシャン! と、力いっぱい握り締められた鉄格子が鳴る。


「あんたは脱出不可能と言われた監獄から、何度も煙のように消えた男だ。そんなあんただったら、こんな檻、簡単に開けられるだろう? 後生だ、逃がしてくれ! 俺はまだ終身刑にゃなりたくねえんだよ!!」

「終身刑?」


 不穏な単語にぎょっとすると、楽しくない事実をBSが教えてくれる。


「間賊と名のつく奴は、すべて終身刑と相場が決まっているンだよ。例外はナシだ。まぁ……挟間の特性を考えれば、当然の罰則ってヤツよ」


 他人事のような口調で言い、男に向き直る。


「悪いが、頼みは聞けねェな」

「なぜだ!?」


 男性の目に、憤るような光が灯った。


「礼はちゃんとする。何も、安全なところまで逃がしてくれ、なんて言わねえさ。ちょいと鍵を開け、ほんのついでに逃がしてくれりゃあいいんだ。――頼む!!」


 深々と頭を下げる様に、ところが、BSは面倒くさそうに頭を掻き、うっとおしげな一瞥を投げるだけである。


「……まずひとつ。他人を救うときには、自分にそれなりの余裕がなくちゃいけねェものだ。だが、今の俺には、それがナイ。この少々感情的な子リスちゃん一人で、手一杯だ」

「誰が子リスですって!?」


 という、和音の抗議は、完全に無視され話が進む。


「ふたぁつ。俺の思惑として、現在、この船で騒ぎを起こされちゃマズいのよ。脱獄なんて手伝おうものなら、ハチの巣を突いたような大騒ぎになっちゃうだろ。それに、簡単に人助けをするほど、俺はイイ奴じゃないんでね。――諦めな」


 最後の一言だけは、軽い外見の雰囲気が一転、ぞっとするほど無機質に響いた。

 が、それもわずか一瞬のこと。すぐに元通り飄々とした気風を取り戻すと、おもむろに時計を見やって、


「よし、時間だな。―――それでは諸君、コレにて失礼つかまつる」


 手をひらめかせ、騎士のような、やたら優雅な礼ひとつ。来たときと同じように、唐突に背中を向けて去っていこうとするものだから、その場にいたものは全員アッケに取られてしまった。


「お――おおい。待てよ、そりゃねえだろ? あんた、何しに来たんだよ?」


 毒気を抜かれた態で、男性がつぶやく。

 返った答えは、えらく人をくったものだった。


「ナンだろうねェ~?」


 へらへらと笑っている姿が、目に浮かぶような台詞だ。そして、「コレにて失礼」という宣言は冗談でもなんでもなく、数秒後、BSの足音は本当に遠ざかって消えてしまったのである。

 なんともいえぬ静寂が満ちた。それを打ち砕くように、和音は鼻息荒く憤慨する。


「何なの、あの人は……ッ!」


 体の中で、怒りの炎がメラメラいっているのが分かる。同時にひどく空腹を感じたから、置いてあったパンを取ると、硬くて美味しくなさそうな見た目にも構わず、ガブリと齧り付いた。


「……なあ。あいつ、何だったんだ?」


 釈然としない面持ちで、男が尋ねてくる。


「知りません」


 もはや取り繕うのもやめ、なおざりに言い放ってから、コーンスープを飲む。だいぶぬるくなっていたし、味も見掛け倒しで粉っぽかったが、強引にのどの奥に流し込んだ。

 ヤケ食いでもしなければ、やってられない。そもそも始めっから、自分が馬鹿だったのだ。あんな怪しい、カニ頭(ターバンから髪がはみ出しているのでそう見える)の男を、無警戒に信じるなんて。彼はBSという悪人で、それを証明するような自分勝手なことを、さっき言っていたではないか。

 大人しくしていろ、と言われたが、したがう義理などどこにもない。むしろ彼の言うとおりにしていたら、この先どんな災難が降りかかるか知れたものではない。とにかく、わけの分からないまま終身刑に処せられるということだけは、まっぴらゴメン、断固回避すべきだ。


 そうなると。とるべき道は限られる。

管理局に再度、掛け合ってみるか? ペンダントを示して、自分がBSの仲間じゃないと訴えてみてはどうだろう。

 だが、さっきの様子からすると、あのグラーデルという男はかなり手強そうだ。何を言っても柳に風で、こちらの言うことを一言一句曲解してくれそうな気がする。無実を主張したところで、火に油を注ぐ結果になってしまう危険性の方が高い。

床に座り込みながら、しばらくアレコレ考えてみた和音は、やがて、ある結論に達した。

 誰かに頼るのは、もう止めよう。見知らぬ世界で信用できるのは自分だけ。自分で現状を打破し、自分で未来を切り開いていくべきなのだ。それ、すなわち。


 …………脱獄してやる。

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