ACT.十七 激戦
緑風うねる挟間で、今、ふたつの船が急速に接近しようとしていた。
地図の概念が通用しないここでは、自己以外の船に出会うことすら稀なことである。ましてやそれが、間賊最強のフェルマータと、管理局最強の十三号船であれば、意図を持ってしかなしえない状況だ。
大きさはほぼ同等。管理局船の上空から近付く形になったフェルマータが、底面部を大きく開けて砲身を突き出せば、迎え撃つように十三号船も、デッキの砲台を上へと向ける。
どちらも退かず、どちらも砲口を白熱させた。撃ち下ろす。撃ち上げる。風をぬって何本もの光線・あるいはそれに近い何かが奔り、両船の間で激突する。
ズ……
骨を叩くような鈍い衝撃波が起こった。フェルマータのはじ、カーブを描いた先端が、流れ弾を受けてはじける。装甲が散る様は砕けたガラスのようだ。似たように、管理局船の屋根が一部吹き飛び、折れた旗ごと、生じた爆風にあおられた。
まるでそれが合図だったかのように、ふたつの船から、細かい何かが吹き出てくる。白と赤の機体。激しく撃ち合う本体の間を飛び回り、各所で銃撃をおこなうグライクの群れ。
ひっきりなしに落ちる爆撃に顔色ひとつ変えず、黙はフェルマータの操舵室で首を傾げた。
「ずいぶんミミッチイ攻撃をしたもんだな。もっと、どーんと派手に大砲ぶっ放してくれてよかったんだぜ?」
到底、人質を取られた人物の言葉ではないが、トリガーは忌々しそうに舌打ちする。
「張本人の癖をして、うるさい」
「――ほえ?」
「貴様に『ヴィヴァーチェ』を繰り出したせいで、我が船のエネルギーは大半削られているのだ。文句を言う暇があったら、ムウも攻撃せんか!」
「おおっと、そりゃ、ごもっともダ」
「グラーデル船長! フェルマータの上部に着陸していたムウが、動き出しました!」
「……もう? 意外に早かったね。焦っているということなのかな……」
戦況をうつすレーダーから顔を上げ、独白する。間髪いれず、別の局員の声が届いた。
「ムウ、攻撃準備しています! この反応はおそらく――『ヤマトナデシコ』発射準備かと!」
「………はあ」
やるせないため息ひとつ。グラーデルは首を振りつつ、部下に命令を下した。
「悪ふざけの過ぎる名前がついた武器だけれど、被弾しては厄介だ。進路変更、フェルマータの下位に移動開始」
ふわっ、とムウが浮いた。乗っているのは双子のみで、彼らは黙からインカムで指令を受けている。
山小屋の二階。洒落た窓枠が内側にへこみ、変わりににゅっと何かが出現した。巨大なマイクと呼ぶのに相応しいものだ。
管理局船は、フェルマータに牽制の攻撃を加えながらも、一気に身を沈めて、ムウの攻撃範囲外へ逃げようとしている。小回りに関して、グライクと大差ない機動力を持つムウの前では、それは無意味な行動かと思われた。ところが、ムウは敵船を追うことなく、そのままの位置で「ヤマトナデシコ」を発射させたではないか。
ハウリングを起こしたような、甲高い機械音が戦場を刺す。波動は同心円状に広がり、避けきれなかった管理局船の一端を捕らえた。
とたん、その場所がアッという間もなく霧散する。水彩絵の具で書かれた絵に、水をたらしてこすったみたいだ。音もなく外壁が粉砕され、ごくごく小さい粒子と化し、跡形もなく風にさらわれていってしまう。
どういう原理か、フェルマータならびにそれのグライクは、被弾しても被害をこうむっていない。粉のように砕かれるのは、管理局船と、白いグライクだけだ。人体にも影響はないようだが、乗り物が一瞬で粉化してしまうので、局員は辟易しながら回避の一手を取っている。
いきなりフェルマータの下部がカッと光った。船の底全体が、ばりばりとスパークする。真下にいるのは、管理局船だ。ムウの砲撃を避けようとして、フェルマータを盾にしたつもりが、まんまと袋小路に追い込まれていたのだ。
逃げようなく立ち往生する船に、黒光りする棒状の槍が降り注ぐ。船と比べると小さく見えるが、実のところ一本一本はかなり大きく、七・八メートル以上あるだろう。槍投げの槍に似たそれが、稲妻のような電撃をまとって、まさしく豪雨のごとく撃ち込まれる。
甲板を突き破り、天井をへこませ、槍は船を容赦なく串刺した。一見粗雑な攻撃だからこそ、逆に防ぐのは難しい。ぶすりと奥深く刺さった荷電槍が、内側から計器類の秩序を乱し、そこかしこで小規模な爆発を起こす。全速力でフェルマータの下から抜け出たときには既に、何本もの槍をその身に受け、ハリネズミのようになってしまった後だった。
――ここで、すごすごと引き下がるほど、十三号船はヤワではない。
充分な距離をとりざま、側面の砲台が開門。お返しとばかりに、ラグビーボールのような形の弾を放つ。比較的大き目のそれは、即座にフェルマータの迎撃を受けた。
強烈な光が炸裂した。フェルマータの攻撃が当たった瞬間、弾が破裂し、一帯を焼き尽くすほど強い光を発したのだ。いわゆる閃光弾のカウンター・パンチに、フェルマータの操縦士と、グライクの乗り手が、五感を奪われて、管理局の狙いすました攻撃に襲われる。
どぉん、と広がる暗赤色の爆煙。初めてフェルマータ本体がぐらつく。すぐに均衡を取り戻したものの、ダメージがゼロとはいえない。中心部にある球体を守るグライクすら、だんだん撃ち落されて数が減り、両船はまさしく、しのぎを削る苦しい戦いを強いられつつある。
「――解せんな」
攻撃指示を飛ばす合間、トリガーは不意にそんなことを言って、隣で飄々と戦況を眺めている男に視線を投げかけた。
「何ゆえ貴様はあの娘を助けたがる」
「ン?」
「とぼけても無駄だ。いくら彼女がT・Mを身につけているからとはいえ、それを奪還するためだけに私に協力を求めるなど、普段のお前からは想像もつかん行動だ」
ジロリとにらみつける先、挟間の黒星は、感情の読めない笑みを浮かべて前を向いている。
「そもそも、張り付いたT・Mのひとつやふたつ、強硬手段を使えば外せぬことなどない。根っからの間賊の貴様が、いまさら情け心を思い出したわけもないだろう。――気に入らん」
「……」
「何故、手をこまねいている? 逃走至上主義を棚上げし、管理局と全面対決をしてまで、あの娘の身を守って助けようとする理由は何だ?」
正面きって問われた言葉。黙はゆっくり横を見て、それから、にへらっと緊張感なく笑う。
「そりゃアンタ、男が女を助ける理由ってったら、ひとつしか」
「戯言は却下だ。お前が美人以外を率先して助けるものか」
「……ヒドイ認識のされようだな、オイ」
傷ついたように大げさに落胆したが、すぐさま復帰して、くっと首を傾けた。
「そりゃ、ま、仕方ねェのよ。――『約束』しちまったからナ」
「?」
「最初に会ったとき、『助ける』って誓っちまったからさァ。見捨てることは出来ナイ話ってわけ。主義は貫くのが俺の選択なんだよ」
「………………、なるほど」
ふぅ、とトリガーは納得する一方で、素晴らしく冷めた眼差しになる。
「すべては自らの言葉に縛られていたというわけか」
「とほほ。ミもフタもなく言ってくれるねえ」
「事実だ。仕方あるまい」
鼻先で笑い飛ばして、すぐさま表情を引き締めた。
「――そろそろ向こうが動くはずだ。追い込まれた奴の取る策など、ひとつしかないからな」
十三号船の操舵室では、止むことなく赤いランプが点灯している。機械は警告音を鳴り響かせっぱなしで、部分的に完全にブラックアウトしている計器もあった。
もともと管理局船に搭載されている武器は、決して多くない。そのほとんどが、逮捕されるとき抵抗する間賊に対しての、迎撃を主な用途としている。あらゆる概念が通用しない挟間で、大掛かりな武器を製造することは、たとえ間賊だろうと不可能であるため、仰々しい装備などなくとも充分事足りるのである。
フェルマータのように、数多くの部下を持ち、船全体が武器庫と化している間賊など、例外中の例外もいいところだ。十三号船だからこそ、ここまで対抗でき得ている。並の管理局船であれば、三分もたたないうちにバラバラに解体されているだろう。
駆けずり回る局員に囲まれる中、グラーデルは唇を引き結んだ。
「力押しで敵う相手じゃない……か。哀しいけれど、最終手段に訴えるしかないようだね」
近くの局員を呼び、二・三指示を下す。
迎撃、攻撃、壊れた計器の復旧、負傷者の手当て、被弾した部分からの炎上阻止、混乱する指示系統の統率、避難指示、進行方向確定。同時に雑多の現場へ命令をしていると、やがて、一人の局員が大声で彼を呼んだ。
「――連れてきました、船長!」
不思議なことに、その声は本部の入り口、ギリギリのところから聞こえてくる。さっさと中に入ればいいものを、局員は数人ドアのところで、何やら押し問答をしているようだ。
「いいから、ほら、大人しくしろ……!!」
「――嫌です! 手を離してください、触らないで、やだやだ!!」
「暴れるんじゃない! さあ来るんだ、ほら――うぶっ!」
「離して嫌だってばどっかいって、殺人者なんかに会いたくないッ!」
「痛い痛い、だから蹴るな! 殴るな! 噛み付くな!!」
苦労しいしい、ほとんど引きずるようにして彼らが部屋の中へと連れてきたのは、無論和音である。相当派手に抵抗したことは、両腕を押さえる局員が肩で息をしており、服もヨレヨレに乱れていて、顔のところどころに青あざが出来ている点から、うかがえる。
力任せに頭を押さえつけられながら、和音はキッとグラーデルを睨んだ。
人畜無害そうな外見に騙されたが、もう惑わない。この人のしていることは、到底常人の感覚ではないのだから。
グラーデルの目が、切なそうに細められた。
「怒りは人の心を曇らせ、他者を傷つける武器になる。……辛いな。どうして君たち間賊はそう、守るべき平和を率先して破ろうとするんだろう」
「……『守るべき平和』ですか」
「そう。私はただ、誰もが安心して過ごせる場所を作りたいだけなのにね」
「馬鹿みたいなこと、言わないで下さい」
胸が悪くなりそうだった。グラーデルの持論の底に隠れているものを知った今、発せられる言葉のすべてに冷たい本音が見える。
「『疑わしきは罰せよ』で奪われた、大勢の人の命の上になりたつ平和なんて、本当の平和なわけないでしょう。万民のためを考えてという言葉さえあれば、何をしても許されると思っているんですか?」
彼が振りかざしているのは、一種の選民思想だと思う。管理局こそ、挟間を守る唯一絶対の機関であると。間賊を排除することこそ、管理局に課された使命であると。そうやって、誰もが納得してしまう正義の理由を盾に――他者より上位に立つ優越感に浸っているに過ぎない。
「挟間を荒らしている本当の『間賊』は、あなたたちの方でしょう!」
なりふり構わず叫んだとたん、がっと首をつかまれ、ねじ伏せられた。
「お前……船長に不遜な事を!」
と、息巻く局員を、
「止めなさい。いいんだ。誰がどう思おうと、私の行動を決めるのは私自身。それに、すべての人が納得する原理など存在しないというのが、人の世の常、世界の無常さなんだからね……」
グラーデル自身が引きとめた。手で左右の部下に合図して、それで和音は、人形のようにひょいと立たされる。
視線が合うと、グラーデルは軽く目を伏せた。
「――BSと直接交渉をしに、行こうか」




